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知的社会研究所

Institute for Studies on the Intellect-based Society

(ISIS)

 

12. 首相の靖国参拝問題

 

12.2. 理解しておくべき経緯

1)05年4月に中国各地で起こった反日デモの真相

2)小泉首相の靖国参拝が日中問題の焦点となった経緯

3)中国政府は「なぜ靖国参拝に異議を唱えるのか」

 (1)歴史認識について中国が日本に求める基本的なコンセンサス

 (2)これまで両国で形成されてきた基本的なコンセンサス

 (3)コンセンサスに逆行する日本指導者の靖国参拝

 (4)参拝中止を求めているのは首相、官房長官、外相の3人だけ

 (5)「首相の私的参拝」はあり得ない

4)小泉純一郎首相の理解不可能な発言

5)小泉純一郎首相には何か裏の事情があるのか

6)私には理解できない世論の動向

 

1)05年4月に中国各地で起こった反日デモの真相

05年4月に中国各地で相次いだ反日デモに対し、日本のメディアでは中国政府に対する批判が噴出しました。政府関係者、政治家、評論家、有識者などがこぞって破壊行為に抗議し、謝罪を求める大合唱をとなえました。しかしそれらは、批判する前にまずデモの原因を見極める冷静さを欠き、軽率で感情的、偏狭なナショナリズムに満ちていました。

その後、デモを誘発したのは日本の国連安保理常任理事国入りに反対する米国発のネット署名運動であることが明らかになりました(毎日6/14/05)。小泉純一郎首相が常任理事国入りを目指して「わが国の果たしてきた役割は、常任理事国となるにふさわしい基盤となる」と国連総会でぶち上げた演説が米国における一連の反対運動をまきおこしたのです。それは04年9月21日のことで、国連創設60周年に合わせた安保理改革への提案でした。

最初に日本の常任理事国入りに反対する運動の中心になったのは、米国のNGO「世界抗日戦争史実擁護連合会」と、慰安婦問題を追求するワシントンの民間団体でした。反対の理由は「常任理事国になるなら、相応の責任を負わなければならないが、日本にその覚悟と資格があるのか、いまも戦争被害に苦しむ被害者をかかえる諸国との和解が実現していないではないか」でした。そして04年12月8日、ロサンゼルス、ソウル、東京など世界各地で日本の常任理事国入りに反対する「国際共同声明」が発表されたのです。05年2月末からはホームページ上で反対署名活動が開始されました。日本のメディアはこれを報道していません。

アナン国連事務総長が05年3月21日に行った失言、「安保理改革が実現した場合の新常任理事国の一つはもちろん日本である」がこの運動の火に油を注ぎました。3月22日には中国最大手で世界第5位のニュースサイトである「新浪網」が署名集めに参加しました。月に8700万人がアクセスするこのサイトの影響で、署名の数は1カ月で40万から一挙に100倍に増加したのです。さらに、中国外務省の劉建超・報道局副局長が3月24日の記者会見でこの署名運動に理解を示したことが報道されると、その翌日から中国各地で紙による署名活動へ、そして集会や大規模の反日デモに発展し、ついには一部が暴徒化した訳です。

 

2)小泉首相の靖国参拝が日中問題の焦点となった経緯

日中首脳は、アジア・アフリカ会議がインドネシアのジャカルタで行われた機会をとらえ、05年4月23日に約50分の会談を行いました(日経4/24/05)。中国の胡錦濤国家首席は、歴史認識問題について「『侵略戦争への反省』を正しく認識し対処するため反省を実際の行動に移して欲しい」と暗に靖国参拝をひかえるように伝えました。ただ、し靖国神社参拝問題については「前回、APEC首脳会議(04年11月末)で会談したとき話した、この場でこういう具体的なことを話し合おうとは思わない」と述べています。これに対し小泉純一郎首相は直接回答せず、記者会見でも「自分の靖国神社参拝はかねて話している通り『適切に判断する』ことに変わりはない」と説明を避けました。前回の会談の時の記者会見では「靖国神社についてはどんな質問が出ても何も申し上げないことにした。日中問題は靖国問題だけではない」と言っています。一方、アジア・アフリカ会議の演説では95年の村山富市首相の談話を引用し「反省とお詫び」を表明しました。

事態を悪化させたのは、小泉純一郎首相が05年5月16日に衆院予算委員会で行った発言でした(日経5/17/05)。靖国神社参拝問題について「戦没者についてどのような追悼の仕方がいいかは他の国が干渉すべきではない。参拝していけないという理由が分らない」と述べて参拝自粛を求める中韓両国に反論したのです。また「いつ参拝に行くかは適切に判断する」を繰り返しました。さらに、第二次大戦のA級戦犯合祀と参拝の関係についても『「罪を憎んで人を憎まず」というのは中国の孔子の言葉だ。一個人のために参拝しているのではない』と言明しました。侵略戦争への反省については「二度と戦争しないという行動で反省を示してきた」と述べています。この問題に対する野党の対応に対して、「一部の外国の言い分を真に受け、外国の言い分を正しいと言って私の判断を批判している」と挑発しています。

一方、05年6月20日に韓国の青瓦台で行われた日韓首脳会談では、小泉純一郎首相は靖国神社参拝について「二度と戦争を繰り返してはならないという不戦の誓いから参拝している」と発言し、これに対し蘆武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は「首相がどう説明しても、私と我が国民には過去を正当化しているとしか理解できない」と批判しています(日経6/21/05)。

中国政府は、これら一連の発言によって小泉首相に強い不信感を抱き、愛知万博の中国関連行事などのために訪日していた呉儀副首相は小泉純一郎首相との会談を急遽キャンセルして帰国しました。中国外務省の孔泉報道局長は5月24日の定例記者会見で、呉儀副首相の突然の帰国の理由を次のように説明しています。「中国の人民が抗日戦争勝利60周年を祝っているときに、日本の指導者は中国人民の感情を顧みず、過去の歴史を反省するという約束も無視した」(日経5/25/05)。中国外務省は予定されていた日中外務次官級協議もキャンセルしました。

小泉純一郎首相は、靖国神社参拝を2年続きで1月に行っていましたが、05年にはこれを見送り、秋期例大祭の初日である10月17日に行いました。記者会見では「総理大臣である小泉純一郎が一人の国民として参拝する」と不可解な「私的参拝」を強調し、中国や韓国の批判に対しては「心の問題だから参拝しなさいとか参拝するなとか言われる問題じゃない。長い目で見れば中国も理解してくれると思う。戦没者に哀悼の誠をささげることは当然だということを説明していきたい。日中友好、日韓友好、アジア重視は変わらない」と述べています(日経10/18/05)。しかし、これでは中国側の発言に対する説明になっていません。

これ以後、中国政府は、町村信孝外相の訪中と日中外相会談を正式に拒否、11月18ー19日に韓国の釜山で行なわれたAPEC首脳会議の際にも日中首脳会談は行なわれませんでした。さらに、12月に予定されていたマレーシアでのASEAN閣僚会議(12月9ー11日)や東アジア首脳会議(12月14日)での個別会談、あるいは月末に予定されていた蘆武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の来日はすべてキャンセルされ、日中・日韓の交流は完全に停止したのです。

この間、日本政府などがG4(日本、ドイツ、インド、ブラジル)として共同提案していた国連安全保障理事会拡大の「枠組み決議案」は、中国だけでなく米国も反対して、05年9月12日までの会期内に採択されず、廃案になりました。米国発の抗議運動は成功したわけで、05年4月に中国各地で起こったような目立った反日行動は再発していません。

 

3)中国政府は「なぜ靖国参拝に異議を唱えるのか」

中国の王毅駐日大使は標記の題をつけた一文を日本経済新聞に寄稿しています(日経11/14/05)。この寄稿を中心に、王毅駐日大使の説明を見出しをつけて分類して引用しますので注意深く考えてみて下さい。

ここ数年の中日関係は、日本の指導者の靖国神社参拝問題でずっとぎくしゃくしてきた。その理由は、靖国参拝問題が中日関係の根幹にかかわっているからである。

 (1)歴史認識について中国が日本に求める基本的なコンセンサス

中国は日本との間で歴史認識を完全に一致させることを求めない。国が違うから、個々の歴史事件についてそれぞれ見方が異なることもあろうが、よりよい未来を切り開くため、かってのフランスとドイツと同じように、歴史と決別するためには、いくつか基本的なコンセンサスが必要になってくる。それは戦争の性格、戦争の責任とそれらに対する政府の立場に集約できる。

 (2)これまで両国で形成されてきた基本的なコンセンサス

1972年の国交正常化以来、中日双方が努力をかさねて、そのコンセンサスが徐々に形成されつつあった。それは、対中戦争が侵略で、その責任は当時の軍の指導部が負うべき、日本国民も被害者、そして、日本政府がその過ちを反省し、中国側が賠償請求権を放棄するという内容であった。したがって、いわゆる歴史問題も解決の方向に着実に向かっていた。

 (3)コンセンサスに逆行する日本指導者の靖国参拝

しかし、近年来その形成されつつあるコンセンサスが逆に崩れかかっている。その主な現れは、A級戦犯をまつっている靖国神社に対する日本指導者の参拝である。中国の立場は一貫している。当時の軍部が対中侵略の責任を負うべしという従来の立場から、A級戦犯をまつっている所を参拝することに、中国政府は反対せざるをえない。というのは、A級戦犯がまさに当時の軍部の象徴的存在である。そして、同じ立場から、日本国民も戦争の被害者だったので、日本の民衆が神社に行くことに異議を唱えない。また、B、C級戦犯についても、これまで外交問題にしたことはないし、今もない。

要するに、A級戦犯をまつっている靖国神社に対する日本指導者の参拝は「加害者である日本は被害者である中国国民に対し過ちを反省する」というコンセンサスに全く逆行する行為であるから受け入れられない、といっているのであって、非常にクリアでよく理解できます。

 (4)参拝中止を求めているのは首相、官房長官、外相の3人だけ

王毅駐日大使は、上の投稿に先立つ05年4月27日に自民党本部で講演し、85年に中曽根康弘首相が靖国神社を公式参拝して以来、「日本の顔である首相、官房長官、外相の3人は参拝を遠慮するという君子(紳士)協定ができた」との認識を示しました。そのうえで、「日本国民が靖国神社に行くことには何も言わない。政治家が行っても問題にしない。首相、官房長官、外相の3人だけは行かないでほしい」と述べ、小泉純一郎首相に参拝中止を求めたのです。(毎日新聞4/28/05)

つまり、中国政府は、日本政府の指導者の象徴として首相、官房長官、外相の3人を考えており、他の政府関係者や一般人の参拝に干渉する考えはないと言うのです。つまり、政府の指導者についても、A級戦犯の戦争責任についても、あくまで象徴的に考えているということです。この事実は「中国政府は日本に対していたずらに干渉する意図は持っていない」という考えを明示するものであり、外交的配慮としてよく納得できます。

 (5)「首相の私的参拝」はあり得ない

私的参拝だと言われているが、一国の最高責任者である以上、その言動がおのずと国の立場を代表し、政治的性格をもつものである。外国の人々からみれば、どうしても一国民の行動とは思えない。国内向けの論理が、時々国際的に受け入れられないことがある。

要するに、「首相は一国の最高責任者であり、その言動はおのずと国の立場を代表し政治的性格をもつのは常識であり、特に問題となっている行為が靖国神社参拝という特別なものであるからには私的参拝ということはあり得ない」、と言っているのであって、当然のことです。「私的参拝」論は国内的に通用するものでもありません。また中国政府が問題にしているのは、あくまで日本政府の責任者が、『「戦争の責任」は軍の指導者にあるとする両国のコンセンサス』を覆すような行為を新たに行うことであって、日本の宗教や文化に干渉する積もりはないし、常に謝罪をするよう求めているわけでもないのです。

 

4)小泉純一郎首相の理解不可能な発言

この問題は、「VERITAS」(真理たれ)の倫理観(11.1.)をもち、「科学者の創造的思考」(1.6.)に従って人間の普遍的な哲学に従って、一人の人間として誠実に考えなければなりません。中国政府や韓国政府の発言はきわめて論理的で首尾一貫しており分りやすい。これに対する小泉純一郎首相の発言は、先方のいうことに誠実に答えておらず全く理解できません。私のように「愛国心」旺盛なものにとっては、自国を代表する首相のこのような言動は恥ずかしくて我慢できません。

「反省とお詫び」をすることを求められている訳ではない。「戦没者についてどのような追悼の仕方がいいか」が問われている訳ではない。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉は、罪を犯されたひとが罪を犯した人に対してその罪を許す言葉であって逆ではない。「二度と戦争しないという行動で反省を示す」ことが求められている訳ではない。「二度と戦争を繰り返してはならないという不戦の誓い」をすることが求められている訳ではない。「適切に判断する」という発言は適切の内容を説明しないかぎり意味がない。実に、求められているのは「何かをする」ことではなくて、「何かをしないこと」なのです。

「一国の首相が意味不明のことを繰り返す、それなら放っておいて小泉純一郎が首相の座を降りる06年の9月まで待とう、それまでは相手にする必要は無い。安保理常任理事国入りに賛成が得られなかったように、もともと日本の外交は東アジアで大きな指導力を持っていない。外交がストップしても経済活動に本質的な支障は無いのだから一向に急ぐ必要は無い」、中国や韓国がこう考えたとしても不思議ではありません。それはその通りでごく自然な反応だし、彼らの立場に立てば誰でもそうするでしょう。事実そうなりました。

 

5)小泉純一郎首相には何か裏の事情があるのか

本人が説明しないのだから、彼の真意は想像するしかありません。我々としては、自分の国の首相であってみれば、小泉純一郎が意味不明のことばかり繰り返すはずはないと好意的に考えたい。そこで、日本の政治家や官僚がよく使う「本音」(隠されている何か裏の事情)が無いはずがないと考えるわけです。裏の事情として考えやすいのは「小泉純一郎が政治生命をかけて日本の構造改革に取り組むために犠牲にしている」事柄です。つまり、小泉純一郎の不可解な行動の背景に「限定合理性」(10.5.)が隠されているのではないか、と言うわけです。

それは、小泉純一郎が01年4月の自民党の総裁選で「終戦記念日には必ず靖国神社に参拝する」と日本遺族会の幹部に確約し、候補者の討論会でも公約したことです(毎日6/10/05)。特に、01年の総裁選には予備選が導入されて一般党員票が重要視され、当時の橋本派を敵に回して闘っていた小泉にとっては10万人超の党員を抱える日本遺族会の支持を取り付けることは重要だったでしょう。首相就任以前には靖国神社参拝について特別に目立った言動はなかったから、この見方には一理あります。小泉純一郎は国民的支持を得ており首相公選論を主張していた背景とも符合します。

もしそうなら、05衆院選で大勝したのだから靖国参拝も無くなるだろうと考えるのは自然です。事実、米コロンビア大教授のジェラルド・カーティスは「靖国神社に参拝しなければ国内一部勢力の強い批判にさらされるだろうが、選挙に圧勝した今こそ、批判に耐える環境は整った」と語っています(日経9/13/05)。この予想は見事に外れた訳ですから、上の推測は説明の一部ではあっても全部ではないでしょう。日本遺族会とは別に、小泉純一郎が気にするグループが存在するわけです。それは何でしょうか。

 

6)私には理解できない世論の動向

私は、「日本人は、中国政府が説明して自粛を求めている首相の靖国参拝を正当化するいかなる言説も口にすべきではない」、と思います。理由は上で述べた通りです。ところが首相の靖国参拝の賛成対反対を問うた05年の全国世論調査の結果によると、賛成と反対のパーセンテージは、6月(41対50)、7月(39対51)、8月(46対38)、11月(50対46)のように拮抗しつつも賛成が反対を上回る傾向を示しています。

一方、『文芸春秋』の05年7月号には、各界を代表する(『文藝春秋』の編集部がそう考えているだけです)81人にあてた「小泉総理靖国参拝是か非か」のアンケートに対する理由を付けた回答が掲載されています。これを読むと、賛成が54対37で世論調査の結果を上回っています。もっと驚くことは、大学関係者と評論家の45人に限ってみると、賛成のパーセンテージはさらに増えて60対33となるのです。これはただ事ではないと思います。賛成する理由として付けられているコメントの中に説得力のあるものは皆無でした。何故日本人はこのような姿勢を示すのか、この疑問を問うことは大きな発見につながると思います。

ところで問題は、王毅駐日大使が述べている「これまで両国で形成されてきた基本的なコンセンサス」です。彼は礼節を重んじてさりげなく触れているだけですが、われわれは軽々しく見過ごすことはできません。中国政府は日中国交回復に際し日本側にたいする賠償請求権を放棄しました。一方では、B、C級戦犯の罪もゆるし全員の帰国も認めています。われわれが倫理を重んじる国民なら、中国の人々が、永年にわたる日本の侵略行為、日本軍の残虐行為に対する怨みをどのようにして乗り越えたのか、どうしてこのような寛容さや好意を示すことができるのか、これを徹底的に自問しなければなりません。

どうか中国の多数の犠牲者のことを、01年2月のハワイ沖の事故で亡くなった愛媛県立宇和島水産高校の実習生ら9人の犠牲と比べて考えて下さい。実習船「えひめ丸」は米原潜に不意に海中から衝突され沈没したのです。事故から5年後には宇和島水産高校とホノルルの公園の両方にある慰霊碑で追悼式が行なわれました。自分の不注意で事故を招いたワルド船長は来日して遺族に謝罪してまわりました。しかし家に入るのを拒んだ家族もいたのです。関係者にとってこの事件は悲劇以外のなにものでもありません。明確な意図をもって組織的に行なわれた他国からの侵略行為ではないのです。

すべての答えは「周恩来の遺訓」にありました。もし周恩来のような人物がアメリカの大統領になっていたら、9・11の同時テロ以後におこった戦争も、その戦争で大勢のアメリカ軍兵士が命を落とすこともなかったでしょう。実に周恩来は、アジアが誇るべき偉大な思想家です。全貌を明らかになったのは、保阪正康が抱いたある疑問からでした。次章では保阪正康の素晴しいし仕事について紹介します。

 

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