大学院講義「食料資源管理学」のすすめ方
     地域農林水産資源の持続的な利用と管理について    ―コモンズ論からの発展―
1 講義のテーマ

地域食料資源の持続的な利用
 もともと人間は,地域に備わった生態系と資源とのバランスを保ちながら生活を維持してきた。日本はもとより,アジアでは,地域農林水産資源の多くが共有資源として所有し,利用されてきたという歴史的経緯がある。しかし,経済のグロバリゼーションが進み,地域食料資源の利用をめぐるさまざまな軋轢がましている。資本主義経済が地域社会および住民生活に深く入りこみ,これまで持続的に利用されてきた食料資源を過剰に利用する傾向が強くなっている。特に,開発途上国では農林水産業が急速に発展することによって,地域住民の生計向上が実現する一方で,長年にわたってその生計活動を支えてきた社会経済条件が大きな変容を遂げている。食料生産の持続性をどう確保するかが問われている。

利用と管理の両立
 地域農林水産資源,特に食料資源は,共同所有,共同利用で食料生産に用いられることが多い。人間および地域社会は,資源の持続的な利用を目指して,オープン・アクセス状態にある未利用資源も含めて,長い歳月をかけて共同で利用するための秩序やしきたりを作ってきた。地域社会のなかに,持続的に資源利用をはかるようなメカニズムを構築してきたところが多い。資本主義経済社会のもとでは生産手段が私有され,それを用いて働きかける対象となる資源も私有化されるのが一般的である。しかし,食料生産の現場では,生産手段は私有化されるが,資源によっては共同で所有,ないしは共同で利用されるものが少なくない。しかし今,そうしたこれまでの人間と資源が作りあげてきた社会バランスが崩れ,世界各地で「共有地の悲劇(tragedy of commons) 」が繰り返されている。

共有資源の崩壊
 これまで持続的に利用されてきた地域共有資源,秩序ある開発利用がなされるはずだった国家所有の資源が,資本主義経済の浸透と急速なグロバル経済のもとで,減少と枯渇というきびしい状況におかれている。資源の再生産メカニズムの崩壊は農漁村住民の生産と生活を破壊することになりかねない。開発途上国では,資源を枯渇させる生物学的メカニズムと貧困の悪循環がむすびついた実態が多数報告されている。

食料資源の持続的利用をめざすシステム作り
 こうしたなかで地域農林水産資源の持続的な利用を可能にする管理システムを作ろうとする試みがなされている。地方分権化が進んだ国では,旧来型の農漁村開発のありかたを問い直し,トップ・ダウン方式を改め,住民の意志と参加にもとづく開発への転換がはかられるようになった。資源管理の分野でも中央集権的な管理体制を改めて,資源利用者や地方自治体の意向を反映させやすい制度を作ろうという動きが急速に進んでいる。地方分権的な参加型資源管理,地域拠点型の資源管理のあり方に関する実証的な研究が盛んになり,多くの成果を生んでいる。政府間はもとより,民間の草の根レベルにおいても,この分野の国際協力活動が活発である。

日本の条件不利地域における資源利用問題
 一方目を日本国内に転じてみると,条件不利地域と呼ばれる中山間地域,島嶼部,半島部などでは,過疎化や高齢化にともない,食料資源となる土地や農林水産資源の効率的な利用ができなくなる状況が続いている。農業生産にとって不可欠な共有資源の管理と保全に手が行き届かなくなり,資源崩壊を意味する「共有地の悲劇」ではなく,「共有地の放棄」が深刻な問題になっている。これをきっかけに,これまで通りに食料生産を維持するのが難しくなった地域が少なくない。
 日本の農山村・漁村には,地域資源を多面的・歴史的にとらえる視点があった。本来の食料生産資源に加えて,地域の人が長年にわたって作りあげてきた,その地域独自の資源利用のための生活の知恵や,それを具体化するための人々の組織や活動がある。そのためのルールも地域資源となるという理解が広くなされている。経済の合理性や経営規模という視点から進められる構造改革では,地域資源がもつ多面性・歴史性を無視したものになりがちである。構造改革は,生産過程とともに,それに関連している地域資源,社会システムのあり方を含めて,その方向性を模索しなければならない。農業では,集落営農のようなコミュニティーを基盤とした農業経営がこの間に相当に広がってきている。また,漁業では,東日本大震災の被災地を中心に,集落営漁やグループ操業による対応を行っている。これらは,歴史的に形成されてきた共同体的な所有と資源利用の現代版とも言える。

生成するコモンズへの視点
 現代コモンズ論が掲げる課題は,単に,消えゆくものへの郷愁や古くてよいものを残そうということから出発しているのではない。むしろ,これまでの社会が無視し見逃してきた共同性をいかした資源利用のあり方を模索することである。効率的かつ効果的に資源の共同利用をはかり,これをきっかけに新しいコミュニティーを生成しようという活動が続けられている。今必要なのは,生成するコモンズへの視点なのである。


講義が目指すもの
 食料資源管理学では,主にアジアの開発途上地域の地域食料資源の利用と管理をめぐる問題を,コモンズ資源に焦点をあてながら整理する。また,過疎や高齢化によって効率的に利用されなくなっている日本の地域食料資源について,新しいコモンズの生成という視点から考えてみる。講義の具体的な目標は次の3点である。
     1) 地域食料資源の利用と管理をめぐる問題点の整理
     2) 地方分権型・住民参加型の資源管理システムに関する理論的整理
     3) 日本の地域食料資源の持続的な利用をめぐる課題(集落営農の発展と地域農業資源の持続的利用,
        沿岸域資源・環境保全活動のひとつとして注目されている里海創成活動をとりあげる)


2 講義のすすめ方

  1)文献を読み進んでいく演習形式が中心。受講生は指定された文献を予習し報告することが求められる。
    なお,背景や議論の整理などは必要に応じて説明する。
    
  2)テキストは別紙(CD-Rにファイル在中)     
    シラバスに示してあるテキストは変更することがある。
    テキストは配布したCD-Rに含まれている。各自で印刷すること。

  3)単位の認定方法については,シラバスを参照。


テキスト一覧:
 このファイルには使用するテキストおよび参考文献のリストを掲載してある。





山尾研究室(食料環境経済学)