時間知覚の神経生理学的基盤

 

詳細は小野田(2004)のレビューを参照

 

 

 時間は生体にとって重要な情報である.環境内で起こる事象の時間的側面を正確に把握し,自身の行動にその情報を反映させることが,生体の生存と適応に繋がる.生体がどのように時間を知覚しているかを理解することは,心理学において重要なテーマと成り得る.

 時間知覚とは,物理的経過時間に対する知覚作用のことで,時間的に離れた事象間の間隔を評価及び判断する基礎となる過程のことである.時間知覚は心理的現在を中心とした短い時間範囲を対象としている.順序の同定に必要な30ms前後から数秒までがその範囲である(Poppel, 1985).この範囲を超えた長い時間に対する認知作用は時間評価となる.時間知覚と時間評価では,心理学的時間の構成において注意や記憶のかかわり方が大きく異なる.これと対応するように,時間範囲が異なれば機能する脳領域も異なることが示唆されている(Lewis & Miall, 2003).そのため時間知覚と時間評価は厳密に分けて議論する必要がある.

 


 

時間知覚の心理学的モデル

 

 時間知覚の心理学的モデルは大きく2つに分類される.感覚的処理モデルと認知的処理モデルの2つである.感覚的処理モデルは何らかの内的な振動子やペースメーカーのような時間情報の基礎となるシステムを生体が持っていると仮定している(e.g., Treisman, 1963; Church, 1984).これらのモデルでは,連続的な時間の流れを離散量としてパルスや単位時間に置き換える変換過程により時間知覚を捉えようとしている.一方で認知的処理モデルは,時間とは無関係な情報の処理によって時間が知覚されると仮定している(e.g., Ornstein, 1969).時間が長ければ,その中に含まれる情報も多くなる.従って,処理された情報量が多ければ,それに応じて時間が長いと知覚される.これらのモデルでは,高次の記憶をも含めた情報処理に依存して時間知覚が成立することが示唆されている.また,感覚的及び認知的という対立的な考え方に対し,両方の処理過程が時間知覚に関与する統合的なモデルも提案されている(Thomas & Weaver, 1975)

 時間知覚に関与する神経基盤は内部時計を仮定する感覚情報処理モデルに沿って解釈されることが多い(e.g. Gibbon et al., 1997).感覚情報処理モデルでは振動子やペースメーカーなどの時間情報の形成に必要な機構を直接仮定しているので,神経機構との対応を議論しやすいためと考えられる.すべての感覚情報処理モデルは,時計,記憶,決定の主要な3つの過程から構成される点において共通している(Matell & Meck, 2000).時計過程では,振動子やペースメーカーから一定の間隔で発生する信号を一時的に蓄積する.記憶過程では作業記憶内に蓄積された信号を基に計時開始からの時間情報が維持され,参照記憶内に基準となる過去の時間情報が存在する.決定過程では,現在の時間情報と基準と成る時間情報を比較検討し,反応を決定している.これらの過程がどのようなメカニズムで実現されているのか議論が続いている.

 


 

時間知覚の神経基盤

 

時間知覚の神経生理学的基盤に関する検討は様々な視点から行われてきた.従来からの神経心理学的及び生理心理学的研究だけでなく,最近では機能的核磁気共鳴画像(Functional Magnetic Resonance Imaging: fMRI)や陽電子放射断層像(Positron Emission Tomography: PET)を用いた脳機能画像研究により,重要な脳領域が示されてきた.時間知覚において重要な機能を担うのは,前頭葉,大脳基底核及び小脳であることが明らかとなっている.

 

前頭前野

 

 時間知覚過程における前頭前野の重要性は多くの研究から示唆されている.しかし,前頭前野の関与するプロセスが,注意や記憶,解決方略など多岐にわたるため,その機能に一致した見解は得られていない.

  脳損傷患者を対象とした研究では,前頭前野の損傷は時間知覚課題におけるパフォーマンスを障害することが報告されている(Casini & Ivry, 1999; Harrington et al., 1998; Mangels et al., 1998; Nichelli et al., 1995)Nichelli et al.(1995)は,ミリ秒範囲(100-900ms)と秒範囲(8-32s)の両方の時間弁別課題で前頭前野損傷の影響が認められることを示している.Mangels et al.(1998)の実験では,秒範囲の時間弁別課題でのみ前頭前野損傷の影響が観察され,ミリ秒範囲では観察されなかった.この知見は,相対的に作業記憶や注意の負荷の高くなる秒範囲の時間課題において,前頭前野損傷の影響が大きくなる可能性を示唆する.実際に,前頭前野損傷患者は時間弁別課題における注意負荷の影響を大きく受けたことが報告されている(Casini & Ivry, 1999).非時間課題においても前頭前野損傷患者が作業記憶障害を示す(Mangels et al., 1998)ことから,作業記憶における時間表象の獲得,維持,モニタリングに前頭前野が関連する可能性が指摘されている.またHarrington et al.(1998)は,右の背外側前頭前野を損傷した脳梗塞患者において時間知覚の障害が認められたことを報告している.

 ラットにおける損傷実験においても,前頭前野の損傷が時間弁別を障害することが報告されている(Dietrich & Allen, 1998; Dietrich et al., 1997; Hata & Okaichi, 2004; Meck et al., 1987; Olton, 1989; Olton et al., 1988).これらの実験では,標的時間後の初発の反応に対して強化が行われるピーク法(Roberts, 1981)が主に用いられた.前頭葉損傷ラットは,プローブ試行における反応分布のピーク後退を示した(Meck et al., 1987; Olton, 1989; Olton et al., 1988).このピークシフトは,参照記憶における基準となる時間情報の歪曲として解釈されている.しかし,これらの研究は比較的長い数十秒を標的時間としており,より短い時間範囲にも適用できる知見かどうかは検討する必要がある.

 精神生理学的研究における時間判断や予期を必要とする課題では,随伴性陰性変動(contingent negative variation: CNV)と呼ばれる電位が頭皮上から観察される.それらの課題におけるCNVの分布は前頭中心部において優勢であることが報告されている(Ferrandez & Pouthas, 2001; Pouthas et al., 2000).これらの実験からも前頭葉優位に時間情報の処理が行われることが示唆される.空間分解能に優れた機能的画像研究では,前頭葉におけるより細かい機能分離が報告されている.Rao et al.(2001)は基準間隔と比較間隔を連続に提示して,基準間隔に対する比較間隔の長短を判断させる課題を参加者に行わせ,そのときの脳活動をfMRIで測定した.基準間隔に対応する時間帯では両側の前運動野と右下頭頂葉が賦活したことから,これらの領域は時間情報の符号化に関連することを示した.また,比較間隔に対応する時間帯では,右背外側前頭前野が賦活したことから,この領域は時間情報の比較過程に従事していることを示した.この知見はサルの背外側前頭前野に事象予期に関連した細胞が発見されている(Niki & Watanabe, 1979)ことと深い関連が見出せる.また時間弁別に関連した賦活は,右背外側前頭前野を中心とする右半球の皮質ネットワークにおいて顕著に観察されたことから,半球機能差が指摘されている(Smith et al., 2003).これは前述のHarrington et al.(1998)の神経心理学的知見と一致する.

 

大脳基底核

 

 大脳基底核,中でも線条体は,黒質から線条体へのドーパミン作動性経路が障害されるパーキンソン病や,注意欠陥/多動性障害(Attention-DeficitHyperactivity Disorder: AD/HD),ドーパミン作動性神経伝達の過剰が一因とされる統合失調症における時間感覚の変異から注目されている.

 パーキンソン病患者ではミリ秒範囲の時間知覚障害,数十秒範囲の計時行動の困難が報告されている(Malapani et al., 1998; Malapani & Fairhurst, 2002; Riesen & Schnider, 2001).また,ADHD児童における時間再生課題や時間算出課題のパフォーマンスは,対照児童よりも低くなっていた(Barkley et al., 1997; Barkley et al, 2001; Brown, 1985).統合失調症患者は,健常者と比較して時間知覚課題に困難を呈し,課題中の内側前頭前野や尾側線条体,視床腹側部の活性が低いことが示されている(Volz et al., 2001).健常者におけるfMRI研究では,時間処理に関連した大脳基底核(特に線条体)の活動が報告されている(Ferrandez et al., 2003; Nenadic et al., 2003)

 ヒトにおける多くの神経心理学的,精神生理学的研究に対して,動物モデルで時間知覚過程における線条体の関与を直接的に示した知見は少ない.これは線条体が報酬系にも関与し,この領域を破壊すると個体の生存自体に影響が及ぶためと考えられる.しかし,黒質-線条体系に局在する神経伝達物質ドーパミンを操作した研究は数多く見られる(Buhusi & Meck, 2002; Maricq et al., 1981; Meck, 1983, 1986, 1996).これらの実験では,ドーパミンアゴニストは時間を過大評価させ,アンタゴニストは時間を過小評価させた.このことからドーパミンは内部時計のスピードに関与する可能性が示唆されている.これらは,パーキンソン病患者が時間再生課題において時間を過小評価し,L-ドーパの投与によって健常者と類似した結果を示した知見(Lange et al., 1995) と共通した機序に基づいていると考えられる.

 Matell & Meck(2003)は線条体ニューロンの発火率によって時間情報が符号化されていることを報告している.彼らは,線条体が受ける単位時間あたりの入力数が時間情報として機能するという線条体振動頻度モデル(striatum beat frequency model)を提案している(Matell & Meck, 2000)

 

小脳

 

 小脳は,時計過程を担う脳部位として注目されている領域である.小脳は従来から運動に関与する領域として研究が行われ,運動の制御や学習を司る(Ito, 1984)というのが伝統的な小脳機能の捉え方であった.しかし,近年では小脳は運動と知覚の両領域において共通した計時メカニズムを供給していると考えられている(Ivry, 1996)

小脳を損傷した患者(Casini & Ivry, 1999; Ivry & Keele, 1989; Mangels et al., 1998; Mostofsky et al., 2000; Nichelli et al., 1996)や動物(Breukelaar & Dalrymple-Alford, 1999; Clark et al., 1996; Ferguson et al., 2001; Monfort et al., 1998; Perrett et al., 1993; Perrett & Mauk, 1995)を用いた実験により,小脳の時間知覚への寄与を示す知見が蓄積されてきている.Mangels et al.(1998)は小脳損傷患者に秒範囲とミリ秒範囲の2つの時間弁別課題を行わせている.小脳損傷患者は秒範囲よりもミリ秒範囲の課題において顕著な障害を示した.ラットを被験体とした実験においても,小脳損傷は秒範囲の時間弁別課題には影響せず,ミリ秒範囲の課題にのみ障害を及している(Clark et al., 1996) Nichelli et al.(1996)は数十秒範囲の時間判断が小脳へのダメージにより障害されることを報告しているが,彼らはその結果を注意の維持や対処方略への影響といった二次的な産物であると解釈している.これらのことから,小脳は相対的により短い時間知覚において重要であることが示唆される.Casini & Ivry (1999)は小脳損傷患者を用いて,時間弁別課題における注意負荷の影響を検討し,そのパフォーマンスに注意負荷の影響は認められなかったことを報告している.このため小脳の機能は,記憶過程や決定過程のような注意の影響を受けやすい過程ではなく,時計過程に関与していると考えられている.

 脳機能画像研究においても,時間知覚過程に関連した小脳の賦活が報告されている(Jueptner et al., 1995, 1996; Tracy et al., 2000; Belin et al., 2002; Smith et al., 2003).脳機能画像を用いた研究をレビューしたLewis & Miall(2003)は,時間知覚に関連した小脳の賦活は間隔の短い自動的処理の場合によく報告されると記述している.これは前述の神経心理学的知見と一致する.Harrington et al.(2004)は時間知覚過程を符号化過程と決定過程に分離した実験を行い,小脳は符号化過程にのみ有意な賦活を示すことを報告している.この結果は小脳が記憶,決定過程ではなく,時計過程に関与するという仮説を支持する知見と考えられる.

 

その他の領域

 

 以上に述べた3つの主要な領域以外にも海馬や視床などが時間知覚過程に関与していることが明らかになっている.機能的画像研究では,海馬や視床における賦活も時間課題に関連して観察されている(Harrington et al., 2004; Nenadic et al., 2003).海馬損傷患者(Kesner & Hopkins, 2001)やラット(Olton et al., 1987)は,時間情報の維持に困難を示した.ラットの海馬からは海馬θ波と呼ばれる4-12Hzの正弦波が観察され,この成分は作業記憶に関連して振幅の増大と刺激に対する位相同期が認められる(Givens, 1996).この振幅の増大と位相同期は時間知覚過程においても観察され,海馬が作業記憶に関連した処理を行っていることが報告されている(小野田・坂田, 2002, 2003; Sakata & Onoda, 2003).しかし,これらの実験では海馬自体が時間情報を維持しているわけではないことも示唆されている.視床はこれらの領域間の情報伝達の中継路として機能していると考えられている(Matell & Meck, 2000; Meck, 1996)