3章 広島の自然環境

1、瀬戸内海 −自然の恵みと開発−

船本 雅史

◎ 瀬戸内海を考える上での全体像

 1 瀬戸内海に生息する生物を考える 〜マダイ・アサクサノリ・ハマグリ・車えび・スナメリ〜

 2 瀬戸内地域の開発と環境を考える 〜瀬戸内海沿岸の開発・瀬戸内海に浮かぶ島のゴミ問題〜

 3 これからの瀬戸内海を守っていくために(まとめ)

 

 

❐ はじめに

 瀬戸内海は元来、豊かな海である。古くから海の幸に恵まれ、多島美の景観は人々にうるおいをあたえてきた。瀬戸内海の漁獲量は、地中海の25倍と断然多いが、この理由として瀬戸内沿岸の人々と海からの恵みとのつながりの深さが感じられるし、瀬戸内海の変化に富んだ地形や急潮流が、海の幸をおおいにはぐくんできた。

 海の食物連鎖の始まりは、ケイソウなどの植物プランクトンである。ケイソウ類を育てる窒素・リン・ケイ酸などの栄養分が太陽光のあたる海面近くに多くあるほど、魚もよく育つ。地中海やバルト海では、潮の満ち引きによる海水の動きは小さく、栄養分は底にたまって海面近くに上がってこない。その点瀬戸内海には、広い灘と灘の間に海峡がある。狭い海峡部で、海水は上下にかき混ぜられ、栄養分が海面近くに持ち上げられる。浅瀬が多く、潮流も速いため生物同士が遭遇するチャンスも多い。植物プランクトンから魚類へと食物連鎖を進めていく効率が非常に優れているのである。

 ここ数十年来、浅瀬は埋め立てられて水は汚れ、漁獲量も減ってきた。人間が便利な暮らしや産業発展を追い求めた結果であるところが大きい。私たちにとってかけがえのない瀬戸内海をどう守っていかなければならないかを考える必要がある。

 

 

1 瀬戸内海に生息する生物を考える

1)瀬戸内海を代表する魚・マダイ

−乱獲(0歳魚が4割以上)

 1970年代前半まで減りつづけた後、緩やかな上昇カーブを描き、ここ10年あまりは年間5千百トン前後で横ばいが続いている。よって、マダイの資源はもとに戻ったようにおもうかもしれない。だが、とれたマダイの年齢を60年前と比べると、中身の違いが分かる。昔は34歳以降を中心に10歳を越える大ダイも捕れた。今は「カスゴ」と呼ばれる0歳が4割以上で、手のひらサイズの1歳が2割あまり。底引き網で小ダイをごっそりと捕っているのが実態である。つまり漁船や漁具が発達した結果、「漁獲の力が50年前に比べ、67倍程度に強まった」ためである。資源の限界まで捕る「乱獲」の結果、量を確保しているというわけだ。よってマダイ資源量は確実に減っているといわざるをえない。                                        

 

−栽培漁業で増殖へ−

 一方、資源回復を目指す栽培漁業も盛んである。広島県では、「漁獲の2割程度は放流漁」とみている。夏場に放流した稚魚は、秋には幼魚となって沿岸からやや沖合いに移動し、底引き網などに入る。1315センチ以下は海に戻す「バックフィッシュ運動」も各県単位で実施しているが、10センチ前後の小ダイが店頭に並ぶ「不合理漁獲」はあとをたたない。

 広島県では、放流場所にできるだけ長く稚魚を定着させ、生き残り率を高める「海洋牧場」づくりが進んでいる。現在、県内8ヶ所の港内で、音響発信機などを使ってエサをやる0歳魚の飼い付けを実施し資源増殖に効果をあげている。

 

 

2)繁殖力弱い・アサクサノリ

−アサクサノリ自体の弱さ−

 瀬戸内海でのアサクサノリは幻の品種である。1960年代までは瀬戸内海沿岸をはじめ全国に分布していた。名前の由来となった東京湾は生息地の埋め立てのため、すでに絶滅。現在は熊本県と福島県の一部で確認されるだけで絶滅危惧種に指定されている。広島県では福山市・芦田川河口の海域がかつての主産地だった。しかし、アサクサノリは病気に弱く、繁殖力の勝る多品種に駆逐され、70年代に姿を消した。

 

 

3)都市からの汚水・ハマグリ

−人間生活とハマグリ−

 昭和230年代には砂地を掘れば容易にみつかり、日本では昔から慣れ親しまれてきたが、1947年に全国で30750トンあった漁獲量は、80年代には2000トン前後に激減し、瀬戸内海でも年間125トンしかとれなくなった。ハマグリを使った実験によれば、せっけん水溶液の界面活性剤濃度が100ppmでも生存していたハマグリの幼生が、合成洗剤水溶液では1 5ppm48時間後に死滅したという結果が出た。合成洗剤の界面活性剤は、海に流れ込んでもすぐに分解されない。河口域の汽水域に生息し、水質汚染に敏感なハマグリが、都会から流れ込む合成洗剤などの汚水で生息の場を失ったと考えられる結果であり、少なからず人間が関与しているということを否定できない。

 

 

4)外来ウィルスの影響・車えび

10年で生産量は激減−

 車えびは「値が高いほど売れる」と言われる高級食材である。天然えびが減少する一方で、養殖は増え続けた。グルメブームにのって91年には一時、全国で養殖えびの生産量が天然物を越えた。だが、思わぬ落とし穴が待ち受けていた。

 日本では越冬しにくい養殖車えびは通常、春にふ化させて育て、年末の歳暮シーズンを中心に出荷してきた。養殖物と天然物との谷間の夏場は品薄になる。冷蔵タイプの宅配便の普及もあり、中元用として出荷しようと一部の業者が計画。国内で夏用の稚エビの確保が難しいことから、はじめて中国から稚エビを輸入した93年、瀬戸内での養殖場でえびの

大量死があいついだ。

 

−閉鎖水域がアダ−

 その後、原因は国内にいなかったPRDVウィルスと分かった。このウィルスは人間にまったく影響はないが、えびに作用し、特に免疫力の弱い養殖物には致命的だ。沖縄など外洋に面した養殖場では病気は消えている。閉鎖的な湾だからウィルスが一度入るとなかなかぬけてくれないという見方が強いようだ。

 

 

5)危ぶまれる生息・スナメリ

−スナメリの減少−

 スナメリとは、鯨目ネズミイルカ科で、日本では瀬戸内海のほか、伊勢・三河湾、仙台から東京湾にかけて、有明海などに分布する希少種である。このスナメリに関しても瀬戸内海において、発見の回数が減り、減少がささやかれているが、その原因ははっきりとは分かっていない。現在有力なのは、 

@混獲水死説…肺呼吸のスナメリが水中に潜れる時間は40秒程度で漁船の網に絡まれると、身動きが取れずに溺死するというもの

 A埋め立て・海砂採取説…埋め立てと海砂採取によって、水深50mより浅い所に住み、14.5キロの魚を食べるスナメリから「住」と「食」を奪ってきたというもの

 B化学物質説…スナメリには化学物質を分解する酵素がなく、繁殖・免疫機能の低下が懸念されているというもの

 C船舶事故説…瀬戸内海の船舶の大型化・高速化によって逃げ切れず、事故に巻き込まれる可能性は高いというもの

 D異物誤飲説…イルカ類は味覚がなく、好奇心が強いために、ビニール類などを食物と思って飲み込んで死んでしまうというもの

などの複数の原因によって複合的に影響を与えたというものである。

 

 

 以上、瀬戸内海に生息する生物を種類の違い、スケールの違いなどにより分類し、その

中から瀬戸内海の現状を知るためには重要と思われる5例をピックアップした。瀬戸内海の水質汚濁の進行によって、多くの生物が影響を受けていることは明らかである。考えてみるとその原因として、瀬戸内海独自の閉鎖的水域というような地理的な問題などもあるだろうが、すべての例において乱獲であるとか、合成洗剤の使用であるとかといった人間生活との関わり合いが大きな位置を占めていることを我々は忘れてはならない。

 

 

 

2 瀬戸内地域の開発と環境を考える

1)瀬戸内海沿岸の開発

−広島県の海岸線−

 広島県の海岸線は総延長380kmのうち、コンクリート海岸と立ち入り禁止海岸が334kmと全体の約9割を占める。広島県の瀬戸内沿岸の地域別では、広島市・大竹市・三原市の3市は人工海岸(コンクリート海岸+立ち入り禁止海岸)だけで、呉市・廿日市市・尾道市・福山市・大野町・海田町・坂町は9割以上、竹原市・川尻町・安芸津町・沼隈町では7割以上が人工海岸で、唯一安浦町だけが自然海岸が8割近く残っているという状況である。自然海岸が残っている共通点を考えると、

@岩礁やがけなどで人が近づくことが困難である

 A神社・仏閣などがある

 B無人島などで人がいない

など開発の手が届きにくい場所であることがあげられる。広島県沿岸と比較して、全国の海岸を見てみると、自然海岸が55%、半自然海岸が15%、人工海岸が30%と自然海岸の割合が高いことが分かる。それだけ瀬戸内沿岸は開発が進んでいるのである。

 

−課題多い人工海浜−

 須波海岸(三原市)では殺風景だった垂直護岸は1985年からの人工海浜工事で緩傾斜護岸に姿を変えた。砂を逃がさないための潜堤や突堤を設け、砂を入れて砂浜を取り戻した。

1980年ごろから包ヶ浦(宮島町)や、最近のかるが浜(呉市)などもまた人工海浜として整備された。このような人工海岸にも問題点を指摘する声は少なくないようだ。

「大量の砂がよそから運び込まれて歩きにくくなった」

 「大量の砂の投入で、豊かな藻場が消えた」

 「離岸堤付近の海岸に、ヘドロがたまりはじめた」 などなど

河川ダムや海の堤防建設により、川からの砂の供給と浜へ砂を運ぶ潮の流れを妨げてしまっている。このような建設についてまず考えていかなければならないが、実際、人工海浜を作るとなると、とにかく砂を入れればよいというだけではなくて、底生生物や景観への細かな配慮が必要になってくるだろう。

 

−埋め立てによる干潟消失−

 干潟は地球上に生命が誕生した海のゆりかごであり、魚介類の産卵を見守り、稚魚を育むだけでなく、小さな生物の食物連鎖で海の浄化を助けてきた。しかし環境庁の調査によると、瀬戸内海の干潟面積は、1949年に15200ha。高度経済成長に伴う埋め立てで、1978年に12548ha1990年に11734ha……と戦後40年間に23%の干潟が消えた。瀬戸内海の現存する干潟は、広島湾で394haなどと都市部に近い海域が埋め立ての影響をもろにうけた形になっており、周防灘の干潟は7233haと瀬戸内海全体の約6割を占めている。

 

−人工干潟−

例 五日市干潟(広島市)

 広島湾でも水鳥の飛来地として有名な八幡川。その河口西側に、県が1991年に42億円をかけて造成した人工干潟が東西250m、南北約1qにわたって広がる。「野鳥の楽園にと造られた干潟だが、完成直後から地盤が沈み、干潟は今も少しずつ細りつづけている。この原因として人工干潟に使った土砂自体のおもさが考えられる。底部に五日市の埋立地から出たしゅんせつ土を5m近く入れ、その上を海砂で1mおおった。しかし、しゅんせつ土をいれた底が軟弱で沈下。沖合い120m以上あった干潟が約60m後退した。

 予想しなかったことも起きた。干潟の最南端部では93年の台風で土砂が押し流された。

 

 

自然干潟の減少により、野鳥や干潟生物を取り戻そうと努力して作った人工干潟には評価できる。ただし、五日市干潟のように護岸と海の近い横長の干潟は、えさを取る面積が狭く、鳥と人間との距離が近くなる。これ以上細らないようにしないと干潟機能は失われてしまうだろう。自然干潟を守ることはもちろんのこと、人工干潟を守っていくこともたいへん難しい問題である。瀬戸内海を守るための知恵が求められている。

 

 

2)瀬戸内海に浮かぶ島のゴミ問題

−汚水、海へ漏れ出す−

 瀬戸内海の開発というと沿岸部でのものが多いが、静かな島のなかで起こっていることもみすごすことはできない。瀬戸内海に浮かぶ島への産業廃棄物やゴミの搬入である。香川県の豊島に不法投棄された産業廃棄物は51万tにのぼる。これにより、岩場やがけには汚水の黒いしみが目立ち、幾筋も海へ漏れ出している。また、業者の悪質な野焼きなどが大きな原因とされているダイオキシンに関しても、海辺の天然カキから検出され、汚染拡大を裏付けた。

例 上黒島・下黒島(下蒲刈町)

 大都市圏の産業廃棄物が瀬戸内海に流入している問題は、不法投棄された産業廃棄物でさまざまな汚染が見つかった豊島を機にクローズアップされた。広島県内でも豊田郡瀬戸田町や佐伯郡沖美町などの例がある。上黒島、下黒島…呉市の仁方港から南へ約7q。本島の下蒲刈島から見ると、その島の姿はふつうの緑の島にしかみえない。しかし実際には1989年から始まったゴミの埋め立てにより、階段状に区画された敷地に濃灰色、茶色の廃棄物が幾重にも積み重なっている。安芸灘に浮かぶ小島をくりぬくように、巨大な最終処分場がひろがっている。

 

−なぜ島しょ部なのか−

 近年、内陸部での最終処分場確保は、水源への影響や輸送トラックによる交通問題などから、住民の反対が強まっている。これに対し、海への影響が分かりにくく、反対運動がおきにくい沿岸部や島しょ部に建設される傾向がある。しかし困ったことに、その全容は指導監督する厚生省もはっきりと把握していない。

 

 

 最近ゴミ問題に対して関心がもたれるようになったが、その現場を直接見るということはあまりないだろう。ゴミや産業廃棄物などによって、島しょ部のごみ処分場から瀬戸内海へ汚染が進んでいることは明らかである。しかし、その実態というものが地域住民でさえもそんなに分かってはいない。これはおもに業者がかなりの部分極秘で進めているからだ。瀬戸内海の水質、自然を守るためには、業者の実態のはっきりとした公開や、業者自体の努力、そして地域住民を中心としたわれわれゴミを出す側のゴミや環境への意識というものを高めていかなければならない。

 

 

 

3 これからの瀬戸内海を守っていくために (まとめ) 

1)海の体質改善

−水の交換が最良−

 水交換が悪い広島湾内(汚染度の指標とされる底質の化学的酸素要求量(COD)は、広島湾奥が30mg╱g以上と大阪湾、別府湾とならんで瀬戸内海で最悪)で、富栄養化が引き起こす貧酸素水塊。成人病に似た海の病理を抑える対策として

 @一番効率がよいのは外部との水交換。海底に溝を掘るなど部分的に水を流れやすくすれば水質はかなり改善されるだろう。

 A底質の有機汚泥を除去したり、砂などで覆うことも効果的。

 B海に流れ込む生活系、産業系の窒素、リンを地道に減らしていかなければ、抜本的な改善は望めないだろう。

 C海を浄化する干潟の役割の見直しも必要になってくるだろう。

                    〔広島県保健環境センター水質環境部による〕

 

 

2)海のためにこれから

−我々の努力− 

 瀬戸内海の水質や環境を考えてきたわけだが、我々の生活との関わり合いによって汚染が広がってきたことは明らかだ。瀬戸内海の環境を改善していくには、さきほども挙げたように開発についても考える必要ももちろんあるが、我々地域住民の瀬戸内海への意識の向上が必要になってくる。では具体的に何ができるのか。 

 @水を大切に

  1963年から1997年までの35年間に、広島市民の水道使用量は一人あたり2.5倍になった。その間、広島県内のダムは数で1.9倍、貯水量で2.9倍に増えた。ダムは、森や山から川を経て海へ流れ込む鉄やケイ酸などをせき止める。これらの養分は、魚介類への食物連鎖の出発点となるケイソウなどの植物プランクトンの発生に重要な役割を果たしている。以上から、まずは一人一人の水の使用量を考える必要があるだろう。

 A水を汚さない

  瀬戸内海の汚染源を見ると、生活系の占める割合が増している。下水の処理方法では、下水道(58.1%)、合併浄化槽(10.1%)による処理が7割近くに達していた。反面、海への負荷の大きい単独浄化槽がまだ19.2%ある。下水道も、高度処理をしない場合、窒素・リンは3割程度しかカットできず、海の富栄養化を招く汚染源になっている。まずは生活廃水を減らすような努力が必要だろう。

 Bゴミ減らし

  ゴミの中でも特にプラスチックゴミが全国的に増加している。1986年から10年間で排出量は約1.8倍になった。広島市でもプラスチック類が、家庭の不燃ゴミの8割を占める。こうしたゴミの増加によって、ダイオキシンをはじめとした環境ホルモンによる汚染が広がったり瀬戸内地域にもゴミ処分場が必要となり、環境に悪影響を与える。我々はスーパーの袋の節約など身近なところから実行していくことが重要だろう。

 C瀬戸内海を知る

  ある調査で1年間で海のレジャーに全く行かなかった人は45%、これに「年1回」を含めると、実に65%に上るそうだ。実際に海へ行く機会を増やして現状を自分の目で見ることも重要なことだろう。(もちろん、行く人はゴミなどをきちんと持ち帰るというようなモラルがあるという前提で)

 D行政・企業への働きかけ

  いくらがんばっても、やはり個人の取り組みだけでは限界がある。企業が積極的な対応をすることが望まれるし、我々が働きかけていく必要もある。実際欧州では、自治体のゴミ収集費用を事業者が負担する(フランス)、分別収集から再資源化まで事業者が責任を持ち、違反者は最高700万円相当の罰金を課せられる(ドイツ)などと企業責任を明確化している。また行政に関しても積極的な情報公開が望まれる。

 

ここで忘れてはならないことは、瀬戸内海の環境を守っていくことは、瀬戸内海自体だけではなく、源流のある中国山地や四国山地、それに瀬戸内海へ運ぶ太田川などの河川の環境によっても左右されるということだ。先ほど述べたことプラス、このような条件をクリアしないことには瀬戸内海の環境を守ることは難しいだろう。

 

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