私の研究室には、七名の大学院生と一名の学部生がいます。そのうち男性は3名で、5名が女性で、年齢はまちまちです。このごろ日本の大学では社会人枠や高齢者枠が設けられているので、多様な立場の人が学べるようになったのは、とてもいいことだと思います。 当ゼミでは月に一度、全員が集まって、研究発表をすることになっています。持ち寄ったレポートを皆で輪読して、互いに批判をしあいます。私は、これを文章道だと考えていますが、文章にしまりが出てくると、思考法や人柄にも、しまりが出てくるのが不思議です。 また毎月交替で、一人がパワーポイントを使って口頭発表をします。私自身があまたの国際会議に参加してきて、限られた時間に自分の考えを的確に他者に伝えることの難しさを痛感しています。ですから、若い人たちが将来、どういう職業に就いても、人前で堂々と話せるようにトレーニングしておくことは、とても大切なことと考えています。 しかし、町田ゼミの極めつけは、そのような勉強会の後にやって来ます。それは、全員で近くの公園などに出かけて、公衆便所の掃除をすることです。大学院レベルの知的トレーニングの中に、これを取り入れることにしたのは、恐らく町田ゼミが初めてだと思います。どれだけ高度な専門知識を手に入れようとする者も、下座行という人間の原点を忘れるべきではないというのが、私の持論です。 学校の便所とは異なって、公衆便所は汚れが激しいのですが、みんな汗を掻きながら、素手素足で一心にトイレ磨きをしてくれます。そこにあるのは、一人一人が「イワンの馬鹿」に成り切った尊い姿です。 何の衒いもなく、自然体に下座できる自分を養っていけば、人間の営みにおいて、大きな過ちを犯すことはないはずです。それどころか、そういう陰徳行こそが、これから羽ばたこうとする若者の前途を希望に満ちたものにしてくれるのです。そういう確信に基づいて、町田ゼミでは公衆便所掃除を実践しているのです。 研究発表と便所掃除の後には、楽しい夕食会が待っています。極めて多忙な私は、教師として学生たちに不義理をしている面が多々ありますが、この研究会の形だけは、これからも大切に守っていこうと考えています。(2009・10・1) |