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今、あなたの身の上に何か好ましからざることが降りかかったとしましょう。たとえば、あなたに何ら悪意もないのに、あなたのことを必要以上に攻撃する人物が現れたとします。 それは、誰のせいでしょうか。あなたの、あるいはあなたを攻撃する人物の責任でしょうか? 答えは、そのいずれでもありません。真犯人は、あなたが心の奥底に抱え込んでいる否定的な記憶です。 その記憶が悪さをしているのです。人間関係だけではなく、商売のことでも、肉体的なことでも、何もないところに災いをもたらすのは、つねにあなた自身の否定的な記憶です。 どこに店を開いてもうまく行かない、ガンが再発してばかりいる、というのなら、店の立地条件を調べたり、健康診断をしたりする以前に、あなた自身の記憶の資質をCTスキャンにかけてみる必要があります。 仏教でいうカルマも、単にこの記憶のことを意味します。しかし、この記憶はやたらと根が深く、簡単には抜き去ることができないのです。宗教に難行苦行がつきものなのも、その記憶を消し去る訓練がいかに大変か、昔の人も知っていたからです。 いわゆる苦手意識というのも、浅いレベルでの否定的記憶のことです。それを克服するには、練習を繰り返して上達するよりほかありません。 唯識でいう習気(じっけ)というのも、そのような思い癖のことですが、人生には苦手意識といった生易しいものではなく、その人の一生を転覆させかねない破壊的な記憶が蘇ってくることがあります。人を殺してしまうのも、殺されてしまうのも、そのためです。 ですから、平生からそのような否定的な記憶に意識を占拠されないような心がけが大切となります。浄土真宗から始まった内観療法では、両親との関係を中心に、自分の生い立ちにまつわる記憶の大掃除をします。ハワイ土着の心理療法であるホ・オポノポノでは、「I love you. I am sorry. Please forgive me. Thank you.」という言葉を繰り返し唱えて、記憶を浄化していきます。そして、自分のことのみならず、周囲の人々の問題を解決してしまうのです。 「風の集い」で思い切り感謝念仏を称えてもらうのも、坐禅断食で「心と体のデトックス」をしてもらうのも、目的は「否定的記憶を消す」という一点にしかありません。偏食、過食、拒食を招いているのも肉体の否定的記憶にほかならず、それを払拭してしまえば、何でもおいしく、しかも少しの量で満足できるのです。 考えてみれば、坐禅断食なんか、体調によっては結構苦しいにも関わらず、多くの人がリピーターになられているというのは、否定的記憶が宿便と共に排泄されるために、健康回復のみならず、人生の万般において、物事がスムーズに動き出すのを体感しておられるからではないでしょうか。 恐るべし、記憶の刃。 |