セミナーの準備について



物理学の教科書を読むということ

 通常物理学の本では、一つ一つの文章の間に、相当な「とび」があることが 多いものです。従って、本を読むときには、その 「とび」を埋めながら読む努力が必要です。 数式についても、本に書いてあるのは、重要な式のみか、 計算のポイントのみですから、その間を埋める作業が必要になります。 つまり、 一つ一つの論理を確認し、 理解しながら進むのです。

 そのようなわけで、物理学の本は、小説や文科系の論説文を読むときのように、 簡単にすばやく読破できるわけではなく、かなり丹念な作業が必要になります。 一冊読むのに、かなりの時間がかかるのが普通だと理解してください。

 そこでまだ慣れていない人は、ある疑問をもつかもしれません。 それは 「ちゃんとした教科書に○○○と書いてあれば、○○○になるに 決まっているのだから、それを確認したり、導いてみたりする必要は ないのではないか」ということです。 しかし、残念ながら、そのような方法では、 よい勉強とはならないのが現実です。

 ひとつには、結果の文章を読むだけでは、その本当の意味を 理解することは難しいということがあります。一つ一つの物理量や 言葉がどのような意味で使われているのか、 その本質を理解するには、 その結果が、どのような道筋で導かれたかを知る必要があるのです。 本に書いてあることを鵜呑みにしていく勉強方法では、結局は、本 質を理解せずに言葉を読んだだけということになってしまいます。
 また、より深い理解のためには、同じことを様々な角度で見たり、 他の事柄と矛盾がないか、あるいは対比してみてどうなのかなど、 教科書にないことも考えることが必要なのです。
 そして、理論物理の場合には、計算練習ということもあります。 「やればできそう」と「やってみる」では雲泥の違いがあります。 やればできそうな、簡単そうな計算や、証明でも、実際に手を動かして やってみると、気が付かなかったことや、知らなかったことに ぶつかり、意外と難しいということはよくあることです。そのように して、実際に計算してみることにより、本当の意味や、どのような 条件が必要なのかなどが、理解できるのです。

 結論は、 そのような勉強方法でないと、誰も答えを知らないような 新しい問題にあたったときに、まったく使えない ということです。

 ところが、残念ながら、そのようなことを理解していない学生が、 大変多いような気がします。「教科書のその文章は本当なのか?」と 尋ねても、『教科書に書いてあるのだから本当に決まっている』、 『そんなことを尋ねるのがへん』という態度でいたりします。 何でも鵜呑みにする、あるいは、丸暗記すればよいという教育が蔓延 しているのでしょうか。そうだとすればたいへん残念なことです。


それでも分からないところは?

 一所懸命に考えても、 分からないところが出てくるかもしれません。 そのときには、まず準備の段階で、 他の文献をあたってみたり、研究室の仲間や、教官に尋ね、 ベストをつくすべきです。 単に「難しくて分かりませんでした」とか、 「何を調べたらよいか分かりませんでした」では不十分です。
 以前はそのような場合には、その場で時間を取って考えさせたりしましたが、 あまりにも、そのような事例が頻発し、セミナーの時間がかかって仕方が ないので、最近は、そのような準備不足の場合には「それは宿題」という ことにしています。それでも、「何も調べない病」や「誰にも尋ねない病」 がなくならないのは、残念なことです。

 しかし、「一所懸命に考え」「文献を調べ」 「仲間とも議論し」「人にも尋ねた」けど、分からないということも あるでしょう。 そのような場合には、セミナーの場を利用して、 問題の解決を試みます。 それがセミナーというものです。 そのときに、発表者の役割は、問題をよく整理し、 どこが理解できないのか、疑問なのかを明らかにしておく、という ことになります。
 一番わるいのは、「それはなぜ」と尋ねてみると、「実は自分もわからな かった」と、後から告白するパターンです。その場を切り抜けさえすればよい というスタンスでは、セミナーに出てくる目的が何なのか、 全く不明ということになってしまいます。


セミナーでの発表の仕方

 セミナーでは、本を読むといっても、単に上から順番に、棒読みに読んで いけばよいというものではありません。

 ある部分の担当となった発表者は、その部分については、他の出席者より、 詳しく理解していなければなりません。また、その部分については、全体を 見渡し把握している立場にあるわけです。従って、上から1次元的に読んで行く のではなく、担当になった部分全体を見渡してどうか、まとめるとどうかなど、 立体的な説明ができなければなりません。

 ぜひ、教科書にはなくとも、図や表も駆使して、 分かりやすくまとめてもらいたいと思います。

 よく例として言うのは、 「その担当の部分については、塾や予備校の講師や、 学校の先生になったつもりで、授業をやるつもりで準備してくるとよい。」 ということです。学校の先生が、教科書棒読みの授業をしたら、生徒がよく理解 できるわけがありません。当然、生徒は不満でしょう。セミナーでは、今度は 逆の立場にたつわけです。自分が生徒であれば不満に思うようなセミナーをす るというのは、理屈に合わないですよね?

 もちろん、簡単な部分は、上から順番に文章を読んでいってもよいのですが、 単なる棒読みではなく、ひとつひとつ理解しながら、 確認しながら読んでいってほしいわけです。



更新日時: 2021年2月5日