研究内容の紹介

私たちの目的

1)がん化の主たる原因の一つである遺伝子増幅の分子機構を明確に理解すること。

2)増幅した遺伝子が局在する染色体外遺伝因子(DM)の細胞内動態と細胞外排出機構を明確に理解すること。

3)増幅した遺伝子が局在する染色体領域(HSR)の性質を利用して、間期細胞核の機能構造に独自なアプローチをすること。

4)この様な研究を通して、ヒトがんの治療、ベクター開発、組み換え医薬品生産技術、等に貢献すること

・・・・ひとことで言うと

「遺伝子増幅にまつわる面白いこと、役に立つこと・・・全部」

2009年3月;生物圏科学研究科のウェブサイトに、私たちの研究紹介をわかりやすく書き下ろしました。
是非御覧ください。
http://www.hiroshima-u.ac.jp/gsbs/kenkyu_syokai/shimizu/index.html

現在までの研究の概要

がん遺伝子や薬剤耐性遺伝子の増幅は、増幅した遺伝子産物の過剰生産を介して、ヒトがんの悪性化に決定的な役割を演じている。増幅した遺伝子は、Double Minutes (DM) 、あるいはHomogeneously Staining Region (HSR) のいずれかに局在する。DMは自律複製する染色体外遺伝因子であり、数メガ塩基対程度の環状DNAからなる。一方HSRは、DMと同じ配列が染色体上で増幅した巨大な領域である。個体内のがん細胞では、増幅遺伝子は主としてDMに局在する。

(A. DMの細胞内動態と細胞外排出機構)現在の我々の研究の発端は、DM上で遺伝子増幅したc-mycがん遺伝子の細胞内コピー数が減少すると、ヒトがん細胞が脱がん化、分化することを見いだしたことにある(Cancer Res., 1994)。このことは、DMを細胞から効率的に排出させることができれば、多くのヒトがんを治療できることを意味している。DMの排出は、ヒドロキシ尿素(HU)等の複製阻害剤を低濃度で処理すると誘導されるが、この際DMは、細胞質に生じた微小核(micronuclei)の中に極めて選択的に取り込まれるようになる(Nature genetics, 1996年; J. Cell Biol., 1998)。このような微小核の少なくとも一部はそのまま細胞外に放出される(Mut.Res., 2000)。それではDMはどのような機構で微小核に取り込まれるようになるのか? それは、細胞周期進行に伴うDMの極めて特徴的な細胞内動態に原因があった。セントロメアを持たないDMは、分裂期染色体に付着することにより娘細胞に分配されることが知られている。そのような機構はヒッチハイク機構と呼ばれるている。我々は、ヒッチハイク機構により分配されたDMは、G1期に核の周辺部に位置し、DM自身が複製される早期Sに核内部へと移動することを見いだした(J. Cell Sci., 1998; Exp. Cell Res., 2001)。さらに、この時期に低濃度のHUで処理すると、その後の分裂期に染色体から脱着したDMが増加し、微小核形成に至ることを見いだした。(J. Cell Sci., 2000)。

(B. 遺伝子増幅のモデル実験系樹立と、それを用いた遺伝子増幅機構の解明)我々は、哺乳動物複製開始領域(IR)と核マトリックス結合領域(MAR)の双方を持つプラスミドをがん細胞に導入すると、それは極めて効率よく増幅され、既存のDMに組み込まれたり、新規にDMやHSRを形成することを見いだした(Cancer Res., 2001)。従来、遺伝子増幅機構に関しては様々なモデルが提唱されてきたが、良好なモデル実験系が欠如していたことが大きな障壁となっていた。そこで、我々はこの系をモデルとして遺伝子増幅機構の解明を行った。その結果、導入したプラスミドは多量体化を繰り返し、直列反復構造からなる大環状分子となること、多量体化が高度に進行すればそれ自体が細胞遺伝学的に同定できるDMとなること、および、このような染色体外環状分子は既存のDMがある場合はそれと高頻度で組み換えをおこすことが示された。一方、プラスミド反復配列をもつ環状分子が染色体に組み込まれると、その位置でBFB (Breakage-Fusion-Bridge) cycleが効率的に誘導され、一万コピー近くのプラスミド配列が間断なく連続した巨大なHSRが形成されることが示された。我々の結果は、このモデル実験系が、「エピソームモデル」と「BFB cycle model」を培養細胞内で効率よく再現することを示している。この際、BFB cycleが開始することは、プラスミド反復部分で高い不安定化が生じることを反映している。我々は、様々な構造のプラスミドを構築することにより、複製フォークと転写が正面衝突する構造であり、さらに衝突点にMARがあると、不安定化が生じることを見いだした(Cancer Res., 2003)。一方、BFB cycleは50年以上前にB. McClintockにより提唱されて以来、生物学的な検討が不十分なまま、様々なヒトがん細胞での染色体異常の説明に用いられてきた。我々は上記実験系を用いてHSRを生細胞内で可視化することに成功し、それを用いてBFB cycle の鍵となるanaphase bridgeの解消過程について検討した。その結果、anaphase bridgeは紡垂糸からの機械的な張力により引きちぎられること、それにもかかわらず、セントロメアからほぼ等距離の点でちぎれることを見いだした。このことから、その位置に多分cruciform structureが生じ、それが遺伝子増幅の鍵となることを示唆した(Exp. Cell Res., 2005)。

(C. 遺伝子増幅領域の特性を利用した、染色体と間期核の機能構造の解明)がん化の過程で形成されたHSRや、上記実験系を用いて形成されたHSRの複製状況を解析することにより、100メガ塩基対にも及ぶ長大なクロマチンが核内でどのように折り畳まれ、どのように複製されるかについての巨視的理解が初めて得られ、染色体バンド構造の起源に関して重要な示唆が得られた(Exp. Cell Res., 2001; J. Cell Science, 2004)。


今後の計画

第1に、「染色体外遺伝因子の細胞内動態と細胞外排出を支配する分子機構」を明確に理解したい。その際、染色体外遺伝因子の、細胞周期進行に伴う細胞内局在の変化、複製、転写、修復、分配、排出、の互いに不可分な関係にある6項目に関する理解が必要である。このような動態を、できる限り生細胞の中で、時間軸に沿った解析をすることにより理解したい。例えば、我々の遺伝子増幅系は任意の配列を増幅構造に組み込むことができるという大きな利点を持つ。LacO配列を組み込めば、LacR-GFP(或いはCFP)発現細胞内で、DMやHSRを可視化できる。さらに、MS2配列を持つRNAをMS2-YFP融合蛋白質により可視化することにより、シアン色のDMやHSRから黄色のRNA転写産物が生じる様子を生細胞内で検出できる。一方、ヒト細胞内には、内因性のDMやエピソーム、外来性のウイルス性核内プラスミドや、人為性の組み換えプラスミド、等、多種多様な自律複製する染色体外遺伝因子が存在する。多くのウイルス性核内プラスミドがDMと同様な分配機構を利用していることは、多様な染色体外遺伝因子が共通の細胞内動態と排出機構に支配されていることを示唆している。そのような機構を明確にし、それに人為的に介入することができれば、DMの排出によるヒトがんの新規治療法樹立や、ウイルス病の治療、等に貢献できるはずである。また、安定で安全な遺伝子治療用プラスミドベクターの開発も可能になると考えている。

第2に「染色体外遺伝因子を介した遺伝子増幅の分子機構、さらに一般的に、染色体機能の攪乱機構」を明確に理解したい。すなわち、自律複製する染色体外遺伝因子が染色体腕からどのように生じるのか、それが染色体に異所的に組み込まれるとどのように染色体機能を攪乱するのか、また、ヒト患者のがん化過程で生じる遺伝子増幅に、我々のモデルはどこまで適用できるのか、等である。そのような研究は、発がんの機構を理解するのに貢献できるとともに、進化の過程で染色体がどのように形成されてきたかを理解することにつながる。

第3に、染色体外遺伝因子により形成されたHSRを対象とした研究を行うことにより、「哺乳動物細胞核や染色体の機能構造」を独自な視点から解明したい。HSRは、構造が単純で、任意の配列を組み込むことができ、他に複製されるクロマチンが殆どない最終S期に複製され、なによりも長大であるため、極めて有利な実験系を提供する。

第4に、我々の樹立した遺伝子増幅誘導系を、有用蛋白質大量生産系として応用し、発展させることにより社会に貢献していきたい。我々の開発した方法は極めて簡便に、かつ効率よく目的遺伝子を高度に増幅できる。問題は、増幅配列は一般的に発現抑制を受けやすい点だが、我々の最近の研究により、発現抑制を解除する方法が見いだされつつある。

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