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『欲望論』
 神様が人間に与えたものの中で、最善最高のものが何であるか、ご存知でしょうか。それは、ほかならぬ欲望です。欲望を否定的に語る人は、偽善者です。人間は欲望があるからこそ、努力向上もし、苦悩もするのです。どちらも人間が人間らしくなるために、不可欠なことです。
 人間の欲望の主なものと言えば、金銭欲、名誉欲、権力欲、色欲、物欲などがありますが、そのどれ一つとして、悪いものはありません。欲が悪いのではなく、たいていの場合、欲の追いかけ方が悪いのです。
 お金が好きな人は、不正のない正攻法で、大いにお金を儲けるべきなのです。お金は汚いものであるなどと、分かったようなことを言う人は、自己を欺いています。何億円か儲けてから、そういうのなら分りますが、本当はお金に未練があるくせに、世捨て人みたいなことを言っても、負け惜しみに過ぎません。
 名誉がほしい人は、それなりの実力を身につけて、大いなる地位と名誉を手に入れるべきです。その結果、その空しさを知るとすれば、それが最上の智恵なのです。ほんとうは名誉が欲しいのに、「おれはそんな俗人じゃない」と拗ねたような生き方をするのは、単に臆病者です。
 お金や名誉に限らず、何でも欲しいものがあるのなら、それを正々堂々と手に入れるべきです。そのためには、命がけの努力をしなくてはなりません。「ジブンはほんとうに欲しいものを手に入れた!」という達成感に至らずして、中途放棄するのは、人間の魂にとって、いいことではありません。
 それを手に入れるまで、死に物狂いで努力するわけですから、当然のことながら躓きや挫折もあります。そこで、人間は賢くなっていくのです。そしてそれこそが、神が望むことなのです。
 人間のくせに、欲がないのは、ヨクナイのです。色欲の強い人は、卑怯な方法ではなく、相愛の異性と思い存分、欲情を果たすべきなのです。それを中途半端な道徳論を持ち込んで、本能を抑え込んでしまうから、色ボケした老人になるのです。本人は気づいていないのでしょうが、傍から見れば、じつに見苦しいものです。
 仏教でいう菩提心も、一種の欲望であり、それが人一倍強い人が立派な宗教家になっていきます。学者が理論を追及するのも知的な欲望であり、それが弱ければ、残念ながら学問的功績をあげることができません。
 しかし、精神的あるいは知的な欲望が、色欲や物欲よりも高尚なものと考えるのは、間違っています。欲望は、その人にとって、いちばん相応しい形で現われてくるだけです。ですから、神様の回し者である欲望に、私たちは敬意を払うべきなのです。「大欲は無欲に似たり」という言葉が示すように、できるものならデカイ欲をもって、世のため人のために尽くしたいものです。
 何しろ欲望には際限がありませんから、欲に目が眩み、身を持ち崩すこともあります。そこが欲望の恐ろしいところですが、その結果、失敗するのも、目覚めに至る最良の道なのかもしれません。人生を達観したければ、それなりに痛い目に会わなくてはならないのです。
 タバコも酒も、周囲からいくら止めろと言われても止めないのは、自分で懲りていないからです。懲りるまで、やればいいのです。そのうち嫌になるか、病気になります。それで、やっと健康の有り難さが身に沁みてきます。もし手遅れだったら、潔く死ぬまでです。来世は、もう少し賢くなっているでしょう。
 「煩悩即菩提」という仏教の言葉を正しく理解できる人は、徹底的に煩悩の世界に沈み込んだ経験のある人のみです。恐ろしい目に会わずして悟れるほど、人間は賢くはないのです。一休和尚が「仏界入り易く、魔界入り難し」と言ったのは、本当の悟りが仏界でなく、魔界の奥座敷にこそ隠されていることを、彼が知っていたからです。
 ナントカ塾みたいなものを開いて、○○先生がこう言ったとか、○○経にこう書いてあるとか、人に向って、もっともらしいことを説教する前に、自分自身の人生に決着をつけてからにしてほしいと思います。失礼ながら、六十歳を越えて、他人の言葉ばかり引用して得意がっている人は、ゴマカシの人生を生きてきたと考えるべきでしょう。
 孔子やら仏陀やらイエスやら、でなければ安岡正篤やら森信三やら松下幸之助やらをダシにして、宗教や道徳を語るのは、ドロボー同然です。そういう人物にかぎって、前回述べた「幼児性思考」が顕著なのです。神を語る人間がいちばん神から遠く、道徳を教える人間が、いちばん道徳を知らない人間です。
 思想は、借り物では通用しません。智恵の扉は、自分の手でしか開くことができなのです。だからこそ欲望に駆られ、目標に向って汗だくになりながら、あくせく働く人間こそが尊いのです。強欲な人間が、いちばん悟りに近いことを納得して頂けたでしょうか。ガッテン?(2009・7・20)
 

「下座の人・鍵山秀三郎氏」
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