表紙(FrontPage) | 編集(管理者用) | 差分 | 新規作成 | 一覧 | RSS | 検索 | 更新履歴

Corson_F_の論文を解読してみた -

目次

Turning a plant tissue into a living cell froth through isotropic growth.   

Corson F, Hamant O, Bohn S, Traas J, Boudaoud A, Couder Y.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 May 7. [Epub ahead of print]

この論文は、茎頂の細胞を材料にしているが、葉の発生などとは関係がない。しかし植物細胞の拡大成長について、力学と熱力学の知見を生かした、興味深いアプローチを行っている。根端部分の成長等をモデル化するためにも参考になるかもしれない。細胞壁に曲率がある(まっすぐでない)ことが、それぞれの細胞が持つ膨圧の違いを反映していることが書かれている。植物組織を観察するときに、細胞壁の曲率にも注意しなければならないのかもしれない。細胞一つについても、この論文のようにいくつかの区画に分割して考えることが有効かもしれない。

以下の文章を最初に書いたのはずっと前で、その頃は熱力学の理解が全然足らなかった。最近勉強をし直して、私が以下に書いたことは間違いが多いことがわかった。そこで間違っているとわかった部分は修正した。まだたくさん間違いはあるだろう。数式を書けるようにしたので、それらの部分を追加した。


この論文では、「細胞が保持しているエネルギー」を、細胞壁の伸び、細胞壁にかかる張力、細胞の面積、細胞の膨圧などから定義している。細胞集団が持つ「定義したエネルギー」が最小になるように細胞が成長していく(Soap froth の場合のように)と仮定してシミュレーションを行っている。

こういう手法が生物の研究に役立つことを示したことが、この論文の大きな成果である。生物の細胞について、それらが持つさまざまな「エネルギー」を都合よく(かなり恣意的 arbitrary に)定義して、それが最小になるように状態が変化すると考えることは、生物学的な問題を解くのにも役に立つかもしれない。今後流行するかもしれない。そのためには、熱力学の成果が基本になる。

そこで熱力学をきちんと勉強し直さないといけない・それが生物を理解するためにも役立つと思うようになった。少しずつ勉強している。   「エントロピーから読み解く生物学」を読み解く

熱を低温の熱源から高温の熱源へ向かって移動させることを、それ以外の状態を全く変化させずに行うことはできない(もしそうでなければ、低温からの熱の移動を何百兆回でも好きなだけ繰り返して巨大なエネルギーを集められてしまう)。このことによって、物事の変化する様子に絶対的な制限、方向性が生じる。

ある物体(系)に加えられる熱量 d'Q と、その物体(系)のエネルギーを高くする方向に働く仕事 d'W の和が、内部エネルギーの変化 dU になる。     エントロピーの変化 は、可逆過程(状態はつねに平衡状態で、準静的に変化する。移動する熱以外に仕事を引き起こしてしまう要因(温度差や圧力差など)がない)では、   になる。 生物の細胞で起きていることも、熱力学による制限から逃れることはできない。むしろ生物こそ、熱力学を当てはめることが有効な対象かもしれない。 生物がとっている、ある状態のエネルギーまたはエントロピーを正しく定義できれば、その生物がとる状態は、エネルギーが最小またはエントロピーが最大の状態へ向けて変化していきやすいと考えることができる (そのためには、いろいろな条件が満たされていないといけないけれど)。 それによって生物の状態、状態変化をある程度予測できるようになるだろう。この論文も、そういうことを示しているのではないか。

植物の生長の解析に熱力学と関係するモデルを用いた論文があった。   Activation Energy as a Measure of Plant Response to Temperature and Water Stresses   XIAOMEI LI*, YONGSHENG FENG and LARRY BOERSMA   Annals of Botany 68: 151-157, 1991   アレニウスの式を使っている。

「生物物理」2009年第6号で、林 貴史博士が「ショウジョウバエ視細胞の形態決定過程を支配する分子メカニズムとその数理モデル」というすばらしい解説を書かれている。そこに「二次元的な細胞集団のエネルギーを表す式」を提案した論文が紹介されていた。この号には他にもデータ解析法などで興味深い解説がある。

Cell adhesion and cortex contractility determine cell patterning in the Drosophila retina.   Kafer J, Hayashi T, Maree AF, Carthew RW, Graner F.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Nov 20;104(47):18549-54. Epub 2007 Nov 14.

「実験医学」2013年の1月号で、以下のような論文が紹介されていた。

Bayesian inference of force dynamics during morphogenesis.   Ishihara S, Sugimura K.   J Theor Biol. 2012 Nov 21;313:201-11. doi: 10.1016/j.jtbi.2012.08.017. Epub 2012 Aug 24.   PMID: 22939902

ショウジョウバエの羽を構成する細胞の形を精密に測定し多角形として数値化する。それを元にして、それぞれの細胞の辺にかかっている張力、それぞれの細胞が持つ圧力をベイズ統計学の手法を用い推定することに成功した。 力学の問題としては、それぞれの細胞(区画)が持つ圧力や張力がわかっていて、そこから形を求める方が普通らしい。普通と逆な問題は inverse problem と呼ばれるようだが、生物学では他分野と逆なのが普通なのかもしれない。

「細胞の形」という比較的測定しやすいデータから、「それぞれの細胞の圧力」というとても測定しにくい、できたとしても細胞にダメージが加わりやすい値を得られるわけで、すばらしい成果だろう。こういう方法論をよく勉強して、細胞から様々な「簡単には測れない値(それぞれの細胞が持つ圧力のような)」「エントロピー、内部エネルギーのような抽象的な値」を求められるようになると、とても有意義だろう。 「細胞の形(面積と、辺の数と長さ、辺と辺がとる角度)」が熱力学の場合の温度、圧力、体積、熱量、熱容量のような測定できる量に相当するのかもしれない。 形(面積)から圧力、張力がわかり、あと温度もわかる。


運動エネルギー、ポテンシャルエネルギーなどさまざまなエネルギーがある。どんな物体にも表面、界面があり「界面エネルギー」を考えることができる。

東京大学物性研究所物性理論研究部門 加藤先生が、「ビールの泡」の界面エネルギーを解説する文章を公開されている。「界面エネルギーは界面の面積に比例する」と書いてある。「体積を一定としたとき、表面積が最小となるのは球の時である」と書かれている。 細胞表層を界面と考えると、生物の細胞にも「細胞表層エネルギー」を考えることができる。植物細胞では細胞壁を取り除くと細胞は球に近くなる。体積が一定で、形が球に変化すると表面積は最小になる。球になった細胞は、直方体でいるよりも細胞表層の界面エネルギーが低くなる。その変化分が「細胞壁を構築するのに最低限必要なエネルギー」「細胞形態を維持するのに最低限必要なエネルギー」に相当するかもしれない。


細胞内でのエネルギー生産量(化学エネルギー)が小さくなる環境条件では、細胞表層エネルギー(物理的なエネルギー)を小さくするように制御がかかり細胞の大きさ、形態、細胞壁の組成(生物学的なパラメータ)が変わるかもしれない。これによって化学、物理、生物学を関連づけ統一することが出来るかもしれない(大袈裟)。しかし、この考えは真面目に検討する価値があると本人は考えている。


細胞表層を構成する細胞壁、細胞膜、表層細胞骨格はそれぞれ細胞内外からの力を受けている。細胞壁は細胞の膨圧によって張力がかかる。細胞質には粘性がある。それが原形質流動によって移動すると、細胞骨格にずり応力がかかる。ずり応力は血管の研究でよく出てくる。力学と親和性がある。細胞のエネルギーを考えるときに重要であることはまちがいないし、そういう考え方が有効な研究対象かもしれない。

細胞外マトリクスと細胞の力学的相互作用の研究をされている、東工大赤池/田川研究室の研究紹介 http://www.akaike-lab.bio.titech.ac.jp/akaike/index.html

細胞質の粘性、原形質流動の速度が細胞の大きさで変化することが知られている。大きい細胞ほど流動が早いそうである。乾燥ストレスを受けると細胞質の粘性は高くなり、細胞骨格にかかる力が大きくなるかもしれない。そういうこともストレス応答に関わっているかもしれない。タマネギ表皮細胞の原形質流動が、乾燥気味になってくるとかえってよく観察できることもあった。

オリザリン処理された細胞(泡に近い)の成長は、Soap froth のモデルと類似した性質を示すことが示されている。それでは、処理していない普通の植物細胞(多角形)ではどうか。もちろんそのまま適用はできないだろうが、著者らが書いているように、共通した性質があるかもしれない。オリザリンの濃度を変えることを、モデルに取り入れることができればよい。濃度を変えていくと、モデルの挙動はどうなるのか。すこしずつなめらかに変化するのか、氷点で水が氷に変わるように、あるところで不連続に泡から多角形に変わるのか。そういうことをさらに調べることができるかもしれない。

「泡の物理」という本の43ページに、[3.7 浸透圧] というセクションがある。泡の場合も、気泡がすべて球状の場合、気泡が多面体的なものの場合という二通りの状態がある。球状から多面体に変化すると表面積、表面エネルギーが上昇する。外部からフォームに隔膜を介して一定の力が作用することで、気泡の形状が多面体に変化する。気泡間の液体が排水する。その力が、浸透圧に相当する。

植物組織でも、「細胞外に存在している水分の量、浸透圧」は大切である。[ウェットフォーム」に相当すると考えることができる。その点を、今回の Corson らの論文は考えていない。

泡を作るための石けん液にグリセリンを加えると粘度が増す。それによってフォームからの排水(泡と泡の間の液層から水分が奪われること)が抑えられる。植物組織は細胞壁、細胞間隙の部分に水分と空間が存在する。下胚軸などの切片を溶液に浸し減圧すると細胞間隙が溶液で満たされる。さらに遠心力を与えると「排水」が起きて細胞間隙に存在していた液体、分子を取り出すことができる。

十分に水を与えて育てている芽生えの伸長帯の部分は、ウェットフォームに相当するかもしれない。

「泡の物理」という本によると、泡に関する研究成果を生物に適用してみようという試みはずいぶん昔からあったらしい。その頃に比べると、遺伝子導入、GFP や共焦点レーザー蛍光顕微鏡などにより生物を観測する技術が大きく進んでいる。微小管などの機能を低濃度で特異的に阻害する阻害剤もたくさん開発されている。それらの進歩が、今回の成果を支えている。昔の研究者が考えたことを今の技術で検証するだけでも、何かわかるかもしれない。

この著者らは今回シロイヌナズナの茎頂を使っている。細胞の形を見やすくするために NPA で処理したり遺伝子導入したりしている。もっと細胞が見やすく測定しやすく、薬剤処理もよく効くような植物、実験系があればそのほうがやりやすいだろう。

目的は違うが、タマネギの表皮細胞を測定に使うという試みがなされている。   Onion epidermis as a new model to study the control of growth anisotropy in higher plants.   Suslov D, Verbelen JP, Vissenberg K.   J Exp Bot. 2009 Aug 14. [Epub ahead of print] PMID: 19684107


自然界には様々な「自発的にパターンを形成するシステム」がある。一つの細胞から生物の体が形作られる仕組みは、その代表である。化学、物理分野でも自発的に模様が形成されるBZ反応(Belousov-Zhabotinskii Reaction)などがある。それらの分野ではパターン形成に関する数理的な研究(反応拡散方程式など)が進んでいる。それらの成果を生物学に取り入れることが最近盛んに行われている。

この論文の著者たちは、植物の細胞の拡大成長、細胞分裂について植物を用いた実験的な測定を行った。それと同時に、二次元 Soap froth (石けん泡)の並び方に関する物理的なモデルを借用して、実験結果を説明するモデル化を行った。実験結果とモデルを比較することで、植物細胞の成長に関する知見を得ようとしている。

実験的な測定について

Fig.1, 2

植物細胞の拡大成長を定量的に測定しモデル化するには、できるだけシンプルな、測定しやすい実験系でないと難しい。今回は、シロイヌナズナの茎頂の部分にNPA(1-N-naphthyl phthalamic acid) を投与した。NPA はオーキシン極性輸送阻害剤の一種で、茎頂に与えると葉の形成を阻害することが知られている。その状態では茎頂の部分は pin form と呼ばれる、Fig.1のAのような形になる。かなり人工的な実験系だが、これによって細胞の並び方を見やすくしている。

この状態からNPAを除くと、Fig.2 のように葉の原基が再び形成される。Fig.2 では細胞の形がきれいに観察されている。これは細胞の表面に、緑の蛍光を発するタンパク質 GFP が局在するように遺伝子を導入してある植物を用いたからである。 細胞の形を測定するのが重要なので、測定しやすいように加工した植物を用いている。

彼らは、さらに茎頂をオリザリンという薬剤で処理した。オリザリンは微小管を破壊する作用がある。これで処理すると、Fig.1 のBにあるように、細胞は縦横の区別がなくなり、球に近い形状に変化する。微小管が植物細胞の形態を決定する因子であることは以前から知られている。オリザリンによって形状が変化するだけでなく、細胞の分裂も阻害される。しかし細胞の拡大成長は起きるので、それぞれの細胞のサイズ、体積がきわめて大きくなる。

Fig.2 のBからDは、Aの状態の茎頂にオリザリン処理をしたものである。AとDを比べると、細胞一つの大きさがとても大きくなっている。

茎頂は何層もの細胞が積み重なって作られている。一番表面の細胞層をL1 (Layer 1) という。茎頂における L1 の細胞は、層面に対して垂直方向にのみ分裂する。そのため分裂して生成する二つの細胞はどちらもL1層に属している。L1層の細胞がほかの層に移動することはない。ゆえにL1層の細胞の分裂増殖、細胞拡大を考える際は、細胞が平面に並んでいる様子(二次元)だけを考えればよくなる。

彼らは、L1層の細胞の並び方、角度、お互いの幾何学的配置 (geometory)の分析に、二次元 Soap froth (石けん泡)の並び方に関する物理的なモデルが適用できるのではないかと考えた。

    ←   L1層を横から見た図                          
    L1層の細胞の拡大、分裂は一つの平面だけ(二次元)を考えればよい(本当はそうでないかもしれないが、モデル化するために単純にしている)

二次元 Soap froth (石けん泡)の並び方に関する物理的なモデル

参考文献:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006535675/ 二次元石けん泡の統計的「形」の問題 種村 正美 そのほかにも「形の物理学」「ビールの泡」などのキーワードでたくさん見つかる。 Soap froth を画像検索すると、このことに関する動画も見つかる。

泡の物理   A5/284頁 6300円(本体6000円+税5%) 978-4-7536-5095-8   大塚正久(工学博士)/佐藤英一(工学博士)/北薗幸一(博士(工学)) 訳/D. Weaire/S. Hutzler 著   (株) 内田老鶴圃   という本もあった。一番後ろの方に、「17 いくつかの天然フォーム」という章があり、生物のセルについて書かれているそうである。

二枚の透明なプレートをわずかな間隔を置いて重ね、その間に石けん泡を形成させる。多数の泡がお互いに接して形成される。それぞれの泡は、いくつかの辺を持つ多角形であるとする。二つの泡を隔てている泡膜(多角形の辺)に注目する。泡膜は直線ではなく、泡の大きさに応じた曲率の半径を持つ。

半径に応じて、二つの泡の間に圧力差が生じる。圧力差はラプラスの公式   は張力 R は半径 で表される。 そのため辺の数が少ない、小さい泡(半径が小さい)は内圧が相対的に大きくなり、内部の気体が外部に拡散しやすくなる。それによって小さい泡は消失しやすい。大きい泡は逆に大きくなる。それらの変化が起きて泡の配置と辺の数が変化していく。しかしそのうちいくつかある平衡状態のどれかに陥り、複数の平衡状態の間を行き来するようになる。

その状態で、複数の泡が接する頂点に注目する。平衡した状態では、一つの頂点には3つの泡が集まるようになっている。3つの泡は、頂点でそれぞれお互いに120度の角度をなすことで安定になる。結晶粒界(複数の結晶が形成する界面)や動物の内皮細胞が示す形の分布のモデルとしても研究されている。

 ← 二次元Soap frothの例  http://www.weizmann.ac.il/home/festava/past.html    http://images.google.co.jp/images?q=Soap%20froth%20model&sourceid=navclient-ff&rlz=1B3GGGL_jaJP248JP248&um=1&ie=UTF-8&sa=N&hl=ja&tab=wi

Fig.3, 4 (茎頂の細胞層の観察)

共焦点蛍光顕微鏡を用い、茎頂のL1層の細胞の並び方を撮影したのがFig.3である。二次元Soap frothの写真と似ている。

A と C は、NPA 処理はしているがオリザリンでは処理していない状態を撮影したもの。 A は上から Cは横断方向: BとDは、オリザリンで処理して72時間後の状態 それぞれ上から、横から: 特にDでよくわかるが、オリザリンで処理すると細胞壁が直線でなく曲がっている。

3個の細胞が接している頂点で、角度を測定した。その結果をヒストグラムにしたものが Fig.4 の A である。 通常の植物細胞は、細胞が正方形から長方形に近い形をしている。細胞壁は曲がっておらず直線に近い。伸長成長し長方形になった細胞が分裂すると、新しくできた頂点の形成する角度は基本的に 90, 90, 180 になる。その後次第に細胞壁が曲がり力学的に安定になるように変化していくことで、120 度に近い角度の頂点が増加する。 Fig.4 の A にあるように、実際に測定したデータでも 90 度や 180 度を含む幅広い分布をしていた。

一方、オリザリン処理した後では、Fig.4 の B にあるように、角度が 120 度に近い値である頻度が高かった。これは、オリザリン処理によって植物の細胞が形状を維持できなくなり、力学的には単なる泡に近くなっていることを示している。

二次元石けん泡のモデルでは、それぞれの泡を多角形(それぞれの辺は曲がっている)と見なす。Fig.3 の植物細胞も同じように多角形と見なし、辺の数、頂点で形成される角度の和を細胞ごとに測定した。 それらのデータを Fig.4 の C のようにまとめた。通常の植物細胞(白丸)では (n-2) x 180 という値に近くなった。 これは通常の細胞は、それぞれの辺が直線からなる多角形と見なせることを示している。オリザリン 72 時間処理(黒丸)では、それぞれの頂点の角度が約 120 度なので、Total angle は n x 120 に近い値になった。 それぞれの細胞の細胞壁が Fig.3D のように曲がって、形が石けん泡に近づいていることによる。

Fig. 5

オリザリン処理した茎頂の細胞は、石けん泡と似た形を作ることがわかった。しかし、茎頂の細胞の並びと石けん泡には違いもある。石けん泡ではそれぞれの泡の内圧の違いによって状態が速やかに変化し、平衡状態になる。泡の状態は、それぞれの泡が持つ辺の数に影響される。

辺の数が小さい(5 以下)の泡は縮小し、なくなりやすい。石けん泡では六角形の泡が一番多くなる。しかし茎頂の細胞について時間を追って観察すると、細胞の辺の数による違いはなく、四角形の細胞も多角形の細胞も同じように拡大成長していた。横軸に時間、縦軸に面積の対数をとるグラフ(A, B) を書くと、オリザリン処理 46 時間までは直線的に拡大成長することがわかった。

細胞の拡大成長、並び方の変化のシミュレーション

実験的な測定と平行して、細胞の拡大成長をコンピュータでシミュレートした。細胞を多角形とみなす。 細胞は二次元に並んでおり、それぞれが細胞壁(辺)で区分されているとする。 細胞壁を粘弾性を持つ棒 (バネとダンパーが直列につながっている、マクスウェルのモデル)とみなす。 細胞の膨圧によって細胞壁が変形し、細胞が拡大成長する。Soap froth のモデルの考え方を借用して、細胞の拡大成長のモデルを構築した。

細胞には複数の細胞壁(辺)がある。それぞれの細胞壁に、張力 tension が常にかかっている。それによってそれぞれの細胞壁の長さが  (ある時刻での長さ)から (弾性的(バネ)な伸びによる長さ)に変化する。さらに  も、張力 Ti の変化に従い、粘性的に一ステップごとに変化するとする。

ラプラスの公式   は張力 R は半径 から、式 1 が書かれている。

        が curvature 曲率  が 張力   曲率は半径の逆数に比例する

マクスウェルのモデルに基づいて 張力 Ti を用い、細胞壁の変形を

という 式2 で表した。

 は elastic modulus 壁の弾性率      は wall thickness  壁の厚さ     は viscosity  壁の粘性

が入っている中央の部分はバネの伸びに相当する。

が入っている右の部分はダンパーの伸びに相当する。バネの力 = ダンパーの力 になる。「バネとダンパーが並列につながっている」というモデルなので、等号がついている。

実際の細胞の大きさや膨圧などから、今回は とした。

ここで、「複数の細胞が並んでいる状態の、全体のエネルギー」を考える。その「エネルギーの値」が最小になる状態を選びながら、細胞は成長していくとする。 これはSoap froth のモデルの考え方を借用したものである。Soap froth のモデルでは、「複数の泡が並んでいる状態が示すエネルギー」を考える。 二次元の泡の並びは、エネルギーが極小になる平衡状態に向かって自発的に変化する。

彼らは細胞の並び全体のエネルギーとして、次のような 式 3 を考えた。

この場合のエネルギーは、細胞壁の弾性的な伸びに由来するエネルギーと、細胞の膨圧に由来するエネルギーを足したもので表される。 左の式の第一項が細胞壁のエネルギー、第二項が細胞の膨圧のエネルギーに相当する。

第一項は   (細胞壁が全く伸びない)時に0になり最小になる。

第二項の P は細胞の膨圧、S はそれぞれの細胞の面積である。この 式 3 では P がすべての細胞で一定としている。 この式の値が最小になるように、まず を決定する。それは「できる限り細胞壁の長さ を変化させない(第一項を小さくする)という制約条件で、それぞれの細胞の面積の合計(第二項)をできるだけ大きくする」という問題を解くことになる。

そのような問題は     と呼ばれる方法等で計算できる。

計算結果によって、 の値が変化したらそれを 2 の式 に代入し Ti を新しい値に更新する。 更新された Ti の値を用いて  の変化量        を計算し、 を新しい値に更新する。    を更新することを 1 ステップ(時刻が一段階進む)とする。それを繰り返すことで、細胞の拡大成長をシミュレートする。 ステップが進むと各細胞の面積が大きくなる。ある設定値を超えたら、その細胞を二つに分割するような新しい細胞壁を設定する。それによって細胞分裂をシミュレートする。

シミュレーション1

まず、「すべての細胞の膨圧 P は一定である」という条件(式 3 )で、シミュレートした細胞がどのように成長するかを見てみた。 特に、細胞の分裂を起きなくした条件(実際の測定ではオリザリン処理した場合、Fig. 3 の B に相当する)で、その後どう変化するかに注目した。

その結果が Fig. 6 で、A を初期の状態とした。すべての細胞の膨圧 P が同じなので、細胞壁はどれも直線で全く曲がらない。 この条件では、1 ステップごとの細胞面積の変化がステップ(時間)が進むに従って限りなく大きくなり、C にあるように細胞の面積の対数を縦軸にとったグラフが直線にならない。 これは Fig. 5 の細胞を実測したグラフと明らかに異なる。「すべての細胞の膨圧 P は一定である」という条件が、適切でないことを示している。

シミュレーション2

そこで次に、「細胞の面積 S が変化すると、膨圧 Pi が P(S) という目標値に変化しようとする」ということにした。 同時に膨圧 P は式 4 のように表される(膨圧 P と面積 S は反比例する)ことにした。また膨圧 P は細胞に含まれる溶質の粒子数(モル数、分子数)に比例する。

  は細胞i の圧力、   は細胞i に含まれる溶質の粒子数、   は細胞i の面積

シミュレーション1と異なり、各細胞に含まれる溶質の量を考えないといけない。 細胞に含まれる溶質の粒子数 N は、細胞の面積 S が変化することで変動するということにした。 時刻1ステップでの変化量 を式 5 で表した。

式 4 から になる。i がいくつでもこれは成り立つので、

S の変化により更新された P を P(S) と書いている。 それに S をかけると、更新された N の値になる。 それから現在の N の値を引くと、N の変化量 になる。

分母の (タウ)は、N の変化を調節する定数で、今回は 0.1 にした。 この値が1よりもずっと小さいことによって、「溶質の粒子数の変化(dN)は、細胞の成長(dS)よりも素早く起きる」ということを表現している。

この条件での「複数の細胞が並んでいる状態の、全体のエネルギー」を、式 6 で表した。

第一項は式 3 と同じである。

第二項は、溶質の量 N x(面積 S の対数)に変わっている。

第二項は溶質に由来するギブスエネルギー G に対応するもので、熱力学での化学ポテンシャルによる d'W 仕事「粒子数の変化 dN x 化学ポテンシャル μ  」に相当する。「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という2つの条件があれば、 という簡単な関係が成り立つ。この論文では温度 T は出てきていないように思うが、一定ということを暗黙のうちに仮定しているのだろう。温度が変化する場合に、この論文の結果はどう変化するかということも考えられるかもしれない。圧力 P は大気圧で、一定ということにしているのだろう。

熱力学で d'W = -PdV という関係がある。粒子数の増減も -PdV と同様に仕事 d'W と直結できる。化学ポテンシャル を用いて、 と表現できる。化学ポテンシャル は、「温度 T は一定」「圧力 P は一定」という2つの条件があれば、 という簡単な関係が成り立つ。

理想気体では、G は圧力 P の対数に比例する(この関係は気体の状態方程式から決められる)。

G は粒子数とも比例するので、圧力 P の対数が化学ポテンシャルに相当することになる。 溶液でも濃度が低い場合は理想気体と同じように考え、G は濃度の対数に比例すると考える。この式では濃度(圧力 P と同等と見なす)の代わりに、式 4 (P と S は反比例)の関係を用い面積 S の対数で求めることにしている。P が 1/S に変わるので、対数にすると ln(1/S) で、これは -ln(S) と同じである。

結局 -1 x 溶質の粒子数 N x(面積 S の対数) で、細胞一個の、粒子数に由来する ギブスエネルギー G になる。それを全部の細胞について足し合わせる。マイナスがついているので、細胞が大きくなるほど、このエネルギーは低くなる。状態変化は G が低下する場合 (dG < 0) に自発的に進行するので、この式では細胞は自発的に大きくなるほうが起きやすいことになる。

この 式 6 について、前回の式 3 と同じように  を更新していく。 さらにこの式は が付け加えられているので、 も更新する。 それは 式 5 によって行う。

P(S)を定義しないといけないが、 ゆえに  という熱力学の関係を借用し、   (細胞壁の粘性  x 細胞壁の厚さ h、これは細胞壁の不可逆な変形を表し、仕事 d'W に相当する値)を、細胞の面積 S の平方根(体積 V に相当する値)で割った値(式 7)ということにした。

分母は S の関数なら平方根でなくてもよいが、このように仮定すると Fig. 5 に見られる「一定速度の拡大」をうまく説明できるということである。 その仮定を 式 5 に当てはめ、式 8 を得た。

さらに、このシミュレーションの場合は各細胞が持つ膨圧 Pi がそれぞれ異なる。そのため細胞壁は直線ではなく、隣り合った細胞間の膨圧差によって曲がる。 その曲がり方(曲率 Ki)は、式 1 で計算した。


以上の条件でシミュレーションを行った結果が Fig. 7 で、図では見にくいが、それぞれの細胞壁は膨圧の差によってわずかに曲がっている。 A の状態から、細胞分裂を起こさない条件で細胞の拡大成長をシミュレートした。その結果、C のグラフのようにそれぞれの細胞の面積の増加は対数グラフにした場合直線に乗り、Fig. 5(実測値)のグラフとよく一致した。

三つの細胞が形成する角度も、120 度にすぐに集中するようになった。Fig. 4B(実測値)の結果をよく再現することができた

Discussion

今回植物細胞の拡大成長を Soap froth のモデルを用いて分析した。シミュレーションで、特に植物細胞をオリザリンで処理した時の細胞の拡大成長と、細胞同士が形成する角度の変化をうまく再現することができた。しかし泡と植物細胞では異なる点が多い。二つの泡は一つに融合することがあるが、細胞ではそういうことはない。泡では界面の曲率によって圧力の差が生じる。植物細胞では各細胞の溶質濃度の違いで膨圧の差が生じる。シミュレーション1のように「すべての細胞の膨圧 P は一定である」とすると実測と合わない結果になった。シミュレーション2のように、各細胞がそれぞれ異なる膨圧を持つと仮定することで、実測値を説明できるようになった。

シミュレーションでは、結果が実測結果と合うようにおいた仮定がいくつもある。それらが適切かどうかという問題がある。シミュレーション2では「膨圧と細胞の面積が反比例する(式 4)」と仮定している。まだ成長していない小さい細胞は、含まれる溶質の量が少なくても浸透圧は高くなるので、おかしくはない。 しかし他の可能性もある。他のグループの論文で、「細胞の浸透圧は細胞壁の張力を一定に保つように制御される」という仮定でも、今回のような結果が得られることがわかっている。今後の課題である。

今回は平面的な細胞の並びを考えたが、3 次元に拡張したりして、さらに複雑な植物組織の成長をシミュレートすることも今後の課題である。

今回のシミュレーションの結果は、オリザリンで処理していない、正常な細胞の成長にもある程度適用できるだろう。 特に「膨圧と細胞の面積が反比例する(式 4)」という関係は、正常な細胞でも成り立つと考えている。 細胞が拡大することで膨圧が低下するなら、それ以上の細胞拡大は起きにくくなる。逆に小さい細胞は膨圧が高くなり大きくなりやすい。結果として細胞の大きさのばらつきが小さくなるように働く。この仕組みは、多数の細胞が集まって植物や動物の体を作る際に、細胞の大きさを揃えるということで役立っているかもしれない。しかしこのことも、今後実証されないといけない。

vim: set ts=8 sts=2 sw=2 et ft=a111_modified_flexwiki textwidth=0 lsp=12: