除夜釜

 
除夜釜って?
季節の折々をお茶と共に楽しむのが茶人。
年越しは,年に1回しかやってこない大切な節目なので
「これを楽しまなきゃ。」
と茶人が言われたかどうかは分からないが,
ともかく,31日の夜から元旦にかけて「除夜釜」をされるので
行きましょう,とお誘いを受けて生まれて初めて茶事にでかけた。
それで,除夜釜って?
「詳しいことが,分からないのよね。」と部長(お茶の青年部の部長)。
ついていけるのだろうか・・・・。不安。

電灯なし
車を降りると玄関までポツポツとともしてある
ろうそくの光に迎えられた。
なんだか「待ってましたよー。」と言われているような気分になる。
葉の半分以上が白く隈取されたササが生えているのが見える。
冬だよなあ。
で,当然,玄関も電灯なし。
「てがかり」が少し開けてあるので,部長はさっさと戸を開けて入ってしまう。
「ごめんください。」も「おじゃまします。」も言わないのが
本で読んでいても,やってみるとやっぱり不思議だ。
玄関脇の小さな部屋にろうそくが灯してある。
ここで,身支度を整えるそうだ。
それはそうと,部屋が暗いと声が小さくなるのは,条件反射なんだろうか?
ごそごそと,道行を脱いで,懐紙を懐に入れ,扇子を帯にはさんだ。
だんだん緊張してくるのが分かる・・・。

待合
待合に入るとまず聞こえたのは,釜がサワサワと沸いている音だった。
寅年の最後を飾ってある床と炉を拝見して,火鉢のそばへ座った。
火鉢の縁に手を置くととても温い。テレビなんかで見る火鉢に手をかけるスタイルは
かっこつけるためだけではないらしい。
この部屋も明かりは,ろうそくと,火鉢の炭だけ。
「ろくそくの火を見るなんて,台風19号以来じゃねー。」
と下っ端2人(私ともう一人)が話していると,一緒に行っていた他の人は
「おいおい・・・・。」
そうこうしていると,亭主(といってもこの日の亭主は女性)が
玉子酒を持って部屋にやってきて,腰掛へ進むようにとあいさつがあった。
この玉子酒が,とてもおいしかった!!
酒を飲むと,すぐ寝る。と分かっていても,やはり飲まずにはいられない。

月が高い
外へでてみると,いつの間にか玄関の前に腰掛が出ていた。
そこへ座って周りを見渡してみると,家の中の電気が消えているので
月明かりでできている影がくっきりと地面に現れていた。
夜の10時を過ぎているので,月もかなり高くのぼっている。
「やっぱり,玉子酒を2杯飲んだ人は暖かいわね。」と部長。
みんなおかわりした中,ただ一人酒が飲めなくて,玉子酒を飲まなかった人は,
部長の弟子だ。
おいおい・・・・。
ここでの明かりは,手燭(てじょく)がひとつ。
露地の奥から手燭を持った亭主が現れると,今日の正客の部長が
自分の足元に置いていた手燭を持って立ち上り,交換した。
これって,スタートの合図?

にじり口
にじり口とは,高さ2尺2寸(約66センチ),幅2尺1寸(63センチ)の
大きさの茶室の出入り口のこと。
いままで,にじり口を使って出入りしたことがないので,
にじり口を見るといつも入ったら出られなくなるんじゃないだろうか?
と心配になっていた。
入るのは,頭をかがめて(謙虚になって)ひざですっと進めばなんとかなる。
茶室に入って,茶道口(亭主が出入りする普通サイズの戸口)を見た瞬間
「にじり口でつっかえたら,あそこから出してもらおう。」
と密かに決心した。

年越しそば
床と炉を拝見して,4畳半の部屋に5人で座る。
「ナントカカントカだからこっちが上?」
と部長と末客(「おつめ」正客の次に大変な役割の人。)の人が
話をしているのを,内容が把握できずに,ぼーと聞いている。
どうも,茶室の様子から亭主の意向をはかっているらしい。
座ってみると,4畳半のスペースが思ったより広く感じる。
茶室で年越しそばを食べることは,これから先もうないと思うけど
「除夜」気分が盛り上がってくる。
お茶の作法に則って,器の中身は汁まで残さずいただく。
その後は,亭主とお手伝い(こういう場合半東と言うのか?)の師匠が現れて
炉の炭を埋火にした。
大きな炭を炉に残して灰を上からたっぷりとかけておくと,一晩ほっといても
火が消えずに残っているらしい。
そーいえば,何かで読んだ民話にででてきたような・・・。

初詣
近所の氏神さんらしき神社に車で連れて行かれた。
毎年詣でる氏神さん以外の神社に初詣に行くのは,始めてだ。
家でくつろいでいたけど,「行く年来る年」見てきました
という状態の人ばかり(要は普段着)。
着物姿の女の人4人と,袴をつけた男の人ってグループは,ちょっと目立つ。
しかし,まったく気にせず,神社の境内の片隅で大きな穴を掘って
火が焚いてあるところで,ぬくもりながらおしゃべりをした。
こういう火って,ワクワクする。

真夜中に飲んで食べて・・・
茶室に戻ってくると,もう夜中の1時。
初詣に行っている間に,床がすっかりお正月になっている。
灰の中から埋火を掻き出して,炭をつぐ。
なるほど,年越しのしきたりというか,手順がそのまま茶事の中に
織り込まれているから「除夜釜」なんだ,と一人で納得。
釜は表面を濡らしたままの状態で炉にかけられた。
蝋燭の光で,釜の表面についているでこぼこが乾いている時よりも
はっきりと見える。
それから,点心(軽い,と言っても手の込んだお食事)と煮物椀が現れた。
煮物椀を手に取ると,なにやらずっしりと重い。
「これはもしかすると・・・」と部長。
ふたを開けてみると,中身は雑煮。「予想が当たった。」
この時間で,食べれるのか?と内心心配したけど,
おいしいものなら,いつでも,いくらでも,食べられることが判明した。

ものの質感
ろうそくの明かりだと,道具の質感が普段とちょっと違って見える。
点心の盛り付けてある「大徳寺重(だいとくじじゅう)」という
赤い漆のお重の赤い色がとてもかわいい。
漆のつやつやした感じが,薄暗くて光りモノのない茶室で
とても目立つ。

睡魔との戦い
釜がサワサワと沸いた音を立て始める頃になると,
頭がぼーっとして,まぶたがすーっと閉じてしまう。
いかん!!!これからが,濃茶じゃないか!!!
しかし,足のしびれはお食事中にすでに限界をぶっちぎりで越えてしまい
痛みでまともに正座ができない状態になっっていても
眠い・・・・。
この時間帯の記憶は,ほとんど,霞の向こう側で事が進行している感じで
かすかに残っているだけ。ああ,もったいない。
それでも,小ぶりな蓋と,まるっこい形がかわいい茶入がとても印象的だ。
亭主として迎えてくださっている方のキャラクターが道具にも
そのまま反映されているような気がした。

お茶三昧
「今年は,年越しからお茶をして過ごしているんだから,きっと
お茶三昧の年になりそうね。」
と,亭主が言われた。
確かに。
「1年分の楽しいことを使い切った気がします。」
と,末客を務めた方がつぶやいた。
たしかに,1年分の楽しいことの量が決まっているのならば,
もう,年越しの時点でほぼ使い切った気がする。
すべて終わったのが5時。
まだ空は真っ暗だったけど,終わりを待っていたかのように
茶室のろうそくが燃え尽きてしまった。


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