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研究に関する名言 -

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''・ 研究家は明暗の境に立っていなければならぬ。明のみにたてば開拓の余地なく、 暗のみにおれば五里霧中に彷徨する。'' 

出典:生化学実験講座 第?巻 アミノ酸代謝研究法 20ページ ( 「古武名言録より」と記されている)古武先生は早石修先生の師匠 。「古武語録」は生化学誌(生化学会の機関誌)55巻1102,1983に纏められている。 ncrna.jp/nl/RNA4-1.pdf 市原先生による紹介  

私の解釈:境界面というのはつねに特別な領域であり興味深いことが多く隠されている。これは物質の研究でも、地球大気の研究でも、生物の細胞の研究でも歴史の研究でも人間文化の研究でも同じである。「複数の要素が活発に相互作用する場」と考えてもよいかもしれない。研究の場合、「明暗の境」はつねに変動し揺らいでいるものである。すなわち、研究者は毎日新たな知見、実験結果に対応し自分自身も変化する、 エネルギーの高い状態になければならない。 

第135回(2022年秋季)東京大学公開講座で、「境界」というタイトルの連続講座が開催されていた。「融ける」「隔てる」「超える」の三領域に分けられている。

どの研究分野にも名言録があるだろう。http://www.social.env.nagoya-u.ac.jp/sociology/kamimura/uyeda.htm   上田良二先生『運のよい人は偉い人』上田先生は電子線・X線結晶学の優れた研究者の大山脈を形成された偉い先生だそうである。 

「幻の「田宮語録」」 赤澤 堯先生による、田宮 博教授の語録の紹介 蛋白質核酸酵素2003年11月号 1947ページ 田宮教授は植物生理学、生化学の近代化に巨大な貢献を残した先生である。

「科学者の卵たちに贈る言葉――江上不二夫が伝えたかったこと (岩波科学ライブラリー) [単行本(ソフトカバー)] 笠井 献一 (著)」 というすばらしい本が2013年に発売されている。 


ただ一人で五里霧中に彷徨し、その霧がいつまでもそのままならそこから抜け出すことは難しい。しかし研究ではそうではない。他の研究者が成果を挙げることによって、いつの間にか自分を取り巻いていた霧が消え去ることもある。そういうこともあるので、霧中を彷徨することは無意味ではないかもしれない。

''・ イノベーションは必ず学問の境界領域で起こる''

出典:「パブリックコメント」の一覧に、ある物理学の研究者の方のコメントがあった。その中に「坂田昌一先生が常に申されたこと」として紹介されていた。   http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/seisaku/haihu09/publiccomment2.pdf 224番  &br()
私の解釈:「パブリックコメント」には、いろいろな研究関係者が意見を書いていて面白い文章もほんの少し含まれている。私も進学、就職によりそれまでと異なる研究を始めることになったことがある。確かに他人と異なることを考えるには、それがプラスになっている・元になっていることは間違いない。しかしその代わりに自分では思いつかないこと、出来ないことも出てくるだろう。研究成果の生産性という点において悪い影響があるかもしれない。「生涯同じ分野で研究している研究者には決してイノベーティブな発想は生まれません」と書いてあったりもする。それが本当かは疑問もあるが、異なる分野のことをほんの少しでも知っておいて損することはないだろう。私は今頃になって熱力学を勉強している。

http://www.sciencemag.org/content/342/6157/468.abstract   「Atypical Combinations and Scientific Impact」   Science 25 October 2013: Vol. 342 no. 6157 pp. 468-472    「どんな分野でも、インパクトが高い研究では conventional combinations of prior work に加えて、unusual combinations を部分的に取り入れていることが多い」らしい。それまで関係がないと思われてきた複数の事柄にcombinations が成り立つことを見つけるだけでも価値がある。

日本経済新聞2019/4/20 27面に、「両利きの経営」という本が紹介されていた。既存の資源をうまく新事業に転用し成功させることが、事業を発展・永続するための有力な方法になる。しかし新事業に取り組むこと=探索はそう簡単には成功しない。どうしても今まで行ってきた事業を続け深化させる方向に向いてしまう。それを探索の方向に向けることが大切であると紹介されていた。そのために異なる分野のことをほんの少しでも知っておくことは役立つだろう。

境界というのは、単一物質の濃度の違いによる境界の場合は別として、複数の構成成分から成り立つ。濃度が違う場合も、空間(場)と分子(要素、状態)があると言うことだから複数の構成成分があると言えなくもない。それらのすべてについて一応の知識がなければ境界を理解することは出来ない。学問の場合なら、複数の分野の学問的知識、発想を兼ね備えていないといけない。そういうことができる、しようとする研究者の数はそうでない人よりも少ないだろう。その分競争相手が少なくなり、研究者として生き残るのには有利かもしれない。素人を煙に巻くのにとても有効なようでもある。しかしそれだけ気の利いた業績を上げるのが難しくなるだろうから、有利なことだけではない。

''・ 伝わる面白さは10分の一''

出典:歴史社会学者 小熊英二教授のインタビュー記事 日本経済新聞2011年8月5日

何かを研究して「このテーマはとても大切だ。面白いこと、重要なことがわかってきた」と本人は思ったとする。しかし、その面白さ、重要さは、他の人にとっては本人が考える重要さの10分の1に減衰するということらしい。多くの人々に関心を持ってもらうには、それだけ大きなエネルギーを必要とする。
(または強い backing を必要とする。もちろん、一流学者や周囲の関係者に「この人を是非 backup したい」と思わせること自体が才能の一つである。特に21世紀に生きる学者(学者に限らないが)にとって必須の才能であることが実証されてきている。
しかし周囲の期待、backup に応えて次々とすばらしい研究成果を出し続けることは並大抵のことではないのだなと 2017年12月の NHK の番組を見て思った。2022年3月にも思った。
一方そういう才能がない人物はどうすればよいか。熱力学の法則や原子、電子の運動を表現する方程式はどんな人間も平等に扱う。そういうたぐいのものを backing にするしかないだろう。)

さらに減衰係数は平均値では10分の1なのだろうが人によって異なる。ノーベル賞学者なら1に近くなる。私なら無限小に近くなる。しかしそんなことを気にする必要は全くない。小熊教授は研究のテーマ設定についても話されている。「自分が面白いと思うことと、社会的に意味のある問題であること」「続編を書こうという気が起きないほど、とことんやる」

時代が進むにつれて「社会的に意味のある問題であること」の重要性がますます高くなってきている。自分が面白いと思う問題でも、他人もそう思うと考えてはいけない。
日本経済新聞2018/02/25 第23面に、山中伸弥先生のインタビュー「想定外の発見へ 再び走る」があった。日本では明確な目標に向かう社会的な意味が大きい研究を行い、UCSF の研究室では面白ければよい、予想外のことが次々と起こる根源的な基礎研究に集中していると話されている。
「予想外」を大事にする、アイデアの源とすることの重要さを強調されていた。

社会的に意味がある研究をするには、「基礎科学における発見を発展させ社会実装(研究で得られた新たな知見や技術を、経済活動に活かし社会全体へ利益をもたらす)へ結びつける」ことが目標になる。実際にその実現に取り組んでいる先生もいる。http://ac-planta.com/   アクプランタ株式会社   しかしこれはとても大変なことである。経営と研究を全力で同時に行うことは人間の能力を超える。そんなことができたら「現代の聖徳太子」と呼ばれるだろう。   

すでに社会で有用に使われている技術でも、なぜその技術がうまく働くのか調べてみるとよくわかっていないことがある。そういうことを研究課題にすれば研究と社会との接点を作りやすいかもしれない。例えば、行動科学、行動経済学では「ナッジ」が研究され、官庁自治体などの現場で成果が挙げられている。 https://pari.ifi.u-tokyo.ac.jp/publications/column132.html 「公共政策に行動科学の知見を使え!ナッジ誕生の地で大統領令が公布」岸本先生   人の行動を後押しするために小さな工夫を積み重ねることは人類が文化をもってからずっと行われていることだが、それらを研究対象として体系化、理論化することはあまりなかった。

「続編を書こうという気が起きないほど、とことんやる」というのは、「続編を書こうと思ってはいけない。論文が出版できたらその後は思い切って異なるテーマに挑戦した方がよい」と解釈した方がよいかもしれない。ある論文を出して、その続編ができそうなので作ろうとすると、なぜかうまくいかないことがある。「この鉱脈からはもっと金を掘り出せる」と本人には思え実際にそうであっても、掘りやすい部分はもう残っておらず、さらに掘り出すにはずっと高い能力を必要とすることが多いのだろう。もし続編を書きたければ、論文を出すことを自分自身の能力の継続的な上昇、特にその研究成果に興味を持ってくれた研究者との協力体制につなげられなければならない。それができていないなら考え直すべきだろう。

新聞の囲碁欄を眺めていると、盤面の右上で争っていると思ったらいつのまにか右下や中央に争いの焦点が移り、それが右上と連結して大きな陣地を作るというような展開が多い。研究でも一つのことにこだわらず視野を少しでよいから広くして、関連するが異なるテーマの成果がうまくつながって大きな成果を生むようにできたらよいかもしれない。小熊先生が書かれた「基礎からわかる論文の書き方」(講談社現代新書)では、「主題と対象を混同しない」ということが強調されていた。109 ページに「主題は抽象的な問い、対象は具体的に観測できるもの」という見出しがある。

日本経済新聞 2023年3月1日(水) 第32面に、東大の渡辺 努先生が「大学教員の給与は私の勤務先と米国の一流校では4倍以上の開きがある」と書かれていた。日本の大学がたいした給与を出さないのにきわめて優秀な教員、有能な事務の人を雇用できている理由を調べることは一つの研究対象になるかもしれない。私が2023年に参加したある学会では、都会近郊に立地する大規模私立大学に所属する研究グループからの研究発表が多くを占めるようになってきていた。そういったタイプの大学はキャンパスの充実や若手有望研究者の獲得に力を入れていてその成果が現れている。

''・ 研究者の時計は進んでいないといけない''

出典:新聞に載っていた、何かで受賞された先生のインタビュー記事  &br()
私の解釈:研究は、今現在流行していることをしたのでは手遅れであり、先を読んで、流行を自分で作るくらいでなければならない。そのために日頃からそういう癖をつけておくために時計も進めておくのがよいのかもしれない。

 
''・ 勝負とは周囲を信用させることが第一だ。信用されなくなったら勝てない。あの人は強い、とか、指し手の中に間違いがない、あるいは、あの人が優勢になったら頑張っても、もう勝てない、と思われるのが信用で、いろんな信用を作ると、相手の戦う意欲が半減し、こちらの勝ちにつながる。''

出典:「大山康晴の晩節」河口俊彦 23ページ &br()
私の解釈:これは将棋の大山名人の言葉だが、「勝負」を「研究」に、「指し手」を「研究の進め方、論文の内容」に、置き換えれば、研究者にも当てはまる名言である。私も、信用を作っていくために、少しずつでも、価値のある間違いのないデータを出し、論文として発表していかなければならない。信用のない研究者では、論文も研究費申請も通るはずがない。また、研究と直接関わらない日々の仕事に対しても、信用を高めるために真摯に取り組まなければならない。

こういう考え方を、「クレジット (credit = 信用)サイクル」というらしい。サミュエル・コールマンという人が本を書いている。

研究の世界と、将棋界、 &link2(相撲界%%%http://www2s.biglobe.ne.jp/~wakamatu/) には似たところが多く、何かと参考になる。どの世界にも若い者を養成して強いものだけを残す仕組みがある。相撲部屋には親方がいるが、研究室には教授がいる。権威と実力のある親方についていると年寄株を獲得しやすい、何かと得をするので優秀な人材も集まってくることは大学と同じである。「準年寄」という制度もあった(なくなった)が、これは任期つきの助教のようなものである。大学の任期付きのほうはどうなるだろうか。相撲界は日本人の新弟子の数が減っている。大学、特に大学院博士課程後期もそうなると思われている。相撲界では成功すれば高収入を得られる、強い男として世間に広く認められるので外国から優秀な人材が来る。しかし大学界ではほとんど見返りがないという違いがある。

相撲界は、事件などを受けて改革が成されようとしている。部屋経営のあり方、また相撲界に残るための権利(年寄株)の問題が問われている。年寄株制度に、大きな変更がなされ協会の管理下に置かれることになった。考えてみると、いままでの仕組みがよく今日まで続いてきたものだと思う。
大学業界ではどうか。最近大学で採用される若い先生方は、どの人もすばらしい研究実績があり、しかも社交性もあり学生の面倒見がよく腰が低い、もちろん英語は native よりも流暢、おまけにイベントの開催などの仕事でもリーダーシップを発揮して成功に導く優れた人ばかりである。その面に関して相撲界よりも優れている。変に「大学を改革する!!」と力を入れすぎて若い優秀な先生方の仕事を増やすことはかえってよくない影響があるかもしれない。若い先生方が能力を十分に発揮するための環境が整えばそれでよいだろう。

最近「グローバル人材の育成が必要だ」とよく言われている。   http://souken.shingakunet.com/college_m/2013_RCM180_62.pdf   最近の大学の若い先生方は、この「グローバル人材」に求められる能力をすべて持ち合わせる優れた人々である。
「あらゆる業界で言われていることだが、実は、若年層の人材不足が深刻になりつつある。」と書かれているのを2013年に見た。いまではそこら中で同じことが盛んに叫ばれている。しかし大学の先生に関しては、今のところそうではない。日本経済新聞2020年2月7日(金)40面に、ある大学の先生が「現代の聖徳太子」と紹介されていた。
優れた人材は不足しているのではなく偏在しているのかもしれない。また今後その価値がどんどん高くなることは間違いない。
であるから、大学も「公募をする。おまえらのことを雇ってやってもよいぞ。どんどん応募しろ」と偉そうに構えているだけではもはや優秀な人を採用できなくなるだろう。

日本経済新聞 2018年1月17日の29面に、「世界と競う指定国立大」という記事があった。「東大は若手研究者の待遇改善を進める」「任期を定めないポストを300以上新設する」「能力の高い研究者が安心して研究に打ち込める環境を整える」と書かれていた。もちろん東大の真似をすればよいというわけではないから、「当大学は5年間でこちらが基準とする成果を上げないならクビだ!!」という方針をとる大学もあるかもしれない。どちらが正しいかは、今後明らかになるだろう。

大学以外にも、 &link2(日本サッカー協会%%%http://www.jfa.or.jp/index.html)  は若い優秀な人材を育成し世界で戦わせ勝利を収めることに成功している。人材育成のことについても書かれている。学問の世界も日本サッカー協会が作り上げてきたシステムに学んだ方がよいかもしれない。
野球界、サッカー界では日本のチーム、リーグで実績を上げた選手が海外の名門チームに移籍して高額の年俸を獲得し活躍する例が多くなっている。日本の大学の助教で実績を上げ、海外の名門大学に教授として移籍して高額の年俸、研究費を獲得し活躍するという筋道が今後モデルとなるキャリアパスになるのではないだろうか。すでにそういう経歴を持つ若い先生が体験談を書かれているのを読んだことがある。また各大学は若い先生方がそういうことができるように強力にサポートすることで、優秀なグローバル人材とのコネクションを作ることが可能になるのではないか。日本経済新聞2018/12/23 第2面に「若手経済学者 海外に活路」という記事が掲載されていた。2023/05/16 の日本経済新聞に「研究の国際化と日本の課題、学生・研究者もっと留学を 清水健太郎・チューリヒ大学教授」という寄稿が掲載されていた。

大学は、博士課程の定員をやたらと増やすこと・デフレ社会の波に乗ることによって優秀な人材をたくさん囲い込みすぎてきたような気もしないわけではない(今後はそうでもなくなるだろうが)。それにもかかわらず、それらの人々にふさわしいポストを十分に用意できるわけでもない。優秀な人材をうまく活用できないと言うことで、日本社会全体にとって悪い影響が既に出ているのかもしれない。

日本経済新聞2018/08/27 19面に、「数学でひらくキャリア」という記事があった。「数学の世界でコミュニケーションがこれまでに比べて重要になっていると感じる」「今後、数学を生かすには、より協調性を求められる」と、坂内先生が話されていた。生物学のポスドク募集では「協調性のある人を求む」と書いてあることがとても多い。時代が進むにつれて、数学の世界もそうなってきた。このことは、どんな学問も一人ではたいしたことはできず、多様な専門をもつ複数の研究者がコミュニケーションを取りながら進めることが必要になってきたことを示している。そういう具合にどんな学問も変化しているが、それに対応するには時間がかかる。そのせいで「日本の研究力は最近落ちている」などと問題視されるようになっている。最近の若い研究者はコミュニケーション能力が高い人が揃っているので、そういう人々が研究の主力になる頃には何とかなるのではないか。

日本の社会は「研究者とは、きわめて有能で何をやらせても優れた成果を挙げる人物でなければならない」と決めつけすぎているような気もする。実際にそういう人が一流研究者として多数活躍しているからそう思うのも無理はないが、ものには限度というものが必ずあり万能な人材が無限に存在するわけではない。物理の分野では実験と理論が完全に分業化されている。その理由として「物理の理論は実験の片手間でやるにはあまりにも難しい・その逆もしかり」とある物理の先生が書かれていた。日本経済新聞 2023年11月19日(日)26面に、「働き方改革が医学研究に暗雲」という記事があった。診療、教育の片手間に研究をすることは無理だというようなことが書いてある。

部屋経営のほうはどうか。こちらは相撲部屋と同じく事件を起こさない限りすべてが親方に任されている。変える必要がある。相撲界と同じように、大学界もさらに改革をしなければならないことになっている。部屋経営のあり方を変えるのは、お金を掛けずにできる改革と言うことで一番ありそうかもしれない。相撲協会も、協会直属の相撲部屋でも作ってみるといいかもしれない。その部屋から強い横綱を輩出し相撲界を力で制圧すれば改革がやりやすくなるだろう。

しかし大学業界と相撲協会、将棋連盟には大きな違いが一つある。相撲協会、将棋連盟は日本に一つずつしかない。しかし大学は日本中に多数あり、それぞれ異なった特色を備えている。その点で言うと金融機関に似ている。世界で活躍する大銀行もあれば、地域に密着する信用金庫もある。大学に多様性があることは、重視されないといけないだろう。どこかの大学が試みて成功したことをそのまま真似てもうまくいくとは限らない。

科学研究の分野で相撲協会や将棋連盟に相当するものとして、理化学研究所が挙げられる。すでに理研では研究力強化のための様々な改革が実行され効果を上げている。大学の研究力を強化しようという試みが始まったが、大学には多様な学問、使命、地域性、伝統があり簡単ではないだろう。理化学研究所を今の規模よりももっと拡大強化して、各大学が強みを持つ研究において提携・共同するようにするのもよいかもしれない。日本中の研究所の研究力が改善強化されれば、それに引きずられるようにして大学の研究力も自ずと高まっていくだろう。名大と岐阜大を初めとして、今後国立大学は提携・連携を強化していくことが予想されている。それによって使用されなくなるキャンパス・建物が発生するかもしれない。国有財産を有効に利用することは必須である。空いた建物に理化学研究所の支所を誘致し、その大学の優秀な研究者にもそこで思う存分研究してもらうというのはどうだろうか。

学問、研究環境をどのように構築し、才能ある人材に能力を十分に発揮してもらうかという問題は、全世界で喫緊の課題になっている。   ''Rescuing US biomedical research from its systemic flaws.''   Alberts B, Kirschner MW, Tilghman S, Varmus H.   Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Apr 22;111(16):5773-7. doi: 10.1073/pnas.1404402111. Epub 2014 Apr 14.   PMID: 24733905   


普通の将棋棋士は40歳を超えると急に弱くなるが、真に強い一流の棋士は年を取ってもなかなか弱くならないそうである。研究者も若いときはあまり差がないように思えても、年を取ったときに才能の差がはっきりと現れるのだろう。


''・ 技術的な文章では、フォーマルな言い方と、もっとくだけた言い方、両方の言い方で説明するのが最良の説明の方法になる。''

出典: ドナルド・クヌース教授へのインタビュー 「Coders at Work」Peter Seibel/著、青木靖/訳 オーム社 558ページ

ある物事を説明する方法は複数存在する。人によって、そのうちどれが頭に入りやすいかは異なる。だから一つの物事をできる限り複数の方法で説明して、それぞれの説明が相補うようにするのがよい。生物学者なら、物事を文章と図面を組み合わせて説明、表現する。冗長と言えばそうだが、それによってわかりやすくなることが多い。生物のしくみも冗長な部分が多いが、それがうまく生きていくために役立っている。

「ある物事を説明する方法が一つしか存在しない」ならば、そのことは何を意味するだろうか。その場合、誰が説明しようとしても全く同じことを言う・書く・話すことしかできない。その説明には独創性・工夫の余地・評価の高低はあり得なくなる。そのことから、「その一つしかない説明には著作権は生じえない」という結論が導ける。
このことは、「著作権の裁判であるベーカー対セルデン訴訟で基盤とされた法理であり「マージ理論」と呼ばれる」と、日本経済新聞 2021/2/8 11面に書かれていた。

''・ 前提条件としてアインシュタインの時代とは違い、我々に残されているのは複雑な現象のみなのです。''

出典: 「科学技術未来戦略ワークショップ データを活用した設計型物質・材料研究(マテリアルズ・インフォマティクス)ワークショップ報告書」26ページ 「データ科学による予測と原因究明」津田宏治先生の講演(産業技術総合研究所)   http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2013/WR/CRDS-FY2013-WR-03.pdf
   この報告書はとてもよくできていて、興味深いことがたくさん書かれている。今日では化学、物理の研究においてもきわめて複雑な分子、現象を研究対象にすることが必要になってきた。とても複雑な研究対象である生物の分野で発展してきた方法が、マテリアルズインフォマティクスのように他分野にも適用されはじめている。その逆に分子、物質の分野で発展している第一原理計算を生物学に取り入れることにも高い価値があるだろう。
ガソリンの燃焼はとても複雑な現象ですっきりと理解することが難しいが、量子化学計算や複雑なモデルの自動簡略化の手法が進歩することによって解明が進んでいる。 http://www.akrmys.com/research/publst.html.ja  「燃焼化学の第一原理」三好先生

人間の精神、文化、また多数の人間が形成する社会はきわめて複雑で現代的な研究対象である。「計算で人間社会を解き明かす -- フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアのデータが、社会科学に革命を起こしている」という記事が掲載されていた。 https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v17/n9/%E8%A8%88%E7%AE%97%E3%81%A7%E4%BA%BA%E9%96%93%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8D%E6%98%8E%E3%81%8B%E3%81%99/104467   

''・ This is biology. Theory is always after the fact. Try it.''

出典: ずっと以前 bionet newsgroup を見ていた際に書かれていた言葉 いままで、biology では 「theory は後から貨車でついてくる」というのがほとんどだった。しかしいつまでもそのままではいけないだろう。網羅的解析によって得られる、量、質が大幅に改善されたデータが生物学をすでに変えている。しかしまだまだ十分ではないようで、もっと大量のデータをこれからもとり続けないといけないだろう。


''・ 新しい研究分野を開拓すれば、二流の研究者でも一流の論文が書ける。限られた市場のシェアの争奪戦では敗者なくして勝者はあり得ないが、拡大する新分野では参加者すべてが勝者になりうる。''

出典:「私の履歴書」の江崎玲於奈博士の回 &br()
江崎博士は半導体を用いトランジスタがはじめて作成された時期に、いち早く半導体研究に取り組んですばらしい成果を上げられた。その時点では半導体研究が「拡大する新分野」であった。朝永振一郎博士が書かれた本を読んでいたら、「出来たばかりの量子力学に取り組んだ」と書かれていた。研究に取り組むなら「新分野」を選ぶのが得策かもしれない。

新分野なら研究者の数が少ないので、全員が顔見知りでお互いの研究内容をよく把握している状態が実現される。その状態では研究者の業績、実力が正当に評価されやすい。若い人も名前と研究成果を売り出しやすい。19世紀以前の西欧の科学界は、そういう状態だったのではないかと推測している。
「〜の法則」と言えば、すべての研究者の頭に〜という人の顔、研究していること、性格、声と話し方、その人と不仲な研究者の名前、などが浮かんだことだろう。
しかし現在ではそんなわけにはいかない。ある分野の研究者がたくさんいるというのはその業界にとっては良いことであるが、若い人にとってはあまりいいことではないかもしれない。   https://www.mbsj.jp/admins/messages/21st_agata_201901.html   分子生物学会会員番号 000004 (1970年代) である阿形先生の理事長挨拶

また、もう研究し尽くされたと思われている分野に新たな知見、研究手法、概念を持ち込んで全く新しい研究展開を引き起こすのもよいことである。
機械学習、人工知能、データ分析手法の進歩が、様々な工学の分野を活性化して今まで解けなかった問題が解決されつつある。 http://www.meti.go.jp/shingikai/economy/risukei_jinzai/003.html 第3回 理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会の議事録で紹介されている。
しかし大学業界全体が縮小しつつある(「縮小する旧分野」)ので、大学に長々と関わること自体に将来性がないということができる。そのせいか、大学院の人気が落ちてきている。どうにかしなければならないと、大学経営陣はおっしゃっている。どうすればよいか。

大学院に行くことで発生するコストを、メリットが上回ることが必要である(当たり前)。ずっと以前のような「みんなが大学院に行くから私も」ということでたくさんの人が進学してくれた、のんびりした時代ではない。どんなメリットがあるだろうか。

メリット:


コスト:


小熊英二先生の「日本社会のしくみ − 雇用・教育・福祉の歴史社会学」(講談社現代新書)において、なぜ日本では大学院の学位の価値が高くなりにくいのかについて、明快に記述されている。

2020 年 2 月の経済ニュース番組で、「企業に勤務する研究者・技術者で、博士号を取得している人の割合は 4 % である」と紹介されていた。この割合を少しでも上げ、さらにそれらの学位を取得した人々が企業、教育機関、官公庁ですばらしい成果を挙げ出世街道を驀進してもらえるように大学は努力しなければならない。日本経済新聞 2022年8月31日(水)第13面に、昭和電線ホールディングス社長 長谷川氏のインタビューが掲載されていた。長谷川氏は修士卒で昭和電線に就職し、働きながら博士号を取得されたことが紹介されていた。それには東大の井野教授からの「このままでは博士論文を書く時間がなくなるよ」というアドバイスがきっかけになったと書かれている。長谷川氏のように博士号を取得し、それを仕事の成功に生かして社長になる人がもっと増えれば、博士課程に入学する人が増える要因になるだろう。また井野教授のように的確なアドバイスを与えてきっかけを作ることは大切だろう。 日本経済新聞 2022年9月20日(火)第17面に、三重大学では地元で企業経営に携わる方々の大学院での学び直しと博士号の取得を支援するしくみを構築し成果をあげていることが紹介されていた。2023年8月8日(火)第27面でも、三重大学の西村先生によってそのしくみに関して紹介されていた。



今後有望な新しい研究分野(拡大する新分野)はどんなものだろうか。

「量子情報科学」は新聞・テレビのニュースでも頻繁に取り上げられる分野になった。新聞の一面に「量子」と書いてあるのが普通のことになっている。サイモン・シン(青木薫訳)「暗号解読」という本で、量子暗号に関して解説されている。 Nature 464, 7289 (Apr 2010)  Highlights: 物理:目に見える量子力学 という記事もあった。生物におけるいくつかの現象には光子、電子が深く関わっている。とくに光合成はそれが顕著である。光合成も「目に見える量子科学」の一つかもしれない。
「二重スリットの実験」では一つの電子が二つのスリットを通り抜ける。光化学系II では、光子に由来するエネルギーがアンテナ色素から反応中心に伝わる際に、複数の経路が同時に生じる。それはいくつかに分割されて伝わるのではなく、二重スリットの実験のように複数の経路を同時に通過するそうである。
そのうちのどれかの経路が一番早く反応中心に伝わる。伝わった瞬間に「観測」されたことになり収縮がおきて、その経路だけを通過したことになる。結果的に、常に最短の経路で反応中心へエネルギーが伝わる。

''1個の光子の吸収で始まる光合成''   2023年7月13日 Nature 619, 7969 という記事が Nature に掲載された。「今回、単一光子の吸収によって光合成が始まることが実験で示されている」と紹介されている。難しい研究であるらしく、上に書いた「目に見える量子科学」から 13 年も過ぎている。

分子生物学と量子科学の結びつきが重要になることが予想されている。 http://www.nature.com/news/2011/110615/full/474272a.html   Nature 474, 272-274 (2011) News Feature Physics of life: The dawn of quantum biology   
光合成の研究では、成長に見かけ上影響がない変化を光化学系に起こしている変異体を、蛍光などを指標として取得する試みが最近なされている。そういう変異体の分析から生物学にとどまらないおもしろいことがわかってくるかもしれない。光合成で重要な役割を果たすクロロフィル、またクロロフィルとよく似た構造を持ちすべての生物で重要な役割を果たしているヘムは生物学だけでなく化学、物理の分野でも主要な研究対象になっている。タンパク質に結合しているヘムが High-spin, Low-spin スピンの状態を取ることが生物学の論文にも出てくる。ヘムやクロロフィルの量子科学的な研究が進めばその成果が生物学にも役立てられるかもしれない。

https://www.jst.go.jp/crds/report/report01/CRDS-FY2018-SP-04.html   「(戦略プロポーザル)みんなの量子コンピューター 〜情報・数理・電子工学と拓く新しい量子アプリ〜/CRDS-FY2018-SP-04」

量子コンパス:磁気感受性のあるタンパク質が渡り鳥のナビゲーションを助けている可能性    Nature 594, 7864 (2021年6月24日) 

http://toshio-hirano.sakura.ne.jp/Hirano/Blog/entori/2016/1/30_liang_zito_sheng_ming_ke_xue.html   平野先生

http://www.nature.com/nature/journal/v543/n7645/pdf/nature22012.pdf   http://www.natureasia.com/ja-jp/nature/supplements の Nature insight 

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu17/010/gijiroku/1378002.htm   量子科学技術委員会(第5回) 議事録

http://www.ryosi.com/qis/201506/01/   分子科学研究所 石崎先生   
http://www.riken.jp/Qcybernetics/2_research/osrp_07_2012.html   http://physicsworld.com/cws/article/news/2014/jan/22/quantized-vibrations-are-essential-to-photosynthesis-say-physicists   Quantized vibrations are essential to photosynthesis, say physicists.   

光というものは、生物学において特殊な位置を占めているように思える。生物学では物事の原因と結果が複雑に絡み合ってわかりにくくなっていることが多い。しかし光の場合、細胞に対するシグナル、エネルギー源(物事の原因)になる以外に働きはない。そのため原因と結果がわかりやすくなる。
生物学には「光の速さ」が全然出てこない(気にする必要がない)という特徴もある。だから光の速さが重要になる難しい理論を勉強する必要は低い。「複素数を使うことが全くない」というのも生物学の一つの特徴である。

有機化学、化学反応では電子の運動、エネルギー、スピンがとても重要である。最近の計算機の発達で、簡単な分子なら素人でも分子軌道、原子軌道を計算しグラフィックで表示することがすぐにできるようになっている。プログラムをインストールして原子番号と原子の位置を指定するデータを入力すると答えが出てくる。だからとても楽だというのは考え違いで、小さな分子一個について解説を見ながら計算手順を進めることは素人でもできるが、複雑な分子が複数相互作用する場合は試行錯誤が必要になり難しくなる。
また計算結果が本当に正しいのかを判断する・計算結果の正しさを他人に納得させるには知識と経験が必ず必要になる。
しかしそれを乗り越えれば、「100 個ある候補分子を 5 個に絞り込む」ようなことが可能になり、時間と研究費がかかり成功の確率が低い実験の回数を 100 回から 5 回に減らすことが可能になったりする。これは計算なしでは不可能だったことを可能にすることにつながり、すでにそういう成果がたくさん出ている。

PubChem では分子の構造を表すファイル等のデータベースを無料で入手できる。
「いままでの有機化学の概念、反応をすべて分子軌道を元にして説明し直す」という試みが始められている。「化学」という雑誌の2014年4月号に、稲垣先生、山本先生の対談がある。

電子に関する理論、計算は以前は主に物理の分野で比較的シンプルな物・周期的な構造をもつ物に対して使われていたが、生体内の化学反応などの複雑なものへ適用できるようになりつつある。化学の分野にも当たり前に適用されるようになった。今後生物の分野(特にタンパク質と低分子、タンパク質と DNA、タンパク質同士の相互作用など・一つのタンパク質はたくさんの数の電子をもつので理論、計算は大変だろう・ノーベル化学賞の対象にもなっている)でも当たり前に使えるようになり、それがすべての生物学の確かな土台・基盤になれば、生物学がこれまでにない進歩をするのではないか。

https://www.sciencemag.org/news/2018/12/google-s-deepmind-aces-protein-folding   ''Google’s DeepMind aces protein folding''   タンパク質の高次構造を正確に決定すれば、それと相互作用する低分子を計算でスクリーニングできるようになってきている。いままでは実験を行うことでしか高次構造を決定できなかったが、人工知能によって実験を行わずに計算で正しい高次構造を求めることができるようになりつつある。

このことに関するすばらしい解説   https://note.mu/zhubo/n/n00675c5ae7c7   「AlphaGoの衝撃再び — タンパク質構造予測でAlphaFoldが今までのモデルに圧勝」袁博博士による解説、王青波氏による日本語訳

AI, 機械学習の一流研究者のインタビュー記事が掲載されていた。研究に関する心構えに関しても語られている。  https://jpn.nec.com/rd/special/usmachinelearning/hanspetergraf.html   「米国機械学習研究の最前線から」


''・ 同じものが違って見え始める。このことは写真を撮る上でとても重要なことだ。当たり前のものが、別の角度から覗くと急に違って見えたり、感じられたりするとき、そこに創作のヒントが大いにあると私は考えるからだ。''

出典:写真家 小林 紀晴氏が書かれたエッセイ「石器人が見た夢」 日本経済新聞2016年7月24日

実験をして得られたデータ、論文に書かれている物事を別の角度から見ることができるようになることは、新しい発見につながる。どういうきっかけでそういうことが可能になるだろうか。私の考え、経験では「この先生のグループの研究はとても重要な成果を上げている。良い研究だ。しかし私の研究には関係ないな」とずっと思っていたことが、「よく考えると、この成果は私の研究とこういうつながりがあるんじゃないか」「最近出たこの論文が正しいなら、あの先生の成果は私の研究と大いに関係しているはずだ」と気がついて考えが変わること、これは別の角度から見るきっかけになるような気がする。

そういうことを起こすきっかけを得るためには、自分の研究と直接関わらなくても広い分野に関心を持ち優れた研究について少しでも知ることが役に立つ。研究者のための論文紹介プラットフォーム「論文ナビ」(http://rnavi.org )というすばらしいサイトが公開されている。


''・ わからないから面白い''

出典:直木賞作家である木内 昇氏が書かれたエッセイ「わからないから面白い」 日本経済新聞2013年3月31日  &br()
すぐにわかる、わかりやすい物事、仕事はすぐに結果を出しやすい。しかしなかなかわからないこと、わかったと思うとさらにその先にあることが見えてくる奥行きがある世界に関わっていけることこそが至高のぜいたくであるのではないか、と木内氏は書かれている。

''・ 創造者にとって、作品とは混沌の果てにかろうじて見いだされる秩序ではないか''

出典:言語芸術論の研究者 平出 隆氏が書かれたエッセイ「サテライトの故郷」 日本経済新聞2023/12/17 

実験によって得られたデータと、それらを元にして考えたことは、そのままでは混沌でしかなく他人に伝わるものではない。整理整頓(論文化)によって秩序が与えられなければならない。
実験によって得られたデータと、それらを元にして考えたことは、そのままでは混沌でしかなく他人に伝わるものではない。整理整頓(論文化・理論化・理屈づけ)によって秩序が与えられなければならない。

「創造における混沌と秩序の関係」芸術の世界でも、作品、資料をアーカイブ(整理整頓)することはとても重要なテーマの一つになっていると書かれている。

''・ 研究を進める上で最も重要なのはここは100%確かであるという土台をキッチリと作ることだ。なんでもいいからとにかくこのデータは100% 信頼できるという土台を作りたまえ。焦って前に進むことばかり考えてると経験上ろくな事 はないな。''

出典:某掲示板 &br()
ゲノムデータベース、マイクロアレイ発現データベース、バイオリソース等は生物の研究のすべての土台となり、きわめて価値がある。土台がしっかりしていれば、そこから自分なりの研究を進めていけるので、今まで出来なかったこと(マップベースクローニングなど)が出来るようになる。そのためにも、ゲノム研究や大規模な発現データベース、変異体ライブラリー、バイオリソースの整備などは大変価値がある。いつもそういった研究の成果を使わせていただき感謝している。

ゲノム研究、リソース研究、網羅的研究を進めることによって生物学の土台全体が徐々に高く、強くなっていく。これは、今までの個別研究では成しえなかった、新しい生物学の進め方である。そこから今までできなかった、わからなかったことが解明されていくだろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/71/6/71_240/_pdf/-char/ja 「X-インフォマティクス:第四パラダイムに基づく科学研究の変化とデータ中心科学の発展」 北本 朝展先生による解説   第四の科学研究の枠組みであるデータ中心科学に関して解説、考察されている。データベースがすべての研究の土台になる。その際に注意しなければならない問題点が指摘されている。

Science, 28 September 2012 (Volume 337, Issue 6102)  Editorial:「スモールサイエンス」の終焉? Bruce Alberts http://www.sciencemag.org/content/337/6102/1583.abstract  これまでと同じ手法・発想の研究をしているだけでは、「おまえの研究は終焉だ」ということになるだろう。 

構造生物学の研究成果は、重要な機能を持つタンパク質・核酸などの働き方を推定する上で欠かせない、間違いのない土台、基盤になる。日本経済新聞 2022/8/9 10面に、「生命科学支援第 3 回小林賞」を受賞された岩田教授のインタビューが掲載されていた。岩田教授は膜タンパク質の構造を決めるだけでなく、構造の時間的な変化を観測する技術を開発されている。これによって薬が標的タンパク質に結合した際の構造変化を可視化できるようになった。AlphaFold でも今のところ時間的な変化を計算することはできない。これまで静的なスナップショットとして捉えていた立体構造に、時間軸を付け加えることで一気にデータが示す情報の量が大きくなる。さらに薬の結合などのパラメーターが加わり複雑さを増している。岩田教授は「人のやらない研究ではなく、人がやりたがらない面倒で辛そう(しかし社会的意義がとても高い)な研究に挑戦してほしい」と話されている。

「ある遺伝子のmRNA量は、こういう刺激を加えると3倍に増加した」というような実験結果は、それだけでは「間違いない真実」とは言い難い。そこで何回か実験を繰り返し、よく似た発現パターンを示すことがわかっている遺伝子(発現データベースを土台として)についても調べ、統計的に考える。それでも、主観的な思い込みなどによって間違いが起きることがある。変異体の場合、「この変異体では、この塩基がGからAに変わっている」という形で結果が得られ、それが土台になる。塩基の違いは、はっきりと間違いなく表され、主観が入る余地、ケチをつける余地がない。この点において有利である。しかし「他の研究者にその研究に対して強い興味を持たせること、社会的意義があること」も重視しなければならない。

''・ 労働量に依存した研究からの脱却は、喫緊の課題だよ''

出典:某掲示板 &br()
こういうことが叫ばれているのは、生物学だけではないらしい。
数学の力が求められている・有効に使えるらしい。「数学イノベーション」 「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」 http://www.meti.go.jp/shingikai/economy/risukei_jinzai/001.html   「数理資本主義の時代」というテーマで議論が行われている。

文部科学省などの Web ページで公開されている、大学、科学政策に関する議事録にはいろいろ興味深いことが書かれている。総合政策特別委員会(第24回) 議事録 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu22/gijiroku/1418626.htm では「『選択と集中』から『戦略と創発』へ」というスローガンが紹介されている。


''・ 開発を阻む壁を三度は乗り越えないと売れる製品は生まれない''

出典:株式会社テルモ社長 高橋氏のインタビュー記事 &br()
私の解釈:研究の場合は、「問題の解明を阻む壁を三度は乗り越えないと、人を納得させ、研究者としての評価を高める論文を完成させることはできない」ということになるのだろう。
論文を雑誌に投稿したときも、3回くらい書き直しさせられる方が、ずっとよいものに仕上がるのかもしれない。


''・ 野球のチームは人間同士が響き合う一種の共鳴装置であり、よい共鳴が起きるチームは強い。''

出典:野球評論家 豊田泰光氏の文章 &br()
このことは科学研究のグループ、チームにも当てはまる。野球のチームよりも、もっと共鳴の効果が著しく現れるかもしれない。野球とは違い地球の裏側にいる人物との間でも共鳴が起こりうる。優れた、間違いのない研究成果を挙げ、発表することはよい共鳴を発生させるトリガーになる。


''・ 多くのアイデアの中から本当にエキサイティングなものが何かを見極め,それをやることが大事なのです。''

出典:特定領域研究「タンパク質の一生」領域ニュース 2003年 Dr. Richard I. Morimoto(米国ノースウェスタン大学)インタビュー 「選球眼」が研究生活の成功に一番直結する能力であるのかもしれない。


''・ よい研究は常に解決した問題より多くの問題提示を行うものである。''

これも「タンパク質の一生」領域ニュース(No.13) から: 自分の研究について、「何を解決したか」「それによって、どのような新しい問題が提示されたか」「どのような、検証可能な予測を新たに可能にしたか(検証できなければ意味はない)」を常に考え、一覧表にしておくとよいかもしれない。その「検証可能な予測」が重要なものなら、さらに検証することで研究を発展させることができる。

「多くの問題提示を行う」と言うことは、それらの問題を解くことで多数の価値の高い論文が生み出されると言うことにつながる。それによって他の研究者によい影響を与える、助けていると言うことになる。「解決された問題」よりも「提示された問題」の方が多いのであれば、その研究分野における「解くべき問題」の数が増加する。新しく発見された「解くべき問題」を解明することで、さらに「解くべき問題」の数が増加する。うまくいけば PCR で DNA が増えるように、指数関数的に増えるかもしれない。実際に様々な分野で「関連論文の指数関数的増加」が観測されている(最近では「オートファジー」の研究がある)。このサイクルが繰り返されることで、関連する分野全体からすばらしい研究成果が大量に生み出されていく。「よい研究は、本人のみならず、他の多くの研究者が行う研究の発展に貢献する。貢献すればするほど、その研究の価値は高いものになる」ということもできるかもしれない。

「タンパク質の一生」や「RNA」のニュースレターはホームページで公開されていて、誰でも読むことが出来た。専門が異なる私が読んでも非常に役に立ち、興味深く、様々な示唆を受ける有用な内容が無料で読めた。他の特定領域でも同様なことを行っていただけると有り難い。


''・ 一流選手はそう簡単に出てこない。一流が一流を育てるんだ。''

出典: 「松坂選手大リーグ移籍」に対する楽天・野村監督の談話; 一流になろうと望む学生の皆さんは、一流の研究室を選ばなければならない。


''・ ある課題を説明する、解決するにはいくつもの仮説が考えられるが、全部を検証するのは多大な労力と時間が必要になる。正解を発見するスピードを上げるためには仮説を絞り込むことが大切になる。''

出典: 住友金属工業社長 友野氏が書かれた文章   特に企業においては研究に掛ける労力と時間に対する制限が厳しいだろう。しかし仮説を正しい方向に絞り込むこと自体が非常に難しいことである。様々なプロジェクトにより整備されたバイオリソース、遺伝子データベース、発現データベースは生物学において仮説、研究対象を絞り込む上できわめて有用である。今後もそういったプロジェクトが盛んに行われることを希望している。



''・ 失敗を覚えておけない人はよくない。失敗したことをよく覚えておき、それを二度と繰り返さないようにすれば、自然に成果が上がる。''

出典:名外科医、研究者である幕内先生の言葉(BS-iの番組「医者がすすめる専門医」で:この番組では、腹を切ったり心臓を切ったりする手術の様子をハイビジョンで見ることができた)。

''・ 生物学を研究すると人は謙虚になる ?''

生物、生命を研究すればするほど、「細胞の仕組み、生物の仕組みはなんてうまくできているんだろう」とどんな人も感じるようになる。いくら研究してもわからないことがいくらでも出てくる。それによって生物の研究者は謙虚になる。


と思っていたが、必ずしもそうではないらしい。


''・ 人の論文審査してわが論文原稿直せ''

人の投稿の原稿を見ると、「ずいぶん思い込みの強い人だな」と思ったりするが、よく考えると自分の今書いている原稿もそうだったりする。また、 revise されて再投稿された原稿と Cover letter を見て、「なるほど、このように文句をつけられた場合には、こう反撃すればいいのか」と、勉強になることもある。実際にある先生の再投稿を見る機会があったが、とても参考になった。そのやり方を真似している。

論文を投稿して通すというのは、実験研究とは異なったルールのゲームのようなもので、将棋やスポーツと似ているところがある。将棋で「相手からの攻撃を受けきって勝つ」のが、論文では「指摘された問題点を、すべて、一応、解消して通さざるを得なくする」ことに相当する。テニスの試合にたとえて「相手が打ち返してきたら、こちらはもっと強く打ち返してやればいいんだ」という話を読んだことがある。

効率よく論文を投稿して通すことを極限まで追求すると、「教授は論文を書いてエディターと交渉するだけ」「手下は論文に必要なデータを出すためだけの実験をする(何も考えずに)だけ」というシステムができる可能性がある。それはいろいろと問題があるようである。


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