内藤科学記念助成金の贈呈を受 けて


 



タイトル
          流浪の研究者、今日も夢見て思索と実験



所属先名
          
埼玉医科大学・薬理学教室



役職
          
講師



名前
          
斎藤祐見子



(内容)

 この度“創薬に結びつく摂食行動調節分子の単 離”という課題で科学奨励金を頂きました。本研究に対し助成を賜ったことを大変嬉しく思い、感謝致します。この評価を励みとして今後末永く生き残る研究を 目指していきたいと思っております。
 私は365日のうち340日は、ベンチワーク・論文書き・スタッフとの議論・講義・実習そして助成金書きをしています。このような基礎研究に心から没頭 できる日々を送ることになるとは学部を卒業したころには露ほどに想像しませんでした。理学部では地質学を専攻しました。生物学にも興味を持ち、数式で生命 を表現できる可能性に惹かれて(数学はあまりできないが)修士課程は細胞運動をテーマとしている他大学に進みました。当時は頭のシャープな学生が覚悟を 持って博士課程まで進学する場合が多かったと思います。生物物理の空気が流れる研究室内ではどちらかというと落ちこぼれだった私です。サイエンスに対して 高邁な志を持つ勇気もなく、一方、研究室しか知らない人生は何か物足りない印象がありました。実際に研究以外の社会に出て働きだすと、様々なことを考えさ せられる毎日の連続。この時期に遅まきながらトーマス・クーンの“科学革命の構造”を読み、パラダイムを作ることができない普通の科学者の存在意義につい て思いを巡らしたものです。そして3年程働いた後、遂にノコノコと、しかし背水の陣で“研究する“人生に飛び込むことを決意しました。回り道を経ての再出 発でしたが、ラッキーだったのは都老人研における「放牧」主義のPIとの出会いです。本当にやりたいプロジェクトを独自のやり方で進めていくことを最初か ら許していただきました。
 現在に至るまで私が行ってきた主な研究はすべ て新規分子を目指したモノ取りです。 幸いなことに(または不幸?)結果はどれも予想に反したものでした。中でも、現在継続中のアメリカで行った研究については当人が夢にも考えなかったような 事実を目の前にしました。最初のきっかけは1996年都臨床研時代、私はあるグループと同時期に新規神経特異的分子(Orphanin FQ)を全く違う概念の下、全く異なる手法で発見しました。情報交換するうちに、彼らがカリフォルニアに新しいラボを立ち上げることになり、私に声が掛か りました。当時私は神経突起形成機構をテーマとして8年目、その展開にやや行き詰まりを感じていた時期です。そこで思い切って彼らの非常にリスキーな「膜 貫通型受容体を活用した新規生理活性分子の探索」に賭けることにしたのです。初夏のカリフォルニアのカフェテリアで同僚達とどの受容体のリガンド取りをや ろうか話したことが今でも思い出されます。それから2年後、その時にエイヤッと選んだ数個の受容体のうち、ひとつのリガンド取りだけがうまく進み、大当た りとなりました。そのリガンドMCHは食欲制御機構の下流に存在する分子だったのです。私の能力を超えたその事実に直面した瞬間、えもいわれぬ不思議な感 覚に包まれました。私が日ごろ心静かに思索をしているつもりでも所詮そのイマジネーションは凡人の域を出ず、科学の筆舌に尽くしがたい奥深さには到達でき なかったのです。この事実から私が学んだことは、物事に凝り固まらないフレキシブルな思考が出来る研究者に近づきたい、ということです。そして皆が群がる 流行中の研究ではなく、一歩先行く夢ある研究に携わることができれば一研究者として望外の喜びです。