交叉積分公式の発展

交叉積分公式

積分幾何学の主要なテーマの一つに交叉積分公式があります。 数年前に複素空間形内の不変量(多重ケーラー角度)を定め、 それを使って複素空間形内の部分多様体の交叉積分公式を定式化しました。 部分多様体の次元に関するある制限をつけて定式化したのですが、 より一般的な交叉積分公式を定式化した論文が 2008年の正月に送られてきました。 私が使っていた手法とはまったく異なる手法で交叉積分公式を示しています。

送られてきた論文には驚くべきことが書かれていて、 この論文によって私の2008年が始まったと言ってもいいくらいです。 この論文や関連したことを学んでいくうちに、 交叉積分公式は三段階の発展を遂げていると認識するようになりました。 そして数人の人達の数年前から始まった一連の研究によって、 現在その第三段階に突入しているようです。 今後、この三段階の発展の話をセミナーや研究会の講演などで 発表しようと思っています。

前段階:Steinerの公式

ここでは凸体の交叉積分公式に限って話を進めます。

Euclid空間内の凸体をρだけ膨らませたものの体積を ρの多項式で表示するのがSteinerの公式です。 その多項式の係数に元の凸体の投影体積積分という量が現れます。 投影体積積分は外のEuclid空間の次元に依存するのですが、 定数倍調整することで外の次元に依存しない量が定まります。 これは内在的体積と呼ばれています。 これらの量を使って交叉積分公式は記述され、 これらがSteinerの公式に自然に現れるので、 Steinerの公式を交叉積分公式の前段階ととらえました。

凸体の内在的体積は 0 次から凸体の次元の次数まではある幾何学的な量になり、 次元を越えた次数の内在的体積はすべて 0 になります。 凸体の次元を n とすると、
n 次 : n 次元体積
n-1 次 : 表面積の定数倍
n-2 次 : 表面の平均曲率の積分の定数倍(滑らかな場合)
1 次 : 幅の積分の定数倍
0 次 : いつでも 1
となっています。 凸体の表面が滑らかな場合は、 途中の次数の内在的体積は表面の主曲率の 基本対称式の積分の定数倍に一致します。

第一段階 : 交叉積分公式

交叉積分公式は内在的体積を使って表現できるので、 第 i 次内在的体積を μi で表すことにします。 他にもいくつかよく使われる量の記号を定めておきましょう。 i 次元単位球体の体積を ωi で表し、 [n,i] = ωn/ωiω{n-i} × n/i(n-i) とおきます。 通常、[]内の n と i は縦に書くのですが、 ホームページで縦に書くのはやっかいなので横に並べておくことにします。 n 次元Euclid空間の合同変換全体の群を M(n) で表します。 これは n 次直交群と n 次元Euclid空間の半直積に同型です。 n 次直交群の体積 1 のHaar測度と n 次元Euclid空間の 通常のLebesgue測度の積測度は M(n) のHaar測度になります。 この測度を M(n) に入れておきます。

交叉積分公式のなかでも特に主交叉積分公式と呼ばれているものは、 次の凸体 K, L に関する等式です。
∫_{M(n)} μ0(K∩gL) dg = Σ_{i+j=n} [n,i]^{-1} μi(K)μj(L)
この交叉積分公式の L に半径 ρ の球体を代入すると、 Steinerの公式に一致することがわかります。

さらに一般に次の交叉積分公式も成り立ちます。
∫_{M(n)} μk(K∩gL) dg = Σ_{i+j=n+k} [i,k][n,i-k]^{-1} μi(K)μj(L)
これらの交叉積分公式が定式化されたのが第一段階です。

第二段階 : 不変量

n 次元Euclid空間内の凸体の全体を K^n で表しておきます。 これにはHausdorff距離が入っているとします。 K^n 上定義された実数値関数μが
K, L, K∪L ∈ K^n => μ(K∪L) = μ(K) + μ(L) - μ(K∩L)
を満たすとき、μを付値と呼びます。 内在的体積はすべて付値になることがわかります。 n 次元Euclid空間の合同変換全体の群 M(n) は K^n に作用し、 この作用は M(n) の付値への作用を誘導します。 K^n の付値であって、Hausdorff距離に関して連続であり、 M(n) の作用に関して不変なもの全体の成す実ベクトル空間を Val^{O(n)} で表すとHadwigerの定理を述べることができます。

定理(Hadwiger) 内在的体積 μ0, μ1, ..., μn は Val^{O(n)} の基底になる。

この定理を利用して主交叉積分公式を証明することができます。 K, L ∈ K^n に対して主交叉積分公式の左辺
∫_{M(n)} μ0(K∩gL) dg
を考えると、K についても L についても Val^{O(n)} の元であることがわかります。 そこでHadwigerの定理を適用すると、ある定数 cij が存在して、
∫_{M(n)} μ0(K∩gL) dg = Σ_{i,j} cij μi(K)μj(L)
が成り立ちます。 K を半径 r の球体とし、L を半径 s の球体として両辺を計算すると、 cij を求めることができ、主交叉積分公式が得られます。 主交叉積分公式が不変量で構成されていることから形が定まり、 係数は簡単な図形を代入することで決定できるということになります。

第三段階 : 代数構造

交叉積分公式に適合した積構造を付値に導入し、 群作用で不変な付値全体を代数的に扱うことで 交叉積分公式の理解を深めることができます。 SO(n) のコンパクト部分群 G をとり、 平行移動と G の作用に関して不変で連続な付値の全体を Val^G で表します。

定理(Alesker) G が球面 S^{n-1} に推移的に作用するならば、 Val^G は有限次元ベクトル空間になる。 さらに Val^G の元に対してある積を定義でき、 Val^G は可換階数付き実代数になる。 単位元は Euler 数を対応させるχである。

G と 平行移動全体の半直積を G~ で表すことにします。 φ1, ..., φN を Val^G の基底とします。 すると O(n) のときと同様に、 Val^G の元φに対してある定数 cij^φ が存在し、K, L ∈ K^n に対して
∫_{G~} φ(K∩gL) dg = Σ_{i,j} cij^φ φi(K)φj(L)
が成り立ちます。さらに Val^G の元ψに対して
∫_{G~} (ψ・φ)(K∩gL) dg = Σ_{i,j} cij^φ (ψ・φi)(K)φj(L)
が成り立つこともわかります。 これらより、主交叉積分公式を与えるcij^χと 基底同士の積φi・φjを求めれば交叉積分公式のすべてを把握できます。

数年前に私は複素空間形内の部分多様体の多重ケーラー角度を使って、 部分多様体の交叉積分公式を定式化しました。 ただし、部分多様体の次元に制限がついていました。 交叉積分公式の右辺は多重ケーラー角度の cos の二乗を 基本対称式に代入したものの積分になっています。

BernigとFuはこれに注目して多重ケーラー角度の cos の二乗を 基本対称式に代入したものに対応する付値を定め、 この付値を使って複素空間形の交叉積分公式を定式化しました。 私が定式化したものは次元に制限がついていましたが、 彼らのものは一般的な形になっています。 この交叉積分公式に関する論文が2008年の正月に送られてきたものです。 興味のある方は arXiv:0801.0711 Hermitian integral geometry をご覧ください。


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