澤田裕・寺澤達也・井上悟志(編著)『競争に勝つ大学 科学技術システムの再構築に向けて』東洋経済新報社、2005年、312頁。


 大学教員になったばかりの頃、欧米の、特にアメリカの大学では、「発表せよ、さもなくば破滅だ」(Publish, or perish.)という言い方がある、と聞いた。研究成果を次々に論文として発表し続けなければ、研究者としてやっていけなくなる。大学教員となっていても、テニュア(終身在職権)をもらえず大学を追われてしまう、たとえテニュアを持っていても居づらくなってしまうということであった。ずいぶん厳しい世界だと感心した。いくつかの偶然が重なって大学教員(助手)になったものの、さしたる抱負も野心もなかった評者は、競争心や向上心に欠ける自らの性格を顧みて、意気地のない言い方だが、「アメリカの大学人でなくて良かった」と胸をなでおろしたものである。日本の大学の場合、近年は任期付き雇用という形態が増えてきているとはいえ、どのような職階であれ、就職した時点でテニュアを付与されたも同然だからである。しかし、本書を読むと、アメリカの大学は、「発表せよ、さもなくば破滅だ」よりも、はるかに厳しい状況にあることが分かる。

 研究成果を挙げ、論文を発表するためには、研究のためのなにがしかの資金が必要である。自然科学分野では最新の設備や優秀なスタッフも不可欠である。しかるに、アメリカの大学では、日本の国立大学のように(2004年春の国立大学の法人化以降、大幅に減額されたとはいえ)毎年支給される一定額の研究費のようなものは存在しないし、教授であれば設備やスタッフが自動的にあてがわれるということもない。さらに、多くの場合、給与も大学からは9ヶ月分しか支給されない。そのため、アメリカの大学人は、設備を購入しスタッフを雇用するための資金はもちろん、自らの生活費の一部も、政府機関や財団から提供される研究費(グラント)を獲得することによって賄わねばならないのである。「発表せよ、さもなくば破滅だ」以前に、「グラントを獲得せよ、さもなくば破滅だ」ということになる。

 したがって、グラントをめぐる獲得競争は激烈にならざるを得ない。個々の研究者にとって死活問題であるだけではない。研究者の所属する大学にとっても、どれだけのグラントを獲得できるかは死活問題だからである。というのも、グラントにはオーバーヘッド(間接経費、グラントの約半額とのこと)が伴い、それが大学にとって重要な資源となっているからである。大学はオーバーヘッドとして得た資金で、研究に必要な設備や備品の充実にあてるだけでなく、戦略的に重要と思われる部門を重点的に強化し、その大学の特色とする。また、獲得したグラントの数と金額は大学のランキングに大きく影響する。したがって、大学は教員人事にあたっては、グラントをとれそうな教員を鵜の目鷹の目でさがしてヘッドハンティングする。

 このような状況の下では、ランキング上位の大学といえども安穏としていられないし、下位の大学にとってはチャンスがあるということになる。本書によれば、アメリカの大学システムに見られる、この競争的環境こそ、アメリカの大学の活力の源泉であり、その結果、アメリカの科学技術は世界トップレベルとなり、アメリカの経済的繁栄が可能になっている、ということになる。

 日本の大学でも一昔前と較べると、毎年定常的に支給される研究費が少なくなり、一方で科学研究費補助金に代表される外部からの競争的研究資金の比重が大きくなってきた。その結果、日本の大学でもアメリカの大学に似た競争的環境が整いつつあるのではないか、と思われる方もあるかもしれない。評者なども、漠然とそのように考えていた。

 しかし、日本の現状はとても競争的とはいえない、「真の」競争的環境とは似て非なるものだ、というのが第3章「米国の競争的研究資金制度の特徴と日本の制度の欠陥」の執筆者石坂氏はじめ、本書の執筆者たちの一致した見解である。石坂氏は、アメリカの大学における自らの経験を踏まえて、NIH(米国立衛生研究所)によるグラントの申請と評価のプロセスを詳細に報告している。この報告を通じて、グラントの重要性とともに、ピア・レビュー(専門家による審査)にあたって、アメリカの大学人・研究者たちが、公正であろうと真摯に振る舞っている様子を知ることができる。また、第3章に付された参考資料「米国で活動する日本人研究者に対するインタビュー」(井上氏執筆)は、徒手空拳でアメリカに渡り、「グラントを獲得せよ、さもなくば破滅だ」という過酷な世界で、第一線の研究者として活躍している日本人科学者たちの本音を知ることができ、実に興味深い。井上氏は、このインタビューについて「読者は、米国の大学における研究システムについて軽い閉塞感を覚えるかもしれない」(本書、216頁)と注記しているが、評者は「アメリカの大学人でなくて良かった」とあらためて胸をなでおろした。

 当然にも、本書は、本書を読んで「アメリカの大学人でなくて良かった」と胸をなでおろすような意気地のない日本の大学人に向けられている。評者のような怠惰な大学人が一掃される競争的環境を日本の大学にいかにして実現するか、日本の大学を「競争に勝つ」大学にするにはどうすればよいか、が本書を貫くテーマである。終章「国際的競争力を高めるための提言」は、そのための具体的な処方箋である。せめてもの罪滅ぼし(?)として、拙い紹介文の最後に9ヶ条からなる「提言」を引用させていただこう。

1  競争的研究資金をさらに拡大すべき

2  真の競争的研究資金を実現すべき

3  使い勝手の良い研究資金にすべき

4  競争的研究資金を獲得するモチベーションを最大化すべき

5  競争力のある人材を競争的に確保できる環境を整備すべき

6  学長・学部長(研究科長)が多層的にリーダーシップを発揮できる設計をすべき

7  多様な軸による評価とガバナンスをすべき

8  大学と産業界のコミュニケーションを拡大すべき

9  資・研究成果の円滑な流れを促進すべき


広島大学高等教育研究開発センター『大学論集』第37集(2005年度)、pp359-361.