<書評>大場 淳(広島大学高等教育研究開発センター大学論集第34集掲載)

フランス国民教育・研究・技術省及びブルゴーニュ大学/服部憲児訳

『ブルゴーニュ大学発展4年契約1999〜2002年』

(広島大学高等教育研究開発センター・高等教育研究叢書72、2003年、80頁)

 

 本訳書が取り扱う「発展4年契約(contrat quadriennal de développement)」とは、法人格を有する大学やその他の高等教育機関(いずれも国立)が、その予算の一部の配分を受けるために国と締結する契約のことである。契約は各大学が策定する計画に基づいて締結され、その期間は4年である。

 大学等の予算の一部を国との契約によって配分する方式(契約政策(politique de contractualisation))は、1980年代半ばから研究分野において始められた。1990年からは常勤職員人件費等を除く全分野に拡大され、準備の整った大学等から順に制度が適用されていった。契約政策の主たる目的は、@国と国家施設との間に新たな関係を成立させること、A大学の自律性を拡大すること、B複数年にわたる戦略的計画を立てることによって責任を明確にすることの3点であるとされる。契約によって配分される予算は各大学の全予算の1〜2割を占めるに過ぎないが、大学と国との関係、大学の運営方式に大きな変革をもたらした。Christine MusselinはLa longue marche des universités françaises (Presse universitaire de France、2001)(以下同書を引用)において、契約政策の導入は、学問領域の理論によって動かされて個々の大学の事情をあまり参酌しなかった国の行政の在り方を否定し、「大学を手続きの中心に据え、学問領域に基づく基準を最小化或いは周辺化し、それまで後見的な運営方式(訳者注:各大学の教育の在り方や教員人事等をそれぞれの学問領域で決定すること)を特徴付けていた実践と原則を数箇月のうちに覆してしまった」と述べている(105頁)。

 しかしながら、このような大学の自律的運営は、フランスにおける政治的動乱を経て制定された1968年の高等教育基本法(Loi d'orientation sur l'enseignement supérieur)において、既に目指されていたことであった。同法は、大学に自治を与えるとともに、学長の権限を強化し、外部者を含む全員参加型の自治体制等を整備した。それまでのフランスの大学は、二つの大きな力学で動いていたと言われる(53頁)。一つは、万人に平等に高等教育を提供するという力学であり、国家学位や大学の地位・構造の調和、全国への均衡な配置、無償制等を含む国家制度の構築として現れる。他方は、学部支配の力学であり、これはパリ大学を頂点とする各学問領域に閉じた構造をもたらし、大学として一体的に機能することを妨げていた(「学部共和国(République des facultés)」の構造)。後者の力学は、1968年の高等教育基本法制定の際に、学部が解体され複数の学問分野からなる組織へと大学が変革されたことによって消滅したはずであった。しかし、学部支配構造はその後も形を変えて残り、1984年の高等教育法(Loi sur l'enseignement supérieur)の制定後も状況は変わらなかった。Musselinは、この状態をもって、「学部共和国」としての大学は解体されたものの、「学問領域の後見下の大学(universités sous la tutelle des disciplines)」に置き換えられたに過ぎないと述べている(55頁)。その結果、大学は同一的で差がなく、教育は学問的な性格が強く社会の需要に対応できず、学生の就職も限られたものとなった。そして、そのことは、グランド・ゼコルを始めとする大学外高等教育機関の発展を促し、他国に例を見ない大学以上の威信を持った高等教育機関の存在を許すこととなったのである。

 契約政策は、国が大学に焦点を当てた政策を進めることによって、上記のような強固な学問領域支配体制を崩し、国と大学との関係を変え、また、大学内の力学にも多大な変化をもたらした。この結果、大学は唯一のモデル(l'Université)に拠るものではなくなり、「(多様な)大学の出現(émergence des universités)」(135頁)をもたらすこととなった。各大学は、「大学政策を練り上げ、集合的な計画を策定し、取るべき方向や考慮すべき優先順位を共同で決定する」ことが求められ(134頁)、大学管理運営に関して、合理化及び専門化が図られるとともに、その統治(gouvernement)方法が強化されることとなったのである(135頁)。

 さて、その内容であるが、契約は各大学が策定する計画に基づいて、大学と国民教育省(高等教育を担当する省の名称・構成はしばしば変わるが、本稿ではこの名称を用いる)との間で交渉され締結される。その際には、前期の契約の成果が参酌される。国民教育省は、契約に先んじて手引き書を関係大学に配布し、契約に際しての国の方針を示している。2003-2006年の契約に向けて示された方針は以下の2分野6項目にわたり、手引き書において116頁を費やして詳細に説明されている(国民教育省2001, Mode d'emploi: Politique contractuelle dans l'enseignement supérieur et la recherche Vague A 2003-2006)。

(1)使命にかかる方針

@ 教育の提供、文献情報サービス(documentation)、学生生活、組織、管理
A 研究、技術、博士課程教育
B 国際的な門戸開放に関する政策

(2)使命遂行支援にかかる方針

C 人的資源管理
D 資産
E 教育・研究・管理のための情報通信技術

 各大学は契約初年の前年2月末までに、前期契約の成果一覧、大学戦略についての梗概、上記方針への対応、これらとは別に研究に関する契約にかかる書類一式(博士課程教育施設の認証申請、研究単位の承認申請等)を国民教育省へ提出しなければならない。これらを基に各大学は国民教育省と交渉し、そして契約が締結され、それにかかる予算配分を受けるのである。大学がこうした資料を作成し、国と交渉して予算を獲得するためには、大学が自己自身や置かれた環境についての分析を進め、その強みや弱点を明らかにして、取るべき方向付けや優先事項の設定を行うことが不可欠である。そうでなければ、大学の要求は、根拠のない説得力に欠くものになってしまう。そのため、大学管理運営の改革が取り組まれたことは前述の通りであり、その取り組みの温度差はその後の大学の発展に影響を与えてきているところである。

 本訳書は、フランス東部の都市ディジョンに位置するブルゴーニュ大学が国民教育省(研究分野についてはCNRS(国立科学研究センター))と、同大学の1999〜2002年の活動についての契約書全文を邦訳したものである。発展契約が邦訳され出版されたのは、我が国では初めてのことである。その意義については、既に注意深い読者であればお気づきのことと思うが、フランスの契約政策は我が国の国立大学の法人化における中期目標・中期計画のスキームにも少なからぬ影響を与えたものであり、同国における契約政策の発展は、今後の我が国における国立大学法人制度の将来を占わせるものであり、また、関連政策や個別の契約は国の政策や各大学の戦略を検討するにおいて参考とすべき資料となるものと考えられることにある。これまで、フランスの契約政策については言語の問題もあってあまり顧みられることがなかったが、本訳書をきっかけとして研究や実践が取り組まれることを期待したい。