7.退職者効果と教員増減効果の県別比較
前節までの分析で各県の需要数の推移がおおよそ明らかになった。本節では、その原因について若干の分析を行いたい。教員需要は教員数増減と退職者数に分解されるが、大量の需要が見込まれるといった場合、そのどちらの要因によるものなのかを明らかにする必要がある。紙幅が残り少ないので、以下、分析は小学校の場合に限定する。
図9は、1993ー1997年における各県の教員需要推計値を、教員増減の部分(斜線)と退職者の部分(黒)に分けたものである。すべての都道府県で教員増減分はマイナスである。退職者から生み出される需要分は、児童数の減少に伴う教員数減少分で相殺され、新規教員需要の部分は小さくなる。
1998-2002年(図10)になると、状況は変化する。埼玉県、神奈川県をはじめ首都圏、関西圏の「早期成長型」および「継続成長型」に属する県の多くでは、教員増加分がプラスに転じている。2003-2007年になると(図11)、ほとんどすべての県で教員増減分はプラスになる。埼玉県や千葉県では、教員増減分が退職者分を上回っている。
さて、最後の分析として、1993年から2012年の推計期間全体を通して、各都道府県の需要は、教員増減と退職者のどちらに多く規定されているかを分析してみたい。図12は、縦軸(Y)、横軸(X)にそれぞれ次式のような指標をとって各県の値をプロットしたものである。
4期の教員増減最大値−最小値
X= ------------------------------
4期の教員需要推計値平均値
4期の退職者推計値最大値−最小値
Y= ------------------------------
4期の教員需要推計値平均値
Xは、推計期間中の教員需要の大きさに占める教員増減数の変動の大きさを示し、教員需要に与える「教員増減効果」を示す。Yは、同様に教員需要に与える「退職者の効果」を示す。
図12から明らかなように、教員増減効果と退職者効果は大きく正の相関をしている。教員増減効果が大きい県は、退職者効果も大きいのである。
右上には、教員増減効果も退職者効果もともに大きい県で、青森、秋田、山口、高知、長崎、宮崎などの各県がある。これらの県では、教員増減のサイクルと退職者のサイクルは、ほぼ同期している。前者の周期の長さは、平均して子供が30歳で生まれるとしておおよそ30年、後者のそれは23歳で教員に就職して60歳で退職するとしておおよそ37年であるが、これらの県では両者がおおよそ、同じように動いているのである。
他方、左下には、2つの効果が相対的に小さい県である。沖縄県を典型に東京都、大阪府、愛知県、三重県などがこれに属する。沖縄県の2つの効果が小さいのは、教員需要の大きさの割には、教員数増減の変動が小さいこと、並びに、将来20年間にわたって退職者が均等に出てくるからである。
図9_小学校教員需要の教員増減分と退職者分(1993-97年) (略)
図10_小学校教員需要の教員増減分と退職者分(1998-2002年) (略)
図11_小学校教員需要の教員増減分と退職者分(2003-07年) (略)
図12_教員増減効果と退職者効果の分布 (略)
8.教育政策へのインプリケーション
21世紀初頭に見込まれる旺盛な学校教員需要の推計結果から、どのような政策的インプリケーションが導かれるかを、小学校と中学校の教員採用、大学教員養成学部の3つについて考察したい。
まず、小学校教員である。2008-2012年には、約3万人または3万3千人以上もの教員需要が発生する。このような大量の教員需要を現行の小学校教員養成課程の新規卒業者だけで充足するすることは全く不可能である。平成7年度における教員養成大学・学部の小学校教員養成課程定員は8,980人であり、これに中学校、高校、特別教科、特殊教育、幼稚園、養護教諭の各課程の入学定員を合わせても15,845人である。
過去のケースを見てみよう。「年度末人事異動の状況」で見る限り、最も多く小学校に採用された年は昭和53(1978)年度末(1979年5月1日まで)で、採用者は25,587人であった。このうち、新規卒業者は15,709人で約60%であった。1979年度公立学校教員採用選考試験(1978年度実施)の結果を見ると、受験者が73,090人、採用者22,975人(競争率3.2倍)で、採用者の内訳は、教員養成大学・学部卒業者12,400人(シェア54.0%)、一般大学卒7,644人、短大卒2,825人、大学院88人であった。なお、平成6(1994)年度公立学校教員採用試験の状況をみると、応募者は40,937人、採用者7,784人(競争率4.8倍)と応募者が少ないが、これは教員就職難を反映した志願者側の自己選抜の結果であろう。
過去、7万人を越えるほどの多数の受験者が押し寄せ、一般大学卒と短大卒の者から約1万人採用された年もあったのだから、質をそれほど問題にしなければ2010年ころの需要最盛期でも必要数はある程度確保できるかも知れない。もし、必要な教員数が確保できないようであれば、中学校、高等学校の教員で小学校教員の免許状を有する者の小学校への転入、教員中途退職者の再雇用、民間等で勤務または待機している免許状所有者の中途採用などの施策が必要になろう。
次に、中学校の場合、一般大学・学部で教員免許状を取得する者が多数にのぼるので、2008-12年における1万6千人ないし1万8千人といった需要に対する高等教育機関側の供給余力は十分にあると思われる。ただし、小学校教員についても言えることだが、かつて「デモシカ先生」と酷評されたような教育に対する使命感の希薄な者が教員として採用されるだろうし、教員養成大学・学部のシェアが大幅に低下し、教員の質の問題がクローズアップする可能性がある。
最後に、大学教員養成学部についてである。質が高く、実践的指導力のある教員は、充実したスタッフと施設・設備を有する教員養成大学・学部においてこそ養成可能である。中学校や高校の教員養成でも同様であるが、小学校教員の場合は特に、課程認定の関係で一般大学卒への依存には限界があるから、これ以上の教員養成課程の定員削減は望ましくない。全国の教員養成学部では、昨今改革が相次いでいるが、教員養成課程を大幅に削減すると、10年後、15年後に資質ある教員を必要な量だけ供給することが出来なくなる恐れがある。大都市地域の都府県、並びに需要が急激に増大する県では、特にこのことに注意すべきである。本研究で、全国及び各都道府県別の将来需要数がおおよそ判明した。行政当局およびそれぞれの大学では、近隣の都道府県の需要数を考慮の上、将来の教員養成課程定員数を計画すべきである。
注
1)その数値はフロッピーディスク版の中位推計0歳人口。厚生省の「人口動態統計の年間推計」(1995年12月末)によると、1995年の出生数は、約119万3000人であったという(日本経済新聞1996年1月1日号)。これは1994年に比べ、約4万5000人の減少であるが、1993年に比べると、約5000人の増加である。
2)調整値は、小学校の場合、全国データでは1.0185、最大の県は1.0606、最小は0.9806、中学校の場合、それぞれ、0.9852、1.0710、0.9065であった(紙幅の都合で各県の表は省略する)。
3)修業年限3年の中学校の場合、6年の小学校と比較して、5歳単位・5年おきの年齢人口データから生 徒数を推定する際に、誤差が生じ易い。
4)年齢構成は、国公私立の合計値である。『教員調査』では、各県別の構成比は男女合計についてしか掲載されておらず、その結果、男女別の退職者数推計ができなかった。また、潮木(1985)による退職者推計値が過大推計の傾向にあることを考慮して、定年前退職者数の推計は30歳以上の者に限定した。
引用文献
潮木守一『教員需要の将来展望』福村出版、1985年。
潮木守一「小・中学校および高等学校教員の将来需要推計」国立大学協会『大学における教員養成−教員 養成の現状と将来』平成4年1月、86-118頁。
厚生省『人口動態統計』各年度。
厚生省人口問題研究所「日本の将来推計人口:昭和56年11月推計」(人口問題研究所研究資料第227号),1982年。
厚生省人口問題研究所編「都道府県別将来推計人口:平成4年10月推計」厚生統計協会、 1992年。
日本教育大学協会『会報』平成7年6月。
文部省地方課「公立学校教員採用選考試験の実施について」『教育委員会月報』各年度。
文部省地方課「年度末教員の人事異動の概況」『教育委員会月報』各年度。
文部省『学校教員統計調査報告書』各年度版。
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