ASACUSA トラップでの予備実験


電子プラズマと陽子雲のタンク回路を用いた非破壊測定

ASACUSAトラップでの電子冷却の過程を理解するには閉じ込められた荷電粒子からの信号を測定することが重要になります。幸いなことに、ペニングトラップに閉じ込められた少数の荷電粒子を測定するための様々な技術はASACUSAトラップ内の大量の荷電粒子(プラズマ)を測定するのにも利用することができます。特に、タンク回路は閉じ込められた荷電粒子の非破壊測定において非常に有用です。下図の青いFFTスペクトラムはタンク回路のみのノイズスペクトラムです。赤いFFTスペクトラムは左から電子の1次の調和振動、2次の静電波振動、陽子の1次の調和振動のものです。1次の調和振動では2つのピークの幅の2乗が閉じ込められた粒子数に比例することが知られています。また、2次の静電波振動の周波数はプラズマ温度とともに増加することが知られていますのでそれをあらかじめ校正しておくことが重要になります。

tank

高エネルギー陽子を電子冷却するときに観測されるFFT信号

約 5 x 10^5 個の2keVの陽子を10^8個の電子(非中性電子プラズマ)で電子冷却したさいに、電子プラズマの2次の静電波振動の周波数の時間変化をタンク回路で測定した例が下図のようになります。電子プラズマの温度は2次の静電波振動の周波数に対してあらかじめ校正されているのでトラップ内で高エネルギー陽子を電子冷却している間の電子温度がわかることになります。陽子入射前は周波数が約16.8MHz(電子温度で0.3eV)ですが、高エネルギー陽子の電子冷却を始めるとすぐに電子温度が上昇し数秒後には周波数が約17.4MHz(電子温度で2.5eV)となっていることがわかります。それから、本実験パラメーターでの電子の放射冷却時間約6秒よりもゆっくりと温度が下がっていき、30秒程で元に戻ることがわかります。陽子の入射エネルギーが2keV以下のときはこの過程は簡単なモデルで説明できることが明らかになりました。

FFT of f2

ASACUSA トラップでの陽子雲の径方向圧縮

電子冷却された低エネルギーの反陽子をビームとして電場や磁場のないところに引き出し、フォーカスさせるためにはトラップ内で反陽子の径方向分布を制御する必要があります。反陽子の径方向分布の制御は陽子の場合と基本的には同じであると考えられるので、ここでは陽子を使ってASACUSAトラップ内での陽子の径方向分布の制御特性について調べました。
水素分子をイオン化して陽子を作るために数百eV の電子を入射すると陽子だけでなく、水素分子イオン(H2+)も生成されます。このH2+の主過程はエネルギーが10~50eVのときは荷電交換反応により低エネルギーのH2+をつくる過程で、さらにエネルギーが10eV以下のH2+はH3+を生み出す過程が主過程となっています。一方、エネルギーが50eV以下の陽子は主に弾性衝突によりエネルギーを失っていきます。そのため、最終的にはトラップ内では陽子とH3+イオンが主成分となっていると考えられます。これは飛行時間測定により下図(a)のように実験的に確認することができます。そこで陽子雲を用意する際には、H3+イオンの1次の調和振動周波数である140kHzのRFをかけることによりH3+だけをトラップから排除します。結果としては下図(b)のようになります。同様に、H3+イオンだけを用意したい場合は陽子の1次の調和振動周波数である250kHzのRFをかけることにより陽子だけをトラップから排除することができます(下図(c))。この図からわかるように、H3+イオンより重いイオンについては無視することができます。また、ここでの 2 x 10^6 個のイオンの閉じ込め時間は600秒以上です。

TOF

ASACUSA トラップでのパラメーターの下では陽子に対するサイクロトロン周波数 fc ~ 15 MHz、1次の調和振動周波数 fz ~ 250kHz、マグネトロン周波数 fm ~ fz^2 / 2fc ~ 2kHz、となっているのでサイドバンド周波数は fs=fz+fm ~ 252kHz となります。さらに、陽子自身による鏡像効果が無視できる限りにおいては径方向圧縮のためのサイドバンド周波数 fs は陽子数に依存せず一定になると考えられます。トラップから引き出された陽子の像を確認しながら周波数を変えてみると、陽子数が 3 x 10^5 < Np < 2.5 x 10^6 の間では径方向圧縮できる周波数は 250kHz でほぼ一定となることが実験で確認されました。図中で黒丸と白丸で示したのが陽子を径方向圧縮できる1次のサイドバンド周波数と2次のサイドバンド周波数、黒三角と白三角で示したのがH3+を径方向圧縮できる1次のサイドバンド周波数と2次のサイドバンド周波数となっています。以上のことからASACUSA トラップでは通常のサイドバンド冷却によって径方向圧縮が可能であることがわかりました。

f(N)


参考文献
  • H.Higaki, N.Kuroda, T.Ichioka, K.Yoshiki Franzen, Z.Wang, K.Komaki, Y.Yamazaki, M.Hori, N.Oshima, and A.Mohri, Phys. Rev. E 65 046410 (2002)
  • H. Higaki, N. Kuroda, T. Ichioka, K. Yoshiki Franzen, Z. Wang, M. Hori, A. Mohri, K. Komaki, and Y. Yamazaki, Proceedings XXII ICPEAC, p.685 , Edited by S.Datz, M.E.Bannister, H.F.Krause, L.H.Saddiq, D.Schultz and C.R.Vane, Santa Fe, New Mexico, USA, 18-24 July 2001
  • N. Kuroda, H. Higaki, T. Ichioka, K. Yoshiki Franzen, Z. Wang, S. Yoneda, A. Mohri, K. Komaki, and Y. Yamazaki, Proceedings XXII ICPEAC, p.593, Edited by S.Datz, M.E.Bannister, H.F.Krause, L.H.Saddiq, D.Schultz and C.R.Vane, Santa Fe, New Mexico, USA, 18-24 July 2001

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