TBS美術センターに勤める永田周太郎氏はわが広島大学大学院建築意匠学研究室の出身です。学生時代に原爆ドームの元の建物である広島県産業奨励館のCG復元を手がけてもらったりしましたが、今度、TBSのドラマ番組でこれを実物大で復元しました。私の研究室で長年やってきた被爆直前の広島市の建築物や町並みの復元研究が、意外な形で生かされました。
そもそも私が25年前に広島大学に勤めることとなった時、原爆ドームや被爆後の広島市の写真などはあるけれども、人々のどのような生活があり、また破壊されたのか、実感できにくいと思ったことを記憶しています。しかたないので、自分で復元してみようとして幅広い研究をしてきました。卒業研究でもたくさんのテーマをつくって、学生諸君に協力してもらってきました。
それをもとに、随分以前にはNHK広島局のスタジオで爆心地半径500Mの町並み模型をつくったこともあります。そのうちに、他に先駆けてCGをを使うようになりました。産業奨励館のCGは読売新聞でカラーで紹介されたこともあります。
建築が専門なので、単に建築に興味があって技術を試しているだけと思われそうですが、そもそもの私の動機はそう単純ではありません。建築という技術を通して広島で平和を考えたいという気持ちが当初からありました。口先で平和を語るのは簡単ですが、実感がなければ薄っぺらです。被爆後の死の風景を理解するには、生きた風景がどのようなものであったかを知りたいと思ったので、とにかく復元してみようと思ったわけです。
今回のドラマが嬉しかったのは、そのような私の出発点となった生きた風景を生き生きと描いてくれたからです。さすがにドラマの力は大きいなと思いました。私などは所詮、背景をつくる以上には出ません。しかし、その背景が出来る限り正確であることがドラマを生かすと思われますが、今回の背景はTBSがとことん力を尽くしてくれています。
せっかくつくったものなので、できればそのまま残したいところですが、これはあくまでもベニヤに塗装した舞台の書き割りであり、見えるところしかつくっていませんし、すぐに傷んでくる仮設物です。残念ながら、そもそも恒久的な建築物にはなりえません。
産業奨励館をどこかに復元して平和を考える施設にしようという考えが、以前から広島にはありました。郊外の山並み向こうに広島市都心部の町並みをテーマパークのようにしてつくり、被爆直前の生きた広島の都市風景を体感できるようにすれば、国際平和文化都市広島のよき施設になるでしょう。かつて広島市立の歴史博物館を建設し、その建築物の内部に中島本町(今の平和記念公園にあった)の町並みの一角を実物大復元しようという事業があって、私も協力し、復元のための資料づくりはかなり進んでいました。その博物館計画自体が中座してしまっているのが残念ですが。皮肉ながら、その研究成果の一部が今回、活用できたように思います。
産業奨励館の復元物を原爆ドームの近くにつくろうという意見があるようですが、復元物は近くで見るとあくまで模造品なので、重い意味のある原爆ドームの近くにつくるとかえってアミューズメント・パークのようになってしまうので気をつけていただきたい。原爆ドームの風景さえ軽く見られることになりかねないと思います。あくまで山並みの向こうとか、海辺とか、ある程度心理的に距離が感じられるところにしていただきたい。
|