Chapter 2  Conceptual development in the child and the field: a personal view of the Piagetian Legacy    Robbie Case 0. 解題  conceptual developmentとは,子どものそれと学問領域のそれの両方を指す。すなわち,子どもの「概念発達」に関して心理学はどのように「考え方を発展」させてきたかということだ。この試みは,概念発達に関する心理学的研究を縦糸と横糸からまとめる作業となる。  ケイスは,ピアジェがもたらした遺産を二重の意味に捉える。ひとつは研究者に進むべき道を指し示す道標,もうひとつは対決し融和する相手を明確にする境界である。ケイスは新ピアジェ派だと自己規定している。  具体的なまとめの作業は二段階から成る。まず,西欧思潮に脈々と連なる3つの大きな流れを取り出して,それぞれが子どもの概念形成と発達の問題について取る視点と方法論とを整理する。ピアジェはこのうち合理主義の血脈に置かれる。他の2つは,経験主義的アプローチと社会歴史的アプローチである。  続くステップでは,ピアジェ以前と以後に時代を大きく区分した後で,以後に現れた概念発達に関する諸理論を,3つの流れを上流とする4本の下流に整理して詳説する。  最後にそれぞれの流れがひとつ所にそそぎ込まれていくことを予言し,そのための準備的な理論整備を試みる。 1. 3つの思潮 1.1 経験主義的アプローチ ・心理学の目的は,刺激の弁別と符号化,刺激間の関係の検出,得られた知識の他の文脈での使用といった諸過程の記述だとされた。 ・概念発達研究では,手続きとして,学習曲線を求める。複数の属性(色や形など)を持つ刺激と報酬との連合がどのくらい速やかになされるかに注目する。 ・学習の質が異なる年齢(同一次元内での弁別学習は速やかだが,異なる属性間の弁別の再学習は遅くなる時期:5−7歳のシフト;White,1967)が発見された。Kendlerら(1962)は,言語に習熟することで,刺激の弁別にそれが媒介的に利用されることによるものと想定。 ・この流儀では子どもと成人を区別するのは学習の履歴であるが,ピアジェは認知の領域一般的な論理構造の質的な違いに還元した。 ・実験パラダイムとそのデータは今でも信頼に足るもの。 1.2 合理主義的アプローチ ・感覚刺激を知覚するために必要なカテゴリーは経験から帰納できない(カント)という主張を受けて,生得的な基本的概念とその変化過程を明らかにしようとした。 ・Baldwin(1894)の主張(ピアジェ理論の前駆)。思考発達の4段階説,同化と調節,概念の構成,初期要因としての循環反応,加齢に伴って注意を向けられる範囲が広くなることで循環反応が拡張する,それには脳の成熟が前提される。<genetic epistemology ・ボールドウィン理論を精緻化する試みとしてピアジェは領域一般的で内的に無矛盾的な「論理構造」を提案した。さらに発達の4段階に別名を冠し,細分化した。 ・子どもに課題を提示し(そのうち洗練された2つは保存課題と包摂課題),その反応を観察するのは経験主義と同じだが,解釈が異なる。新しい反応形態への変化を,新しい論理構造の獲得によるものとする。 1.3 社会歴史的アプローチ ・概念の起源を環境世界や内的な生得要因ではなく,社会や文化が歴史的に築いてきた道具,概念,記号体系に還元する。 ・方法論も大きく異なる。社会的・物質的文脈を明示し,そこで生み出された道具を分析し,道具が世代間で伝達される方法を吟味する。 ・ヴィゴツキー理論:生物的な歴史と文化的な歴史の両方の文脈を重視,記号としての言語の決定的な役割,社会起源の言語の内化過程。 ・ある種の認知方略は一般的ではなく,近代西洋的な学校で習得されるものだという認識をする。 ・規範モデルを人類学に求める傾向にある。経験主義>物理学,合理主義>進化生物学 2. 経験主義と合理主義の対話 2.1 初期の経験主義者によるピアジェ理論の批判 ・認知革命後も,北米心理学界では,経験世界からの帰納と物理学的規範の利用という認識は変化なし。ピアジェ理論はピアジェ自身も言うように,経験主義のフィルターから読まれていた。つまり,変数を操作する実験によっても真偽が決定できない哲学的理論だと考えられた。また,ピアジェ自身の方法も主観的で体系的でないと批判された。 2.2 経験主義からの批判のその後の展開 ・経験主義から,ピアジェの知見に対して5つの反証が示された(GelmanとBaillargeon)。(1)課題間の相関,(2)発達の順序,(3)就学前児の認知,(4)具体的操作期における概念,(5)青年や成人の論理能力。 ・GelmanとBaillargeonは,ピアジェ理論で引き継ぐべき点を,子どもの認知過程における能動性と,一貫した構造をその能動性をもって構成しようとする過程,この過程を同化と調節という概念で説明しようとしたことだと述べる。反対に問題点は,論理数学的構造が認知発達に果たす役割についての見方と,認知発達の段階観である。 3. 概念の理解についての新たなモデル ・ピアジェ理論の持つ強さを補強し,弱さを低減させるための新たなモデルや理論作りが80年代以降進められている。4つが挙げられる。1つは新ピアジェ派と呼ばれる,経験主義と合理主義の中間的な試みであり,あとの3つは先の3つの伝統を,他の理論からの批判を受けつつ発展させたものである。 3.1 一般的な制約を伴った局所的な過程としての概念発達 ・世界を子どもが能動的に構成していくこと,熟考と抽象化過程を要すること,刺激の帰納ではすべてを説明できないというピアジェの主張を引き継ぐ。 ・一方で,その場的な課題の要因,経験や文脈の特殊性,連合の重視といった経験主義的な主張も受け入れる。 ・一般性の問題は?:認知発達は領域を越えて一般的なパターンをたどるが,それはすべてに適用される論理数学的構造が存在するからではない。一般的な制約的要因が存在し,加齢とともに制約のたがが次第に外れ,局所的な課題構造の解決に影響を与えるからだとする。(たとえば短期記憶や作業記憶など) ・たとえばこの理論では,保存課題や包摂課題が可能になるための前提を実証的に吟味している。知見としては,情報処理能力が加齢に伴って増大する,情報処理能力の発達が遅れたり早まったりするのに相関して概念の理解にも同様のズレが生じる,文脈に依存した問題解決スタイルを用いる者はピアジェ課題の達成が遅れる,課題解決に必要な概念を習得させると標準よりも早い年齢で解決できる。 3.2 理論の連続的な変革としての概念発達 ・合理主義の流れにしたがうこの理論では,生得的なモジュール(チョムスキー)とパラダイムシフト概念(クーン)を用いる。 ・生得的な「素朴理論」をもとに,世界についての一貫した理論を子どもは就学前までに有しており,その後,既存の論理構造の拡張(パラダイムの安定期)と再構造化(パラダイムシフト)が起こることから発達を説明する。>ケアリーの紹介として ・実証的な研究としては,素朴生物理論について(人間と他の生物種の共通項についてなど)。アニミズム的説明から科学的説明への変化はピアジェも発見していたが,異なる点は,この理論では変化が全体的ではなく限られた領域だけで起こると考えられているところ。 3.3 熟達化による概念発達 ・経験主義を引き継ぐ。2つの重要な知見,すなわち熟達化研究とコネクショニストモデルがある。 ・熟達者の認知に見られる特徴から,熟達者と初心者を分けるのは,熟達している領域に関する知識のパターンをどれだけ多く有しているか,つまり知識ネットワークの大きさの差だということが示された。 ・精神をネットワークと想定し,学習をノード間の結合強度の変化として捉える,コネクショニストモデルが現れた。シンボルを脳内に仮定せず,ネットワーク内に分散的に表現するのが特徴。 3.4 実践のコミュニティへの参入としての概念発達 ・認知の変化は,リテラシーが獲得され使用される文脈に依存していた(スクリブナー&コール)。リテラシーの習得そのものが認知的変化を引き起こすのではなく,リテラシー習得によって参加できるようになる文化的実践に子どもが習熟すること,で認知的変化が起こるのだろう。 ・形式的,脱文脈的な学校算数はいいのか悪いのか?キャラハーらのブラジルでの路上算数研究によれば,路上の物売りで自活する子どもたちの,具体的で利益に直結した計算方略の方が,学校の形式的な計算方略よりも強力だ。 ・徒弟制,スキャフォールディングによる認知発達への着目。 3.5 モデルの比較と共通原理の抽出 ・新ピアジェ派以外の3つの新理論は,学習観や認識論の点で,源流となった思潮と変化はない。しかし,それぞれ進展はしている。 ・意識的に経験主義と合理主義とを接続しようとしているのは新ピアジェ派だけだ。領域特殊性を認めつつ,しかし成熟の一般性を前提し,それらの相互作用から認知発達が促進されるという見方を取る。 ・3つの伝統の間には溝があるものの,それは収束に向かいつつあると考えられる。領域一般から特殊へ,論理から意味へ,物質的・社会的経験の重要さの認識という方向性は誰もが共有する点。 ・経験主義は,知識を要素還元的に捉えるのではなく,一貫した構造とそれを熟考するメカニズムを導入すべき。合理主義は,システム全体を均質に捉えるのではなく領域特殊な要素も吟味すべき。社会歴史派は,抽象的な社会経済のことばではなく,より具体的なことばでモデルを語るべき。 ・諸思潮の大統一点はこのようになる。認知構造から人間の知的発達のあらゆるパターンが説明されなければならない。文化に特殊で学校や社会の影響を受ける。連合とともに意識的な熟考も学習過程に含める。 ※報告者の読後感 ・3つの思潮が含意する「概念」の指すところが果たして同一なのかという素朴な疑問は残る。観点や方法論が異なるならば,「概念」として取り出そうとしているものも異なるのではないだろうか。だとするならば,3つの流れをただ単に相互に接近させることに意義が感じられなくなってしまう。