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Cycloheximide -

シクロヘキシミド    PubChem へのリンク   http://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/summary/summary.cgi?sid=49855692&loc=es_rss 

放線菌の1種 Streptomyces griseus によって産生される抗生物質。真核生物の細胞質におけるタンパク質合成(核コード遺伝子の翻訳)を選択的に阻害する。シグマなどで発売している。価格が安いので使いやすい。これは非常に重要なことである。マイクロカプセル化したものが有害動物忌避剤として用いられている。農薬としても用いられている。厳しい野外環境でもかなり安定して活性を保持することを示している。

植物生理学分野では、ある現象(ホルモンによる遺伝子発現変化など)に蛋白質の合成が必要かどうかを調べるためによく使われている。しかしもちろんタンパク質合成阻害以外の副作用も起きうるので注意しないといけない。

普通短時間の処理に使われるが、無菌培地に添加して10日間発芽からの生育を見た例も報告されている。

Arabidopsis sensitivity to protein synthesis inhibitors depends on 26S proteasome activity.   Kurepa J, Karangwa C, Duke LS, Smalle JA.   Plant Cell Rep. 2010 Mar;29(3):249-59. Epub 2010 Jan 20.  

この論文では、rpt2a-3, rpn10-1, rpn12a-1 というプロテアソームサブユニット(19S)の変異体について、シクロヘキシミドに対する感受性を見ている (Fig. 1)。こういう実験では培地成分によって結果が変化しやすい。Kurepa j らは 1/2 MS salt, 1% sucrose, 0.8% agar という培地を使っているらしい。シクロヘキシミドは 0, 0.2, 0.4, 0.8, 1.6 μM の濃度で処理している。種子を直接シクロヘキシミド培地に播種し、4 ℃で 4 日間処理した後 22 ℃で光照射下育成している。かなり強い光を当てているがシクロヘキシミドは分解しないらしい。Smalle のグループはプロテアソームに関する優れた業績を継続的に出している。   http://www.uky.edu/~jasmal3/   シクロヘキシミドがプロテアソーム研究に有用だということを示したかったのだろう。差は小さいが、プロテアソーム変異体では子葉の拡大が抑えられにくくなっている。生重量の低下も小さくなっている。

Fig.2 ではそれぞれの変異によって ubiquitin 化された蛋白質、ubiquitin monomer の蓄積量が増大することを示している。シロイヌナズナでは、ubiquitin monomer はプロテアソームの変異によって蓄積量が増えるらしい。他の短寿命蛋白質、プロテアソーム阻害の研究の際に、指標のように使えるかもしれない。

しかし別の論文では、熱ショックにより ubiquitin 化された蛋白質の蓄積量が増加した際には、逆にubiquitin monomer の蓄積量が減少しているというデータが掲載されていた。   

Ubiquitin Pool Modulation and Protein Degradation in Wheat Roots during High Temperature Stress.   Ferguson DL, Guikema JA, Paulsen GM.   Plant Physiol. 1990 Mar;92(3):740-746.   植物種、ストレスの種類で変化様式が変わるのかもしれない。

酵母ではシクロヘキシミド耐性の変異体 crl が単離されている。

Yeast cycloheximide-resistant crl mutants are proteasome mutants defective in protein degradation.   Gerlinger UM, Guckel R, Hoffmann M, Wolf DH, Hilt W.    Mol Biol Cell. 1997 Dec;8(12):2487-99.   

プロテアソームに関係する変異体が単離されている。プロテアソームの機能が低下することによってシクロヘキシミドに耐えられるようになる。プロテアソーム、またはタンパク質合成に異常がある変異体はシクロヘキシミドに対する感受性が変化するということが考えられる。しかしその逆(シクロヘキシミドに対する感受性が変化しているとプロテアソーム、またはタンパク質合成に異常がある)は成り立つとは限らない。

正常な野生株では、シクロヘキシミドを与えることによって蛋白質の合成と分解のバランスが崩れて、生育に必要な蛋白質の蓄積量が減少し生育が阻害される。プロテアソームが変異することによって蛋白質の分解が遅くなる。それによってシクロヘキシミドを与えた条件でのバランスが回復し生育可能になる。蓄積量は合成と分解のバランスで制御される。これまでは多くの因子で合成(転写誘導)のことが重視され研究されてきた。しかしIAA 蛋白質の研究などによって合成と分解のバランスが重要なことが示されている。そうなるときちんとしたモデルを考えないと蓄積量の変化などを理解しにくくなる。IAA 蛋白質については、その重要性から既に研究が進んでいる。   Mathematical Modelling of the Aux/IAA Negative Feedback Loop.   Middleton AM, King JR, Bennett MJ, Owen MR.   Bull Math Biol. 2010 Feb 5. [Epub ahead of print]

酵母の研究から、単純にすべてのタンパク質の合成、分解が効くのではなく、「タンパク質合成がうまくいっていることのセンサー」となる蛋白質因子が想定されている。その因子の蓄積量がシクロヘキシミドによって減少すると、それをシグナルとして積極的に生育を停止させる仕組みがあることが解明されている。 その因子の候補としてユビキチンが挙げられている。ユビキチンを過剰発現させるとシクロヘキシミドに耐性になる。プロテアソーム変異体では、高濃度のシクロヘキシミドを与えたときのユビキチン量の減少がゆっくりになる。それによってシクロヘキシミドを与えてから増殖が阻害され始めるまでの時間が延長される可能性がある。

Ubiquitin depletion as a key mediator of toxicity by translational inhibitors.   Hanna J, Leggett DS, Finley D.   Mol Cell Biol. 2003 Dec;23(24):9251-61.

Trametes versicolor というカビは窒素源飢餓に応答してリグニン分解酵素などの発現が誘導される。窒素源飢餓によって非結合型ユビキチンのプールが枯渇することが示されている。それによってプロテアソームによる分解のパターンが変化する。窒素飢餓によってプロテアソームも影響を受ける。それらのことが窒素飢餓応答に関与していることが示唆されている。

The role of the ubiquitin-proteasome system in the response of the ligninolytic fungus Trametes versicolor to nitrogen deprivation.   Staszczak M.   Fungal Genet Biol. 2008 Mar;45(3):328-37.

酵母の論文と考え合わせると、窒素源飢餓に陥ると CHX が効きやすい、CHX を与えると窒素飢餓応答が起きやすくなることになる(別の生物、実験系だから単なる推測にしかならないが)。シクロヘキシミドの作用と窒素源飢餓は、タンパク合成が阻害されるという点で共通したところがある。しかし「シクロヘキシミドはオートファジーを強力に抑制します」と、オートファジーの専門家が書かれている。熱ショックの際にHspが選択的に翻訳されるように、窒素源飢餓の際に選択的に翻訳される(他の一般的なタンパク質は翻訳されない)タンパク質が存在する可能性が考えられる。

窒素源飢餓状態は、細胞内の代謝を大きく変化させる。   http://www.iab.keio.ac.jp/data/interview/itoh-takuro-layout/itoh-takuro.html   伊藤卓朗博士の研究紹介 藻類には、培地の窒素源を欠乏させると油脂を作り始めるものがある。バイオ燃料を生産することに使われ、研究が進んでいる。窒素飢餓に陥ると相対的に炭素が過剰になる。炭素と窒素の比率は細胞活動を制御する重要なパラメーターである。過剰な炭素を消費し炭素と窒素のバランスを回復するために、油脂という形で外部に放出しているという説が考えられる。

窒素源飢餓状態は、細胞の分化のスイッチを入れる条件となっていることがある。

窒素源飢餓状態では、不必要なタンパク質の分解速度が早まるかもしれない。しかし必要なタンパク質を分解してしまうとかえって不都合になる。オートファジーと栄養源欠乏に関係があることが知られている。

清酒酵母では、シクロヘキシミド耐性の酵母株からリンゴ酸を多量に生成する株が単離されている。   http://www.saga-itc.go.jp/Report%20society/H13report%20PDF/p39-42.pdf   小金丸和義 博士

酵母のリンゴ酸高生産性は、ミトコンドリアと関連があることが報告されている。   北垣浩志 博士の解説   清酒醸造における酵母ミトコンドリアの役割の解析とその育種への応用   生物工学会誌 第87巻 第2号 66 71.2009   酵母ではシクロヘキシミド耐性と、ミトコンドリアに関連がある可能性も考えられる。シクロヘキシミドの作用が、ミトコンドリアの断片化などを間接的に誘導するのかもしれない。それが起きにくいと有機酸代謝が変化してリンゴ酸が増加しやすいのかもしれない。ミトコンドリアに異常が生じると、シクロヘキシミドと関連する機構に変化が起きるのかもしれない。リンゴ酸の増加は、それと平行して起きる事象の一つかもしれない。

シクロヘキシミド耐性を獲得する機構としては様々な仕組みがあり得る。タンパク質合成や分解と直接関係ない仕組みもあり得る。ある程度非特異的に、広い範囲の化合物を解毒する能力が高まった変異体を、シクロヘキシミド耐性株として見いだすこともあり得る。しかしそれがかえって面白い発見や実用に役立つ成果につながるかもしれない。

動物細胞で、アミノ酸飢餓に対する応答が研究されている。オートファジーとの関連がある。アミノ酸飢餓に陥った際には、既に存在している蛋白質がプロテアソームによって分解され、アミノ酸を供給する。以下の論文では CHX や MG-132 を用いて解析されている。

Protein synthesis upon acute nutrient restriction relies on proteasome function.   Vabulas RM, Hartl FU.   Science. 2005 Dec 23;310(5756):1960-3.   遊離型アミノ酸の量は、タンパク質合成の重要な制御因子である。TOR 蛋白質などが関与している。プロテアソーム系の方はアミノ酸の量で制御を受けるのだろうか。Staszczak M. の論文からは、そういうこともありうるように思える。

品質に問題のあるミトコンドリアが生じると、Parkin というタンパク質が関与する仕組みによってミトコンドリアのオートファジーが生じる。 細胞工学 2010年5月号 マイトファジー:ミトコンドリアを丸ごと分別・除去する仕組み 岡本浩二,岡本徳子   ミトコンドリアの品質維持とパーキンソン病 田中 敦,Richard J Youle

植物では、「合成と分解のバランスで調節されている重要蛋白質」が、細胞周期関連タンパク質以外にもたくさんある。そのため、条件次第ではシクロヘキシミド処理によって成長速度以外のさまざまな変化が生じる可能性がある。またシクロヘキシミドを排出、解毒する仕組みも発達している。多様な変異によってシクロヘキシミドに対する感受性が変化する可能性が高いのではないか。それは都合が悪いかもしれないし、よいかもしれない。シクロヘキシミドに対する感受性が変化したからといって、タンパク合成、分解とすぐに結びつける必要はないらしい。