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A_Genome-scale_metabolic_model_of_Arabidopsis_and_some_of_its_properties. -

目次

A genome-scale metabolic model of Arabidopsis and some of its properties.

Poolman MG, Miguet L, Sweetlove LJ, Fell DA. Plant Physiol. 2009 Nov;151(3):1570-81.    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19755544

目的: 植物細胞の代謝経路全体をカバーするモデルを計算機で構築する。そのモデルが、生物学的なパラメータの変化(今回はATP必要量の変化)に対してどのような挙動を見せるかを調べ、生物学的な知見と比較する。

代謝経路のフラックス(flux, 流量)の分析は、同位体元素を含む化合物を与え、同位体の取り込みを追跡することで行われていた。しかし実験的な方法だけでは、代謝経路全体を分析することは困難である。計算機モデルは、実験と組み合わせて代謝をよりよく理解するために有用である。 今回はシロイヌナズナの代謝データベース(AraCyc)などを用い、代謝モデルを作成した。モデルのパラメーターとして、それぞれの代謝のフラックスを決める必要がある。「いくつかの条件の下で、すべてのフラックスの合計を最小にする」解を求める(線形計画法)という方法で決定した。

バイオマスの測定 (Table1):

 モデルと比較するためのデータとして測定した シロイヌナズナの培養細胞を用いた。グルコースを炭素源として与え、細胞バイオマスの乾重量を測定した。さらに分画して組成を調べた。与えたグルコースの40%に相当する量がバイオマスに変換された。バイオマスを分画すると、細胞壁画分、タンパク質画分が主要成分だった。この表の値を合計しても100%にならないが、残りは低分子のアミノ酸や単糖に相当すると考えている。タンパク質画分を分解してアミノ酸にし、組成をみたのが下の表でアスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸が多かった。

モデルの作成: 複数の化学反応による化合物群の量的変化を連立方程式のように考え、行列で表現する

 例:化合物5種類による4つの化学反応があるとする。      反応__1___2___3___4__の列        
 (1) S1 -> S2                     これらを、行列 Nで表すと     | -1   0   0   0      S1の行  化合物S1は反応1で1分子減る
 (2) 5 S3 + S2 -> 4 S3 + 2 S2                                  |  1   1   0   0      S2の行 S2は反応1で1分子増える 反応2で1分子増える
 (3) S3 -> S4                                               N =|  0  -1  -1   0      S3の行 S3は...
 (4) S4 -> S5                                                  |  0   0   1  -1      S4の行
 こういう行列をStoichiometry matrixという。                   |  0   0   0   1      S5の行

それぞれの反応には、反応速度定数がある。複数の反応速度定数をまとめてベクトルvとして表現する。反応速度定数は誤差を含みうる。Stoichiometry matrix は誤差のない、整数値である。「必ず整数で表せる、整数性がある」というのは他の分野でもときどき出てくる性質で、重要なことにつながることがある。

反応速度定数のベクトル v = (v1, v2, v3, v4) 上の例では反応が4つで列の数は 4 になり、速度定数も 4 つになる。

N と v を乗算 N %*% v すると、それぞれの化合物の量の変化量になる。 一回の変化が一単位の短い時間に起きるとすると、変化量が反応速度  になる。

参考になる資料: http://www.sat.t.u-tokyo.ac.jp/~ryotat/nc.pdf   冨岡亮太博士らの論文

今回のモデルは、代謝産物が1253種類、反応を1406種類含むデータから構築した。化学反応の場合は反応速度と呼ぶが、今回のモデルでは、モデルへの物質の流入、流出も含まれる。そのため反応速度ではなくフラックス(流量, flux)と呼ぶ。

Stoichiometry matrixは、主に代謝データベースAraCycに基づいて構築した。化学量論的に間違った反応(反応によって原子の数が合わなくなる)は修正または取り除いた。 Table IIは、完成したモデルに含まれる反応1406種類、代謝産物1253種類のサマリーである。AraCycに含まれる反応と別に、いくつかのカテゴリーを形成した。ミトコンドリアの代謝経路、それらに関わる化合物をまとめてカテゴリーにした。 Equivalenceとは、生化学で「還元当量」と呼ばれる化合物と、それらに関わる代謝を表す。具体的にはNADH, NADPHなどの、様々な反応に還元力を供給する分子である。これらの分子は細胞内で様々な酸化還元反応を触媒するエネルギーを供給する、非常に重要な分子なのでカテゴリーにした。

Transporters は、モデル内に化合物 (栄養源のグルコースなど) を投入する (inputs) 輸送、逆に放出する (outputs) 輸送を表す。Added は、モデルに攪乱を与えるために追加した反応で、今回はモデルのATP必要量を変化させるためにATP分解酵素を追加した。またAraCycに含まれていなかった反応を追加した。

モデルのパラメーター(各反応、流出流入のフラックス)の決定: 線形計画法

フラックスを決めるために、「3つの制限の下で、全過程のフラックスの合計を最小化する」ことを指標にした。フラックスの合計が最小というのは、「もっとも効率よく栄養分を使っている」ことに相当する。

制限1:「すべての化合物の合成、分解が平衡状態にあり、量が時間的に変化しない」生物学的には「恒常性維持」に相当する。モデルではN(Stoichiometry matrix)と v (フラックスのベクトル)を乗算した値(それぞれの化合物量の変化速度 )がすべて0であることに相当する。

制限2: 「Transporters (流出、流入)のフラックスは一定の値」

制限3: 「ATPはATP分解酵素によって、一定のフラックスで減少する」ATPは細胞のエネルギー通貨と呼ばれる、重要な化合物である。様々な化学反応で分解、消費される。このATP減少のフラックスを、モデルに対する「ATP必要量」とする。この量を変化させてモデルの反応を見る。

こういう問題は線形計画法(Linear programming) という方法で解かれる。エクセルの「ソルバー」という機能に相当する。この論文では専用のソフトを使っている。解いた結果、各反応、トランスポートのフラックスが決定できた。かなりの反応はフラックスが0(反応が起きていない)という結果になった。それらの反応はモデルから除いた。その結果モデルに含まれる反応は232個になった。

そのモデルに、ATP必要量を変化させる(ATP分解フラックスを大きくしていく) ことで攪乱を与え、それぞれの反応のフラックスの変動を計算した。ATP分解のフラックスが大きければ、ATP量を一定にするために、モデルのATP生産量が大きくならなければならない。

モデルの、ATP必要量変化に対する応答の分析

Figure1: ATP必要量を変化させることでフラックスに変動が見られる反応は、非常に少なかった。それらのフラックスの変動パターンを比較して、変動の相関が高いものが近くになるように系統樹を作成した。その結果がFigure 1 で、同一代謝経路に含まれる反応は、変動のパターンも似ていた。青、赤、緑の3つのグループに分けられた。赤は解糖系、ミトコンドリア内代謝が集中していた。青はペントースリン酸経路の一部、緑は青以外のペントースリン酸経路の反応がグループを形成していた。

Figure 2:

Figure 1に出てきた反応を代謝経路として表した。青、赤、緑はFigure 1と対応している。解糖系、ペントースリン酸経路、TCAサイクルが抽出されていた。これらの代謝経路はATP生産に重要で基本的な必須経路である。そういうものが抽出されたことから、モデルの作成がうまくいっていると考えられる。黒の経路はATP必要量でフラックスが変化しないが、これらの経路と深い関係があるので図に取り入れた。

Figure 3: 

ATP必要量(ATP分解フラックス)を横軸、縦軸にそれぞれの反応のフラックスをにとってグラフにした。ATP必要量が大きくなっていく(横軸)と、いくつかの反応が停止/開始する。各グラフの中央にスパイクが2カ所に存在する横線が引いてある。これはこの2カ所でいくつかの反応の停止、開始が起きたことを示している。スパイクが2カ所に集中して出ていることから、モデルの状態は3つの状態(low, medium, high) にはっきりと区別される。lowでは上二つの、緑グループの反応にフラックスが大きいものが多い。medium、high (ATP生産量が大きくなる)では青、赤のグループのフラックスが増大する。このとき緑グループは減少するものが多い。左の一番下はモデルへのグルコースの取り込みを示している。low状態ではグルコースの取り込みは低い値で一定して変化しない。medium、high ではATP生産量を増やすためにグルコース取り込み量が大きくなっていく。

Table III:

スパイクの部分で開始、停止していた反応のリストを表にした。lowからmediumに移る際に3つの反応が開始し、Rubiscoという酵素による炭酸固定反応が停止する。mediumからhighに移るときにNADH oxidase 反応が開始し、3つのペントースリン酸経路に関わる反応が停止する。

Table IV: 

Figure 2 の反応経路から、いくつかの重要な化合物が放出され、また取り入れられる。それらのフラックスを求めて表にした。放出されるもの(export) は NADPH が一番多い。Figure 2 の反応経路はNADPを取り込んでNADPHとして放出するので、import の方では NADP がリストに出ている。NADPH と NADP のフラックスは同じ値で、NADPを9分子取り込んでNADPHを9分子放出することに対応している。ADPとATP, NADとNADHも同様に対応している。

Figure 4:

P/O ratio: (ATP formed / Oxygen consumed) という値を求めた。ATP必要量が少ないときは、少ないATPを低い効率で生産するので、この値は小さい。ATP必要量が大きいときはミトコンドリアの電子伝達系が効率よく働き、ATPが効率よく作られるのでP/Oレシオが大きくなる。今回のモデルでは最大で約2.5になった。この値は、単離したミトコンドリアを用いて生化学的に測定した値とよく一致した。

Discussion

今回のモデルの分析で、特にATP必要量が小さいとき(Fig. 3のlow領域)RuBP carboxylase(RUBISCO))という酵素が触媒する反応が重要な因子として抽出された。Fig.2 のように、RuBP carboxylase を含む点線の経路によって、解糖系がバイパスされる。そのためATP生産量が低下し、ATP必要量が小さい条件に適応できる。ATP必要量が小さい条件では、NADH,NADPH (還元力を持つ補酵素)が欠乏しやすい。RuBP carboxylase と他の酵素が共同して点線の経路のように働くことで、ATPを減らしながらNADPHを増やす代謝経路が形成される。

このRuBP carboxylaseは光合成で炭酸固定反応を行う重要な酵素である。今回のモデルでは光合成は考慮していない。この酵素が光合成以外にも重要な働きをしていることは想定されていなかった。モデルによる分析が見落とされていた代謝の重要性を見いだすのに役立つかもしれない。しかし、RuBP carboxylaseが本当に今回のモデルのように働いているかどうかは、実験的に検証する必要がある。

Fig. 3のlow領域でのATP生産量では、細胞壁などの高分子を合成するのに必要なATPが供給できない。low領域は細胞を維持するのに最低限必要なATPを合成する代謝システムに相当すると考えられる。細胞が増殖するには、medium, high領域の状態で、ミトコンドリアや解糖系が働いてATPを十分量合成する必要がある。

今回、232個の反応を含むモデルが抽出できた。他の微生物などの研究でも、同じような大きさのモデルが抽出されている。このくらいの大きさが、「細胞活動、増殖を維持できる最小の代謝ネットワーク」に相当するものと考えられる。 今後、プラスチドをコンパートメントとして導入する、光合成を導入するなど、植物らしいモデルの拡張を行う必要がある。 このモデルを使うとATP必要量だけでなく様々な変動をモデルに与えて、それによるモデルの変動を調べることができる。様々な研究に有用なモデルとして応用できるだろう。

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