Jun 16, 2001. 認知発達理論研究会 第4回例会 Gopnik, Alson. Theories, language, and culture: Wholf without wincing. (In Bowerman, Melissa and Levinson, Stephen C. (eds.). Language Acquisition and Conceptual Development. Cambridge University Press. 2001.) Reporter: MATSUMOTO Hiroo 松本 博雄   (中央大学大学院文学研究科) 0.はじめに:問題の背景・目的  <論 題> 「ある人が用いている言語は、その人の周囲の世界についての理解(認識)に強く影響を与えているのであろうか」(いわゆる「ウォーフの仮説」) これについては大まかに分けて次の二つの立場が存在する。 1) realist. :反対 →例えば認知科学者  「……『認知』とは、少なくとも大体は真実に基づいた方法で周囲の世界について学習する方法をさしており、認知科学が仮定しているのは、すべての人間がそうするであろう一般的過程が存在するということである。」(p.45)  たとえば1960年代後半以降の心理言語学は、このような認知的基礎をおいてきた。 2) relativist.   例えば、本書の著者の多くは、言語が認識に影響するという可能性についてを概念的・実験的に探索している。 ◆これらを背景にして、本章では次のようなことを目的とする。 言語が認知を再構成する、というアイデアにアプローチする概略を述べること(認知科学の立場と衝突するという形でなく、広い意味でのそれと一致するという形で)。  具体的には"theory theory":認知発達は、科学における理論の形成および変化の過程に類似しているという提案によって、言語―思考間の相互作用という関係について、昔からのウォーフ派―反ウォーフ派の論争というところから離れた新しい説明を行うことができるだろうというように考え、それについて検討する。 また、この知見を支持する研究データ:特定の種類の言語的な入力が認知発達に影響するということを、特に英語―朝鮮語間の交差言語学的研究の資料をもとに示す(→4〜6節)。  「……私が示すだろうことは、科学における概念変化のアナロジーによって、認知における言語の影響について特徴づける新しい方法が得られるということである。ウォーフ派のアイデアと、現代認知科学の洞察とをつなげることができるのである。」(p.45-46) 1. The theory theory  "theory theory"の説明が行われる。 ○「認知発達」について説明する際に、それが科学理論における変化に類似していると仮定し、そのモデルを用いて説明を試みるのが、"theory theory"である。 ◆なぜ"theory theory"による説明へと至ったのか @「認知発達」=「知識獲得の過程」である、と置き換える。 Aつまりこれは、「何も知らない子ども」がいかにして「ものを知っている大人」になっていくかの過程を説明するということである。 Bある知識について「知らない」状態から「知っている」状態へと変化するという過程は、子ども―大人間の関係だけでなく、その知識領域における「初心者―熟達者」の関係に置き換えることができる。 Cよって、これを明らかにするためには、初心者の知識、もしくはその領域についての概念が、いかにして熟達者のそれへと再構成されていくかについて記述する必要がある。 D「知識・概念の再構成」という観点に着目すると、同様の現象が生じる分野として思い浮かぶのは「科学史における理論の変化:形成と修正の過程」である。 Eよって、科学史における理論の変化(概念の変換)のモデルを立てることは、「認知発達」についての説明に有効であるだろうと仮定する。 →ここではこのような考えのもとで「理論の変化の過程」を分析する。 ○筆者の述べる"theory theory"における「理論」の特徴 ・ある理論は、他の理論と区分しうる示差的な構造特徴をもっている。 ・理論は力動的に変化するものである。 ○"theory theory"とピアジェ理論 ・共通点  「……構成主義者がそうであるように、それが強調するのは既に発達していた認知構造、すなわちより初期の理論と、新規な入力の間の相互作用である。質的に新しいタイプの概念構造はこの相互作用から出現する。」 →古い理論が究極的にはより初期の理論の望ましい崩壊を導き、新しい理論が再構成される、という点。 ・差異点  理論の形成は知識の特定の領域に対して固有のものであると考える点。  「……これより"theory theory"が予期するのは、ピアジェ理論が考える領域一般の段階変化というよりむしろ領域固有の変化である。」 ○"theory theory"の適用される領域 ・「対象のカテゴリー化」の領域  これまでは「対象をどう知覚しているか」という対象の知覚的側面から説明されてきた。これに対し"theory theory"を用いることで、素朴理論の変化する過程:質的な概念変化の過程をより説明できるのではないか。 ・「心(mind)についての理解」領域:心の理論 ・乳児期後期に生じる認知的変化  対象の外観についての理解、行為―目標の理解、対象のカテゴリーについての理解が含まれる。  「……これらの変化が明示されるのは、子どもが隠れた対象を探す(対象の永続性課題)、問題解決を計画する(手段―目標課題)、対象を自発的に分類するといった方法での変化を通してである。」 2. Language, culture, and theorizing  ここでは"theory theory"の中に言語発達と認知発達の関係の問題がどのように位置づくのかが、これまでの思考と言語の関係についての研究と"theory theory"との関係を考察することを通じて論じられている。 ○「言語と思考の関係」についての二つの対照的な考え方 1)ピアジェ派の考え  認知そして概念発達は言語発達の背後にあり、その原動力である。 →意味の発達semantic developnmentはより早期の概念発達に依存、もしくはそれを反映している。 2)ウォーフとヴィゴツキーの考え  認知発達の多くは社会において関係をもった大人によって供給された概念が、特に言語という媒介物を通じて内化したものである。 ・Whorf:特定の言語の中に特有の文法構造の役割を強調  →これらの構造は、その言語の話し手に対して伝達される特定の概念構造を体現している。 ・Vygotsky:子どもとの相互作用の過程において親が話す言語(いわゆる「マザリーズ」)の中の、特定の示差的で実践的な特徴を強調  →これらの言語的相互作用が意味発達だけでなく子どもの認知発達も形づくっている。 ○"theory theory"は言語と思考に関する強固な相互作用論者の発想と非常に一致する。  「……実際に我々が論じるのは、科学における理論変化のモデルによって、認知および言語の発達の間のこのような相互作用を理解することの特に明確な手段が供給されるということである。」 ○科学理論における『エントロピー』という語の獲得を例に出して、"theory theory"の有効性について説明している。  「……ピアジェ派・チョムスキー派の前提条件的観点にも、古典的ウォーフ派・ヴィゴツキー派の相互作用的観点にも、この種の科学における意味変化の特徴は捉えられていないように思われる。このような場合に、我々は概念発達が意味発達に先行する、もしくはその逆という関係のどちらもいうことができない。それは単に我々が「エントロピー」を含む概念のレパートリーを生得的に持っているということでもなく、その概念の中に正しい用語をほとんど持たずに定位するということでもない。しかし、我々の言語行動を教師のそれに考えなしに単に合わせたり、我々の認知が徐々に形づくられていくということもまたない。むしろ二つのタイプの発達、語の学習と関係概念の学習が、それぞれのタイプが他者を促進してゆくという形で、関連して生じているのである。」 3. Developmental relations between language and cognition  これまでの理論的な説明に代わり、この節以降は具体的な研究と結び付けての"theory theory"の有効性が論じられる。 <15〜21ヶ月の子どもを対象にした認知発達研究> ・ここで述べられているのは、1節で"theory theory"を適用するのに有効であるとされた、対象の永続性と手段―目標課題、対象物の自発的なカテゴリー化についての発達研究である。認知課題の結果および子どもの自発的な言語発達が記録された。結果は次のとおり。 @消失に対応する語(gone)の発達と、対象の永続性能力の発達の間に相関がある。 A成功と失敗を符号化したことば(there/uh-oh)と手段―目標能力の発達との間に相関がある。 B命名の爆発(naming spurt)と子どもの自発的な分類、特に多くのカテゴリーの中に対象を網羅的に分類する能力との間に相関がある。 また、次のような特徴が同時に見いだされた。 ・これら3つすべては平均すると大体同時、おおよそ18ヶ月に生じたのである。 ・どの3つの場合においても、言語発達と非言語的な認知の発達がおおよそ同時に、我々の縦断研究においてはそれぞれ数週間以内に出現した。 ・個別にみるとこれら3つが時間的に乖離して発達した子もいる。 ・また、斜めの相関(cross-relation)はなかった。例えば対象の永続性がsuccess/failureの語とは関連せず、手段―目的関係の発達が喪失についての語とは関係がないということである。 →3つの概念領域間は独立であると考えられたが、領域内(認知能力とそれに伴うことばの発達の間)は密接に関係がある。 <これらは横断研究においても見いだされた。> ○「……言語能力と認知能力のいくつかのより一般的な関係の結果が存在するというよりむしろ、これらの関係は特定の概念発達とそれに関連する意味発達とのまったく明白なつながりを含んでいるように思える。これらの結果は、この時期(もしくはその他の時期)における言語と非言語的な認知との密接で明白な関係についてのほとんどない実験的な論証の一つである。」 ○この密接な関係の背後に、ある潜在的な概念の変化が横たわっていることを仮定する事ができる。それは"theory theory"において、力動的に変化する「理論」の最もよい候補になると考えられる。 ← ←認知的な変化    ↓  ↑   Theoryの発達変化 (相互作用) <同時期に出現:相関>    ↑  ↓ ← ←言語的な変化 ○しかし、両者が同時に出現するということは、双方の因果関係を表しているというようにもなりうることに注意しなくてはならない。 ○また一方で、両者の相互作用が理論の変化にどう影響するかも考える必要がある。 4. Crosslinguistic studies ○いかにして我々は言語が認知を再構成し影響を与えるという相互作用仮説を検証することができるだろうか。 →子どもの言語環境を人工的に代えたりすることはできないが、言語的入力において自然に生じることが認知発達において異なったパターンと関係するかどうかということを検証することができる。 <研究:朝鮮語の話者における言語と認知の関係についての調査> ・英語は分析的言語: 統語関係が独立した機能語により示される ・対象的に朝鮮語は豊富な動詞形態をもつ。語尾変化により意味が決定される(日本語と同様)。英語圏に比べ、名詞を用いる数が少ない。 →これらより、次のような仮説を立て検証した。 「朝鮮語の話者は、行為の理解および動詞によって符号化される概念に関して英語の話者より進んでいるが、対象物の理解、名詞によって符号化される概念については遅れている。 ○研究1:Gopnik & Choi(1990)  朝鮮語を話す子ども5人についての縦断研究。  結果:命名爆発の出現と豊富なカテゴリーの発達が、実際には特に英語を話す同サンプルの子どもに比べ遅れた。 ○研究2:(1995)  朝鮮語を話す子どもで、より大きなサンプルについて調査。  子どもには、英語の子どものサンプルで行われた認知課題(洞察の使用が解決上求められる手段―目的課題)と、朝鮮語の子どものためにデザインされた拡張言語質問紙(語の自発的なカテゴリー化)が実施された。  結果:カテゴリー化課題において、朝鮮語―英語サンプル間で有意差あり。朝鮮語speakerは、英語speakerに比べ有意に遅れた。  同様に、命名爆発の発達においても、朝鮮語―英語サンプル間で有意差あり。朝鮮語speakerは、英語speakerに比べ有意に遅れた。  しかし重要なことに、手段―目的能力の発達とsuccess/failureに関する語の発達では逆のパターンが見られた。つまりこの領域において、朝鮮語speakerは、英語speakerに比べ有意に進んでいた。 ○縦断研究:18人の朝鮮語speakerの子どもと30人の英語speakerの子どもとの間での認知的パフォーマンスの比較研究。  結果:カテゴリー課題において 英語 >朝鮮語     手段―目的課題において 朝鮮語>英語 ○追加研究:朝鮮語spekerの母親と、英語speakerの母親の発話の比較研究  縦断調査の始めと終わりにテストセッションを設定。  母親は、絵本の読み聞かせとおもちゃの家で遊ぶという半構造化された2つのセッションで5分間子どもと遊ぶことが求められた。→そこにおける母親の動詞と名詞の使用を分析  結果:朝鮮語の母親は、英語の母親にくらべ行為に関する語(指示動詞、つまり行為を明らかに指し示す動詞)を有意に多く用いていた。pragmatic analysisにおいても、英語よりactivity-orientedな発話を多く用いていた。  対照的に、英語圏では名詞・指示名詞・naming-orientedな発話が多く用いられていた。 ○このような特定の関係のパターンが示しているのは、言語的入力のこのような差異が認知発達における子どもの差異に対し影響しているかもしれないということである。 ○また、重要なのは、単に入力における名詞・動詞の出現・非出現ではなく、それらが子どもへ向けての発話でどのように用いられているかということである。 5. Language as evidence ○では、このような認知発達にもたらされる言語入力の効果を、どのようにして概念化できるのであろうか? →ウォーフ派の考え:言語相対論 「……子どもたちの行動は同一単位で測ることのできないような種類のものを反映する。英語を話す子どもたちは,朝鮮語の話し手とは基本的に異なった方法で世界を理解する。」 ○しかし、例えば朝鮮語と英語の子どもたちであっても、どちらもゆくゆくは行為と対象両方について似たような理解へと収束していくようである。つまり少なくとも、両グループの子どもたちは同じ問題解決能力と,おそらくこれらの能力の基礎をなす同じ世界の概念を,2歳か3歳になったときまでには共有していたのである。 ◆これらの基礎として、次のような流れが考えられる  <言語獲得以前>  環境の観察から、乳児は"theory theory"における理論形成・変化の基礎となるevidenceを直接得る。このとき、文化的な差異は捨象される。 ↓  <18ヶ月>  子どもは言語を媒介としてevidenceを獲得する。→差異の出現 ○理論形成における言語的evidenceの効果は、相対的に小さなものから非常に大きなものにまで及んでいる。  例)子どもが帰納的推論を行う際、言語的類似性が知覚的類似性より強力な役割を演じているという研究 ○ここで例にあげた研究は、そのほとんどが統語的な問題よりも語彙に関する問題である。しかしもし子どもが統語的な問題と語形的な問題を理解するようになり、言語の陳述的構造を適切に用い始めると,言語は理論の形成においてより強力な役割を演じるだろうことが推測される。 ○"theory theory"における理論の変化の重要な要素には、evidenceの蓄積のほかに,現在維持されているモデルに代わる理論的モデルの利用可能性ということがある。子どもは複雑な統語論と語形論を持つ、つまり比較的自由にことばが使えるようになると、言語自体が代替理論モデルを子どもたちに伝えるための重要な媒介物となる可能性が生じる。これは、子どもたちの認知発達が科学における理論の変更に比べてなぜ比較的すばやいのかということの理由となるかもしれない。 ○この理論変更がいかにして起きるかということについて、筆者は次のように考えている。 「……子どもは,発達を通して,真実性,予測的正確さ,説明の妥当性を考察することによって動機づけられる」  つまり、よい予測あるいは説明を導かない一般化は,拒絶もしくは再形成されなければならないと考えられる。(→「月」についての子どもの説明の例) ○ウォーフ派が考えるように、ことばが子どもの認知を直接に作るということではない。子どもたちは大人のことばの特質に注意を払い,これらの特質は世界についての子どもの概念に影響を及ぼすのは確かである。しかし子どもは,実際には彼らが世界を理解するための普遍的なメカニズム,特に理論の構造と変化のためのメカニズムの中でそれを受け止め、理論を再構成していくと考えられる。 6. Theories, language, and relativity in adults ○これまでに検討してきた"theory theory"は、大人における言語相対的な環境についての仮説に対し何か示唆できるであろうか。 ○マヤ語と英語の比較 →特定の設定場面をのぞいては、予測性や説明に関して二つの言語の間に決定的な差異は存在しないと思われる。(もちろん両者の体系における差異はあるが) ○これは、朝鮮語と英語に関しても同様。 ○「……我々は周囲の世界についての因果的な規則性を探索する。我々は永続的に我々の経験の中からより確かな説明、それについてのより広くより信頼度の高い予測を探索するよう仕向けられている。認知科学が試みているのは、我々がなぜどのようにしてこのことをできるかを説明することである。しかし、他の動物以上に、我々は自身が見つけた世界に合わせて我々の行動を変化させることができるのである。我々は永続的に行動の新しい方法を探索する。文化の多様性は、このような行動の柔軟性の証拠であり、それは人類学の課題を理解することである。子どもは、まったくもって実際に、次の双方の特性、つまり世界を理解したいとい欲望とそこでの行動の仕方を見つけたいという欲望を持って生まれてくるように思える。必然的に、もちろん、子どもと科学者の双方が、結局のところ、我々自身の多様な性質におけるこの説明的な動因を使い、そして我々の固定せず一定でない行動に対する固定的な説明を見つけようとするのである。必然的に、また、我々がそのようなことをするときに逆説的もしくは困難になることもある。しかしながら明らかなのは、我々自身を理解するためのこの衝動はそれ自体確固とした起源があり、我々の性質のより深層的な部分であるということである。言語はこれらの区分できる人間の課題のすべてにおいて成功するために決定的な役割を果たすのである。」 ____________ <疑問点> -"theory theory"を用いて説明することの意義。 -18months以前の理論形成・変化の基礎となるevidenceはいかにして生じるのであろうか。それはどこからくるのか。 -説明の一つの方策としては有効と思われるが、実際にそれが妥当なのか、またどこまで拡張して説明できるのかがよくわからなかった。