梶原行夫/201103東日本大地震被災


2011.03.11-13

「放射線取扱主任者講習」最終試験の最中、東日本大地震に見舞われる。阪神大震災時@京都(震度5?)で体感したより、はるかに大きく長時間の揺れ。


(1)揺れが収まった時点で、速やかに建物外に避難(職員の方々の誘導はテキパキしてました。日頃からしっかり訓練が成されているとのこと)。避難直後まだこの時は、和やかな感じでした。皆冷静に携帯電話等でひとまず情報収集中。(2)小一時間の後、講習会の終了と全員への免状交付が宣言され、ひとまず拍手。ただ、ここまでの情報収集で交通機関の麻痺が既に明らかになっており、「速やかにご帰宅下さい」の指示には、皆苦笑。(3)建物内は物が散乱(ただし揺れの方向に大きく依存した模様)。


(1)研究用原子炉(※稼働していない炉です)の煙突は無惨に折れ、(2)幹線道路(国道245号線)には隆起が見られ(その後警察により通行止めに)、(3)大渋滞となってました。


僕自身も、予約しておいた宿舎の(1)周辺の道、(2)建物自体、が大破という状態で、当日の宿を失ってしまいました。


(1)このような状況下でもコンビニは営業。食料等を買いだめする人で、ごった返してました。(2)停電の中でも、客が持ち寄った懐中電灯などの明かりと、電卓計算で営業を続けてました。このような非常事態にもかかわらず、文句も言わずレジに並んでる客を見ていると、改めて日本人の律儀さ&忍耐を感じました。

その後、僕は原研勤務の知人と連絡が取れ(被災直後はかろうじて携帯電話が通じた。ただ時間が経つと全くの不通に)、最悪の事態に陥ることは免れました。 これにより、停電、断水、食糧不足では有りましたが、寒さや恐怖感におびえるような状況には陥らず、比較的無事に2日後に広島に帰宅できました。
本講習会には、北は北海道、南は沖縄からの参加者がおられ、九州まで青春18切符で帰るという学生さん、福島の実家と連絡が取れないと心配しておられる方もおられました。 皆が無事に帰れたことを願っています。

また3/15現在、地震後の原子力発電所からの放射能漏れが深刻な状況となっており、ちょうど関連した内容の講習を受けていたこともあり、心配と共に注視しています。INES(国際原子力事象評価尺度)で、日本で過去前例の無いレベル(5以上。JCO事故=レベル4)になる可能性も高そうです。


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