日本の水産技術協力プロジェクトの形成・実施過程の特徴と地域漁業
平成25年度〜平成27年度科学研究費補助金 基盤研究(C)一般
課題番号25450345
研究代表者 山尾 政博
 

はじめに
 このページは、文部科学省科学研究費補助金の基盤研究(C)一般研究『日本の水産技術協力プロジェクトの形成・実施過程の特徴と地域漁業』(平成25年度〜27年度)の研究成果の一部をまとめたものです。
 私は、長年にわたって水産分野の国際協力にかかわってきました。大学に職を得る前は、国際協力事業団(現在の国際協力機構、JICA)の長期派遣専門家として3年にわたって東南アジアに赴任する機会を得ることができました。大学教員として働き始めてからも、JICAの長期・短期の専門家として派遣されたことがあります。水産分野の案件形成や評価等で技術協力プロジェクトに関わる仕事は責任の重いものでしたが、開発途上国の水産事情を理解する上で大きな手助けになりました。当然ですが、これらは私の本務である教育研究の仕事のなかではほんの一部分です。また、国際協力を専門にされておられる方々と比較できるような“努力量”ではありません。ですが、私自身は、技術協力の視点から開発途上国の水産事情を見ることによって、当該国・地域の漁業・漁村を発展的に調査分析する力を身に着けることができた、と思っています。
 本研究の企画・立案は、私のこのような経歴を背景にしたものです。日本が行う水産分野の技術協力と一口に言っても、取り上げられる課題は実に多岐にわたっています。また技術協力の対象地域は、アジアはもとよりアフリカを始めとする全世界に広がっています。私が今回の調査研究で対象にしたのは、ほんのわずかな領域の課題です。取り上げている事例も数事例にすぎません。このページでは、調査研究の趣旨、目的、課題等についてまず述べています。続いて、成果の一部である淡水養殖普及、沿岸域資源管理プロジェクトを中心に紹介しています。日本の水産技術協力のあり方について検討するにあたり、何かの参考にしていただければ幸いです。
 本研究を進めるにあたり、JICA関係者、プロジェクト専門家・調整員、プロジェクト実施国の政府職員及びカウンターパート、対象地域の住民、多くの皆様にお世話になりました。心より深謝いたします。

1. 研究開始当初の背景
(1)水産分野における技術協力プロジェクトをめぐる環境変化

 日本のアジア開発途上地域における国際協力は、当初、自国の遠洋漁業船団が操業するための漁場を確保する狙いから、企画・実施されたという経緯がある。しかしその後、アジア開発途上地域から日本の技術協力に対する要請内容にも大きな変化があった。漁撈技術に対する要請が激減し、養殖業振興に関する科学技術的な協力、高度な食品製造業に対応する技術移転と食品の安全衛生に関する調査研究、資源管理や水産業振興に関する政策、漁港・市場などのインフラ施設の管理、総合的な漁村振興方策など、要請内容はしだいに複雑多岐にわたるようになった。

(2)水産分野の技術協力に関する研究の必要性
 日本の技術協力プロジェクトの計画・実施過程に関する分析、さらには事後評価手法やその妥当性に関する研究は少なくない。また、JICA(国際協力機構)が行うプロジェクトの案件形成をする際に行われる開発調査や事前評価は、そのマニュアル化が進み、地域の複雑な事情や対象分野の問題状況は把握しやすくなっている。ただ、PDM(Project Design Matrix)には含まれない対象地域の事情、対象資源及びそれをとりまく生態系がもつ特徴、さらには受け皿(カウンターパート機関)の抱える事情が様々であることを認識し、特に、水産分野ではそれらの与件をどのように扱うか、体系だった議論がなされていないと思われる。

2.研究の目的
 本研究の目的は、わが国が主にアジア開発途上地域において実施してきた水産分野の技術協力プロジェクトの形成過程の特徴を分析し、当該地域の水産業及び漁村社会の発展にいかに貢献したかを明らかにすることである。 アジア開発途上国では、沿岸域生態系の保全と水産資源の持続的利用をはかり、農漁村社会の貧困解消に向けて、様々なアプローチにもとづく水産業振興をはかっている。食料の安全保障を確保する観点から、自国の水産物自給率を高め、漁業・養殖生産量の拡大を目指す国は多い。一方、世界の水産物貿易の拡大、アジア域内の貿易拡大を背景にして、未利用の水産資源を豊富に持つ国では、資源利用の高度化と安価な労働力を結び付けて、労働集約的、資源集約的な水産加工業の発展を目指し、それを輸出志向型産業として育成しようという動きが盛んである。水産業をめぐる分業関係が、国境を越えて広がりをみせ、食品産業の高度化に対応したインフラストラクチャーの整備や、輸出対応型の加工技術の導入を課題にしている国は多い。 本研究では、時代とともに移り変わってきたアジア開発途上国の水産業において、日本がどのような要請を受けて技術協力を計画・実施し、その発展にいかに貢献してきたかを分析することを意図した。
 本研究は3年間にわたって、日本の政府無償援助の一環として実施されてきた技術協力プロジェクトを対象に、その成果と課題を分析することを狙いとした。技術協力プロジェクトの内容は多岐にわたるが、主に東南アジアを対象に次の4つで調査研究を進める計画をたてた。
 1)持続的な資源利用と管理体制の確立に関する技術協力
 2)地方分権型の水産業振興と生計向上活動に関する技術協力
 3)輸出志向型水産業・食品産業の発展に関する技術協力
 4)責任ある漁業を目指したアジア域内の多国間の政策連携協力に関する技術協力

3.研究の方法
研究目的を達成するために、3つの課題を設定した。
 課題1:研究目的で掲げた4つの分野で企画・実施されてきた技術協力プロジクトを、その課題と成果にもとづいて類型化し、特徴づける。
 課題2:課題1で選定した類型にそって、JICAの技術協力プロジェクトを中心に代表事例を調査し、プロジェクトの形成と枠組(PDM)、目標、活動内容等について、対象地域の水産業・漁村社会の事情に適したものかどうか、妥当性と有効性の視点から検討する。
 課題3:アジア開発途上地域の水産業・漁村開発がめざす方向性を確認しながら、わが国の技術協力プロジェクトがどのような政策的なインパクトを与えたか、持続発展性を確保できたかを分析する。
 調査対象国としては東南アジアを選定した。日本人専門家を含むプロジェクト関係者から聞き取り調査を実施し、資料分析を行った。
 なお、予算の関係上、調査対象国をタイ、ラオス、フィリピンに絞り込まざるを得なかった。

4.研究体制
  研究代表者   広島大学大学院生物圏科学研究科  山 尾 政 博


報告書の構成
T部  本研究の目的、課題、成果 
U部  調査報告
  1章 水産分野における国際協力と課題
  2章 淡水養殖業の普及にみる日本の水産協力の新たな発展
  3章 貧困農村地帯における淡水養殖の振興−養殖未発達地域における種苗生産経営の育成−
  4章 A Further Development of Inland Aquaculture:
     Toward Poverty Alleviation and Food Security in Rural Area
  5章 フィリピン沿岸域資源管理と広域管理組織の展開 (I)
     ―イロイロ州バナテ湾・バロタックビエホ湾の事例−
  6章 フィリピン沿岸域資源管理と広域管理組織の展開 (II)
     ―2町体制後のBBBRMCIの組織と活動−
  7章 フィリピンの沿岸域資源管理と監視体制の充実
     ―Bantay Dagatへの期待と現実―
I部  本研究の目的、課題、成果


II部  調査報告

1章 水産分野における国際協力と
   課題                 

2章 淡水養殖業の普及にみる日本
    の水産協力の新たな発展   

3章 貧困農村地帯における淡水
    養殖の振興
   −養殖未発達地域における
     種苗生産経営の育成−   

4章 A Further Development of
     Inland Aquaculture: Toward
     Poverty Alleviation and Food
     Security in Rural Area    

5章 フィリピン沿岸域資源管理と
    広域管理組織の展開 (I)
    ―イロイロ州バナテ湾・バロ
     タックビエホ湾の事例−   

6章 フィリピン沿岸域資源管理と
    広域管理組織の展開 (II)
    ―2町体制後のBBBRMCIの
     組織と活動−         

7章 フィリピンの沿岸域資源管理と
    監視体制の充実
   ―Bantay Dagatへの期待と
    現実―              



山尾研究室(食料環境経済学)