認知発達理論研究会 第1回例会 rep.齋藤瑞恵 エルマン,J. L.他(1998) 『認知発達と生得性 −心はどこから来るか−』 乾敏郎 ・今井むつみ・山下博志訳 共立出版  第3章 個体発生的発達:コネクショニストによる統合(pp.83-132) §序 ◆コネクショニスト:生得的素因(predisposition)が乳児の注意を環境の特定の側面 に選択的に振り向ける。生得的素因は異なるレベルで異なる役割を果たす。特定の表 象に固有な生得的素因とは,皮質下に組み込まれた注意獲得装置のようなもの。皮質 レベルでは表象は生得的に書き込まれてはいない。心理的なレベルでは,表象は脳と 環境と脳の諸システムの複雑な相互作用の結果出現してくるもの。 §創発的特性の観点からの発達 ◆生物学的コネクショニズム:表象,アーキテクチャ,時間の3レベルの生得的素因 を考え,これらが特有の環境によって強化・精緻化されて,特定の行動の出現を可能 にするという仮説に定式化 ⇒領域普遍的なアーキテクチャと学習アルゴリズムから,どのように領域固有の表象 を導き出せるか?それらが,最終的には発達の出発点としてのモジュールではなく, 最終的な産物としてのモジュール化を生み出すのはどのようにしてか? §顔に対する敏感性 ◆顔の認識:子どもが徐々に様々な人の顔を学習し,脳の特定の回路が次第に顔認識 に用いられるようになってモジュール化したもの。種に固有の認識は出発点では最小 限の顔認識の素因が働いているが,発達当初にある雛形は顔の詳細情報を含むもので はない。乳児は顔様物体に注意を向ける生得的な皮質下の素因に基づき,自分の種の 顔の特性の詳細を学習。 ◆なぜ,顔についての情報が皮質下に書き込まれている必要があるのか?:子どもが 学習するものが顔だけなら領域普遍のパターン認識装置で十分だが,実際の環境は情 報が豊富すぎるため,乳児が顔に特定の注意を向けることを可能にする最小限の素因 を想定せざるをえない。 ◆発達のシミュレーション:ネットワークの1つに3つ丸を最低限表象として書き込む こと,2つの異なる顔処理システムを可能にするアーキテクチャレベルの制約を授け る必要あり §子どもの発話と言語に対する早期能力 ◆言語の領域:生得的素因と入力情報の構造が相補的に働いて脳の発達に影響を及ぼ す。言語能力は,言語領域に固有なものとして生得的に書き込まれているのではな い。 【次の音の予測】 ◆Elman(1990):表象レベルでの制約なしに,音素系列の中から語の境界を探し出す ネットワークで,自然データと良く一致するパターン。比較的一般的なアーキテク チャレベルの制約が,入力文字列を処理した結果の産物として,創発的に,言語領域 に固有の表象レベルの制約をつくり出すことを示す。 【語彙の発達】 ◆Plunkettらのシミュレーション:イメージとラベルの対応が課題。幼児における語 彙爆発,過剰般用・過小般用,プロトタイプ効果を再現。異なる観点から説明されて きた様々な現象を単一の枠組み内で説明できることを示す。語彙爆発は学習のダイナ ミクスにおける創発的特性として生じる。 §過去形の学習 ◆規則の過剰適用:e.g., 過去形の過剰規則化 ◇刺激の貧困と2元的メカニズム ⇒生得的な言語的制約を主張(e.g., Pinker & Prince, 1988) ⇔コネクショニスト:規則的パターンと例外パターンは単一のメカニズムの実行を通 して創発 ◆Rumelhart & McClelland(1986):2層ネットワークとパーセプトロン収束法を用い て,単一のメカニズムで,規則動詞,不規則動詞両方を同時に表現可能である事を示 す。しかし,語彙の不連続の問題,2層ネットワークとパーセプトロン収束法は線形 分離不可能問題を扱えないという批判あり。 ◆Plunkett & Marchman(1991):隠れユニットをもつネットワークアーキテクチャ で,語彙の不連続性を導入しなくても局所的なU字型の成績プロフィールを観察。不 規則動詞と規則動詞はある程度互いに独立した機能的モジュール性を獲得。行動レベ ルでの分化は,メカニズムレベルでの分化を必ずしも意味しない。規則動詞と不規則 動詞は同じ処理装置上で同じように表象・処理されるが,両者は非常に異なった行動 をとりうる。 ◆Plunkett & Marchman(1993):多層パーセプトロン。訓練当初の訓練セットは小規 模で,学習が進むに連れ1つずつ動詞を増加。訓練セット中の規則動詞と不規則動詞 の割合は当初半々で,その後追加される語彙の80%が規則動詞。結果,自然データの プロフィールと良く一致。 §物理世界の事象についての敏感性 ◆物体の永続性の理解:探索実験と注視実験で異なる結果 ⇒コネクショニスト:物体の永続性の理解は,連続的で,文脈に埋め込まれた,経験 に依存した学習 ◆Munakataら:遮蔽物の後に隠れ再度姿を現す物体の位置を予測。見えなくなった物 体の内部表現の維持は徐々に発達する認知能力であることを示す。ネットワークの複 数のレベルにおける漸進的な相互作用の結果であろう発達を考える上で,特定の概念 の有無をいうことは不適当であることを示唆 ◆Mareshal(1995):視覚的トラッキング+探索反応の制御のための出力表現を生成し て探索を開始。物体位置予測モジュールと物体認識モジュールの2つの処理経路を分 離,2つの情報を統合する反応統合モジュール。乳児の行動をうまく再現。遮蔽物が ある場合,遮蔽物の後ろの物体の探索は,遮蔽物の後の物体が再度姿を現すことの予 測よりも,ずっと学習速度が遅い。位置に関する内部表現と特徴に関する内部表現と が別々に形成され,それらの統合が必要だから。 ◆MunakataらとMareshalらのシミュレーションに共通する重要な点:注視スキル,探 索スキルの発達を通じて変化の基本的メカニズムは一定。 【即時学習】 ◆コネクショニスト:乳児の早成の能力は発達の非常に初期に起こる非常に速度の速 い学習の結果 ◇Elman:単純な再帰的ネットワークによる2つのシミュレーション ⇒Gibson(1969)の主張が適切。環境は一般に考えられているよりもずっと構造化され ており,非常に単純な学習アルゴリズムと内部アーキテクチャがあれば,驚くほど精 緻な内的表象と行動が即時に生成されるのであり,この即時学習により,子どもは単 に,物体全体について,人間について,運動について学ぶだけでなく,物体の行動を 支配するさまざまな微細な特性まで学習しているのである。 【レディネス】 ◆コネクショニスト:乳児は生得的に重力についての知識を持っているわけではな い。発達は表象や計算レベルでの質的変化を伴う段階を経るという考え方にも疑問。 ◆McClleland & Jenkins(1991):バランスビーム課題をネットワークに訓練。2つの チャンネル(重さと距離)。距離より先におもりを学習。Sieglerの段階様の変化を 示す。アーキテクチャ,学習アルゴリズム,入力表現は訓練を通じて不変だが,段階 から段階への移行は,子どもの場合と同様突然生じた。不連続に見える発達段階のメ カニズムを,規則の質的変化としてではなく,量的な変化という解釈で説明できるこ とを示唆 ⇒Plunkett & Sinha(1992):このネットワークはPiagetの発生的認識論の考え方 (ネットワークの既存の状態への入力の同化,新しい入力へのネットワークの調節, 2つの間の漸進的な均衡)を具現 ◆子どもの脳と環境においては,2つの処理チャンネルが区別されていないかもしれ ない。 ⇔このシミュレーションの意義:領域普遍のアーキテクチャと計算装置が領域固有の 表現を生み出すことが出来ることを示した点 ◆実際の子どもはバランスビーム課題の前に,さまざまな経験をしている→発達は単 純な課題固有の学習ではなく,多くの情報源から知識を抽出し,ある目的のためにそ の知識を使うこと。 ⇒将来のコネクショニストシミュレーション:より複雑な環境における子どもの現実 の学習をよりよく詳細に探索するために,より豊かな入力ベクトルを設定し子どもの 内部表象をモデル化する必要性 ◆紹介されたシミュレーション:静的なネットワークアーキテクチャを使用 ⇔コネクショニストアプローチがこのようなアーキテクチャを採用し続ければならな いわけではない。 e.g., 隠れユニットを構築していくネットワーク(Shultz et al., 1995) 【認知発達をシミュレートする】 ◆コネクショニストの枠組み:「エラー(誤差)=入力と出力のミスマッチ」とする 概念をはるかに越えるような,ダイナミカルシステムでの誤差に基づく学習の性質を より深く理解する手だて ◆コネクショニストシミュレーション:発達理論に解決を与えたということではな く,従来無視されてきた区別を明らかにし,発達についての新たな視点を可能にす る。 <<研究会で話題になった点>> @章題の「統合」とは?:生得主義と経験主義の統合を意味するものであろう。 Aシミュレーションで説明できる,ということと,実際に人間でそうである,という こととは異なる:コネクショニストやネットワークシミュレーションの意義として, 説明できる,ということだけでなく,ネットワークに何が学習できるか,何が学習で きないかという事を示し,脳や行動についての研究にフィードバックを与えることが あげられる。シミュレーションを通じて,新たに明らかになる事柄があること,ま た,新たに検証すべき仮説が提示されることが,シミュレーションの重要な意義。 B発達=学習か?また,ここでの「発達」とはどのような意味で用いられているのか ?:学習は個々のルールの獲得,発達はそれらを足し合わせたもの?「発達」とは, ここでは原則的に「質的・量的な変化」という記述的な意味合いで用いられているら しい。 C顔認識の発達シミュレーションは,その後,実現したか:ないらしい。 D言語領域の中でのさまざまな現象は,人間では相互に関連するものであるように思 われるが,コネクショニストの枠組みでは,どう考えられているか?:これら全てを 扱うようなネットワークはない(技術的な問題や,課題の複雑さの問題,どのレベル でモデルを構築するかという問題などのため)。 E即時学習で,人間の場合では,何をもって「即時」と言っているのか?:本章では Gibsonの主張を引用していることから,「何秒」「何回」でできたから「即時」とい うようなことではなく,例えばイスを見てイスと分かる,というようなアフォーダン スのようなものを想定しているらしい。 Fバランスビーム課題と保存課題は等質か?:構造的には似ているという意見,先行 経験の度合いが異なるという意見,フィードバックが明示的に与えられるかが異なる という意見など。 G例えばバランスビーム課題で,ネットワークは,個々の事例を表象としてもってい るのか,それともより抽象的な関数を表象として持っているのか。e.g., 右1=左1 ⇒つりあう,右2=左2⇒つりあう・・・という表象か,右=左⇒つりあうという表 象か。:事例から関数へは,表現を変化させるための何らかのステップが必要であろ う。 =====================以上レジュメ終わり======== ======== **************** 齋藤瑞恵 mizuesai@syd.odn.ne.jp ****************