天然物化学研究室(生態機能物質化学 太田グループ) 研究紹介
   

新規生理活性天然物質の探索と構造および機能解析

 自然界には、人知の及ばない骨格構造をもった医薬品の卵となりうる未知の物質が眠っている可能性があります。
 みなさんも自らの手で未知の宝物を発見してみませんか。

 私たちの研究グループでは、植物、微生物、海洋生物、昆虫などから、 抗酸化作用、受精阻害、胚発生阻害などの生理活性を示す
天然物質を探索し、生理活性物質の単離・構造決定を行っています。これら新規生理活性物質の活性発現機構について調べ、
新しい健康補助食品、農薬や化粧品素材あるいは医薬品等の開発につながるリード化合物の創生を目指しています。

 研究テーマの一部を以下に紹介します。
   
   
I.動物・昆虫からの生理活性物質の探索
   
昆虫が有する有用生理活性物質
 私たちの研究グループでは、昆虫が有している新規生理活性物質の構造と機能を調べ、医薬品等に応用可能な新たな機能性物質の開発を目指しています。
 マメ科植物サイカチの種子を餌に生命活動を営んでいるサイカチマメゾウムシ(Bruchidius dorsalis)は、日本最大級の
マメゾウムシとされています。幼虫が種皮に穿孔することでサイカチ種子の発芽を助け、結果的に共生関係が成り立っています。
 サイカチマメゾウムシ幼虫は、わずかな水分しかない乾燥したサイカチ種子の中で育つことから、皮膚等の老化防止に
有効な成分が含まれている可能性が考えられました。抗酸化活性を指標にして有効成分を調べた結果、これまでに前例のない
デヒドロアミノ酸を含有する新規脂質を生産していることが最近わかり、ドルサミンAと命名しました。

 新規脂質ドルサミンAは、その強い抗酸化能力によってマメゾウムシ幼虫の体を酸化ストレスから保護していると考えることができます。
化学合成法の開発や構造活性相関の解明等により、皮膚等への抗老化作用をもつ新規なエイジングケア化粧品素材や医薬品候補の
開発を目指しています。本研究成果の一部を、米国科学誌に発表しました{S. Ohta et al., J. Nat. Prod., 76, 554 (2013)}。
             
 この「昆虫から新規老化予防物質発見」のニュースは、中国新聞等で報道されました。
  
2013. 3. 14 京都新聞        2013. 3. 15 中日新聞        2013. 4. 13 読売新聞
 
2013. 3. 15 中国新聞        2013. 3. 21 産経新聞

 また、TSSスーパーニュースでも「老化防ぐ・商品開発に期待の昆虫パワー」と題して、昆虫由来の新規エイジングケア化粧品
素材の開発に取り組む当研究室の様子が紹介されました(2013年4月)。
 
      『老化防ぐ・商品開発に期待の昆虫パワー』 のTV 収録風景 (2013年3月)     TSSスーパーニュースで研究を紹介(2013年4月)
   
海綿に含まれる有用生理活性物質
 海綿動物は、海底の岩に付着して生活しており、体内には多数の藍藻類や細菌類を共生させています。
共生微生物は、お互いに激しい生存競争を繰り広げており、中には猛毒を作り出すものもいます。
共生微生物が作り出す強力な毒によって、宿主である海綿が捕食者から身を守っているといったケースもよくみられます。
 たとえば、ブリオスタチン1という化合物は、海洋生物フサコケムシ(外肛動物の一種)の共生微生物が作り出す特異な構造
を持った大環状(マクロライドといいます)化合物です。現在、抗がん剤としての臨床試験が行われています。

 
 私たちの研究グループでは、日本近海で採集された500種を超える海綿動物から、ヒトデ等の卵や胚に対する選択的受精阻害や
発生阻害を指標として、医薬品のもとになるリード化合物の探索を続けてきています。
非選択的な毒では我々にはあまり役に立ちませんが、特定の生体分子等と選択的に相互作用する物質が見つかれば、
新たな抗がん剤開発のためのリード化合物や有用な細胞機能調節剤の開発につながることになります。

 最近、私たちの研究グループで、奄美大島近海の水深約200 mの海底から採取された海綿 Geodia exigua から、ヒトデ等棘皮動物
の受精を選択的に阻害する新規な生理活性物質が見つかり、イグジグオリド と命名しました。
 イグジグオリド は、元の海綿からわずか0.002%しか得られない微量物質でしたが、NMR、MSなどの各種スペクトル
データおよび計算化学的手法を用いることによって、その化学構造を新規な20員環マクロライドと決定しました
S. Ohta et al., Tetrahedron Lett., 47, 1957 (2006)}。
 イグジグオリド は、上の図に示したように、ブリオスタチン1と部分的に類似した化学構造を持っています。
 このブリオスタチン1との化学構造の類似性により、イグジグオリド は有機合成化学者の合成ターゲットとして目に止まり、
私たちの論文発表以降、激しい全合成競争が繰り広げられました。
 2008年に韓国のM. S. Kwonらにより(+)-イグジグオリドが全合成され、2010年には東北大学の不破博士らにより、天然物と同じ
(-)-イグジグオリドの全合成が成し遂げられました。合成されたイグジグオリドの生理活性が詳細に調べられた結果、肺がん細胞
に対して強力な増殖抑制活性を示すことが明らかになり、日本発の画期的な抗がん剤の開発に結び付く可能性が出てきたことで
注目を集めています(2011.2.7 河北新報ほか)。
 イグジグオリドがもつ特異な生理活性に関連して、2011年10月には、NHK E-テレの環境科学番組 サイエンスZEROで
『海の生物から探せ!夢の新薬 開発最前線』と題して私たちの研究の様子が紹介されました。
NHK 「サイエンスZERO」 ロケ (2011年9月)
             
正常なイトマキヒトデ受精卵      受精が阻害されたヒトデ卵       NHK撮影風景 (2011年9月)

             
 また、2012年1月15日には、NHKワールドの国際番組Science Viewで "Marine Life Harbors Tomorrow's Wonder Drugs!" と題して放送されました。
NHKワールドでの放送 (2012年1月)

 これに先立って、2011年3月、私たちの研究グループの海綿由来の新抗がん剤候補発見のニュースが共同通信社から全国に配信され、
各地の新聞に特集記事として掲載されました。
          
2011. 4. 5 中部経済新聞     2011. 4. 6 埼玉新聞     2011. 4. 6 岩手日報     2011. 4.7 岐阜新聞夕刊
          
2011. 5. 5 山梨日日新聞  2011. 5.11 高知新聞   2011. 5.16 静岡新聞     2011. 5. 30 信濃毎日新聞

   
 海綿からは、イグジグオリド以外にも他の生物にはない新規な化学構造をもった生理活性物質が次々と単離されてきています。
ヒトデの受精および胚発生に対する選択的な阻害活性を指標に、海綿に含まれる生理活性物質を探索してその構造と機能を明らかにし、
有用な細胞機能調節物質の開発を目指しています{S. Ohta et al., Biosci. Biotech. Biochem., 72, 1764 (2008)}。

   
   
II.植物-昆虫間の共生関係に係る生理活性物質
 
 私たちの研究グループでは、マメ科植物種子とマメゾウムシとの間で作用している殺幼虫活性物質、産卵忌避物質、摂食刺激・阻害物質など植物と昆虫の
共生関係に係る生理活性物質の構造と機能を調べ、医薬品等に応用可能な新たな機能性物質の開発を目指しています。  
   
サイカチ種子から新規な神経系作用成分
 マメ科の高木であるサイカチ(Gleditsia japonica)は、昔から「薬の木」とされています。
 私たちの研究グループでは、このサイカチの種子から、これまで知られていないアルカロイド成分を見出し、サイカチノシドA と命名しました。
NMRスペクトルおよびX線結晶解析等によって、サイカチノシドA の化学構造を明らかにしました {T. Kajimoto et al., Tetrahedron Lett., 51, 2099 (2010)}。
 さらに、関連化合物として、ローカストシドA, BおよびサイカチノシドB, C と命名した新規アルカロイド類も
X線結晶解析等によって構造解析しました {S. Ohta et al., Phytochem. Lett., 3, 198 (2010); Phytochemistry, 143, 145 (2017)}。
 これら新規アルカロイド成分について、神経系への作用など詳細な生理活性を調べることで、新たな医薬品リード化合物の
開発を目指しています。

 
サイカチマメゾウムシによるサイカチ種子成分の生物変換
 サイカチマメゾウムシは、寄主植物特異的にサイカチ種子に寄生します。卵から孵化した1齢幼虫はサイカチ種子に穿孔して
種子内に入り、種子子葉部を摂食して成長します。数回脱皮した後、蛹を経て成虫へと羽化し種子から脱出することが
知られています。蛹化に先だって、幼虫は自らの排泄/分泌物を用いて蛹室を種子内に作ります。成虫が脱出した後、
種子中に残された空の蛹室を取り出してその化学成分を解析した結果、数種の新規なプリンアルカロイド配糖体の硫酸
エステルが存在していることがわかりました。このことから、サイカチマメゾウムシ幼虫は、摂食した種子子葉部の主成分
であるサイカチノシドAなどのプリンアルカロイド配糖体のグルコシル残基の2位と4位を位置選択的に硫酸化している
ことが明らかになりました {Y. Harauchi et al., Chem. Biodiversity, 15, e1800154 (2018); Y. Uyama et al., Phytochem. Lett., 35, 10 (2020)}。
これら新規硫酸化合物の役割や生理活性等について研究を進めています。

   
ザウテルマメゾウムシによるジャケツイバラ種子成分の生物変換
 ザウテルマメゾウムシは、寄主植物特異的にジャケツイバラ種子に寄生することが知られています。
まず、ジャケツイバラ種子に含まれている化学成分について調べました。その結果、数種のcassane型フラノジテルペノイド類が
主成分として含まれていることがわかり、X線結晶解析等により絶対配置を含めて構造決定しました。
S. Kamikawa et al., Helv. Chim. Acta, 98, 336 (2015); Helv. Chim. Acta, 99, 133 (2016); Phytochemistry, 121, 50 (2016)}。

 ザウテルマメゾウムシ幼虫は、卵から孵化した後ジャケツイバラ種子に穿孔して入り、種子子葉部を摂食して成長します。
数回脱皮した後、自らの排泄物/分泌物を用いて蛹室を種子内に作り、蛹を経て成虫へと羽化して種子から脱出します。
成虫が脱出した後の種子中に残された空の蛹室を取り出してその化学成分を抽出・分画・精製して構造解析した結果、
殺虫活性成分がなくなり、その代わりに数種の新規で無毒な高極性cassane型フラノジテルペノイド類が含まれている
ことがわかりました{Y. Akihara et al., Phytochemistry, 156, 151 (2018)}。
 これらのことから、ザウテルマメゾウムシ幼虫は、摂食したジャケツイバラ種子子葉部に含まれている殺幼虫活性を有する
cassane型フラノジテルペノイド類の2位等を位置選択的に水酸化することによって無毒化しているのではないかと推定されます。
この無毒化機構の詳細について研究を進めています。

クワ科植物とコバチの寄生関係
 クワ科イチジク属のつる性植物イタビカズラ(Ficus nipponica)の果嚢にはイタビカズラコバチ(Blastophaga caliida
が寄生することが知られています。私たちの研究により、この果嚢に殺幼虫活性成分が含まれていることがわかりました。
それらの化学成分をX線結晶解析等によって構造解析した結果、2種類の新規プレニル化クマリン類であることが明らかになり、
fipsominおよびfipsotwinと命名しました。{Y. Akihara et al., Chem. Biodiversity, 14, e1700196 (2017)}。
これら新規殺幼虫活性化合物の役割やイタビカズラコバチの解毒機構等についてさらに研究を進めています。

   
   
III.植物からの生理活性物質の探索
   
日本固有植物から神経細胞保護作用成分
 アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)は、神経細胞が酸化ストレスなどによってダメージを受け発症すると考えられています。植物等に由来する成分が、アミロイドβ、6-ヒドロキシドーパミン、ロテノイドなどの神経毒によって損傷を受けたモデル細胞に対して神経細胞保護活性を示すかを調べて、活性成分を特定しようとしています。ADやPDに対する有効な治療薬候補の発見・開発を目指しています。

   
アシタバから抗炎症成分および抗酸化成分
 強靭な生育力を持つセリ科アシタバ(Angelica keiskei)に強い抗炎症活性および抗酸化活性があることが私たちの研究グループで見出されました。
活性成分として、キサントケイスミンA-C と名付けた新規カルコン化合物を単離し、その構造を決定しました
S. Ohta et al., J. Nat. Prod., 71, 1308 (2008)}。
 ほかにも数種の新しい生理活性物質の存在が見出されてきています{S. Ohta et al., Tetrahedron Lett., 51, 3449 (2010)}。
アシタバオールA と名付けた新規抗酸化物質の化学構造を明らかにするとともに、詳細な生理活性を調べることで、
新たな機能性食品や化粧品素材などの開発を目指しています{S. Ohta et al., Phytochemistry Lett., 33, 94 (2019)}。

   
植物からチロシナーゼ阻害剤の探索
 シミやソバカスの原因となるメラニン色素は、L-チロシンが出発物質となり、チロシナーゼの作用等によって生成されます。
 チロシナーゼ酵素の阻害物質は、美白化粧品の開発につながる可能性があります。
 私たちの研究グループでは、植物等から本酵素の阻害剤探索を続けてきています。

   
フジやハナズオウ種子から抗糖尿病成分
 α-グルコシダーゼ阻害活性やPPAR-αおよび-γアゴニスト活性を指標にして、マメ科植物等から糖尿病などのメタボリックシンドロームを改善する機能性成分を探索しています。 現在、フジ種子やハナズオウ種子から有効な成分が単離されつつあります。

   
アフリカ産薬用植物から抗炎症活性成分
 カメルーン産キク科薬用植物 Crassocephalum manii は、現地で民間薬として、葉をすりつぶして、 皮膚病、膿瘍や発疹に用いられたり、 煎じ薬にして、ガン治療に使われています。その植物からは、 新規な抗炎症活性成分が次々と見出されつつあります{S. Ohta et al., J. Nat. Prod., 71, 1070 (2008); Z. Naturforsch. , 64c, 644 (2009); Phytochemistry, 71, 249 (2010)}。 日本では見られない変わった植物は、将来、抗炎症・がん予防の健康食品が開発される可能性を秘めています。

   
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