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近赤外分光法 -

生物試料から、多次元で定量性の高い、価値のあるデータを大量に採取できれば様々なデータ処理によって価値のある知見を見いだす、掘り出す(データマイニング)ことができる。時系列でデータを取ることができればもっと都合がよい。データ収集の方法を考えることは非常に難しく重要になる。

植物の細胞壁の場合、組織から細胞壁画分を単離しペレット状にして赤外線領域のスペクトルを測定するという方法が良く用いられている。スペクトルを測定することで、比較的簡単に多次元で定量的なデータを取ることができる。そこから意味のある情報を抽出するために PCA や PLSR などの多変量解析が用いられている。既に多くの研究者が実行している。この方法をさらに改良しより多くの情報を得られるようにするということが考えられる。

細胞を破壊してから測定するのではなく生きたままで測定できれば、細胞内成分と細胞壁成分の同時測定などが可能になるかもしれない。この場合精密な値ではなく回帰による推定値しか得ることはできないが、成分同士の相関関係を見いだすには十分かもしれない。生きた組織をそのまま測定する場合は多種の成分が混合したものを測定できなければならない。試料の形状、厚さ、表面の凹凸などの違いも結果に影響を与えてしまうので、難しくなる。

近赤外分光法は、すでに様々な作物で成分の含有量、品質を非破壊で推定するために実用的に用いられている。それらの成果を学び、植物生理学向けに改変することは有用である。リモートセンシングの研究でも使われている。

セルロースの構造研究に、赤外分光法は非常に有用に用いられている。

セルロースの準結晶および結晶領域に由来する水酸基の吸収帯が、近赤外分光法によって観測される。木材のような不均一で複雑なものからでも測定できるらしい。木材の強度を推定することに用いられている。結晶化したセルロースの量は木材、植物の力学的な強度に対して影響が大きい。そのため結晶化したセルロースに由来する吸収を用いて強度を推定できるらしい。 http://www.fpri.asahikawa.hokkaido.jp/rsjoho/20822283132.pdf

名大、土川教授の論文 近赤外分光法による木材の非破壊計測 http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/dspace/handle/2237/6604

シロイヌナズナのような実験植物の水分含量、結晶化したセルロースの量を測定することもできるかもしれない。水分含量の測定は乾燥ストレスの研究に大切である。水分含量を非接触で継続的に測定できるなら、乾燥耐性の評価をもっと定量的にできるかもしれない。結晶化したセルロースの量が見積もれるなら、細胞壁の研究に役立つだろう。植物の場合水分、セルロースはどちらも大量に含まれるので簡易的な装置でも測定できる可能性はあるかもしれない。

既にリモートセンシングの分野では CAI (Cellulose Absorption Index) という指標が開発されている。近赤外ではなく、2000 - 2200 nm の吸収を用いている。  http://ryuiki.agbi.tsukuba.ac.jp/~kawato/research/terc.pdf 川戸・土田・西田博士らの研究  しかし「乾燥していない場合,吸収のピークは存在しない」と記述されている。生きた実験植物の場合は、異なる指標を開発しなければならないかもしれない。乾燥したときにこの Index が上昇するなら、植物の乾燥度合いを見積もる指標にもなるかもしれない。「結晶化したセルロース量」と「水分量」の二つの情報を含むインデックスとして使えるかもしれない。

群馬大学工学部電気電子工学科、稲村 實博士が書かれた解説 「リモートセンシングによる植生活力度評価のための分光・偏光度計測」には、下記のように記述されている。

「含水量の評価は、直接には水の吸収帯(約1450nm)で観測すれば良いが、衛星リモートセンシングでは大気水蒸気による吸収の関係で、強い水の吸収帯の利用は不適切である。そこで、水による吸収を受けないで葉内含水量を推測するために900nm, 970nm の反射率を用いた下記のWI(Water Index)が提案されている。」 WI = R 900/R 970 水バンド指数(WBI)(Penuelas ら) という呼び方もあるらしい。「965nm 付近には細胞壁による吸収がある」と言う記述もある。吸光度や反射率だけでなく、偏光度を計測することで植物の水分欠乏を検出できることが解説されている。水分欠乏によって植物の表面のクラチラ量が増える。表面の形状も変化する。それらの効果が偏光度の変化として表現される。偏光度の測定は可視波長でも近赤外ででも行われる。

結晶化したセルロースは光学的異方性を示す。偏光顕微鏡を用いて観察することができる。一次壁はミクロフィブリルの結晶性が低いので観察しにくい。二次壁のミクロフィブリルは結晶性が高いので観察しやすい。  参考文献:「新版 植物の細胞を見る実験プロトコール」植物細胞工学シリーズ22 「細胞壁」185ページから 伊藤教授、木村博士の解説

植物が水分欠乏に陥るとセルロースの結晶性が高まると言うこともあり得るかもしれない。しかしそんなに大きく変化するかどうかは疑問である。

比較的簡易な方法で水分乾燥度を検出した例 http://www.mtc.pref.kyoto.jp/gihou/giho-28/siryou/suibun.pdf   http://www.matsue-ct.ac.jp/senkoka/pdf/2007/s0613.pdf  様々な分野で応用されているので研究例がたくさん見つかる。

コンクリートの状態診断にも応用されている。   http://www.iic-hq.co.jp/library/pdf/039_06.pdf   「ケモメトリックス手法を用いた近赤外線小型分光器に よるコンクリート診断装置開発」倉田、戸田 両氏による解説   水にショ糖や塩分が溶解することで、水の近赤外吸収が変化する。しかし温度などによっても水の吸収は変化する。スペクトルを取り、ケモメトリックス(多変量解析)を用いることで温度や中性化の影響を打ち消すことに成功されている。

いくつかの生体物質の近赤外吸収スペクトルが掲載されている資料があった。 http://www.medphys.ucl.ac.uk/research/borg/homepages/veronica/thesis/chapter2.pdf The Biomedical Optics Research Laboratory、LONDON'S GLOBAL UNIVERSITY

「赤外線カメラ」で検索すると、安いUSB接続のカメラを赤外線カメラに改造する方法が書かれたホームページが見つかる。フィルターを取り替える・付加するだけでよいと書かれている。これは実際に試してみる価値がある。赤外線写真の取り方を解説したページもある。赤外線を使ったリモコンのボタンを押したときに出る光を見ることができるかどうかで、赤外線を感知できるかどうかがわかる。手持ちの安いもので試してみたら確かにボタンを押したときに光るのを強く感知していた。安物は赤外線を取り除くフィルターが入っていないのでこの用途には適している。可視光用のセンサーでは近赤外線はある程度検出できる。しかし検出できる波長の限界などは不明である。ある会社のカタログでは 1000nm くらいでほとんど感じなくなっていた。波長の長い赤外線は検出できない。

シロイヌナズナの芽生えを寒天培地で育成することがある。野生型では根の太さは約120μmである。とても細いので、少し距離を離して写真を撮ると根と培地の見分けがつきにくくなる。培地の寒天と根のセルロースの区別がはっきりとつく近赤外線の波長があれば、根をもっとはっきりと識別できる写真を撮れるようになるかもしれない。それができれば根の長さを画像処理で測定することがやりやすくなるかもしれない。

近赤外線写真撮影用のフィルターが富士フイルムから発売されている。通信販売で購入することもできる。偏光フィルターも写真用品として購入できる。

(株)クラボウが、「液晶イメージングシステム Nuance」という製品を扱っている。「液晶同調フィルター(LCTF)システム」を用い、顕微鏡画像、カメラ画像などを光の波長ごとに分割しスペクトルを取ることができる。EXタイプは 950nm まで分析できると書いてある。長い波長の領域は分析できないが、近赤外領域も部分的にカバーされている。 http://www.kurabo.co.jp/bio/product/products.php?M=D&PID=12

DVD のディスクは微細な溝が等間隔で刻まれている。これを利用し、安価でかなり高性能の分光器を作成できる。光の出口にデジタルカメラを置くことで美しいスペクトルを可視化することができる。

現代化学 2005年4月号 楽しい化学の実験室(62) DVDを使ってスペクトルを観察してみよう 若林文高・霤直人両博士が書かれた解説

自分でも作ってみた。蛍光灯に含まれる光のスペクトルがきれいに見える。非常に幅の狭いバンドがいくつも見える。DVD は良い分光器になるのだろう。

赤外線の放射をイメージングすることで植物体の温度分布を測定することが、既に行われている。赤外線サーモグラフィと言う名前で売られている。この場合は10μm前後の波長、赤外線の領域を使う。専用の特別なカメラ、レンズを使用した高額なシステムが必要になる。気孔の開閉に異常がある変異体では蒸散が起きにくいので葉の温度が上昇することが検出される。実験室内では、この方法で植物が水分欠乏に陥ったことを検出することもできる。しかし野外では温度が大きく変化する、風が吹くことなどの影響を受けるのでうまくいかないらしい。

赤外線の放射を用いた非接触の温度計が安く売られている。私も一つ持っている。「正確ではないので目安にしてください」と説明書に書かれている。例えば蛍光灯のそばに持って行きライトにセンサーを向けると「82℃」などと表示される。蛍光灯から放射される赤外線も感知しているらしい。しかし植物体の温度変化を時系列で測定することにもつかえるかもしれない。カメラとは違い、一度に一つの場所の温度しか測ることしかできないという制限がある。たとえば一つの葉の温度を連続して測定するだけなら問題はないだろう。安いので同時にいくつも測定することも可能である。「サーモパイル」というセンサーが使われている。DVD分光器の光の出口に、この温度計を置くと言うことも考えられる。

関西学院大学 近赤外環境モニタリングシステム研究センターのホームページ  http://science.kwansei.ac.jp/~ozaki/rcnirs.htm 素晴らしい成果が上げられている。

様々な技術と理論の進歩によって、近赤外分光法の応用範囲、測定できる対象もますます拡大しているらしい。今後植物生理学者もこの分野をよく勉強しなければならない。