部分多様体の交叉の研究を始めた経緯

2次元球面 S^2 の二つの異なる大円は必ず対蹠点の対で交わることに かなり前から面白い現象だと思って興味を持っていました。 いつから興味を持ち始めたのか思い出せませんが、 学生の頃だったかもしれません。 証明は次のようにすればわかります。 大円は球面の中心を通る平面で球面を切った切り口になります。 二つの異なる大円の交叉は中心を通る二つの異なる平面の共通部分、 すなわち中心を通る直線で球面を切った切り口ですから、 対蹠点の対になります。 証明はわかって面白いと感じていても、 この現象がどう発展するのかわからずそのままになっていました。

最初の転機は
R. Howard, The kinematic formula in Riemannian homogeneous spaces, Mem. Amer. Math. Soc., No.509, 106, (1993)
を読んだときでした。 この論文の26ページから27ページにかけて、 n 次元複素射影空間 CP^n 内の n 次元実射影空間 RP^n に合同な 二つの部分多様体 M, N が横断的に交わるときに、 #(M ∩ N) = n + 1 になることの証明が書かれています。 結論は交点数が n + 1 ということですが、 証明はまず M ∩ N が空ではないことをFrankelの定理を使って示し、 CP^n の最小軌跡を使った帰納法で示していて、 M ∩ N のどの二つの点も一方が他方の最小軌跡の点になっている ことまでわかります。 n = 1 の場合、CP^1 は S^2 であり、 RP^1 はその大円になっていて、 一点の最小軌跡は対蹠点になるので、 大円の交叉が対蹠点の対になっていることの一般化とみなせます。 これで CP^n 内の RP^n の交叉の特別な場合が S^2 の大円の交叉になっていることがわかりました。 それでもこのときにはこれがさらにどのように発展させられるかは よくわかりませんでした。 ただより一般的な現象が背後にあるのではないかと感じていました。

次の転機は、Howardの論文を読んでから十数年たった2009年の初夏でした。 入江博さんと酒井高司さんが S^2 × S^2 内の二つの実形の交点数を 交叉積分公式を使って調べているという話をしてくれました。 二つの実形が必ず交わることの証明がやっかいだということだったので、 自分でも考えてみました。 Howardが CP^n 内の RP^n と合同な二つの部分多様体が交わることを Frankelの定理を使って示していることを思い出しました。 CP^n の断面曲率は正なのでFrankelの定理を適用できますが、 S^2 × S^2 の断面曲率は 0 以上なのでそうはいきません。 Frankel の定理の証明を振り返ってみると、 正則断面曲率が正ならば二つの全測地的Lagrange部分多様体は 交わることを証明できました。 これなら S^2 × S^2 に限らず一般のコンパクト型Hermite対称空間の 二つの実形に適用できます。

次の問題は実形の交叉です。 S^2 × S^2 は CP^3 内の複素二次超曲面 Q_2(C) になります。 一般の Q_n(C) 内の実形の交叉について考えてみました。 最小軌跡を利用した帰納法によるHowardの手法は CP^n の場合には最小軌跡は CP^{n-1} になりうまくいくのですが、 2 次元以上の Q_n(C) の場合には 最小軌跡は次元の低い Q_m(C) にならないため うまくいきそうにありません。 そこで、Chenと長野正先生が導入した極地を使うとうまくいかないかと思い、 Q_n(C) の極地を調べると孤立した点(極)と Q_{n-1}(C) になる ことがわかります。 さらに極地による帰納法がうまく働き二つの実形の交叉を 記述できました。 この交叉は任意の二点が点対称の不動点の関係にあり、 こういう性質を持つ部分集合について前に長野先生が 話していたことをぼんやりと思い出しました。 インターネットで検索してみると 京都大学数理解析研究所の講究録に 長野先生の原稿があり、 その中に2-numberへの言及がありました。 参考文献にあるChenとの共著論文
B.-Y. Chen and T. Nagano, A Riemannian geometric invariant and its applications to a problem of Borel and Serre, Trans. Amer. Math. Soc. 308 (1988), 273--297
を見ると、 対称空間の対蹠集合や2-numberが定義されていて、 Q_n(C) の二つの実形の交叉を記述するのにぴったりの 概念であることがわかりました。 それまでに得た Q_n(C) の二つの実形の交叉に関する結果を 対蹠集合の概念を使って論文にまとめて投稿しました。 のちに
H. Tasaki, The intersection of two real forms in the complex hyperquadric, Tohoku Math. J. 62 no.3 (2010), 375--382
という形で出版されました。

上記研究のきっかけを作ってくれた入江さんと酒井さんとは Kahler C空間の実形の交叉や 交叉から定まるFloerホモロジーへの応用などの 共同研究をスタートさせました。

Q_n(C) でうまくいくなら一般のコンパクト型Hermite対称空間でも きっとうまくいくだろうとは思ったのですが、 対称空間の階数が増えるとそれに応じて極地も増えて 実形の交叉も複雑になりそうでどうしようかと少し思案しました。 そこで思い付いたのが、 極地に詳しい人がすぐ近くの大学にいるではないか ということです。 さっそく東京理科大学の田中真紀子さんに連絡をとり、 これまでの経緯を知らせて一般のコンパクト型Hermite対称空間の 実形の交叉に関する共同研究をスタートさせました。

以上が研究成果を研究会等で発表する前の経緯です。


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