水産有用無脊椎動物の様々な発育段階における形態や習性を理解し,
それぞれの生活様式に合う増養殖技術を模索・開発しています。
(1) イセエビ・セミエビ類の増養殖に向けて
現状と課題
イセエビ・セミエビ類は世界で最も高価な水産物の一つです。 とくに日本のイセエビは,お正月になると1kgあたり20,000円以上(※体長25cm程度のイセエビは約500g)になる場合があります。 一方,セミエビ類はイセエビ類に比べて知名度が低いものの,和歌山県や沖縄県ではセミエビやゾウリエビが,中国・四国・九州ではウチワエビが地元の観光特産物として消費されています。 セミエビ類の味はイセエビ類よりもおいしいと感じる人が多いようです。 値段も,時期や個体によって,イセエビ類より高くなることがあります。
日本のイセエビ・セミエビ類の増養殖に関する基礎研究は,19世紀後半から継続的に行われてきました。 しかし,110年を過ぎた今でも,イセエビ・セミエビ類の商業的な生産技術は確立されておらず,現在消費されているイセエビ・セミエビ類の100%が天然資源に由来します。 海外でも同じ状況です。 近年では,日本だけではなくアジア諸国のイセエビ・セミエビ類の需要が高まっており,過剰漁獲による天然資源の減少・枯渇および個体縮小が世界各地で確認されています。
水産無脊椎動物研究グループでは,イセエビ・セミエビ類の初期生活史に関する基礎研究に取り組んでいます。 さらに,その知見に立脚する応用研究を推進し,将来のイセエビ・セミエビ類増養殖の実現を目指しています。
イセエビ・セミエビ類のフィロゾーマ幼生の栄養生態
イセエビ・セミエビ類の幼生は,体が葉っぱのように扁平であるため「フィロゾーマ(phyllosoma:ギリシャ語由来で,phyllo=葉っぱ,soma=体の意味)」と呼ばれています。 ガラス細工のように透明でデリケートな体と羽のような遊泳肢のある長い脚を持ち,一般に外洋のきれいな海で生活します。 フィロゾーマは雌エビの抱卵(いわゆる外子)から孵化し,海中を漂いながら動物プランクトンを食べて成長します。 とくに,クラゲやサルパなどのゼラチン質動物プランクトンは彼らにとって利用しやすい餌であるようです。当グループでは,天然海域におけるフィロゾーマの生態からヒントを得て,より速く,大きく,元気に成長できる餌や飼育環境を顕微鏡やビデオカメラなどでの観察手法と生化学分析や遺伝子解析などの分子生物学的手法を駆使して調べています。
セミエビ類をモデルとした種苗生産技術の構築
セミエビ科(Scyllaridae)には4つのグループ(セミエビ亜科,ヒメセミエビ亜科,ウチワエビ亜科,ウチワエビモドキ亜科)があります。このうち,ヒメセミエビ亜科に属する種は小型のものばかりで,漁網に混獲されても市場に出ることはほとんどありません。 一方,セミエビ亜科,ウチワエビ亜科,ウチワエビモドキ亜科は大型種を含み,高値で取引されることもあるようです。いずれの種もフィロゾーマとニストを経過して稚エビになります。
フィロゾーマ期の長さは種によって異なります。フィロゾーマは非常にデリケートで,水質や水流がちょっと合わないだけですぐに死んでしまうので,その期間が短い種ほど稚エビの生産は容易であると考えられます。 たとえば,日本に生息するウチワエビ,オオバウチワエビ,ウチワエビモドキは約1-2か月のフィロゾーマ期を経て着底します。半年から1年ほどかかるセミエビやゾウリエビなどに比べるととても短いのです。
私たちの研究によって,ウチワエビ類やウチワエビモドキ類の幼生はクラゲを食べて効率的に成長できることが分かってきました。 これらのエビ類をモデルとしてイセエビ・セミエビ類の種苗(=稚エビ)生産技術を構築できる可能性があります。
(2) 閉鎖循環システムを利用したウニ類生産に関する研究
準備中
(3) 海産無脊椎動物の天然海域における初期生活史特性
エビ・カニ・貝などの水産無脊椎動物の多くは海底や岩の上などに棲んでいます。しかし,多くの場合, 彼らは幼生期を海中で漂って過ごします。つまり,一生のうちの一時期を浮遊生物(プランクトン)として生活します。 一般に,これらの無脊椎動物の幼生の形は親の形と全く異なります。また,幼生自身も成長につれて形を変えます。そのせいか,野外で見つかる無脊椎動物の幼生を種レベルまで同定するのはまだまだ難しいのが現状です。
当グループでは,無脊椎動物幼生の種名,形態,習性などに関する情報を蓄積し,その繁殖生態や分布の理解を深めています。 広島大学の練習船豊潮丸で外洋へ行き,プランクトンネットやドレッジを使って調査をします。また、ダイバーとともに水中でも観察します。 水中調査では,これまでに知られていなかったプランクトン同士の新しい生態も分かってきました。