主要業績一覧

1.学術論文

1)「イラン・1921年クーデターの再検討」(歴史学研究会編『歴史学研究』)、第566号、1987年、pp.1-15

2)「パフラヴィー王政の『脆弱性』なるものの構造分析−イラン革命の原因論に寄せて−」(『日本中東学会年報』)、No.21987年、pp.342-362

3)「イ・イ紛争の終結とその後−ホメイニー師の『ジレンマ』に寄せて−」(『地域文化研究』広島大学総合科学部紀要T)、第15号、1989年、pp91-133
4)「ポスト・ホメイニー体制における内政の一断面−『急進派』の動向に寄せて−」(『イラン経済社会文化開発計画の研究』、外務省近東アフリカ局中近東第2課)、1991年、pp.1-40

5)「イラン・イスラム議会議員選挙に寄せて」(『地域文化研究』広島大学総合科学部紀要T)、第17号、イラン・イスラム議会議員選挙に寄せて、pp.207-234

6)「イラン・イラク戦争」(森利一編著『現代アジアの戦争−その原因と特質−』、啓文社)、1993年、pp.269-315

7)「イラン立憲革命(1905-11年)の終焉」(『地域学を求めて−田中忠治先生退官記念論文集』田中忠治先生退官記念論文集刊行委員会)1994年、pp.435-492

8)「中東諸国家体制とクルド問題」(『思想』、岩波書店)、No.8501995年、pp.46-68

9)「近現代イランの対外政策の軌跡」(中東調査会編『イランの対中央アジア外交政策』)、1995年、pp.55-69

10)「1921年クーデター内閣崩壊後のイラン政治−レザー・ハーン軍部独裁の形成に寄せて−」(『地域文化研究』広島大学総合科学部紀要T)、第23号、1997年、pp135-167

11)「イラン・イスラム共和国のクルド問題」(中東調査会編『国際関係におけるクルド問題』)、1997年、pp.66-77

12)「レジスタンスの中の“アメリカ”−イランの対米イメージの変容と79年革命」(歴史学研究会編『歴史学研究』)、No.716(増刊号)、1998年、pp.11-19

13)「イラン学生運動の真相」(『世界』、岩波書店)No.6651999年、pp.180-181

14)「レザー・ハーン首相期(1923-1925年)のイラン政治−パフラヴィー独裁王政成立への胎動−」(歴史学研究会編『歴史学研究』)、第7382000年、pp.17-32pp.63-64

15)「滞英研究報告『中央アジア・コーカサス』に関する共同研究から』(中東調査会編『中東研究』、No.4692000年、pp.20-23

16)「『イスラム原理主義』の再検討−イランの宗教的・歴史的特性と『ホメイニズム』に寄せて−」(専修大学人文科学研究所編『専修大学人文科学研究所月報』)、第200号、2002年、pp.3-21

17)「レザー・シャー独裁下のあるリベラルな政治家の役割と限界−モハンマド・アリー・フォルーギー(1877-1942)の場合−」(『アジア社会文化研究』)、2003年、pp.1-29

18)“Reza Shah's Changing Dictatorship and Protest Movements in Iran, 1925-1941, in Keiko SAKAI (ed)., Social Protests and Nation-Building in the Middle East and Central Asia, Institute of Developing Economies, 2003, pp.122-156.

19)「迷走のイラン内政と対米関係−9.11事件と『テロ』問題の波及」(国立民族学博物館地域研究企画交流センター編『地域研究論集』、Vol.5、No.1、2003年、pp.73-81

2.共著書

1) 「民族の分断−人為的国境線に囲まれた国家−」(共著者 中村平治『世界の地理 南アジア・オセアニア』(週刊朝日百科シリーズ)、No.831981年5月、976-79

2)「南西アジア民族分断と自治」(江口朴郎・岡倉古志郎・鈴木正四監修『第三世界を知る−アジアの世界』大月書店)、1984年、pp.116-134

3)「イラン人の世界」(中国新聞社編『アジアを語る−13人の視点−』、中国新聞社)、1994年、pp.323-342

4)「イスラーム革命と民衆文化−イラン政治変動の底流−」(小杉泰編『イスラームに何がおきているか−現代世界とイスラーム復興−』、平凡社)、1996年、pp.118-137

5)「マイノリティ・エスニシティ問題」(三浦徹・東長靖・黒木英充編『講座イスラーム世界別巻−イスラーム研究ハンドブック』、栄光教育文化研究所)1995年、pp.225-229

6)「イラン革命と中東国際関係の変動」(歴史学研究会編『岐路に立つ現代世界−混沌を恐れるな−』、東京大学出版会、1996年、pp.17-44

7)「イラン」(田中浩編『現代世界と福祉国家』、お茶の水書房)、1997年、pp.694-708

8)「オリエンタリズム」(淺野敏久・於保幸正他編『21世紀の教養2−異文化/I・BUNKA』、培風館)、2000年、pp.11-17

9)「レジスタンスの中の“アメリカ”−イランの対米イメージの変容と79年革命」(歴史学研究会編『シリーズ歴史学の現在6 20世紀のアメリカ体験』、青木書店)、2001年、pp.175-204

10)「イスラーム諸国の現状−イラン」(松原正毅・小杉泰・臼杵陽編『岐路に立つ世界を語る−9.11以後の危機と希望−』、平凡社)、2002年、pp.37-39

11)「対イラク『脅威』と武力介入への批判的視点」(中東調査会編『イラク問題と日本人』、明石書店)2003年、pp.122-123

12)「近代とイスラーム世界」(朝倉尚・坂田桐子他編『21世紀の教養4−制度と生活世界』、培風館)、2004年、pp.80-89.

3.その他

1)書評フレッド・ハリデー『イラン−独裁と経済発展』(岩永博・菊池弘・伏見楚代子訳、法政大学出版局、1980年)『国際問題』(国際問題研究所)、No.2531980年4月pp.86-89

2)「ポスト・ホメイニ政権の成立に寄せて」(中東調査会編『中東研究』)No.3391990年、p.79

3)「イラクのクウェート侵攻を考える」(『平和文化』、広島平和文化センター)、199211月号、p.2

4)「アラブとイスラエル問題−中東和平会議に寄せて−」(『平和文化』、広島平和文化センター)、1992年5月号、p.8

5)歴史学研究会編『世界史年表』(岩波書店、1994年)(7世紀〜19世紀、1979年〜1992年のイランを中心とする「西アジア」関係項目選定)

6)「米国の主なイラン研究者」(中東調査会編『米国の対イラン認識及び政策』)、1994年、pp.158-163

7)松原正毅・総合研究開発機構編『世界民族問題事典』(平凡社、1995年)(執筆項目イラン・イギリス協定、マクマフォン・ライン、レザー・シャー・パフラヴィー)

8)「座談会 アメリカの世界戦略と地域紛争(上)−パレスチナ・中東・中央アジア・旧ユーゴ問題の解決に向けて−」(『世界』、岩波書店)、No.6511998年8月、pp.202-216

9)「座談会 アメリカの世界戦略と地域紛争(下)−パレスチナ・中東・中央アジア・旧ユーゴ問題の解決に向けて−」(『世界』、岩波書店)、No.6521998年9月、pp.260-277

10)「イラン−米・イラン関係の展開と『保守派』」(中東調査会編『中東研究』)、No.4441998年、p.18

11)「イラン−専門家会議選挙と党派間対立の激化−」(中東調査会編『中東研究』)、No.4471999年、p.12

12)監訳・解説「イランと日本 文明間の対話−文明の衝突に対抗し諸文明の対話を訴えるイランの厳守が日本に託したメッセージ(セイエド・モハンマド・ハタミー著、『世界』、岩波書店)No.6832001年1月、pp.121-128

13)『平凡社デジタル月刊百科』、平凡社、2001年(執筆項目:イラン、パシュトゥーン)

14) インタビュー記事「中枢同時テロとイスラム社会」(『中国新聞』 2001年9月19日)。

15)インタビュー記事「ヒロシマからーテロ・報復への視点」(『朝日新聞』 2001年10月30日)

16
)「イスラームと戦争−その関係性の変容と中東」( 『平和文化』、広島平和文化センター)、2002年3月号、pp.6-7

17)「米国同時多発テロ再考−イスラーム平和主義からテロリズムへ−」(『北九州市立大学法政論集』、北九州市立大学)、第293-4合併号、2002年3月、pp.379-413

18)大塚和夫・小松久夫・羽田正・小杉泰・東長靖・山内昌之編『岩波 イスラーム辞典』(岩波書店、2002年)(執筆項目:イギリス・イラン協定、カヴァーモッ・サルタネ、パフラヴィー朝、モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィー、レザー・シャー・パフラヴィー)

19)歴史学研究会編『世界史年表』(第二版、岩波書店、2001年)(19932000年のイランを中心とする「西アジア」関係項目選定)


20) インタビュー記事「イラク戦争 私はこう見る」(『中国新聞』 2003年3月23日)

21) 「政治体制の変転と揺れるアイデンティティ」 『Days Japan』、No.18、2005年9月号、pp.22-26。

22) 「預言者風刺画事件に寄せて」(『中国新聞』2006年3月1日)

23) 「対談 中東情勢と対立克服への糸口」(『中国新聞』2006年3月6日)

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