※講演要旨は、日本応用動物昆虫学会より転載の許可を頂いたうえで公開しています。このページから転載するには、日本応用動物昆虫学会の許諾が必要です。 (2004.6.3)


-その1- プロローグ

チョウ類成虫の食性と採餌行動の情報科学:視覚・嗅覚・味覚情報の特徴
○大村 尚(広島大学総合科学部)

 動物は、様々な外部情報を通じて餌の存在を認知し、採餌活動を行う。動物の食性が多様化した背景には、外部情報の受容と認知機構において餌の種類に適応的な進化を遂げた可能性が示唆される。鱗翅目昆虫チョウ類の多くは成虫が花蜜食性を示す一方、樹液や腐果など花蜜以外の餌を利用する種も少なくない。本講演では、花蜜食性ならびに樹液・腐果食性のチョウ類が餌を認知する際に利用する外部情報の種類と特徴について紹介する。チョウ類は、視覚および嗅覚情報を利用して餌の探索を行う。花蜜食性種は、黄色、青、紫といった特定の花色と様々な花香に含まれる特定の芳香族化合物(benzaldehydeなど)に対して高い選好性を示した。樹液や腐果は視覚的特徴が明瞭でないため、樹液・腐果食性種は餌源からの匂い(エタノールや酢酸など)を主に利用して探索行動を行うと考えられた。餌源に到達したチョウは、含有される主要な糖類を味覚受容して摂食行動を行う。花蜜は糖濃度が15-70%であるのに対し、樹液や腐果は2-3%と低く、微生物による発酵生産物(主にエタノールや酢酸)を含んでいた。口吻での味覚応答性はこの組成の違いに適応的であり、樹液・腐果食性種は花蜜食性種よりも糖感度が高く、発酵生産物への耐性をもつことがわかった。

植物の食害に対する防御機構と植食昆虫の適応に関する最近のトピックス
○今野浩太郎(農業生物資源研究所)

 植物が植食昆虫の食害に対して防御をしていることは、数々の植物が昆虫に対する毒物質を含むことなどから以前から示唆されていた。しかし、近年になり植物の研究が進むにつれて、より組織レベル・分子レベルなど微細なレベルでの巧妙な防御機構が存在していることが明らかにされている。特に、昆虫の食害により極めて短時間で植物に防御が誘導されるという現象は、植物が植食昆虫に対して防御をしているという仮説を強く支持していると思われる。一方で、昆虫の側も分子レベルで解毒をしたり毒に非感受性を発達させたり植物の防御を発見し回避する例が発見されている。本講演では主に植物と植食性鱗翅目幼虫の例を中心に植物と植食昆虫の関係に関する研究の現状と最近のトピックスを紹介する。

昆虫由来のエリシター volicitin を巡る話題
○森 直樹(京都大学大学院農学研究科・応用生命科学専攻)

 植物に揮発成分を放出させる昆虫由来のエリシターとして、ヤガ科シロイチモジヨトウ Spodoptera exigua から、volicitin [N-(17-hydroxylinolenoyl)-L-glutamine]、N-linolenoyl-L-glutamine及びそのリノール酸アナログが同定されている。また、植食者の種により、加害された植物から放出される揮発成分の組成は異なり、天敵はその違いを野外で区別するとの報告もある。そこで、植物から放出される匂いの違いは吐き出し液中の volicitin 関連化合物の組成によると想定し、数種の鱗翅目幼虫を調べた結果、その組成は種特異的であった。更に、ヤガ科のある種では吐き出し液中のvolicitin関連化合物の組成が大きく変動することを新たに見い出し、中腸由来の酵素による分解に起因することを突き止めた。すなわち、幼虫種間の生理的な違いがエリシター組成に影響し、加害された植物組織に異なる反応を引き起こす可能性が新たに示唆された。本講演では、volicitinの生合成に幼虫の腸内細菌が関与しているとの報告も含めた最近の話題について紹介する。


-その2- アリを巡る最近の話題

アリの巣仲間認識を欺く3つの方法
○秋野順治(農業生物資源研究所)

 アリは、同巣のワーカーを識別することができ、それ以外のものに対しては排他的に振舞う。このような巣仲間認識には巣特異的な匂い物質が関与している。また、巣内を安全かつ衛生的に保ち、育仔のために常時餌を供給し続けられるように、巣内でのコミュニケーションが発達している。アリに寄生する蟻客は、アリ社会における化学情報への依存を逆手にとる欺術を駆使することで、アリ社会にはいりこみ、その利益を享受することが知られている。本講演では、蟻客等による化学欺術に着目し、アリ社会の基盤となる巣仲間認識を欺く3つの方法:(1)好蟻性昆虫による巣仲間認識フェロモンの化学擬態、(2)潜在的被食者である鱗翅目幼虫による隠蔽的化学擬態、(3)社会寄生者などによる化学物質をつかった攪乱、のそれぞれについて、実例を挙げながら紹介する。
アリ類の化学情報認識機構に植物が与える影響
○村瀬 香(JT生命誌研究館・総合地球環境学研究所)

 近年、アリ類における化学情報認識機構の解明が急速に進められてきた。しかし、アリ類の化学情報認識機構は、多様な生物種との相互作用のなかで適応的に進化を遂げたと考えられるため、アリ類のみを切り出して研究するには限界がある。そこで本講演では、アリと関係する植物が、アリ類の化学情報認識機構に与えた影響について検討する。
 アリ類に被植防衛の一部をゆだねている植物は、熱帯地域を中心として世界中に多数存在する。その中には、特定のアリ類に体の一部を巣場所として提供して、そのアリ類と共生している植物が知られている。このような植物を”アリ植物”と呼ぶ。オオバギ属は、こうした絶対共生型のアリ植物種を数多く含んでいる。オオバギ属のアリ植物は、共生アリに餌も提供している。これまでの研究から、複数のオオバギ種は同所的に生息しているにも関わらず、それぞれのオオバギ種に特殊化したアリ種のみと相利共生系を結んでいることが分かっている。本講演では、同所的に生息するアリ植物の被植防衛戦略の種間差と、それに対応したアリ類の化学情報認識機構が、オオバギ-アリ共生系における高い種特異性に貢献していることを示唆する研究結果を報告する。

     


-その3- 群集構造から見る植物-植食者間相互作用
              一対多、多対一の視点から

個体レベルの広食性植食性昆虫の寄主植物利用
○三浦和美(京都大学大学院・農学研究科・昆虫生態学分野)

 植食性昆虫の中で広食性を示す種は少数である上、種レベルで広食性を示しても、個体レベルで狭食性を示す例も多い。その主要な要因として、各植物に特有な防御形質があり、それを複数突破するには著しい生理的コストを要するためと指摘されている。しかし、バッタ類は他の昆虫類と異なり、個体レベルの広食性を示す種が大半を占める。本研究は、広食性に伴う著しい生理的コストを下げる要因を、広食性バッタのキンキフキバッタを用いて推定した。その結果、1.成虫までの生存率を高くする植物は軟毛や硬さといった種間に共通する防御形質が相対的に発達した植物であり、それらの形質が未発達な植物では生存率が低かった。2.単独では生存率を低くする植物でもそれら複数種同時に与えると、生存率が著しく高くなった。すなわち、植物種間で共通した防御形質に特殊化したこと、そして、植物の化学的防御は混食すると相殺された効果を生み出すときがあることが、生理的コストを減少させる要因になると考えられた。

多対一の植物-植食者間相互作用にはたらく選択圧を考える
○巖 圭介(桃山学院大・社会)

 多くの植食者は1種類の植物だけを餌としているわけではないし、多くの植物は1種類の植食者のみに加害されているわけでもない。多種類の利用資源や天敵が選択圧となるとき、適応進化は形質間の遺伝相関の制約を受けながら進むことになる。とくに形質間の負の遺伝相関、すなわちトレードオフは、同時に多くの選択要因に直接応答することを阻み、結果的に特殊化を招くことになるとして注目されてきた。ところが、複数の寄主植物を利用する植食者についての研究では、こうしたトレードオフが検出されることはまれであり、またトレードオフなしでも寄主範囲の縮小(specialization)が起こるとする説も出ている。
 本講演では、二対一の植物-植食者間における選択圧とその応答について、量的遺伝学によるアプローチを紹介し、その後植食性昆虫の寄主範囲の進化に影響する要因について議論する。
 

     


-その4- 情報伝達物質受容の分子メカニズム

カイコガ性フェロモン受容体遺伝子の単離と機能同定
○櫻井健志 (東大院・情報理工)

 多くの昆虫は種特異的な性フェロモンを手がかりとして配偶相手を探索する。1959年にカイコガの性フェロモンであるボンビコール[(E,Z)-10,12-hexadecadienol]が初めて同定されて以来、多くの昆虫種の性フェロモンが同定されてきた。その一方で、性フェロモンを特異的に認識する受容体は明らかにされておらず、性フェロモン受容の分子認識機構はよくわかっていなかった。本講演では、演者らが世界にさきがけて成功した、カイコガ性フェロモン受容体遺伝子の同定について紹介する。性フェロモン受容体遺伝子は、受容器官であるオス触角で特異的に発現する嗅覚受容体遺伝子であると推測し、カイコガオス触角から嗅覚受容体遺伝子BmOR1を単離した。BmOR1 mRNAがオス触角の性フェロモン受容細胞で特異的に発現していること、BmOR1を異所的に発現したメス触角、アフリカツメガエル卵母細胞がボンビコールに特異的に電気的応答を示したことからBmOR1がカイコガ性フェロモン受容体であると結論した。また、BmOR1とカイコガや他種の昆虫嗅覚受容体アミノ酸配列との比較解析から、蛾類の性フェロモン受容体遺伝子ファミリーの存在が示唆されたため、これらの解析結果についても紹介する。
接触化学感覚によるアリの巣仲間識別機構
○和田綾子13・岩崎雅行2・横張文男2・山岡亮平3・尾崎まみこ3
1京大院・応用生命;2福大・地球圏;3京工繊・応用生物)


 アリやハチなどの社会性昆虫は同巣・異巣個体に対する識別能力を保持し、巣の維持と発展をはかっている。クロオオアリの場合、巣ごとに異なる体表炭化水素組成比が同巣・異巣識別のキューであり、異なる組成比の炭化水素を体表にもつ異巣のアリどうしが攻撃をしあうと考えられてきた。我々は体表炭化水素を受容する特殊な接触化学感覚子を触角上に発見し、この感覚子が異巣体表炭化水素には電気生理学的な激しい応答を示す一方、同巣炭化水素には応答を示さないことを明らかにした。従来、同巣・異巣識別は中枢神経系(脳)で行われると考えられてきたが、これらの結果から、同巣・異巣識別は抹消の感覚器レベルで行われるという新説を提唱することになった。
 更に我々は、体表炭化水素を受容する感覚子内にChemosensory Protein (CSP) と呼ばれるキャリアタンパク質を発見した。CSPは親油性である炭化水素を感覚子内の神経細胞の受容膜へ運搬する機能を持つと考えられる。実際に、大腸菌で大量発現させたCSPを用いて体表炭化水素を結合させ、化学感覚子に与えて電気生理学実験を行ったところ、異巣由来の炭化水素に対する応答が記録された。このことからCSPはクロオオアリの同巣・異巣識別のための受容器周辺機構に関与していることが強く示唆された。

     


-その5- 送粉シンドロームを創り出す植物の情報戦略

ラン科植物の花香とマルハナバチの情報化学物質間に認められる類似性
○久保良平・小野正人(玉川大・院・昆虫機能)

 様々な化学物質を情報伝達の媒介とする社会性ハナバチを手玉にとり、ポリネータとする植物の花香の正体は何か?前者のフェロモン成分と後者の花香成分との間には因果関係があるのか?演者らは、サイハイラン(Cremastra appendiculata: Ca)、ハクサンチドリ(Dactyorhiza aristata: Da)とそのポリネータとされる各種マルハナバチの相互作用を考究した。まず、SPME法により捕集した花香をGC/MS分析した結果、CaからはMethyl decanoateなど多くの脂肪酸エステル類、DaからはEugenol、Methyl decanoate、Methyl dodecanoateなどが主要成分として検出、同定された。次に、同様の方法で各種マルハナバチの雄の下唇腺分泌物を比較分析するとオオマルハナバチ(Bombus hypocrita)の生産する成分とCa、Daの花香とに類似性が認められた。閉鎖系ではあるが、実際にオオマルハナバチ女王が、Ca、Daに訪花することも確認できた。しかし、花粉塊の付着は確認できず、Caの訪花の際には盗蜜行動が観察された。今後も詳細な解析が必要であるが、これらのラン科植物がマルハナバチ女王を誘引する雄のフェロモン成分を化学擬態して、送粉効率を高めている可能性が示されたことは興味深い。
植物と送粉者間の相互作用を介在する花の匂いの役割
○岡本朋子・加藤 真(京大・院・人間環境)

 被子植物の多くは花粉の運搬を動物に依存する動物媒花である。花の匂いは多くの送粉動物で嗅覚情報として利用されており、とりわけ夜間に送粉が行われる植物では送粉者を誘引するための重要なシグナルとなっている。しかしながら、植物と送粉者相互作用系において、花の匂いが担う生態学的役割は、専ら特定の送粉者に対する「誘引性」に注目されてきた。ところが、近年、花の匂いが送粉者の種特異性や、花上での行動、さらには、共存する近縁な植物種間での生殖隔離に関わっている可能性が解明されてきた。
 本講演では近年発見されたチャルメルソウ属-キノコバエ類送粉共生系とカンコノキ属-ハナホソガ属絶対送粉共生系の2つの植物-送粉者系において、野外観察、分子系統解析、花の匂いの化学分析及び生物検定を用いた研究から明らかになった花の匂いの様々な役割について紹介する。
サトイモ科Homalomena propinquaの送粉戦略と甲虫送粉者の訪花に関わる花香の役割
○野村(熊野)有子1・市岡孝朗2・山岡亮平11京工繊・院・化学生態、2京大・院・人間環境)

 植物種の多様性が高い一方同種間での個体密度が低い熱帯雨林では、送粉を確実に成立させるために植物と送粉者とが特殊な相互作用を結んでいるものが多い。中でも林床のまばらに咲く花は、形態的な特徴や開花時期、送粉者を誘引する花香などを最も送粉効率のよい送粉者に適応させ、強いパートナーシップを構築していると報告されてきた。しかしこのような花でも実際は有効な送粉者だけでなく、送粉効率の悪い日和見的な訪花者や、寄生者、植食者などにも訪花されることが多く、それらが訪花する際には有効な送粉者を誘引するための情報を利用していると推測できる。このような視点から、演者らは東マレーシア自生のサトイモ科Homalomena propinquaの送粉システムにおいて、送粉能力の違う2種の甲虫(ヨツバコガネ、ハムシ)の訪花行動調査と花香による誘引実験を行った。その結果より、本演題では花の送粉者誘引戦略とそれに対応する送粉者、訪花者それぞれの訪花選択性の違いとその要因について議論する。

     


-その6- 昆虫嗅覚研究の最前線:感覚器および生態系における匂い情報の動態と利用

昆虫性フェロモンシグナルの不活性酵素
○石田裕幸(神戸大・院・理・生物)

 雌から放出されるフェロモンは断続的である。雄はフェロモンを触角で受容するときは直進、フェロモンがない空間ではジグザグ飛行を繰り返し、雌へと到達する。昆虫のフェロモン受容分子機構の研究は、フェロモンの構造決定から始まり、VogtとRiddifordによってフェロモン結合タンパク質の発見により、受け手(雄)側の触角上の感覚子に舞台を移してきた。21世紀に入ってからは、Carlson、Vosshall、Krieger、西岡、東原のそれぞれのグループによって触角の感覚子内の受容細胞上の匂い受容タンパク質の分子生物学、電気生理学研究がさらに進められた。しかしフェロモンの無い空間、雄がジグザグ飛行をしている間のフェロモンシグナルのリセット機構については研究が進んでいなかった。
 フェロモンの分解酵素は1981年VogtとRiddifordによりAntheraea polyphemusから全ての生物種で初めて発見された。しかしながら、その蓄積量の微量さから20年以上もの間、精製は不可能といわれ続けた。その間、分子生物学的手法も試みられてきたが、遺伝子の単離には至らなかった。本講演では University of California-DavisでWalter S. Leal教授の元で行われたフェロモン分解酵素の単離、発現、活性について紹介する。
植食性昆虫の同所的種分化:宿主乗り換えと宿主誘引物質の役割
○野島 聡(信越化学・ファインケミカル)

 地理的隔離による種分化の仕組みは、直感的に理解しやすく広く一般に受け入れられている。一方、地理的隔離によらない種分化の仕組みもいくつか提唱されていて、最近ではそれらを指示する研究報告が増えてきている。アメリカ北東部原産のサンザシミバエRhagoletis pomonellaは、同じ地域原産のサンザシの果実を餌とし、ほかの果実は利用しない。ところが、19世紀半ば、このミバエの生息地のど真ん中で、移入種であるリンゴを餌としている集団が発見された。そして、この発見が、同所的種分化の実例として長年に渡る議論を巻き起こした。リンゴを宿主とする集団とサンザシを宿主とする集団は、実験室的には交雑し繁殖可能な子孫を残す。しかし、野外では交雑しない。すなわち、何らかの仕組みで二つの集団は生殖的に隔離されており、種へと分化している途上と考えられている。この生殖隔離の仕組みを解明することは、本種の同所的種分化を理解する上で重要な鍵と考えられてきた。本講演では、これまで判明したことについて紹介する。

     


-その7- ガの性フェロモン研究の50年とこれから

蛾類性フェロモンの生物有機化学:天然物化学の立場から応動昆の領域を多少?はみ出して
○安藤 哲(農工大院・BASE)

 全世界で、これまでに600種以上の蛾から性フェロモンが同定されている。多くは植物保護を目的に研究されたものであるが、当研究室では効率よく誘引種の情報を得ることと、新規化合物を発見することを目指し、特定の害虫を対象としない「合成フェロモン類を用いたランダム誘引試験」と「ライトトラップで捕獲した昆虫からの同定」を行ってきた。前者は多摩森林科学園において、後者は湯ノ丸高原から沖縄県西表島に採集拠点を移し実験をしている。その結果、山間部に生息するウワバで7-ドデセニル化合物を全く分泌しない種の存在を示すことができた。一方、西表にて採集したアオシャク類から12-位に二重結合を含む新規な不飽和炭化水素を、コケガからはメチル分岐を有する2-ケトンを発見することができた。すべて害虫に関する知見ではないが、生物多様性に対応したフェロモンの化学構造の多様性を示すことができた。また、有機合成や生合成の面からも興味深い化合物である。特にキラル中心を含む2-ケトンにおいては、立体化学を解明するための機器分析法に加え、それらの研究の発展が望まれる。
「昼蛾」の性フェロモンと配偶行動ー視覚と嗅覚を併用する配偶行動戦略
○中 秀司(鳥取大・農)・有田 豊(名城大・農)・安藤 哲(農工大院・BASE)

 蛾類の配偶行動に性フェロモン(嗅覚)が深く関わることはよく知られているが、その研究のほとんどは夜行性蛾類に関するもので、昼行性蛾類の配偶行動と性フェロモンに関する研究例は少ない。昼行性の蛾類には、蝶のように色彩豊かな外見を持つものが多数おり、それらの種は蝶と同様に色彩や斑紋(視覚)を配偶行動に利用すると考えられる。他方、昼行性蛾類においても性フェロモンを利用することが多数報告されており、誘引性性フェロモンの報告がほとんどない蝶とは対照的である。
 スカシバガ科は多数の果樹害虫を含んでおり、昼行性蛾類の中では例外的に性フェロモンに関する知見が豊富である。また、スカシバガはほぼ全種がハチに擬態した鮮やかな色彩・斑紋を持っており、視覚が配偶行動に少なからず関与すると予想される。
 これらの背景をふまえ、日本産スカシバガを対象として網羅的に性フェロモン同定と配偶行動解析を行った結果、スカシバガは視覚と嗅覚の両方に依存した複雑な配偶行動を行うことが明らかになった。
アワノメイガ種群における性フェロモンの分化
○田端 純(農環研)

 ガの仲間は鱗翅目昆虫の94%を占めるとも言われ、形態・生態ともに実に多様性に富んだ種数の多いグループである。その一方で、ほとんどの種は性フェロモンによる情報伝達を通して配偶者と邂逅するという、共通した配偶様式を採用している。この性フェロモンを構成する化合物は比較的単純で互いによく似た構造を持つが、その組合せや混合比を巧みに使い分けることで種毎に異なる性フェロモンとして活用している。ガ類の生殖における性フェロモンの重要性を考慮すれば、このような性フェロモン成分構成の分化がガ類の種分化に強く影響してきたであろうことは想像に難くない。ヨーロッパアワノメイガOstrinia nubilalisの性フェロモンの成分比には、顕著な種内多型が存在するため、性フェロモンの分化のモデル種として注目を集めてきた。日本には、この近縁種(アワノメイガ種群)がいくつか分布しており、それぞれに特徴的な性フェロモン成分を利用している。本講演では、アワノメイガ種群の性フェロモンの種特異性や種内変異、あるいはその遺伝的・生化学的背景に関する研究を紹介し、ガ類の性フェロモンというシンプルかつ緻密なコミュニケーション・ツールの分化について話題を提供する。

     


-その8- 昆虫の行動と生体アミン

生体アミンが生み出す行動形質間の遺伝相関:擬死行動と歩行活動量へのドーパミンの多面発現効果
○中山 慧(岡山大・院・環境)・西 優輔(岡山県農業総合センター)・宮竹貴久(岡山大・院・環境)・佐々木 謙(金沢工大・応用バイオ)

 生物のいくつかの形質は遺伝的に相関している。このような遺伝相関は行動形質間でも見られることがある。対捕食者行動である擬死(死に真似)行動と歩行活動性には遺伝相関が存在することが、人為選抜実験から明らかになっている。すなわち、コクヌストモドキでは、人為選抜によって刺激に対して擬死行動を行う傾向が強くなった(擬死率が高く擬死時間が長い)Long系統は、擬死をほとんどしなくなったShort系統に比べて歩行活動性が低い。ところが、Long系統にカフェイン(ドーパミン受容体を活性化)を与えると、擬死をあまりしなくなるだけでなく歩行活動量の増加が見られた。さらに脳内のドーパミン量はShort系統に比べてLong系統では低いことも判明した。以上よりドーパミンは擬死と歩行活動性に多面発現的に影響すると結論付けられた。これらの結果を踏まえて本講演では、ドーパミンの生合成や神経細胞間での受容と輸送に関わる遺伝子の配列や発現量について、上述した系統間で比較した結果についても紹介する。

行動多型の転換や維持に関わる生体アミン
○佐々木 謙(金沢工大・応用バイオ)

 昆虫は成長過程や外部環境の違いで適応的な行動を発現させる。生体アミン類は昆虫の中枢・末梢神経系で神経修飾物質や神経ホルモンとしてはたらく代表的な神経作用性物質であり、様々な分類群でその作用が報告されている。近年、モデル昆虫において、生体アミン類の受容体やトランスポーター、合成・代謝酵素の遺伝子が数多く同定され、生体アミンによる行動・生理作用の研究のためのツールが揃いつつある。本講演では、生体アミン類による行動・運動の調節機構や同種内で見られる行動多型の維持や転換への関与について紹介する。また、社会性ハチ類を例に、生体アミンによる繁殖行動や繁殖生理の制御に関する研究結果も紹介する。種間で共通して見られる生体アミンの行動・生理作用や種間で異なる脳内アミン量の調節機構を示唆する結果から、社会性昆虫における繁殖制御機構の進化について議論したい。


-その9- 昆虫の行動多様性を司る生体内分子機構

ドーパミン作動系と擬死行動・歩行活動性の遺伝相関
○中山 慧(岡山大・院・環境)・佐々木 謙(金沢工大・応用バイオ)・渕側太郎(岡山大・院・環境)・岡田泰和(岡山大・院・環境)・西 優輔(岡山県農業総合センター)・宮竹貴久(岡山大・院・環境)

 遺伝相関は、行動形質間でも見られる現象である。対捕食者行動である擬死(死に真似)行動と歩行活動性には遺伝相関が存在する。すなわち、コクヌストモドキおよびヒラタコクヌストモドキでは、擬死時間に対する人為選抜実験によって確立されたLong系統(擬死率が高く擬死時間が長い)の歩行活動性は、擬死をほとんどしないShort系統に比べて低いことが示されている。ところが、Long系統にカフェイン(ドーパミン受容体を活性化)を与えると、歩行活動量が増加するだけでなく、刺激に対して擬死行動をあまり行わなくなった。また、脳内のドーパミン量は、Short系統に比べてLong系統では低いことも明らかになった。これらの結果は、ドーパミン作動系が、擬死と歩行活動性に多面的に作用していることを示す。本講演ではさらに、ドーパミン作動系に関わる遺伝子の発現量を、Long-Short系統間で比較した結果についても紹介する。
行動の発現・転換・維持に関わる生体アミン
○佐々木 謙(金沢工大・応用バイオ)

 昆虫は成長過程や外部環境の違い、あるいは自らの行動履歴に応じて適応的な行動を発現させる。生体アミン類は昆虫の中枢・末梢神経系で神経修飾物質や神経ホルモンとしてはたらく代表的な神経作用性物質であり、様々な分類群でその作用が報告されている。近年、様々な昆虫において、生体アミン類の受容体やトランスポーター、合成・代謝酵素の遺伝子が数多く同定され、生体アミンによる行動・生理作用の研究のためのツールが揃いつつある。本講演では、生体アミン類による行動・運動の調節機構や同種内で見られる行動多型の維持や転換への関与について紹介する。また、社会性ハチ類を例に、生体アミンによる繁殖行動や繁殖生理の制御に関する研究結果も紹介する。種間で共通に見られる生体アミンの行動・生理作用と種間で異なる脳内アミン量の調節機構から、社会性昆虫における繁殖制御機構の進化について論議したい。

     


-その10- 捕食-被食系をいかにして生き抜くか?-攻撃と防御の戦略-

ヤニサシガメにおけるヤニ塗りつけ行動の適応的意義と進化
○岡西宏之(株式会社シー・アイ・シー)・藤崎憲治(岡山県赤磐市)

 捕食者は獲物を効率よく捕獲するために様々な形質を進化させてきた。例えば、獲物の捕獲に適した器官の獲得といった形態的なものから集団採餌や運動能力の向上といった行動的なものまでさまざまである。
 ヤニサシガメVelinus nodipesは捕食性のカメムシであり、主にマツ類に生息している。本種は松脂を前脚にくっつけ、体表面に塗りつけるという特異的な行動をとる。松脂の粘着特性を踏まえると、この行動は捕食効率の向上に役立っていると考えられる。さらに、松脂のその他の性質も考慮すると、この行動には複数の機能が検出される可能性がある。そこで、本種の攻撃と防御に着目し、塗りつけ行動の適応的意義を明らかにすることを試みた。その結果、松脂の塗りつけ行動には捕食効率の増大、被食回避、耐病原菌といった、少なくとも3つの機能があることが明らかになった。本講演では、これらの実験結果を考察するとともに、本種がいかにマツと密接に関わっているのかを紹介する予定である。
敵は捕食者のみに非ず-ハラヒシバッタの分断色における温度適応と性選択-
○鶴井香織(弘前大・男女共同参画)・本間淳(University of Jyväskylä)・姫野孝彰(京大院農・昆虫生態)・西田隆義(滋賀県大・環境生態)

 生物の体色のうち、背景と紛らわしい色彩により鳥など視覚に優れた捕食者の発見効率を低下させる機能を持つものを隠蔽色と呼ぶ。隠蔽色は捕食―被食相互作用により進化したとされるが、隠蔽色を持つとされる生物において「隠蔽機能を発揮するための理想的な色や模様」を持たない個体が多く存在する場合があり、この現象は捕食―被食相互作用の観点からだけでは理解できない。ハラヒシバッタは種内に著しい色斑多型を示し、分断色(隠蔽色の一つで、輪郭の検出を妨げる効果を持つ色斑)により高い隠蔽度を実現する「分断型」個体と、分断色を持たず隠蔽度が低い「無紋型」個体が共存する。実験の結果、バッタの隠蔽度は黒い分断色を持つことおよび体サイズが小さいことで上昇する一方で、黒い分断色は体温過熱リスクおよび求愛ハラスメントリスクを増大させることが分かった。これらのことより、体が大きく目立つメスでは全ての個体が分断色を持つ一方で、オスでは、分断色を持つ個体の存在割合は、隠蔽度と体温過熱リスクおよび求愛ハラスメントリスクとの間のトレードオフによって決まるものと考えられた。

     


-その11- 虫を飼育し、観察しよう!-昆虫が環境を知る手がかりとしてのカイロモン-

卵寄生蜂に対するホオズキカメムシの産卵戦略
○中嶋祐二(住友化学)・網干貴子・森 直樹(京大院・農・化学生態)・藤崎憲治(岡山県赤磐市)

 卵保護を行わない動物の場合、子の成長や生存は産卵場所や産卵のタイミングに強く依存する。動物を取り巻く環境は、しばしば時空間的に変動するため、子の生存や成長に影響を及ぼす環境要因を正しく認識・評価し、状況依存的に産卵行動を調節可能な母親が適応的であると考えられる。本講演では、植食性昆虫のホオズキカメムシがその卵寄生蜂Gryon philippinense(以下、Gryon)に対して示す”可塑的な産卵行動”について報告する。Gryonが分布する奄美大島では、ホオズキカメムシの卵塊のほとんどが食草外で発見される。野外調査または室内実験の結果、食草外産卵はGryonからの寄生回避に有効であること、Gryon存在下では産卵を控え、その後食草外に産卵する頻度を有意に高めることが示された。また、卵寄生蜂体表のヘキサン抽出物を含ませた濾紙は、本種の産卵を抑制することが明らかになった。これらの結果は、本種がGryonの体表成分をカイロモンとして利用し、寄生回避に有効な産卵行動をとっている可能性を示している。本講演では、卵寄生蜂体表成分の分析および同定結果も併せて報告する。
ゴマダラカミキリの配偶者探索に関与する寄主植物の匂いと接触性フェロモン
○安居拓恵・辻井 直(農業生物資源研)

 ゴマダラカミキリの寄主植物範囲は大変広く、広範囲に飛翔可能である。本種の誘引性の性フェロモンは見つかっていない。本種はどのようなキューを使って配偶者を見つけ出しているのだろうか。これまでに、温州ミカン、ヤナギ、およびブルーベリーから採集した3個体群については、オス成虫はそれぞれオリジナルの寄主傷枝の匂いに高い頻度で定位することを明らかにした。一方メスはどの匂いにもほとんど関心を示さないので、傷枝の匂いは枝をかじっているメス(あるいはオス)の存在情報としてオスにより利用されていると考えられた。配偶行動と接触性フェロモン成分の関係を明らかにするため、3個体群のメス抽出物をそれぞれ分析した。温州ミカン個体群メスで同定した体表コンタクトフェロモン(8種の炭化水素、4種のケトン、および3種のラクトン成分)は、いずれの個体群においてもすべての成分が確認されたが、個体群の組み合わせにより配偶行動を示すオスの割合が異なっていた。寄主植物の選択と配偶者探索のキューの関係が、生得的なものか、後天的なものかを調べてみたいと考え、摂食経験などの履歴のわかる飼育個体を得ようと模索中である。

     


深化する化学生態学:情報化学物質と害虫防除の過去・現在・未来

モモゴマとともに27年-バイオシステマティクスと化学生態学
○本田 洋(筑波大生命環境)

 私のモモゴマ研究は、産卵寄主発見における果実香気成分機能解明に始まり、寄主を異にする2系(今はモモゴマとマツゴマ)の形態比較、嗅覚感覚器の受容特性や行動反応の比較生理学へと発展し、バイオシステマティックスと化学生態学の出会いとなった。モモゴマは、思いもよらず昆虫/植物/微生物という三者系を暗示してくれた。また、最近の研究では産卵誘引・刺激物質としての植物香気の研究は、寄主香気の各行動段階での機能解明と植物由来の炭酸ガスの関与の可能性へと発展した。一方、今はモモゴマとマツゴマの雌性フェロモンは同じ成分組成であり交差誤誘引が起きるが、雌は雄ヘアーペンシルのチグリン酸の有無で最終的な種認識をする(フェロモンと他感作用物質)。さらに、前者では新成分、Z, Z, Z-3, 6, 9:23HCによる至近距離での雌認識機構を発見し、本種の化学交信の巧みさを認識させられた。このように最初の命題への旅路の路傍にあった沢山の草を食みながら”例え牛の如く遅くとも確りと大地を踏みしめて(恩師の言葉)”を実践して脇目を振ったことで、化学生態学という新分野を皆さんと共有できたことに満足している。
フェロモンの生合成はまだまだおもしろい
○安藤 哲(農工大BASE)

 蛾類性フェロモンを、化学構造の違いから大きくタイプⅠとⅡの2つに分け研究を行ってきた。当然のことながら生合成経路やそれに関与する酵素も大きく異なり、遺伝子レベルでの理解も進んでいる。それらはすべて直鎖脂肪酸由来であるが、一方、モモハモグリガなどハモグリガ科昆虫はメチル分岐を有するフェロモンを分泌することは古くから知られており、演者らも最近、ヒトリガ科コケガ類からメチル分岐を有するケトンや2-級アルコールを構造決定し、分岐した炭素骨格の形成に興味を持った。残念ながらハモグリは微小蛾であり、またコケガは飼育が困難なため、全く生合成実験は実現しなかったが、退官に向けた卒業論文として「Chiral Methyl-branched Pheromones」を作成する中で、蛾類昆虫以外で現在までに行われた生合成研究を整理することができた。メチルマロニルCoAを取り込んだ脂肪酸生合成、あるいはポリケタイド生合成経路か定かでないことに加え、ケト基などの官能基がどのように形成されるのか興味のつきないところであり、今後の参考までに紹介したい。
昆虫と植物をつなぐ化学因子:害虫ミバエ類の誘引戦略を中心として
○西田律夫(京都大院農)

 地球上の生物相をこれほど多様にしたのは、昆虫と被子植物相互の急速な適応放散によるところが大きいと考えられている。植物は植食者の攻撃に対して多種多様な二次代謝成分で迎え撃つ一方、種族維持のため送粉者を誘う蜜・香・色などの化学信号を発達させてきた。ここでは、とくに相互の共進化過程に重要な役割を果たしてきたと考えられる花香成分に注目し、ミバエ類と彼らに依存するミバエランの関係を中心に考察したい。果実の大害虫であるミカンコミバエやウリミバエなどBactrocera属雄成虫は特定の植物精油成分に強く誘引される特異な習性をもつ。これを利用した大規模なミバエ根絶事業が成功している。ミバエ類の原産地の東南アジア熱帯雨林に自生する各種のBulbophyllumミバエランはmethyl eugenolなどの花香成分で巧みに雄ミバエを受粉に誘う。花香を摂取した雄ミバエは、これを直腸腺に蓄え雌に対する性フェロモンとして利用する。花香を介した両者の密接な共生関係の(共)進化的背景を探るとともに、花香をはじめとする植物成分に対するミバエ類の特異な行動をヒントに新たな誘引物質の開発を進めている。

     


-その12- 生態系全体から考える植物の被食防衛機構と昆虫の適応機構の作用と進化

植物の防御の進化と植食者昆虫の適応過程を、外来種の急速な進化で検証する
○深野祐也(農工大・農)

 外来植物のいくつかでは、侵入地で防御形質が進化した事例が報告されており、それに伴って植食性昆虫の群衆構造を変化させる可能性が指摘されている。これは見方を変えると、植物の防御機構の進化と植食性昆虫の適応の相互作用の進化プロセスを、野外で直接検証できる系としてとらえることができる。われわれは、北米から日本に侵入したブタクサ・オオブタクサ・ブタクサハムシの3種の外来生物に着目し、植物の防御の進化と植食者の適応プロセスを検証した。3種の北米・日本集団の比較実験などによって、侵入地のブタクサ・オオブタクサで植食者への防御が低下していることがわかった。この植物の防御の低下は、遅れて侵入したブタクサハムシの食草シフトを引き起こし、ハムシは原産地では食草としていなかったオオブタクサを利用している。さらに、オオブタクサを利用する日本のハムシはオオブタクサに対して生理的・行動的・形態的な急速な適応を遂げていることが明らかになった。
食物網新数理モデルが解き明かす現実-植食昆虫は植物防御を打破できるのに地上生態系はなぜ緑?植物の栄養防御なぜ有効?食物連鎖系はピラミッド型?
○今野浩太郎(農業生物資源研究所)

 実験科学者による生物間相互作用に関する個別結果に基づく考察は必ずしも生態系全体で実現されている現実と一致しない。例えば、1.多くの植食者(昆虫)が植物の防御を打破できるのに、地上生態系では植物は昆虫にほとんど食べられず緑のままである、なぜか?、2.多くの植物が含むタンニン等消化阻害物質は植食昆虫に対する栄養防御と考えられている。しかし、栄養防御物質は致死的でないため、栄養吸収の減少を補うため昆虫は逆に多くの植物を食べ植物被害は増加しうる。栄養防御は本当に植物の防御か?、などである。講演者は、植食・肉食動物の物理単位付き具体的現存量(バイオマス)を予測する新食物網(連鎖)数理モデルを作りこの問に答えることに成功した(Konno 2016 Ecological Monographs, in press)。さらに本数理モデルは、成長速度が速い昆虫が植食動物である昆虫中心の食物連鎖系では植食動物より肉食動物が少ない常識的なピラミッド型の食物連鎖が必ずしも出現せず、寸銅や逆ピラミッド型の食物連鎖系が出現しうることなどを示した(昆虫学者の実感としても少なくとも肉食昆虫は植食昆虫と同等によく見かけるであろう)。本講演では数理モデルを含む内容をわかりやすく説明する。

     


-その13- 植物化学成分がつかさどるチョウの寄主選択

  チョウの産卵を制御する植物化学成分
○大村 尚(広島大・院・生物圏)

 多くのチョウは、幼虫期に特定の植物を利用する狭食性の植食性昆虫である。その寄主範囲は単一もしくは少数の属内または単一の科・亜科内の数種の植物に限られ、系統学的に近く、類似の植物化学成分(二次代謝産物)を有する植物群が利用される。植物にたどり着いた母チョウは前脚跗節を葉面にたたきつけるドラミング行動を行い、植物体に含まれる特定の二次代謝産物を味覚受容して産卵を最終決定する。チョウの産卵を制御する植物化学成分についてはシロチョウ科、アゲハチョウ科、タテハチョウ科などで精力的に調べられており、①芥子油配糖体、イリドイド配糖体など植物の被食防御に直接関与する二次代謝産物が単独で産卵を誘導する事例や、②一次代謝産物(糖やアミノ酸など)の類縁化合物にフラボノイド配糖体など複数の化合物が協力的に作用して産卵を誘導する事例が見つかっている。本講演では、これまでに明らかにされたチョウの産卵刺激・阻害物質を総括し、母チョウによる寄主選択の観点からチョウの系統進化や寄主利用の変遷について考察する。
 
植食性昆虫の食草選択と植物の被食防御機構
○村上 正志1・岡村 悠1,2(1千葉大・院・理・2マックスプランク研究所)

 植物と植食者間の相互作用については、その普遍性と両者の多様性から、非常に多くの研究が行われている。そのような中でも、近年、様々な分子手法の開発により大きく研究が進展しつつある。本発表では、植物と植食者の相互作用系の概略についてレビューした上で、シロチョウ-アブラナ間の相互作用について具体的な研究を紹介する。
 共進化メカニズムを解明する上で、アブラナ目草本とシロチョウ科蝶類間の相互作用は非常に有用なモデルである。これはシロイヌナズナを含むアブラナ目で、特異的な化学防御機構であるグルコシノレートの遺伝的基盤の理解が進んでいる事に加え、シロチョウの適応形質が近年明らかになった事が大きい。本研究では、シロチョウによる食草利用が食草の化学成分に対応しているかを検証する。また、シロチョウの適応形質であるNSPを異所発現系でそれぞれ発現させ、各タイプのグルコシノレートに対する解毒能の違いを見ることで、よりダイレクトに食草利用の違いを説明する試みを紹介する。