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What_is_”spin”?を解読してみる -

目次

What is "spin"? を解読してみる 

Peter Woit という学者は「Not Even Wrong (ストリング理論は科学か?(松浦俊輔訳・青土社刊))」という本を書いたことで有名である。この本は、素粒子に関する物理学が発展してきた歴史をできるだけ素人にもわかりやすいように真面目に説明している本としても評価できると、ある物理の先生が紹介されていた。Woit 博士は blog でも時々素人向け解説を書いてくれる。最近その blog に「What is "spin"?」という記事が投稿された。   https://www.math.columbia.edu/~woit/wordpress/?p=11811   その他にも素人向け解説がある。 「Symmetry and Physics」 https://www.math.columbia.edu/~woit/wordpress/?p=13015

生物学でも、「酸素分子には三重項酸素、一重項酸素という二つの状態がある。酸素分子には一番エネルギーが高い電子が二つある。三重項の状態は、二つの電子が異なる軌道を占有してしかもスピンの向きが平行で、もっともエネルギーが低い」というようにスピンが出てくる。いままでは「スピンという性質がある。そういうものだ」というだけで終わりにしていた。しかし今や新聞の一面の見出しに「量子」と大きく書いてあったりする時代になった。もう少し勉強してもいいのではないか。そこで Woit 博士が書いた「What is "spin"?」という記事を解読してみる。

量子論の参考書として、清水明先生の「新版 量子論の基礎」を用いる。Woit 博士の解説と同じ形式を用い初心者にもわかりやすいように丁寧に解説されている。

普通の(古典的な)物体の回転運動

この解説では原子核の周囲を運動している電子を対象に説明をしている。この場合、電子の運動は基本的に回転に対応する角運動量で表される。だから角運動量についてよく理解しないといけない。そこでまず、普通の物体の回転運動を微分方程式で表す式が示されている。 題材にしている運動は、z軸を中心とした x, y 平面の回転運動である。

右辺に出てくる {F, Jz} は、ポアソン括弧式と呼ばれる。これは、角運動量を計算するときに出てくる式と似た感じで 4 つの項を組み合わせている。これを理解するために、まず高校の物理の参考書(山本先生「新・物理入門」)の「角運動量」の部分を勉強し直してみる。

角運動量は、運動平面 (x, y) を運動する物体の運動方程式を立てることで求められる。 運動方程式を x 軸、y 軸に分けて書くと、m を質量、v を速度として

x 軸:   (1)

y 軸:   (2)

さらに X  (2) - Y  (1) の操作をすると

この式の左辺から  の部分を前に出すと、

この式の  の部分が角運動量になる。 この式を私が解釈すると、「回転運動のような直線的でない運動は、速度が   のように複数の成分に分かれる。それらをまとめるために、この式のようなたすき掛けのかけ算を行う」というようになる。「新・物理入門」を見ると、この式はさらに書き換えられて「回転の激しさを表す量」と解釈できることが紹介されている。

ポアソン括弧式には、二つの関数が要素として含まれる。今回の例では、位置(運動)を表す関数 F と角運動量 Jz が二つの関数になる。これらの二つの関数は、共通した引数 (q, p) を持っている。また、今回は位置(運動) F に対して角度 θ の回転を行うので、F については θ も引数とする。角運動量 Jz も回転と密接な関係があるので θ も引数とする。二つの関数はどちらも 3 つの引数 q, p, θ を持っていることになる。今回は回転なので 3 番目は θ だが、対象に合わせて 3 番目を時間 t などに変えることもできる。

この関数  を、熱力学で出てくる全微分の考え方で微分してみる。 熱力学で F(T, V) という形で F を表現できることから  というように dF を表現できた。これを真似ると、

左辺を  にすると

ここで、上の式の右辺の 2 番目、3 番目の項を、 Jz を θ で微分した項で書き換える。 これには、「回転運動では、角運動量 Jz は θ が変化しても一定」ということを利用する。 ここでも、全微分の考え方を用いて Jz を θ で微分する。その値はつねに 0 になる。

これを見やすくするために右辺に出てくる 4 つの要素を A, B, C, D にすると AB = -CD これを書き換えると -A / D = C / B  この比率はどんな値でもよい。どんな値でもよい時は一番都合のよい値にすればよいと物理の本にはよく書かれている。そこで -A / D = C / B = 1 とする。

そうすると B = C, D = -A ということになる。元の式に書き戻すと、

、  になる。    これらの関係を使うと、  の右辺の 2 番目、3 番目の項は

と書き換えられる。この形の式は 二つの関数, またそれらに共通した引数(この場合は p と q )から構成され、さまざまなところで使われるので、 と略して書くようになった。 これを使うことで、 ということになる。

最初に示された式  では、 という条件がついている。これは「微分を θ=0 の周囲で行う」ということを表しているらしい。 今考えている回転運動は、p と q を固定して θ だけを変化させようとする(偏微分、運動には変化がなく、座標軸だけが回転して変化すると解釈できる)場合、座標軸がどのように回転しても区別される要因はない(座標軸の回転に対してはどこから見ても対称)なので  になる。だから右辺は  だけでよくなる。


その次に、「短い計算で、 であることが示されます」と書かれている。 これは、上で出てきた角運動量を表す式  を回転運動に合わせて書き換えることで出てくる。 位置を回転運動ということから  と書く。運動量 p を  で導入する。 これらで書き換えると  になる。

「Jz 自体は観測可能です。これは、点粒子のz軸に関する角運動量であり、その位置と運動量のx、y座標は、 。古典物理学では角運動量 Jz は任意の値を取ることができます。」

と書かれている。ここまでは普通の(古典的な)物体の回転運動について紹介されている。


量子の性質を持つ物体・粒子の回転運動

その次に、量子の性質を持つ物体・粒子では同様な運動がどう表現されるかが論じられている。

「量子力学では、オブザーバブルは状態に作用する演算子(オペレーター)です。そして Jz がオペレーター

になります」

と書かれている。オブザーバブルというのは、実験を行うことで直接・間接的に観測できる量のことで、物理量、可観測量という呼び方もされる。演算子は、量子的な粒子の運動を表す式であるシュレーディンガー方程式の要素の一つで、粒子の状態を変化させる演算を指定している。 シュレーディンガー方程式では演算子はハミルトニアン  と書かれることが多い。 シュレーディンガー方程式についてはとても多くの優れた解説が書かれている。この方程式は量子的な粒子、対象物を扱う多くの分野で使われるので、分野ごとに異なる形式で解説が書かれている。今回の Woit 博士の解説によく当てはまる形式の解説が、清水先生の本の 95 ページから書かれている。

 を演算子として用いて、量子的な粒子の運動を表す式であるシュレーディンガー方程式を記述できる。Woit 博士の解説には、

と書かれている。これは清水先生の本では 95 ページに「要請(4)」として大きく書かれている「時間発展を記述するシュレーディンガー方程式」式 3.217 に相当する。

 は、波動関数  の時刻 t における状態をベクトルとして表している(状態ベクトル)。

簡単にするために、上の式の  を 1 にする。時間発展を表す式では引数として時間 t を用いるが、Woit 博士の解説では回転運動を扱っているので引数を時間ではなく角度  に取り替える。 また左辺についている i を右辺に移すために、両辺に -i をかけ算する。式 3.217 にこれらの操作を施して  を演算子として用いると、Woit 博士が示した式と一致する。

清水先生の本に、微分方程式である式 3.217 は初期状態(t = 0 の状態)を与えると、時間 t を大きくしていった際の状態がすべて一意に決定されることが書かれている。これは要するに微分方程式を解いて  を計算できると言うことである。

Woit 博士の解説の式  を、普通の微分方程式  と考えてみる。 すると関数 f(x) は、微分しても定数 a がつくだけで f(x) のままである。「f(x)のまま」という性質は e を用いた指数関数  で表せる。定数 a をつけるには、肩の部分を ax にすればよい。 合成関数の微分の式の通りで、  となって、   f(x) は  にすればよいことになる。 これは a が複素数でも問題ない。また f(x) が状態を表すベクトルになっても問題ないということらしい。そこで今回の式に当てはめると、

 になる。

しかしこれだけだと θ= 0 の時の値(初期値・境界条件)が 1 になってしまい、初期状態  が入っていない。 そこで、初期値  をかけ算する。そうすると

 

という、Woit 博士の説明の式になる。

その次に 「 の固有ベクトルである状態は、古典的な観測値(オブザーバブル) Jz の明確に定義された値とそれぞれ対応するいくつかの状態のうちの、一つであると考えられます。そしてその「明確に定義された値」は固有値で与えられます。」と書かれている。 この文章を自分にとってわかりやすくなるように長ったらしく書いてみる。

この文章は、化学でよく出てくる「時間を含まない形のシュレーディンガー方程式」が、量子を実験で観測した際に得られる実験結果と対応することを説明している。 シュレーディンガー方程式には時間を含む形の式と、時間を含まない形の式の二通りがある。時間を含む形の式は上で出てきた  のことで、これは時間的に変化する振動・波に対応する。 時間を含まない形の式は、定常状態(定常波・腹と節が固定され動かない波)に対応する。分子を構成している原子や電子は量子的な粒子で、普通に観測すると定常状態に見える。そのため定常状態を表す方の式を当てはめて表現する。

時間を含まないシュレーディンガー方程式にはいくつかの書き方があり、同じことを示している。

化学で出てくる書き方だと 

 はハミルトニアン。ハミルトニアンについては、後でよく考えてみる。ここでは、「ハミルトニアンは、電子の全エネルギー = 運動エネルギー + ポテンシャルエネルギー を表す式、演算  単なるエネルギーを表す値ではない」ということにする。  は波動関数。これについても後でよく考えてみる。ここでは、「電子の存在状態、分布を表現する関数」ということにする。  は、「正しい軌道を占有しそこを動いている、という条件を満たした電子」が保持する全エネルギー(と、私には思える)。ハミルトニアンも全エネルギーだが、ハミルトニアンの方には軌道に関する条件は付かない。また上に書いたようにハミルトニアンは「単なるエネルギーを表す値ではない」などの性質をもつ。そこに違いがある。

清水先生の本では、96 ページに 「固有エネルギーが  で、エネルギー固有状態が  で縮退がないとき、 

 

である」と書かれている。

固有エネルギーは、ハミルトニアン  の固有値で、エネルギー固有状態はハミルトニアンの固有ベクトルに対応する。 線形代数学で行列の固有ベクトルと固有値が計算できるように、ハミルトニアンからも固有値と固有ベクトルを計算できる(計算できないと困るので、できるような性質を持つようにハミルトニアンを作る)。行列の固有値は、その行列を分解する・対角化することなどに有用に用いられる。それと同じように、ハミルトニアンについて固有関数と固有値を求めることができ、それらが有用な値になる。

そもそも固有値、固有ベクトルとはなにか。行列の場合、単純に考えるとこれらは、対象とする行列をうまく分解することを可能にする、「数値」と「ベクトル」の組み合わせというように考えられる。 固有値は必ず固有ベクトルとセットになって計算される。「値」というから数値が一つあるだけなのかというとそうではなく、元の行列の列の数と同じだけの個数の、固有値と固有ベクトルのセットが生じる。

行列の場合、固有値について以下のように考えてみる。行列 A があるとする。固有ベクトルを B、固有値を λ とすると、

 という関係が成り立つように、それらの値が決められる (%*% は行列、ベクトルのかけ算)。手で計算するのはとても大変だが、R 言語などを使うと簡単に計算できる。ハミルトニアンの場合は計算するのはもっと難しい。これから勉強していく。

左辺では行列 A だったところが、右辺では固有値 λ に置き換わっている。 このことから、固有値は元の行列の性質を保持しながら縮約した、大切な部分を取り出したようなものと考えることもできる。 これは時間のないシュレーディンガーの式の場合も同じであり、ハミルトニアンが元の演算子、固有値がそこから大切な部分を取り出した成分でエネルギー固有値になる。 様々な分野で、固有値を求めることがとても重要な意味を持つ数値を得ることにつながることがよく知られている。

今回の解説では  を時間を含まないシュレーディンガー方程式のハミルトニアンとして用いることができる、すなわち

 

という関係が成り立ち、 や  を計算で求められる。 その解として得られる固有値  や固有ベクトル  (固有値と固有ベクトルがセットになって複数の解が得られるので、n がついている n = 1, 2, ... )のうちで、固有値の方が実験で観測されるエネルギー値になる。 このことを、「 の固有ベクトルである状態は、古典的な観測値(オブザーバブル) Jz の明確に定義された値とそれぞれ対応するいくつかの状態のうちの、一つであると考えられます。そしてその「明確に定義された値」は固有値で与えられます。」という一文で示している。

Woit 博士の解説では、その次に

「実験を行うと、Jz の観測値(=  の固有値)は  になります。」「古典的な場合とは異なり、予想どおりこの数は量子化されます(それが量子力学と呼ばれる理由です)が、2で割り算されることは予想外です。 」と書かれている。

量子化される理由は、Bohr の条件で電子の角運動量が整数性を持たなければならないことによる。この条件から原子の主量子数が出てくる。主量子数は 1, 2, 3, ... と 1 から始まる整数になる。 Woit 博士の解説では、このことについて

「普通に考えると、2π回転すると状態が元に戻るので、次のようになることが期待されます。

 

この場合、Jz(=  の固有値)は整数でなければなりません」

と書かれている。今話題にしているのは電子の角運動量(回転運動)である。回転運動は一周すると元に戻る。Jz が整数でないと元に戻らないので困る。そのことを示している。しかし量子的な粒子ではそれが必ずしもそうではないことがこの後で出てくる。

シュテルン-ゲルラッハ (Stern-Gerlach) の実験

どんな実験や機器を使えば Jz の値(=  の固有値)を観測できるのか。これは目盛りを読めば値が得られるというわけにはいかず、実験結果をうまく考察して間接的に値を求める必要がある。そのために行われる実験として「シュテルン-ゲルラッハ (Stern-Gerlach) の実験」という実験が多くの資料で解説されている。

この実験では「銀原子の磁気能率(モーメント)の値は2通りである」という結果が求められる。どんな実験をするかというと、まず銀でできたフィラメントを加熱して熱運動で銀原子を飛び出させる。スリットを用意して、スリットを通り抜けた銀原子だけが観測用のスクリーンに衝突して観測できるようにする。


元素の電子配置の量子的解釈については、玉虫文一先生の「物理化学序論 第三版」に優れた解説がある。 玉虫先生は量子数を主量子数、オービタル量子数、磁気量子数、スピン量子数と書いている。そこでこの文章でもそれに習うことにする。

銀原子は原子番号が 47 で電子も 47 個存在する。これらの電子は内側のオービタル 1s から順番に入っていく。基本的な順番では、

 と入る。しかしエネルギー準位が近接しているオービタル間では電子の配置が交換されることがある。銀原子はその例で、

 となり、一番外側の観測されやすい電子が 5s に一つだけ入った状態になる。この状態では、5s よりも内側の電子は配置が偶数・対称的でバランスがとれているので磁気能率(磁石の性質)を持たない。

5s に一つだけ入った電子は、マイナスの電荷が一つだけ動き回ることになるので磁気能率(磁石の性質)の元になりうる。化学で「不対電子を一つ持つラジカル分子は電子スピンのために磁気に反応する性質を持ち ESR という方法で検出できる」と出てくるが、それと同じような状態になっている。

s 軌道は磁気量子数が 0 であり、それ以外の状態はない。磁気量子数は「オービタルの方向性に関係する数」、「磁場をかけたときの角運動量ベクトルに対して許される方向」と説明されている。例として p オービタルは「電子の密度分布が核を原点とする x, y, z の直角座標方向に分別される」と書かれている。 d オービタルはオービタル同士が相互作用して xy, xz, zz, yz,  の 5 種類の方向に分別される。 だから s オービタルは対称で方向性を持たないと言うことになる。


実験の手順に戻ると、スリットを通り抜けた銀原子が通り抜ける飛跡の周りの適当な場所から、磁石を用いて不均一な磁場をとてもうまい具合にかける。そうすると、銀原子が磁気能率(磁石の性質)を持っているなら飛跡が変化して、そのことがスクリーンによって検出される。

5s に一つだけ入った電子は、マイナスの電荷が一つだけ動き回ることになるので磁気能率(磁石の性質)の元になりうる。 これを古典的な回転運動とすると、5s 軌道は対称で方向性を持たないので、回転の方向はランダムで連続的に様々なすべての方向を取る。だから磁気能率の向きもランダムで連続的になり、銀粒子を一個ずつ、何回も繰り返し飛ばすとそれぞれの銀粒子は少しずつスクリーンに当たる場所がずれて、スクリーンには広がった線が観測されるはずである。と資料に書かれている(資料:英語の Wikipedia: この資料では銀原子の磁気能率の向きはフィラメントから発射されたときに決まり、そのまま全く回転することなく飛んでいくことになっている。原子を一個ずつ分析するので、それぞれの原子がもつ磁気能率の向きがそのまま出てくる。多数の原子の平均が観測される実験なら向きは打ち消されるが、この実験はそうではない)

しかし、実験を行うと銀原子の飛跡は磁場によって連続的に分布するのではなく、磁場がないときの飛跡に対して上、下という二通りに分離した。この結果は「銀原子の磁気能率(モーメント)の値は2通りだけである」ということを意味している。これは予想外の結果だった。

なぜ予想外なのか。原子に磁気能率(磁石の性質)をもたらす原因の一つは、オービタルを運動する電子の角運動量である。 これはオービタル量子数と関連する。オービタル量子数の配下に磁気量子数があり、磁気量子数が磁気能率と対応する。

軌道オービタル量子数磁気量子数磁気量子数の種類密度分布の座標方向
s0012 * 0 + 1 = 1方向がない(対称)
p1-1 0 +132 * 1 + 1 = 3x y z
d2-2 -1 0 +1 +252 * 2 + 1 = 5xy xz zz yz x^2-y^2

 オービタル量子数は、オービタルを運動する電子の角運動量と対応する。この角運動量が0でない場合、他の角運動量と合成できる。1なら(+1, -1, 変化しない)の三通りの合成の仕方が生じうる。そのことが元になり、磁気量子数の種類が3通りになる。

今回の実験では、磁気量子数が 0 の 5s の電子が古典的な角運動量を持っているなら、スクリーンには上に書いたようにシグナルが広がって出現するはずである。「シグナルが二カ所に出現する=磁気能率(モーメント)の値が二通り)」ということはあり得ない。 またオービタル角運動量に由来する磁気能率(モーメント)の値の種類の数では 1, 3, 5, .. となって 2 通りということはない。 しかし予想外、あり得ないはずの結果になった。

この予想外の結果を説明するために、スピン量子数が導入された。

オービタル量子数は、その配下に磁気量子数をもつ。これはオービタルを動き回る電子が電荷を持っていて、電荷を持つ粒子がオービタルを運動すると磁気能率(磁石の性質)が出現することによる。 この考え方をもとに、「電子はオービタルを運動するだけでなく、別の運動も行っている。その運動は普通の回転とは見なせない何だかよくわからないもの(運動ではなく、単なる性質・パラメーター・自由度と考えてもよい)だが、角運動量と磁気能率(磁石の性質)を出現させるということにしよう。電荷を持つ粒子の自転運動(スピン)は磁気能率(磁石の性質)を出現させるので、この運動をスピンということにしよう」ということにした。

磁気量子数は、絶対値がオービタル量子数以下で、必ず 1 刻みで変化することになっている。これと同じように「スピン量子数と対応する磁気も、絶対値がスピン量子数以下で、必ず 1 刻みで変化する」ということにした。


交換関係は、量子数に関する重要な性質や制限を導く際、角運動量演算子について考える際に何回も繰り返し出てくる。後でよく勉強してみる。


そうすると、スピン量子数を  にすれば、それに対応する磁気能率(モーメント)は  の二通りになる。 これで実験結果をうまく説明できる。この他の様々な実験結果もこの考え方でうまく説明でき、さらに実験で得られる結果も正しく予測できるようになったので「量子的な粒子にはスピンの性質がある。電子の場合スピン量子数は 」ということになった。

Woit 博士の解説では、つぎに

「もし  であるのならば、2π回転させると符号だけが変わります。これは奇妙です。しかし、状態の符号自体が測定可能なものではありません。」

と書かれている。一回転しても状態は元に戻らず、二回転で元に戻ることになる。これは普通の回転運動ではあり得ない。

Woit 博士の解説では、つぎに

「量子システムの演算子(この場合は軌道角運動量とスピン角運動量を合成した全角運動量演算子の、z 方向)  をより詳しく見てみよう。 量子システムの   は、一部のシステムでは、位置と運動量との関係が古典物理学とまったく同じであることがわかります。

空間座標に依存する波動関数によって状態が与えられる場合、これ(上の式?)は空間座標の微小回転によって期待されるアクションであることを示すことができます。この場合、2π回転すると状態は元に戻り、変わりません。そして Jz は(半整数ではなく)整数の値を取ります。

ただし、多くの量子システムでは、余分な項があります。

そして、この余分な項

こそが、「スピン」観測量です。電子のような素粒子の場合、実験的には   の固有値は ±1/2 であり、半整数量子化が見られる理由を説明しています。この結果をもたらす、通常の、古典的な回転する実体の物理モデルはありません。何か非常に異なることが起こっています。 」

と書かれている。シュテルン-ゲルラッハ (Stern-Gerlach) の実験のように、スピン角運動量演算子を付け加えないと説明、予測できない実験結果がそこら中に存在していることを説明している。

回転群

Woit 博士の解説では、つぎに

「これまでは、z 軸を中心とした回転について説明してきましたが、他の軸を中心とした回転についても検討する必要があります。問題は、異なる軸の周りの回転のジェネレーター(=角運動量 Jx, Jy)が交換しない(反対の順序で回転を行うと、異なる結果が得られます)ため、より高度な数学が必要になることです。 必要な数学は、回転群 SO(3)(Special Orthogonal)と、その二重カバー SU(2)(Special Unitary)の表現理論の数学です」と書かれている。


これはどういうことを言いたいかというと、

上に書いたように量子的な粒子の運動を考察すると「一回転しても状態は元に戻らず、二回転で元に戻ることになる。これは普通の回転運動ではあり得ない。」ということになった。このことをうまく説明したい。そこで「普通の三次元空間での回転運動が回転群 SO(3) に当てはまるように、二回転で元に戻る回転運動にちょうど当てはまる群はないだろうか」と考えて調べてみると、SU(2) という、SO(3) と親戚関係がある別の群がうまく当てはまることがわかった。SU(2) についてさらに調べることで、異なる軸を中心とする回転についてもうまく説明できる。

というようなことを言いたいらしい。だから群について勉強しないといけない。


まず、回転群について勉強してみる。 群については解説資料がたくさんネット上でも公開されているのでそれらを参考にする。

群を考える前に、まず二次元平面での回転を表す行列について高校数学の復習をする。原点の周りの回転角を θ とすると、回転を具体的に表す行列は

になる。 ここで、「二次元平面で角度θだけ回転する」などの操作を、一つの集合・グループの一員、元と考えて、それらの操作を集めた集合を群 G と呼ぶ。群 G のそれぞれの元に対して、対応する行列を作ることもできる。上に書いた回転を表す行列はその例である。操作としては回転だけでなく「鏡映操作」とか「エネルギーを一段上げる・一段下げる」とか「粒子を入れ替える」とか様々な操作を元にして群を作ることができる。

ここで考える群 G は θ の値がそれぞれ異なる回転操作を元として 例えば 

 

のように書くことができる。この例では、群 G は「回転しない・そのまま」「2/3π 回転する」「4/3π 回転する」の、三通りの回転操作を元としてもつ。

このようにして作った群はどのような性質を持たないといけないかが、数学で定義されている。

上に示した例にあてはめると、

回転だけでなく、様々な操作・演算に対しても同様に群を作ることができる。

群は遺伝子

上に書いた例では、角度がそれぞれ異なる回転操作を集めることで群を構成した。それらの操作には、回転を具体的に表す行列 

 をそれぞれ対応させることができる。

これと同じように、群をまず作る・定義しておいて、そこから対応する行列の集まりを作り出すことができる。これを表現・表現行列という。 これは遺伝子から mRNA が転写されるのと同じようなものだと考えることもできる。

表現によって作り出された行列は、さらに様々な具体的な模様・規則・性質・粒子・分子の構造・植物の葉の並び方などに対応させることもできる。これは mRNA が翻訳されタンパク質が合成されるようなものである。こう言うように考えると群は遺伝子のようなものであると解釈することもできる。

例: 植物の葉の並び方を群を用いて分類した論文がある。 Sequences of symmetry-breaking in phyllotactic transitions Bull Math Biol. 2004 Jul;66(4):779-89. doi: 10.1016/j.bulm.2003.10.006. Hiroyasu Yamada, Reiko Tanaka, Toshiyuki Nakagaki PMID: 15210318 DOI: 10.1016/j.bulm.2003.10.006

どのようにして群から表現行列を作り出すのか。これについて、藤永、成田両先生による「化学や物理のためのやさしい群論入門」という本を見て、具体的な例を勉強してみる。

113 ページから具体例として、点群の一つ  という群の表現行列を求めている。 化学では分子の構造を表すのに点群を用いる。C は回転操作、鏡映操作を含む点群を表す。 E は単位元で、 は鏡映操作を表す。単位元以外の操作が一つだけある。

分子に対する具体例では、 という四面体の構造を取る分子について、それを左右対称に分割する平面を考えて、その平面に対して鏡映操作を行う。

原子が三次元空間に配置されているので、対応する行列も三次元になる。軸として x, y, z をとることにする。それぞれの軸に対して長さを取って、それらを並べたベクトル  を設定する。

まず、分子  の 酸素原子 O と硫黄原子 S が分割平面にどちらも乗っているように、分子の位置をセットする。平面の左右に、それぞれフッ素原子 F が一つずつ対称に配置されることになる。

図にすると

リンク

原子の位置は、ベクトル  を適切に設定することで表すことができる。この状態で、e1, e2, e3 を鏡映操作によって e1', e2', e3' に変換する。

まず一番簡単な例として、X 軸と Y 軸だけを考える。そうすると、X 軸方向の長さ(符号付き)  に  を作用させた結果は  のままになり、 Y 軸方向の長さ(符号付き)  に  を作用させた結果は  になる。  の方だけ、符号が鏡映によって反転することになる。

この結果をベクトルと行列で書き直すと、 

と書くことができる。この  は、点群  の元  を遺伝子として作られる(遺伝子からは mRNA が発現するが (gene expression)、群からは 表現 (representation) される)行列なので、この行列を  と書いて、(  に対応する)表現行列という。

上の一番簡単な例だと、分子を分割平面に対して左右対称になるようにセットしている。これを、分割平面をセットする角度  ということにする。X 軸との間の角度を取る。 この角度   を変化させた場合、どう考えればよいか。 このことは、111 ページに書かれている。

鏡映面を原点、第一、三象限を通るように置く。X 軸との角度を θ とする。 ここでも一番簡単な例として、X 軸と Y 軸だけを考える。 まず、単位ベクトル (1, 0) と (0, 1) が、X 軸との角度 θ になるように置いた鏡映平面によってどう変換されるかを考えてみる。

(1, 0) にこの鏡映操作を作用させると、角度 2θ だけ回転することになるので  になる。

(0, 1) にこの鏡映操作を作用させると、y 軸と鏡映平面との間の角度は  で、それをさらに鏡映平面の反対側に移すことになる。 それによって移されたベクトルは、鏡映平面との角度は  で、x 軸との角度はそれから θ だけ引き算するので  になる。

三角関数の性質から 、   と、書き換えられる。

このことから、単位ベクトル (0, 1) は  になる。y 方向では下に折り返すことになるので、符号がマイナスになる。

これで単位ベクトルを変換できたので、この結果を使うと

ベクトル  に 角度 θ をもつ鏡映操作  を作用させた結果は 

X 軸方向  

Y 軸方向  

と、変換される。

これは行列で表せて、

と書き直せる。この行列が、この場合の表現行列になる。115 ページの (6. 1. 4) には、   と書かれている。角度 θ を引数にもつ鏡映操作 σ から表現行列 D を作ると、この行列になる。

以上の例のように、群を遺伝子として表現行列を作ることができる。それらの行列と群について様々な有用な定理や使い道が開発されている。

パウリ行列

ここで、唐突だが「パウリ行列」というものを導入する。これは複素数を含む2行2列の行列で、SU(2) について勉強する際に役に立つ。また交換関係について理解する役にも立つ。

パウリ行列は複素数を含む3つの行列 

から成る。これら、またこれらに定数をかけ算した行列は量子的な粒子の運動を表す式に出てくる演算子として使うことができる。

量子力学では交換関係がとても重要だと言うことを上に書いたように学んだ。交換関係を計算するには演算子同士のかけ算をしないといけない。そこでパウリ行列同士でかけ算をしてみる。2行2列なので筆算でも計算できて都合が良い。

だから交換関係の値は

になる。清水先生の本では82ページに (3.194) として書かれている。


量子的な粒子の運動では角運動量がとても重要になる。そこで次に、量子的な粒子の角運動量(x方向, y方向, z方向)の交換関係を考える。

まず、角運動量ではなくただの運動量から考えてみる。

量子的な粒子の運動量は運動量演算子になる。それはどう表されるかというと、  という式になる。  ナブラ は3つの軸方向の偏微分  をまとめたもの

シュレーディンガーの式では全エネルギーがハミルトニアンになる。全エネルギーは運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和になる。 運動エネルギーは  で表される。 シュレーディンガーの式で運動エネルギーに対応する部分は、 だから  

ゆえに  または 

マイナスをつけた方が都合が良いらしく、 と書いてあることが多い。

三次元空間での運動を考えるので、それぞれを書いてみると

角運動量をただの運動量から計算するには、一番上で普通(古典的)の物体の回転運動で考えたように、位置と運動量を組み合わせて計算する。 量子的な粒子では位置も演算子になり、 と表せる。 

交換関係  を計算してみる。これは簡単だが私にとっては難しかった。「物理のかぎしっぽ」というすばらしい解説ページを見て理解できた。 http://hooktail.sub.jp/quantum/commutation/

まず、交換関係の定義通りに単に書いてみると、

左の( )の内側の項では  の後ろに何もない。これでは微分できないので困る。「物理のかぎしっぽ」を見ると、このことに対処するために、まず最初に交換関係の右から  をかけ算すると書かれている。こういう工夫は慣れるとすぐに出てくるのだろうが素人では全然気がつかない。実験でもこういうことはよくある。

そうすると交換関係   を計算すればよいことになる。 書き直すと 

内側に  がある。これは定数だから外に出すことができる。交換関係の定義から k を定数とすると [ A, kB ] = AkB - kBA = k[ A, B ] になる。だから       を計算すればよいことになる。書き出してみると、

( )の内側の右の項は、二つの関数の積を x で微分することになる。高校の数学の参考書を見直すと (fg)' = f'g + fg'  だから

( )の内部の一番目、三番目の項がうまく消えて二番目だけが残る。二番目の微分の部分は x を x で微分するので1になる。だから  と計算できる。

結果として  q と p の添え字が同じなら、こうなる。

q と p の添え字が異なる場合は、「二番目の微分の部分は x or y or z を それ以外の変数で微分するので0になる」と変わるので、二番目の項も0になる。 だから q と p の添え字が異なっていれば0になる。

こういう場合分けが必要な結果をまとめて書くのに便利な記号としてクロネッカーのデルタという演算記号がある。教科書にはこれを使って書かれている。

クロネッカーのデルタは二つの単位ベクトルの内積   今考えている x 軸、y 軸、z 軸 はそれぞれ直交している(相関が全くない)ので、異なる軸二つの間の内積は0になる。内積は相関係数と関係がある。同じ軸(相関係数 = 1)同士で内積を計算すると1になる。

 と  を組み合わせて角運動量を計算できる。

上で書いたように、普通(古典的)な物体では、角運動量(z 軸を軸にして)は  

これと同じように計算すると 

これで角運動量の交換関係を計算できる。

これを書き下すと

演算子は行列のようなもの・行列のように扱うということになっている。行列のかけ算では交換律は成り立たない。AB ≠ BA  しかし結合律は成り立つ。(AB)CD = A(BC)D  上に書いた式は8つの部分に分けられ、それぞれが4つの演算子のかけ算になっている。 8つの部分それぞれについて、2番目と3番目の演算子のかけ算をまず行うことにすると、どれも   と  のかけ算で、添え字がそれぞれ異なっている。   と  で添え字が異なる場合、偏微分で変数が一致しないものを微分することになるのでこの二つをかけ算すると、上にも書いたように0になる。 だから両者でどちらも同じ z が添え字になっている一番目と8番目の部分だけが残る。

上に書いたことから  このことから

と、簡単になる。この式の()の内側を見てみると、これは z 軸を中心とした角運動量演算子  と同じである。 だから、 と、すっきりとした関係が出てくることになった。

これは添え字を変えても同じように計算できるので、結局

 

 

 

と、角運動量演算子の交換関係を計算できることが示せた。

この関係はとても重要で一般性、普遍性があることが様々な研究、実験によって示されたので、 考え方を反対にして、


 

 

 

という、交換関係に関する関係式を満たす演算子のことを、角運動量演算子という


ということになった。



これを上で考えたパウリ行列と比べると、

だったので、パウリ行列に  をかけ算すると角運動量演算子になることになる。 ここで、スピン角運動量と深い関係がある 1/2 という値が出てくる。

スピン角運動量に関する要請

ここで、「要請」に基づいた推論をしてみる。

今回扱っているのは、原子核の周囲を動いている電子の運動であるから、それにふさわしい、絶対に満たす必要がある条件が存在する。こういう条件は物理では「要請」と呼ばれ、よく出てくる。

要請=絶対に満たしていないといけない性質、条件  満たしていない考え方、数式、モデルは反則になり除外される。

この場合の要請は、

1) シュレーディンガーの式に従う

2) シュテルン-ゲルラッハ (Stern-Gerlach) の実験から、スピン角運動量に関して電子が取ることができる状態は二種類

シュレーディンガーの式には時間が入っている式と入っていない式の二通りがある。 今回扱っている電子は原子核の周囲をつねに動き続けていて、時間的には定常状態にある。 だから定常状態を表す式に従う。スピン角運動量に関しても定常状態にある。

化学で出てくる書き方だと 

 はハミルトニアン。ここでは、「ハミルトニアンは、電子の全エネルギー = 運動エネルギー + ポテンシャルエネルギー を表す式、演算  単なるエネルギーを表す値ではない」ということにする。  は波動関数。ここでは、「電子の存在状態、分布を表現する関数」ということにする。  は、「正しい軌道を占有しそこを動いている、という条件を満たした電子」が保持する全エネルギー(と、私には思える)。

清水先生の本では、96 ページに 「固有エネルギーが  で、エネルギー固有状態が  で縮退がないとき、 

 

である」と書かれている。

固有エネルギーは、ハミルトニアン  の固有値で、エネルギー固有状態はハミルトニアンの固有ベクトルに対応する。「縮退がない」というのは、複数ある固有値の値がそれぞれ異なる値であり重ならないということを意味する。 縮退がある場合についても清水先生の本ではすぐ下に書かれている。状態ベクトルの部分が足し合わせ(重ね合わせ)になる。

上の方で角運動量演算子として

 

 

 

を満たす  を定義した。このうちで   を対角行列にしたものが、シュレーディンガーの式のハミルトニアンとして使いやすいとさまざまな資料に書かれている。パウリ行列もそうなっている。そこで

とする。電子がもつエネルギーは  なので、電子がもつエネルギーを上げたり下げたりすることは、固有値を上げたり下げたりすることで表現できる。 だから、元の演算子に右からかけ算することで、シュレーディンガーの式の固有値を上げたり下げたりする演算子を用意すると便利である。それらを昇降演算子という。

とても都合の良いことに、角運動量演算子から簡単に昇降演算子を作ることができることが示されている。

これらの演算子と、 の関係を計算してみる。

交換関係  この値は、交換関係の式をうまく使うことで計算できる。

 この式をよく見ると交換関係で表せる。

うまい具合に上の式に出てくる二つの交換関係の値は、上に書いたように角運動量演算子であることから

 となる。整理すると

 で、これは  と一致する。

結局  と計算できた。

 に右から昇降演算子をかけ算することで固有値を変化させるので、それを示す必要がある。だから  を計算してみる。

交換関係の定義から   交換関係の部分はすぐ上に書いたように  と書き換えられる。だから   と計算できる。

時間のないシュレーディンガーの式  に、以上の結果を当てはめる。

左辺を  にすると、これは   に書き換えられる。 二つの演算子が足し合わされている部分は分配ができて、   ということになる。

 だから一つ目の項は  になる。  はエネルギーを表す実数で、二つ目の項も  を含むのでまとめることができて、

 と計算できた。

次に  を計算してみる。

交換関係の定義から   交換関係の部分は上に書いたことと同じように計算すると  と書き換えられる。だから   と計算できる。

時間のないシュレーディンガーの式  に、以上の結果を当てはめる。

左辺を  にすると、これは   に書き換えられる。 二つの演算子の引き算の部分は分配ができて、   ということになる。

 だから一つ目の項は  になる。  はエネルギーを表す実数で、二つ目の項も  を含むのでまとめることができて、

 と計算できた。

以上のことから  となる。右辺は    と書き直せる。

右辺に出てくる  は、どういうものであると解釈できるか。 このことについては、「単位数と次元」という解説資料が参考になった。 http://www-nh.scphys.kyoto-u.ac.jp/~enyo/kougi/a6/node2.html

プランク定数とはどういうものか。これは

「時間と(波動の)エネルギーを結びつけるのがプランク定数 h(または )」

と解説されている。このことと、  という、質量 M とエネルギー E と 光速 c (長さ/時間)を結びつける式を組み合わせると、エネルギー、質量、長さ、時間とプランク定数の間の関係を導くことができる。

エネルギー E は、プランク定数と振動数(時間あたりの波数、周波数)を用いて  で表される。資料には単位を [ ] で囲むことで表してある。単位を元にして物事を考えるのはいかにも物理らしい。

[エネルギー] = h * [振動数] = h * [波数] / [時間]  なので   [時間] = h * [波数] / [エネルギー] = h / [エネルギー] * 波数 

だから  は、波(周回運動なら回転)一周期あたりにかかる時間  

上の式の右辺に出てくる  は、これの逆数なので「単位時間あたりの波数」になる。ここでは単位で考えているので、h に定数をかけ算しても影響はない。だから h の代わりに  にしてもよい。  

定常波と半整数

時間のないシュレーディンガーの式  は、定常波の状態を示しているので、「単位時間あたりの波数」には「定常状態を実現しないといけない」という制限がかかる。 とりあえず整数なら問題がないことはすぐにわかる。その整数としてはどんな値を採用しても良いが、エネルギー E に添え字として整数 n をつけているので、それを採用してみる。「どんな値にしてもよいのなら、自分にとって都合のよい値にしてかまわない・むしろどんどんそうするべき」という方針がよいらしい。

そうすると   ということになる。さらに「 は定数なのだから値を変えても単位に影響はない。ならば思い切って一番計算に都合の良い1にしてしまえ」と考えると、 

 

ということにできる。 これは「自然単位系」と呼ばれると資料に書かれている。

ここでさらに定常波について考えてみる。定常波の節から単位時間が開始するとする。単位時間あたりの波数が整数だと、定常波の腹と節は一定の位置を占めて動かないので定常状態になる。 それだけでなく、波数が 1/2 だったらどうなるか。一つの単位時間は波の前半、その次の単位時間は波の後半となり元に戻る。 それを無限に繰り返せるので、1/2 でも定常状態にできることになる。同じように考えて 3/2, 5/2 などの半整数でも定常状態にできる。だから、

n は整数だけではなくて半整数でもよい

ことになる。

ここにおいても、スピン角運動量と深い関係がある 1/2 という値が出てくる。 上の方でスピン角運動量について勉強した際に「一回転しても状態は元に戻らず、二回転で元に戻ることになる。」と書いたが、波数が 1/2 だと一周期(一回転)では元に戻らずに符号が変わり、二周期(二回転)で元に戻る。うまくつじつまを合わせることに成功している。

「状態が二通り」ということを説明する

シュテルン-ゲルラッハ (Stern-Gerlach) の実験によって、スピン角運動量に関する状態は2通りであるということが判明した。 そのことを説明するためには、上に書いた n をどう選べばよいか。このことについては muto 先生がネットに公開している「第18章座標軸の回転と角運動量」というタイトルの資料を参考にする。

n が2通りだけ存在することから、それらを  と書くことにする。これらの値にどんな制限(要請)が生じるかを考えると、

以上のことから  となる。右辺は    と書き直せる。

と書いた。また計算をしやすくために自然単位系を採用すると 、  にできる。そうすると上に書いた式は   とできる。 この式を元の式   = 

と比較すると、「昇降演算子を 固有ベクトル  に対して左から作用させると、固有ベクトルは  または   になり、固有値が1だけ変化する」と読み取ることができる。

以上のことから、「自然単位系を採用すると、昇降演算子は n を 1 ずつ上げる / 下げる」ということが要請になる。この文章を数式にすると    値が二つしかないので簡単になる。

n が2通りだけ存在することは、以下のように表現できる。

下げる方も同じで、

これらのことを数式で表さないといけない。このことについては muto 先生がネットに公開している「第18章座標軸の回転と角運動量」というタイトルの資料を参考にする。

 の状態をさらに一段持ち上げると、0 になるので、     の状態をさらに一段下げると、0 になるので、 

これらの式に、左から  または  を作用させる。すると  、 

そこで  を計算してみる。昇降演算子の定義に従って書き換えてみる。すると交換関係  が出てくる。

 と書き換えられることは、角運動量演算子の定義からわかっている。 また、新たに  という演算子を導入する。  

これらの関係を用いて式をさらに書き換えると、 

結果は 

同様に計算すると 

 ということは、  の固有値は 0 であるということに置き換えられる。 この固有値は、すぐ上で計算した式に従い、  の固有値 、  の大きい方の固有値  から計算できる。上の方で  について考えた際に自然単位系を採用したので、  にする。

 の方からは、

 の方からは、

二つの式の右辺はどちらも 0 なので等号で結べて、  を消去できる。 その結果

 となる。

この式は  のときに 右辺は   左辺は 

で、等式が成り立つ。

ゆえに    これを上で示した  と合わせると、 

 と示せる。これによって、 1/2 という値を導き出せた。結論として、

スピン量子数は  で、それに対応する磁気能率(モーメント)は  の二通り

ということになった。

上に書いたことでは、どんなことを前提条件にしているかを考え直してみる。私でも理解できるようにするために、そこら中に都合のよい前提条件を当てはめているので注意しないといけない。

(つづく)

一重項、三重項とはどういうことを示しているのか

生物学でも酸素、活性酸素について勉強すると一重項、三重項という語句が出てくる。「酸素分子には一番エネルギーが高い電子が二つある。三重項の状態は、二つの電子が異なる軌道を占有してしかもスピンの向きが平行で、もっともエネルギーが低い」と言うように解説されている。 一重項、三重項というのは元々は物理や化学で使われている語句である。スピンを用いた情報の処理では複数のスピンを扱うので、そこでも一重項、三重項が出てくる。 そこで一重項、三重項とはどういうことを示しているのかを勉強してみる。

「従来のスピン一重項・三重項の枠組みを超えた超伝導クーパー対状態の発見、その制御も可能に」    https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/4245.html 東京大学大学院新領域創成科学研究科のプレスリリース  このプレスリリースの図 1 に、一重項、三重項に関して図が示されている。二つの電子があり、それぞれの電子のスピンの向きの組み合わせによって分類される。これは酸素分子の場合と共通している。

酸素分子の場合について考えてみる。

そもそもこの場合の「項」「重項」とは何なのか。このことは知っていて当たり前の常識以前の物事のように思われているらしく何も書いていないことが多い。

私がいろいろな本や資料を見たところでは、この文章の上の方で書いた「シュテルン-ゲルラッハの実験」のように、原子や電子に磁気やエネルギーを作用させた場合に観測されるバンドのことを項と言うらしい。原子吸光分光法や ICP 発光分光分析法という方法は生物学でも元素の分析によく使われる。原子にエネルギーを与えて励起状態にして光を発生させる。元素ごとに特有のスペクトルの光が生じる。そこに外部から磁気を作用させる。するとスペクトル上の一本のピークだったものが、3本に分かれたりすることがある。外部から磁気を作用させなくても、内側の軌道の電子や原子核に由来する磁気でほんの少しずれた二本のピークになったりする。それらを微細構造という。3本に分かれたものを三重項という。「シュテルン-ゲルラッハの実験」では一つの電子に対応するシグナルが二種類生じうるので、二重項と言うことになる。

「シュテルン-ゲルラッハの実験」ではなぜ二重項になるか。この実験では最外部の電子を1個ずつ完全に別々に、何の相関もなく観測できている。内側の電子や原子核の影響は受けないようになっている。最外部の電子が入っている軌道は 5s 軌道で対称なので軌道角運動量からは磁気能率は生じない。上の方で長々と考えたように、1個の電子ではスピン角運動量は  の二通りである。この二つのスピン角運動量にそれぞれ対応する磁気能率のどちらかだけを一個の電子はもつ。だから電子を1個ずつ多数回観測した場合、観測されるバンドは二本になり、二重項、二重項状態ということになる。

しかし、酸素分子のように電子二個が対になって存在し、電子が入りうる軌道も二つある場合はもっと複雑になる。

一重項状態の方は比較的簡単に解釈できる。一重項状態では、二つある電子の片方のスピンが上向き(1/2)なら、もう片方は下向き (-1/2) になっている。二つのスピン角運動量は強く相互作用するので合成されて、この場合打ち消しあってその大きさは 0 になり磁気能率が生じない。そのため磁気を作用させても変化が生じない。だから磁気を作用させてもバンドは一本のままで、一重項状態と言うことになる。

同じ一重項でも電子が入りうる軌道が二つあれば二通りの入り方が生じうる。

 ┌───┐ ┌───┐
 │↑  │ │↓  │
 └───┘ └───┘
 ┌───┐ ┌───┐
 │↑ ↓│ │   │
 └───┘ └───┘

が生じうる。一重項酸素分子にはこの二種類がある。軌道を動いている電子は軌道角運動量をもち、それに対応するエネルギーをもつ。2個の電子のスピンの方向が逆の場合、同じ軌道に両方が入る方がエネルギーが低い。

角運動量の合成を考えないといけない

三重項の場合、二つの電子のスピン角運動量と軌道角運動量を合成した角運動量を考える必要がある。 

参考にした本:朝永振一郎先生の「スピンはめぐる」第5話 スピン同士の相互作用 97 ページから

二つの電子のスピン角運動量は一重項の場合と異なり同じ向き (1/2, 1/2) または (-1/2, -1/2) になっている。 この場合、二つのスピンが同じ向きであることだけが重要で、それが上向きでも下向きでも何の違いも及ぼさない。

二つのスピン角運動量は強く相互作用するので合成されて、その大きさは 1 になる。 そらがさらに軌道角運動量と合成されると、その合成のされ方に3通りの状態が生じうる。

一番目は足した状態で、角運動量の大きさが1だけ大きくなる。原子を構成する量子的な粒子の角運動量の大きさはつねに1ずつ変化しなければならない(そうでないと定常状態にならない)。それに則っているので問題ない。

二番目は引き算した状態で、角運動量の大きさが1だけ小さくなる。

もう一つの三番目は、角運動量の大きさが変化しないようにスピン角運動量と軌道角運動量が合成される状態で、これも量子的な粒子の性質を満たしている。スピン角運動量と軌道角運動量を向きの異なるベクトルと見なして角度をつけて足し合わせる(三角形を作る)ことで、大きさが変化しないように合成された角運動量を作ることができる。

このように、三重項状態ではスピン角運動量の状態は「二つ並んだ箱に ↑ が一つずつ」と書けるが、それが軌道角運動量と合成される様子を頭に思い浮かべないといけない。それを図面に書くには、朝永先生の本に書いてあるような別の図を作らないといけない。

(つづく)