科学論(2007年度前期)
(最終更新日 2007.7.23)
☆担当者から
Eメールを担当者に送信する際は、氏名と学生番号を明記してください。(匿名希望の場合は、毎回、その旨明記してください。)送信後、自分のメールが掲載されているかどうか確認してください。掲載されていない、あるいは何らかの間違いがある場合は、担当者まで連絡してください。
☆担当者から:期末試験と成績評価について
期末試験を7月18日(水)1・2(60分)に実施しました。
成績評価は、期末試験の他、出席点、メールによるコメント・質問などを総合的に評価します。
授業期間中のメールによるコメントおよび出席から、期末試験を受験しなくても最も良い成績(18年度以降入学生についてはS(秀)、17年度以前入学生についてはA(優))とする受講生を下記に示します。授業に対する積極的・継続的なコミットメントを重視しました。(順不同)
☆7月11日は、「ノーベル賞:受賞者決定の舞台裏」の後半を視聴しました。
ノーベル賞は確かにすばらしい賞です。また、科学における褒賞システム(ごほうびの制度)は他の分野と較べると公平だと思います。しかし、先週も言いましたが、人間が人間を選抜・評価する行為に完璧ということはありません。ノーベル賞に対する過大な評価は慎むべきでしょう。
ノーベル賞を頂点とする褒賞システムは付随的に「科学における不正」という病理現象を引き起こしています。
科学という営みが、認知(評価)とそれを通じて得られる各種の褒賞を目指す果てしない競争であるとすると、認知(評価)・褒賞をめぐって不正行為(データの捏造・改竄、他人のアイデアの剽窃など)が発生する可能性が生じます。実際、そのような事例がいくつも報告・紹介されています。最近も韓国(ソウル大学の黄教授グループによるES細胞研究にまつわるデータ捏造事件)や日本(東大論文捏造疑惑など)でそれぞれ大きな話題になりました。
授業では、有機物を用いた超伝導研究をめぐる不正事件のルポルタージュ、NHK/BSスペシャル「史上空前の論文捏造」(の前半)を視聴しました。
参考文献
アレクサンダー・コーン『科学の罠 過失と不正の科学史』(工作社)
W.ブロード、N.ウェード『背信の科学者たち』(創元社)
☆7月4日は、アメリカでの経験を少し披露した後、続いて「科学と擬科学」について補足的な議論をしました。
科学技術が大きな存在となってる現代社会にあっては、理科教育・科学教育などを通じて、科学(者)が権威主義的な存在となっており、科学者以外の人々は、科学に対して疎外感、コンプレックスを抱いていると思われます(理科離れ、科学離れとも通じる現象)。そのような科学に対する疎外感、コンプレックスが、多くの人々が擬科学、あるいはニセ科学に惹かれる、あるいはいともたやすくだまされてしまう理由の一端ではないか、また、メディア(TVや出版)は、そこにつけこんでいるのではないか、というのが担当者の考えです。したがって、科学者たちは、この問題に「真面目に」取り組まねばならないと思います。そのような動きとして、『化学』(2007年4月号)の特集「ニセ化学を見抜くための基礎講座」を紹介しました。
続いて「科学における報奨システム」について考えるために、NHK特集「ノーベル賞:受賞者決定の舞台裏」の前半を視聴しました。
番組ではノーベル賞受賞者の選考がいかに厳正な手続きを経てなされているか、が強調されていました。確かにその通りだと思いますが、それにもかかわらず、百年の歴史の中では不適切な決定が下された例がいくつもあります。ノーベル賞といえども、人が人を評価することの困難さから免れるわけにはいかないわけです。
(参考)科学技術のうち「1987年の科学技術:脳死と臓器移植・高温超伝導・利根川進のノーベル賞受賞」
☆6月27日は、担当者アメリカ出張中につき休講としました。
☆6月20日は、「千里眼の女の悲劇」の続きを最後まで視聴しました。
先ず、TV番組ですから、番組による「実験」再現部分については一定の留保をつけて視聴する必要があるでしょう。「実験」の詳細、福来博士の辞任の理由、千鶴子の自殺の理由など、特に重要な事柄については番組の解説を鵜呑みにはできないと思います。(興味のある人は自分で研究・調査して下さい。)
さて、19世紀末から20世紀初頭にかけて、それまで全く知られていなかったX線や放射能の発見などもあって、欧米では不可思議なものへの関心が高まりました。多くの科学者も超心理的な現象(霊媒など)を解明しようと真面目に取り組んでいました。しかし、そのような熱気は次第に冷却していきます。そのような「不思議な」現象の多くが、手品あるいはインチキということが次々に暴露されたためです。
欧米を範としていたわが国の学界・教育界でも、ある時期まで、超心理学研究が容認されていました(福来博士は東京帝国大学の助教授だった)。しかし、今回視聴した千里眼「事件」(不幸にも御船千鶴子は自殺しました)を転機に、学界は超心理学研究を正統な科学とはみなさなくなったわけです。番組でも指摘があったように、理科教育(科学教育)への悪影響が懸念されたためと考えられます。しかし、正統的な科学研究や学校教育から超心理学などの擬科学が追放されたことによって、人々(特に子供たち)の擬科学・非科学への関心は一層強まってしまったという皮肉な一面もあるのではないでしょうか。
このようなテーマを考える際に、ややもすれば「(超能力を)信じるか、信じないか」といった二者択一の問題として捉えられがちなことが問題だと思います。この講義では「信じるか、信じないか」という観点からではなく、科学(とされているもの)と擬科学・非科学(とされているもの)の境界はどこにあるかという観点から考えてみました。前者(科学)は学校・大学で教え、研究されているのに対して、後者(擬科学・非科学)は徹底的に排除されているという点に決定的な違いがあるといえるでしょう。
(参考文献)
科学者の側から擬科学や非科学のインチキや詐欺的行為を徹底的に暴露したものとして次のような書物があります。
テレンス・ハインズ(井山訳)『「超科学」をきる 真の科学とニセの科学をわけるもの』化学同人、1995年。
同『「超科学」をきる 臨死体験から信仰療法まで』化学同人、1995年。
安西育郎『科学と非科学の間 超常現象の流行と教育の役割』かもがわ出版、1995年。(安西氏は他にも多くの書物を出版しています)
☆6月13日は、「求む若き頭脳:工学部研究室の危機」続きを最後まで視聴しました。
後半は「科学と擬科学」の問題について考えるために、「千里眼の女の悲劇」(「驚きももの木20世紀」1997年6月放映)の前半を視聴しました。
(参考文献)
光岡明『千里眼千鶴子』文芸春秋、1983年。
一柳廣孝『〈こっくりさん〉と〈千里眼〉:日本近代と心霊術』(講談社選書メチエ)、1994年。
長山靖生『千里眼事件:科学とオカルトの明治日本』平凡社新書、2005年。
☆6月6日は、「求む若き頭脳:工学部研究室の危機」続きを視聴しました。
最初に我が国の戦後の歩みの中で科学技術(および大学)に対する関心がどのように変化してきたかについて考えました。おおまかな歴史は下記の通り。
理工系ブーム 大学紛争(以後、大学の威信低下) 理工系離れ
理工学部拡大 科学技術批判 省エネ技術(科学技術復権) 科学技術基本法
1945年-----50年----------60年-----------70年-----------80年-----------90年---------2000年→現在
朝鮮戦争(特需) 高度経済成長 公害(環境問題)オイルショック バブル経済 失われた10年
による戦後復興 ベトナム戦争激化
この番組に代表される、「(国立)大学の危機」キャンペーンは功を奏し、科学技術政策全体の転換を促しました。高等教育・大学政策も大幅に転換しましたが、最も重要な動きは、1995年に科学技術基本法が制定され、翌1996年、科学技術基本計画が策定されたことでしょう。第1期科学技術基本計画は2000年に終了し、2001年から2005年にかけて第2期科学技術基本計画が実施され、さらに2006年からは第3期の科学技術基本計画がスタートしています。
また、日本の教育や研究のあり方を論じる場合、アメリカ、しかもそのトップ(最も恵まれた部分)と比較する、というレトリックがしばしば使われますが、気を付けねばならないところが多々あると思います。番組をみながら、そのような点をいくつも指摘しました。
☆5月30日は、世界ふしぎ発見「タイムマシンに乗った男 H・G.ウェルズ」の続きを最後まで視聴しました。
問3 時計の針が右回りになった原因は?
続いて「科学と教育」の問題を考えました。科学研究の場としても、人材養成の場としても、大学・高等教育は重要な役割を果たしています。NHKスペシャル、「求む若き頭脳:工学部研究室の危機」(1994.5.1放映)を視聴しました。
授業中何度も指摘したように、この番組は一種のキャンペーンとして制作されているので、事柄の一面的な解釈(説明)や誇張がありますが、十数年前には確かにここで紹介されているような現実があり、我が国の科学技術の研究教育体制に深刻な問題点があったことは事実です(有馬朗人『大学貧乏物語』東京大学出版会、1996年、参照)。しかし、この十数年で状況は大きく変化しました。
☆5月23日は、受講生から寄せられたメールを手がかりに「科学と宗教」について、補足的な議論をした後、「科学と文学」の問題を考えるために、世界不思議発見「タイムマシンに乗った男 H・G.ウェルズ」の冒頭部分を視聴しました。
問1 小説「タイムマシン」で地底人を追い払うために登場したイギリスで19世紀に発明された物は何?
問2 ロンドンで開催された万国博覧会(1851年)にアメリカから出品されグランプリをとった実用品は何?
☆5月16日は、「スコープス裁判」に関する番組の続きを最後まで視聴しました。
裁判では、近代科学を奉ずる進歩派(ダロー)が頑迷な保守派(ブライアン)を完膚無きまでにうち負かしたかに思われましたが、陪審員たちの判決は「テネシー州の法律に違反したスコープスは有罪」というものでした。
その後、テネシー州の法律は無効となりましたが、スコープス裁判から80年もたった現在も、アメリカでは進化論を認めず創造論を奉ずる人々が多数存在していることは紹介した通りです。
最近のニュースによると、創造論派は自分たちの主張を新しい言い方(インテリジェント・デザイン=知的計画)で実現させようとしているようです。
(参考)「米で新たな進化論論争 「神」ではなく「知的計画」」(「朝日新聞」2005年6月7日)
☆5月9日は、アメリカにおける「進化論」と「創造論」の対決の場となった「スコープス裁判」を紹介した番組の前半を視聴しました。
時は1925年、テネシー州東部の町デイトンがこの裁判の舞台でした。高校の教師、スコープスが「公立学校では、天地創造説に違反するいかなる考えも教えてはならない」との州法に違反している、として訴えられたのです。
検察側としてスコープスを弾劾したのは大統領候補にもなった著名な弁護士ブライアンでした。ブライアンは熱心なキリスト教徒として、かねてから進化論に疑問をもっていたのでした。一方、スコープスの弁護にあたったのは、これも著名な人権派弁護士ダローでした。ブライアンとダローという著名な人物の登場によって、スコープス裁判は全米の注目を集めることになり、マスコミ(新聞、ラジオ、ニュース映画)によって報道され、騒ぎはますます大きくなっていきました。
授業の最後に、スコープス裁判について、もし自分が陪審員だったら、どのような判断を下すか、またその理由はなぜかについて受講生に書いてもらいました。結果は、
有罪:10名
無罪:32名
でした。(理由については、次回、紹介します)
(参考)鵜浦裕著『進化論を拒む人々 現代カリフォルニアの創造論運動』勁草書房、1998年
☆5月2日は、「未来潮流 科学を人間の手に」の続きを視聴しました。
高木さんは、大学卒業後、原子力発電を推進するための国策会社に就職しますが、そこでの研究成果について上司の圧力を受け、アカデミズム(大学)に戻ります。高木さんは、大学で基礎的な研究に没頭し、大きな成果を挙げますが、そのような研究にも矛盾を感じるようになり、1960年代末の大学紛争における議論や国際空港建設反対運動での見聞がきっかけとなって、アカデミズムからも離れて、「もう一つの(オールタナティヴ)科学技術」を求めて市民運動を立ち上げることになったとのことでした。
授業でも紹介しましたが、高木氏の若い世代へのメッセージは、晩年に執筆・刊行された以下の二冊の書物に明確に述べられています。参考にしてください。
高木仁三郎『市民の科学をめざして』朝日選書、1999年;同『市民科学者として生きる』岩波新書、1999年。
また、一昨年の受講生からHP「高木仁三郎の部屋」の中のメッセージ「友へ−高木仁三郎からの最後のメッセージ」を教えてもらいました。参考にしてください。
最後に次のトピックである「科学と宗教」について論じました。
「科学と宗教」をめぐっては、ガリレオ裁判(17世紀イタリア)とダーウィンの進化論をめぐる論争(19世紀イギリス)が歴史的事例としてよく知られています。そして、最終的に科学(者)は勝利を収めたと考えられています。�オかし、現代の日本で新興宗教と科学(技術)が結びついた事例があり、アメリカにおけるキリスト教原理主義者(宗教的・政治的保守派)は、未だに生物進化論を認めようとしません。彼らは、聖書の記述を文字通り信じるとして、「創造論」を主張しています。(詳しくは次回)
☆4月25日は、これまでの議論を整理しました。その後、体制化された科学技術のあり方に疑問を感じ、「もう一つの科学=市民のための科学」を模索し、実践した高木仁三郎氏(1938-2000年)の考え方と生き方をドキュメント「未来潮流 科学を人間の手に」(1999年2月放映)の視聴を通じて考えました。(以下次回)
☆4月18日は、「消えたスターウォーズ計画:戦略防衛構想の10年」の続きを視聴しました。
体制的科学者の典型としてのE.テラーについて考えるために、彼のアイデアから始まったSDI(戦略防衛構想、スターウォーズ計画)に関する番組を視聴しているわけです。
第二次大戦中のマンハッタン計画(原爆製造計画)、米ソ冷戦下の原水爆開発競争、1960年代〜70年代にかけての宇宙開発(アポロ計画)などを通じてアメリカは莫大な資金と多数の人材を投入することによって困難な科学技術的上の課題を克服するという方式に絶大な自信をもっていました。その延長上にSDIが構想され、実施されたといえるでしょう。
番組では、科学的・技術的にはとうてい不可能だと思われたプロジェクトであるSDIに優秀な科学者たちが、否応なく、あるいは積極的に巻き込まれていくプロセスがリアルに描かれています。結果的に、SDIは多くの科学者・技術者にとって、企業や研究所にとってと同様、研究費獲得の絶好のチャンスとなりました。
推進されたプロジェクトには、
1. レールガン 2. 化学レーザー 3. X線レーザー 4. 中性粒子ビーム 5. 自由電子レーザー
などがありましたが、軍事研究ということもあって、十分な成果が挙がっていないことが隠されたり、まやかしの公開実験などが行われました。巨大化・軍事化・体制化した科学技術が、陥る退廃・病理現象の典型的な事例といえるでしょう。
番組では厳しく批判されていますが、SDIは過去のものではなく、地上および海上配備のミサイル防衛システム(MD)の構築はアメリカの重要な戦略になっています。また、我が国もこの構想に協力しています。
☆4月11日は、ガイダンスに引き続いて、NHK海外ドキュメンタリー「消えたスターウォーズ計画:戦略防衛構想の10年」(1993年7月放映)(イギリスBBC製作) というTV番組の冒頭の部分を視聴しました。
scientist(科学者)という言葉は1830年代に造語された比較的新しい言葉です。それまでnatural philosopher(自然哲学者)と呼ばれていた人たちは、独自の知的分野としての(自然)科学を探究する専門家として自分たちをアピールする必要を感じたのです。19世紀を通じて科学は個人的な営みから社会的制度へと変化します(「科学の制度化」)。科学が制度化されることによって、科学の専門細分化も一挙に進展します。19世紀後半、欧米の文物を輸入した日本では、欧米の学問を細かく分化した学問(分科の学)と捉え、scienceを科学を、scientistを科学者と翻訳したわけです。
さらに20世紀の二つの世界大戦を通じて科学は技術と結びつき、社会に大きな影響力を持つようになりました(「科学の体制化」)。科学の体制化は同時に科学の巨大化と軍事化を伴いました。SDIは体制化・巨大化・軍事化した科学の代表的な事例といえるでしょう。
三つのタイプ(理念型)の科学者(科学技術者)を考えてみます。
市民的科学者←----------アカデミズム科学者------------→体制的科学者
19世紀に誕生した科学者をアカデミズム科学者と呼ぶとすれば、20世紀の後半、科学の巨大化・体制化・産業化・軍事化を推進した科学者は体制的科学者、そのような科学のあり方を批判し、市民のための科学を模索する科学者を市民的科学者と呼ぶことができるでしょう。
シラバス
科授目区分: 教養的教育 個別科目CA群
授業科目: 科学論
授業科目(ふりがな): かがくろん
担当教官: 成定 薫
(研究室の場所): 総合科学部 C522
(内線番号): 6338
単位: 2
開設学部: 総合科学部
開設場所: 東広島
授業の形式: 講義
開設期: 1又は2
週時間: 2
開設曜日時限: 前期 水1・2 限
授業の目標等:
科学を人間的・社会的営みとして捉える立場から, 科学者という存在, 科学知識の特質, 科学と他の諸分野の関係について考える.
授業の内容・計画等:
1. ガイダンス
2. 科学者論(1)
3. 科学者論(2)
4. 科学と宗教(1)
5. 科学と宗教(2)
6. 科学と文学(1)
7. 科学と文学(2)
8. 科学と教育
9. 科学と擬科学
10. 科学の成長と生産性
11. 科学における報奨システム
12. ノーベル賞
13. 科学における不正
14. (予備日)
15. 期末試験
講義内容は順次担当者のホームページhttp://home.hiroshima-u.ac.jp/nkaoruに掲載する.
成績評価の方法:
学期期間中に随時小テストを実施し, 期末試験と併せて総合評価する.
テキスト・教材・参考書等:
成定 薫『科学と社会のインターフェイス』(平凡社, 1994)(ただし、版元品切れ)など. 講義にあたってはビデオなど視聴覚教材を多用する.
履修上の注意・受講条件等:
メッセージ:
科学(科学者および科学知識)を特権的な存在とみなさないことが, 論議の出発点であると同時に目標でもある.