2001年3月に日本工業大学で開かれた微分幾何学の研究会で 木村真琴さんが複素 2 次元部分ベクトル空間の成す複素Grassmann多様体から 実 3 次元部分ベクトル空間の成す実Grassmann多様体への埋め込みを利用して、 複素Grassmann多様体上の 2 次元球面束から単位球面への埋め込みを 構成していました。 この球面の部分多様体のGauss写像は 2 次元だけ退化していて、 さらにaustereになっていることも示していました。
この講演を聞いていた私は、 木村さんの構成が A 型のコンパクト四元数対称空間のツイスター空間の 球面への写像に一致することに気が付きました。 そこで、この研究会の期間中とその後慶応大学で開かれた春の学会の際に 私は保倉理美さんと一緒に一般のコンパクト四元数対称空間のツイスター空間の 球面への写像のGauss写像が 2 次元だけ退化することを確認しました。 この 2 次元はツイスター空間のファイバーが 2 次元になることから きています。 さらにこのツイスター空間の埋め込みはコンパクト単純Lie群の随伴作用を 長いルートに作用させた軌道から作ることができます。 その後2002年3月に私は島根大学を訪れ、 木村さんと一緒にこの軌道が超球面内でaustereになっていることを 確認しました。 これらの結果は 2002年秋の島根大学での学会の一般講演で発表しましたが、 論文としては未発表のままでした。再び関連したことを考え始めたのは 2005年9月でした。 2002年からこれまでの間、私は主に積分幾何学の研究を進めていたので、 軌道の幾何学の研究は休止状態でした。 前に考えたことの中で特にコンパクト単純Lie群の随伴作用の 長いルートの軌道が超球面内でaustereになることに注目して、 もう少し一般的なRiemann対称対の線形イソトロピー作用の軌道であって 超球面内でaustereになるものを考察の対象にしました。 当時、土曜日に井川治君と酒井高司君と一緒にセミナーを行なっていたので、 その場でこのaustere軌道の考察を共同で進めることにしました。
最初は階数 2 のRiemann対称対の線形イソトロピー作用の軌道について考え、 軌道がaustereになる条件がわかってきました。 部分多様体がaustereであることの定義は第二基本形式がある対称性を 満たすことですから、無限小のレベルの条件です。 ですから、Riemann対称対の制限ルート系を使って、 軌道がaustereになる必要十分条件を書くことができました。 さらに、この条件を使ってaustere軌道をすべて決定することができました。 これが 2005年10月頃だったと思います。
Riemann多様体の余等質性 1 の等長変換群の特異軌道がaustereになるという 定理を示しているPodestaの論文を知ったのもこの頃でした。 Podestaの定理の結論は特異軌道がaustereになるということですから、 軌道の無限小の対称性です。 ところが、証明の方法をよく見てみると軌道の大域的な対称性も 容易に導き出せることがわかりました。 この対称性は、鏡映部分多様体の対称性を少し弱くした形に定式化できました。 分類を得ていたaustere軌道がこの大域的な対称性を満たしているかどうか 調べてみると、基本的なものはこの大域的な対称性を満たしていることが わかりました。 そこで、この大域的な対称性を満たしている部分多様体を 弱鏡映部分多様体と名付けました。
比較的簡単な考察から、鏡映部分多様体は弱鏡映部分多様体になり、 弱鏡映部分多様体はaustere部分多様体になり、 austere部分多様体は極小部分多様体になることがわかります。 そこで、すでに分類していたaustere軌道のうちで どれが弱鏡映部分多様体になるのか、すべて調べてみることにしました。 たぶん、これをやっている頃に2005年度の湯沢の研究会があったのだと 思います。 湯沢ではショートコミュニケーションでこれらの研究成果の概要を話しました。 その後、弱鏡映軌道の分類も完成させました。
この研究の成果発表の機会をいくつかの研究会等で得ることができ、 2005年度から2006年度にかけて各地で口頭発表しました。 それと平行して成果をまとめた論文も共同で作成していました。 ところがその過程でaustere軌道が弱鏡映になるかどうかの判定を 間違った考察でやっている部分があることに気が付きました。 そこで、弱鏡映部分多様体の基礎的な性質を追加して、 それをもとにしてaustere軌道が弱鏡映になるかどうかの判定をやり直しました。 結局、前に使った判定方法は間違っていたのですが、 その結果でてきた弱鏡映軌道の分類は同じでした。 このすったもんだがあったので、論文完成は遅れましたが、 弱鏡映部分多様体の基礎的な性質を追加することができ、 論文としてはよりよくなったと思っています。