科学研究

はじめに
私達の講座では次の課題を中心に研究を行っています。

1.泌尿器がんの発生、増殖機序の解明と治療への応用
 前立腺がん、腎細胞がん、膀胱がん、精巣がんなど尿路性器がんの発生および増殖機序に関する分子生物学的解析と診断・治療への応用

2.泌尿器がんに対する新しい治療法の開発とその評価
 安全かつ低侵襲(痛みが少なく体に優しい)な外科的治療法の開発とアウトカム評価

3.再生医療
 勃起不全に対する新しい治療アプローチの開発、膀胱再生

去勢抵抗性前立腺癌における新規血清バイオマーカーと治療戦略の確立

 進行性前立腺がんに対しては男性ホルモンを遮断する、いわゆるホルモン療法が標準的治療として用いられてきました。これは有効性の高い治療法ですが、長続きせず、最終的には去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)と呼ばれる悪性度の高いがんへと進行し、治療に難渋します。これに対する新薬の開発が急ピッチで進められていますが、これまでに登場した新薬はいずれも効果がきわめて限定的で、また、どのような患者さんにどのような投与方法が適しているかを判断するための血清バイオマーカーも明らかになっていません。
 線維芽細胞成長因子(FGF)ファミリーとその受容体(FGFR)は、前立腺がんの発生や進行に関与するタンパク質です。私たちは以前から前立腺癌の発生と進展におけるFGF-FGFRの異常に注目して研究を続け、CRPC細胞におけるFGF-FGFRシグナルの異常やその正常化による増殖抑制効果、アポトーシス誘導効果、放射線および化学療法感受性亢進について明らかにしてきました。最近では内分泌性FGFサブファミリーに注目し、これが前立腺がんの進行にかかわっていることを解明しています。
 これらの研究成果をもとに、現在、CRPCの新たな血中バイオマーカとしての内分泌性FGFサブファミリーとその関連分子の有用性を追求しています。

FGFR

 一方、私達はCRPCの新規治療標的分子の同定のためにCAST libraryを比較し、膜蛋白であるProtein Tyrosine Phosphatase of Regenerating Liver 1 (PRL1)に注目して解析を行っています。PRL1はprotein tyrosine phosphatase memberの一つで肝臓の再生に寄与する分子として同定された膜蛋白です。PRL1は小胞体に局在し正常前立腺組織と比較し前立腺癌組織で高発現しており、特にCRPCや悪性度の高い症例で高発現していることが判明しました。また、PRL1の発現した前立腺癌は有意に予後不良であり、前立腺癌の増殖と遊走、浸潤に関与することをつきとめました。これらの結果からはPRL1はCRPCの治療法の開発に役立つと考えています。

PRL1

 さらに、私達はCRPCの新規治療標的分子としてプロリン異性化酵素Pin1蛋白に着目し、Pin1阻害剤Jugloneの制癌効果についての研究を進め、有望な研究結果が得られています。

PIN1-1

PIN1-2PIN1-3

小胞体ストレストランスデューサーBBF2H7を用いた新しい前立腺癌治療の開発

 低酸素状態,低グルコース状態,酸化ストレスなどの様々な異常環境によって,小胞体のタンパク質折り畳み機能が撹乱した状態を小胞体ストレスといい,直ちに細胞は防御機構として小胞体ストレス応答を活性化させます。小胞体膜貫通型bZIP転写因子BBF2H7は小胞体ストレストランスデューサーとして機能し、小胞体ストレスに応答して膜内切断を受け,N末端断片が核内へ移行して転写因子として作用します。一方,切断されたC末端断片は細胞外に分泌され,ヘッジホッグシグナルに作用して発生段階のマウス軟骨細胞を増殖させることが知られています。近年,ヘッジホッグシグナルの異常活性化が複数のヒト癌における細胞増殖に関与することがわかってきました。
 私達は、前立腺癌では正常組織と比較してBBF2H7の発現が有意に上昇していること、BBF2H7 C末端断片は細胞外に分泌された後, 前立腺癌細胞のヘッジホッグシグナルを活性化して細胞増殖を促進させる研究成果を世界に先駆けて得ています。現在、これらの研究成果をもとに、BBF2H7 C末端断片に特異的に作用しヘッジホッグシグナルを遮断できる薬物やモノクローナル抗体の開発に取り組んでいるところです。

BBF2H7-1BBF2H7-2

非翻訳RNAをコードする転写超保存領域の前立腺癌における発現・機能解析と治療応用

 私達は、分子病理学研究室 安井 弥教授らのグループとともに、がんにおける非翻訳RNAをコードする転写超保存領域(T-UCR)の発現異常を突き止め、発現制御メカニズムとがんにおける機能を解析しています。
 これまでにT-UCRの中でも2つの領域(Uc.158+AとUc.416+A)に注目し、以下のような研究成果を報告しました。
①Uc.158+Aの配列を詳細に調べ、がん細胞(組織)では過剰なDNAメチル化を受けており、実験的にメチル化を抑える(脱メチル化)と発現を回復させられること、メチル化を加えると発現が抑制されることも確認され、Uc.158+AはがんにおいてDNAメチル化の影響を受け、発現が抑制されることを明らかとしました(図A)。

T-UCR-1

図A Uc.158+Aは前立腺癌で発現低下し、DNAメチル化による抑制を受ける。

②さらに、現在進行中の研究から、Uc.416+Aの発現が、去勢抵抗性前立腺癌(Castration-resistant prostate cancer; CRPC)のときに上昇することを新たに突き止め、抗がん剤の感受性にも影響していることが分かっています。さらに、血液中に含まれる微量のT-UCRも検出できるようになっています。T-UCRは前立腺癌の診断・治療に対して有用な指標となる可能性があります(図B)。

T-UCR-2

図B Uc.416+Aは去勢抵抗性前立腺癌で発現上昇し、細胞増殖および抗がん剤抵抗性に関わる。

直腸周囲神経組織の解剖解明による前立腺全摘術後の機能温存

 前立腺全摘除術は前立腺がんに対する最も有効な治療法です。2011年にダビンチを用いたロボット手術が保険適応となり、繊細かつ確実な手術手技が可能となりした。しかしロボットを用いても、術後の性機能を十分に温存できるまでに至っていません。その理由の1つに前立腺周囲神経組織の解剖が十分に解明されてないことが挙げられます。そこで、私達は、さらに高い術後QOLが得られるハイクオリティな手術手技を確立するために、骨盤内とくに直腸周囲神経組織の解剖を明らかにする研究を進めています。

膀胱癌に対する新規HER2標的治療薬(T-DM1)の開発

 膀胱癌はここ30年間、予後を改善する新規薬剤が登場しておらず、その開発は急務となっています。近年の膀胱癌遺伝子発現解析は分子標的治療の開発に重要な情報をもたらし、膀胱癌ではHER2が高発現することが分かってきました。しかし、HER2抗体薬trastuzumabは乳癌では有効なのに、膀胱癌の第2相試験では無効でした。この問題を解決するため、私たちはtrastuzumabに微小管重合阻害剤(DM1)を結合させてHER2抗体-薬物複合体(T-DM1)を考案、作製して膀胱癌に対する効果を調べました。その結果、HER2抗体-薬物複合体(T-DM1)は膀胱癌に対して強い抗腫瘍効果を持つことを突き止め、現在、膀胱癌の新規治療法としての有効性をさらに検討しています。

HER2-1HER2-2

Notchを用いた膀胱癌の新規治療法の開発

 私達は、上記T-DM1の他にもNotchシグナルを標的とした膀胱癌の新規治療法に開発に取り組んでいます。Notch は分化、増殖に関与する細胞表面受容体です。膀胱癌ではNotch1,3が欠失、Notch2は発現増強していること(図1)、Notch2高発現症例は有意に予後不良であること(図2)を世界で初めて突き止めました。さらにNotch2強制発現ならびに発現抑制によるNotch2の機能解析によりNotch2は膀胱癌の進展を促進することが分かりました。現在、このNotch2を用いた新規治療法の開発に取り組んでいるところです。

Notch-2

腫瘍化におけるヒストンH3K27メチル化の機能解析

 近年、DNAメチル化やヒストン修飾を含むエピジェネティックな異常と発癌の関連が明らかになっています。私達は、原爆放射線医科学研究所疾患モデル解析分野 本田浩章教授らのグループとともに、前立腺や膀胱など泌尿生殖器特異的Creマウスとの交配で得たコンディショナルノックアウトマウスを用い、ヒストンH3K27メチル化を介した細胞分化・増殖機構の解析を進めています。新規治療法に繋げるのが目的です。

腎細胞がん微小環境における骨髄由来間葉系幹細胞の機能解明

 腎細胞がんに対する分子標的薬は従来のサイトカイン療法に比較して奏効率の改善や生存期間の延長が得られることが報告されています。しかし、依然としてその奏効率は低いため、新たな標的を阻害する薬剤の開発は急務となってきます。私達は、近年、癌の増殖と進展に重要な役割を果たすことが分かってきた癌間質に注目し、癌間質を介した薬剤の作用機序について研究を進めています。。

勃起不全に対する新しい治療アプローチの開発

 勃起不全(ED)患者はメタボリックシンドロームの増加に伴って、近年、急増しています。その治療にはPDE5阻害剤が第一選択として使用されますが、効果のない患者さんも少なくありません。また、PDE5阻害剤の効果は一時的であること、副作用により心疾患を有する患者には使用できないことから、新しい治療法が望まれています。
 これに対して私達は、血液幹細胞を用いた陰茎海綿体組織の再生について研究しています。これまでに、陰茎海綿体を欠損させたラットに血液幹細胞を移植すると、正常ラットに匹敵する血管および神経再生を認める結果が得られています。
 前立腺がんの手術(前立腺全摘除術)によって発生するEDも重要な問題です。手術は前立腺がんにおける最も有効な治療法ですが、陰茎海綿体神経(勃起神経)を前立腺と一塊に摘除するため、術後にEDとなり、生活の質を損ないます。これに対して、前立腺がんの手術と同時に、自分自身の知覚神経(腓腹神経など)を採取し、勃起神経のあった場所に移植する自家神経移植が試みられてきました。しかし、健常な神経の採取に伴う知覚障害が必発であること、特殊な機械が必要であること、神経吻合に時間がかかることなどの問題点が存在するため、一般に普及しておりません。
 これに対して、私たちは前立腺全摘除術における神経合併切除後の神経再生を目的として、ヒト骨髄由来の血液幹細胞を陰茎海綿体神経が欠損したラットに移植し、陰茎海綿体神経の再生を研究しております。これまでに勃起神経を損傷させたラットに血液幹細胞を移植すると、正常ラットに匹敵する勃起に回復する結果が得られています

間葉系幹細胞移植による膀胱再生

 間質性膀胱炎、放射線治療による膀胱損傷、糖尿病性神経因性膀胱は、有効な治療法がなく、新たな治療法が求められています。これに対して私達は、膀胱再生技術による新しい治療の開発を進めています。
 低侵襲で有効性の高い膀胱再生を実現するための細胞ソースとして、骨髄間葉系幹細胞移植に着目しました。骨髄間葉系幹細胞は、主に骨・軟骨・脂肪・骨格筋・心筋などの中胚葉系細胞への分化能をもつ未分化な細胞集団であり、格段に高い増殖能を持ちます。
 現在まで、兎を用いた実験で有望な結果が得られています。