認知発達理論研究会 第4回例会 2001.6.16 rep. 布施光代(名古屋大学教育発達科学研究科) Bowerman & Levinson (eds.) Language Acquisition and Conceptual Development. 3 Initial knowledge and conceptual change: space and number Elizabeth S. Spelke and Sanna Tsivkin ◆本章の構成 ◇生得的な知識システムに関する議論 ①2つの領域における発達的変化を検討:空間表象,数に関する具体的な研究の記述 ・系統発生(進化的視点) ・個体発生(人間の発達) ②言語の相対性について ↓ ◇筆者らの主張 初期の知識システムは,モジュール化された表象システムであり,それらは言語を媒介として結 合することによって発達する 0 はじめに 初期の知識システムに関する諸問題 ①人間という種の特徴である複雑な知識システムを,私たちはどのように構築し,豊かにしていくのか? ②知識システムは,文化によってどのように変化するのか,また普遍的な特性は何か? ③人間の知識システムは,柔軟で適応的で多様な解釈が可能である一方,また,知識システムの獲得の 容易さがある。→いかに説明するか? ④人間と他の動物との違いは何か?霊長類の中で,人間だけが高度に精緻化された知識システムを発達 させたのか? ↓ 3つの見解 ※筆者らは第3の立場 1. 人間は,環境に合わせて新しい概念や信念を形成し,学習する強力な能力を生得的にもっている 2. 人間は,領域特殊的で核となる認知システムを生得的にもっている→精緻化された知識を育てる 3. 人間は,核となる知識システムを生得的にもっているが,そのシステムには決定的な制限がある 初期の知識システムの特徴:モジュール化(Fordor, 1983; Karmiloff-Smith, 1992) ・領域特殊的(domain-specific) ・課題特殊的(task-specific) ・カプセル化(encapsulated) ・自律的(autonomous) ・分離化(isolated) 知識システムと言語に対する筆者らの見解 ◇人間の初期の知識システム 初期の知識システムは,特殊な領域における子どもの学習の基礎となる 領域特殊的な表象を結びつけるプロセスが,新奇な領域に知識を拡げる人間の能力の基礎となる ※他の動物も核となる知識システムは持っているが,表象を柔軟に操作することが人間の特徴 ◇言語の役割:概念変化の媒介 ①自然言語はあらゆる知識の分野における思考の表現を可能にする ②自然言語は1つの結合システム:異なる概念を並べたり結合させたりすることを可能にする 本章で検討すること ①空間表象の発達 ②数の表象の発達 ③言語の相対性に関する問題:異なる言語を話す人たちは,共約不可能な思考をするのか? 1 空間表象(Special representation) 動物と人間との比較研究(Hermer-Vazquezらの研究) 昆虫から哺乳類にいたるまで,多様な動物種が環境における重要な場所に自分自身の位置を関連づける ことができる →Gallistelのルール:“どんなときでも,自分がどこにいるのかわからないような生物はいない” ※例外:ホモサピエンス →なぜ,他の種に比べて人間の空間能力は多様なのか? ・ラットの再定位のプロセス:幾何学的モジュール(Cheng, 1986) 課題特殊的,情報ごとにカプセル化されている ・人間の空間表象:ラットより柔軟 非幾何学的情報を使う能力を人間はもっている ↓ Hermerらの研究(Hermer & Spelke, 1994) (1)研究1 ・長方形の部屋(全て白い壁or1辺だけ青い壁)の1つの角におもちゃを隠し,子どもに目隠しをし て数回回転させた後,おもちゃを探させる実験 ・被験者:18~24ヶ月の幼児 ・結果:①子どもは,2つの幾何学的に適切な角を等しく探索(Figure3.1) ②自分自身を再定位するために,青い壁を使うことには失敗 (2)研究2 ・壁の色や対象が隠される位置は,再定位のための非幾何学的な情報として与えられる実験 ・結果:研究1と同様,非幾何学的な情報は,再定位に対するバイアスとして機能しない →なぜ,子どもの再定位は,非幾何学的な情報に対して鈍感なのか? (3)研究3 ・子どももラットのように,課題特殊的でカプセル化されたプロセスの力によって再定位するのかを 調べる実験(Hermer & Spelke, 1996) ・結果(Figure 3.2):探索パターンの違い 定位を見失った子ども(disoriented children):自分自身を配置し直すことが課題 定位した子ども(oriented children):対象を配置し直すことが課題 ◇まとめ 幼児もラットと同じように,幾何学に対してのみ敏感なモジュールシステムによって定位する 幾何学的情報と非幾何学的な情報のどちらも知覚できるが,それぞれモジュール化されているため, どちらか一方しか利用できない 2 空間表象における発達的変化(Developmental changes in spatial representation) Hermerらの研究 ラットと人間の再定位のシステムは一致する →問題:なぜ,多くの人々は自分の定位を維持したり,効率のよい経路を通ることが難しいのか? →再定位に関する発達的変化の研究 (1)大人を焦点化した研究(Hermer & Spelke, 1994) ・大学生を被験者とした子どもと同様の課題(再定位,対象の探索)を使った実験 ・結果:①子どもやラットと同じように,大人も幾何学的に適切な2つの角を等しく探索する →大人も定位できておらず,部屋の幾何学に敏感である ②子どもやラットとは異なり,対象を位置づけるために非幾何学的な情報を利用する →自分自身を配置し直すためではなく,対象の位置づけのために利用 (2)発達的研究(Hermer, 1997) ・1辺の青い壁をもつ長方形の部屋での実験 ・被験者:3歳児~7歳児 ・課題:indirect task(これまでの研究と同様の課題) direct task(おもちゃは短い壁の中心に直接隠される) ・結果:6~7歳児:両方の課題に成功 3~4歳児:direct taskは成功,indirect taskは失敗 →3~4歳の子どもは,自分自身を配置し直すために青い壁を使用しなかっため,失敗 ◇まとめ ・自分自身を配置し直すために非幾何学的情報を使用→対象を定位できない状態に留める要因では? ・対象の位置づけにおける発達的変化:空間言語における変化とおおよそ相関する 空間言語の発達 空間言語が発達する前の子ども:幾何学的な関係の表象と非幾何学的な関係の表象とをそれぞれ形成 →これらの関係を結びつけるために言語を使うことを学習する 方法:①幾何学システムからの学習 幾何学的表象と非幾何学的表象に対応する用語をマッピングする (例)青い壁の左 ②全体としての学習 異なる情報を結びつけるために言語を使う (例)あなたの左側 3つの表象の活性化が必要 (a) しるしとなる対象の表象 (例)ある対象xとある対象yがある (b) それぞれの対象に関する非幾何学的な表象 (例)xは窓である,yは絵である (c) 対象間の関係に対する幾何学的な表象 (例)yはxの近くにある ◇言語の中心的役割 ①言語は表象の領域一般的なシステム ②言語は組み合わせ可能なシステム 3 数(Number) 動物研究 動物も数を表象できる ※動物の数の表象はあいまいであり,集合の大きさが大きくなるにつれて,正確さは減少する 人間の乳幼児の研究 言葉を話し始める前の子どもも数を表象できる 多数の研究からの証拠 →小さな集合の数を正確に表象する能力:人間も他の動物にも共通しており,人間発達の初期に出現する →大きな集合の数を概ね表象する能力:ある種の動物や幼児には見られる ↓ 数の表象システム ◇数を表象する2つのシステム:動物も人間の幼児も持っている表象システム ①小さな数を正確に表象するシステム(第1の非言語的システム) ②大きな数(集合)を概ね表象するシステム(第2の非言語的システム) さらに,人間の大人は第3のシステムを持っている←言語が①と②を結びつける ③言語によるcountingを含む表象のシステム(言語的システム) ◇countingに関する問題 子どもは言語によるcountingを学習するときに数の表象システムを発達させる(Gallistel & Gelman, 1992) ・言語によるcountingはどのように発達するのか?またそれが,数の表象という新しいシステ ムをどのようにもたらすのか? ・なぜ数の表象システムが,countingのような言語的活動の理解の発達と結びついているのか? ・もし子どもがcountingを単独で理解していないとしたら,どのようにしてcountingを理解するのか? ・数の表象という言語的システムの限界を超えた表象について,数えることをどのように学習す るのか? ↓ ①Gelman & Gallistelの見解 言語によるcountingの基となる知識システムは,大きな数の表象システムの中に生得的に備 わっており,非言語的システムを定義するという原理にアクセスすることによって,子どもは countingを学習する ②Chomsky(1986)に基づく説明(Bloom, 1994) 生成文法をもたらす文法的な原理にアクセスすることによって,countingを学習する ※なぜ,どのようにして,非言語的なcountingや言語の生成文法の基礎となる原理が子どもにア クセスしやすくなるのか,という問題が残される 数ということばの意味の学習 自然数に関する知識は,2つの異なったモジュール化されたシステム(小さな数,大きな数)から産 出される表象の結合を通して構築される →数も空間の領域と同様,言語が重要な意味をもつ ;言語獲得によって,言葉を話す前の子どもの認知システムでは表現できなかった概念を発達させる ↓ (1)子どもにおける数の表象システムの発達的変化 (2)計算不能症,失語症の患者に関する研究(Dehaene, 1997; Warrington, 1982; Dehaene & Cohen, 1991) おおよその概算はできるが,正確な計算はできない (例)7+3=11・・・○,7+3=17・・・× (3)バイリンガルに関する研究 2つの言語における計算能力の研究(Marsh & Maki, 1976; McClain & Huang, 1982 他) 計算は言語特殊的→2つの言語を通してencodingとdecodingが等しくなるよう訓練したら,パフォ ーマンスは上がる? →筆者らの研究(Dehaene, Spelke, Pinel, Stanescu, & Tsivkin, 1999; Spelke & Tsivkin, in press) ロシア語と英語のバイリンガルに対して,3種類の計算問題をトレーニング →結果:トレーニングによるパフォーマンスの上昇 →得られた知見:①概算による加算問題をトレーニングするとき,言語特殊的な効果は見られない ②正確な計算による加算問題では,言語特殊性が見られる ③乗法の概算についての証拠は得られない ◇まとめ 子どもと脳損傷の患者とバイリンガルの大人の数表象には,広い収束性がみられる ・小さな数,あいまいな計算:数の表象や計算は言語とは独立 ・大きな数,正確な計算:数の表象や計算は言語特殊的 →上述した3つの数の表象システム 4 言語,思考,概念変化(Language, thought, and conceptual change) 概念発達に関する筆者らの見解 ◇概念発達とは 課題特殊的でカプセル化された初期の知識システムによって構築された表象を結合させる過程 言語に依存した過程 ◇Fordorの主張との関連 ・子どもは,思考の言語においてある用語を既存の表現に対応づけることができたときにのみ,言語 におけるその用語の意味を学習できる(Fordor, 1975) ・心のモジュール性(Fordor, 1983) ↓ 言葉を話す前の子どもの認知システムも,Fordorのモジュールの中心的な特徴を持っている →幼児は1つではなく,多数の思考の言語(表象システム)を持っている 領域一般的で組み合わせ可能な表象システムの発達→新しい思考や概念の幅広い多様性 ↓ ◇人間の認知を制限する要因 ①初期のモジュール化されたシステムによって形成されるという表象の本性 ②個々のシステムから他の領域一般的な表象システムへマッピング可能であるという表象の本性 ③後の表象システムの組み合わせ ◇言語の役割 表象システムの発達に主要な役割を果たす ・人間にとって有用な領域一般的な表象の媒介(手段) ・領域特殊的な表象を新しい概念に結合させる強力なシステム 言語による思考の相対性について 問題:言語獲得によって新しい思考の表現が可能になるならば,異なる言葉を話す人々は異なる概念 結合を発達させるのか? →まだ言語的な相対性を確信することはできないが,さらなる研究課題として残される まとめ 言語は表象という領域特殊的なシステムを結合させる媒介(手段)である 論拠:①数や空間に関する子どもの初期知識は,モジュール化された認知システムから得られる ②人間の認知は,モジュール化した知識システムの制限を越えて拡張する ───私見── 言語によって,概念発達や概念変化がもたらされるという筆者らの主張は大変興味深いものであった。 疑問①あらゆる概念変化や表象の変化を言語獲得という視点から説明できるのか?例えば,身体運動 のような表象は? ②非言語的表象システムが言語的表象システムに変化するとき,どのようなメカニズムが働いて いるのか?なぜ,言語が表象を結合させることができるのか? ③言語の相対化について論じられているが,日本語に特有の概念変化があるのだろうか?社会文 化的アプローチが主張するような属する文化による影響ではなく,母語とする言語による概念 変化の違いがあるのだろうか? 6 -5-