インスレーター研究

当研究室では、遺伝子発現調節の分子機構を解明するためにウニ卵への遺伝子導入を頻繁におこなっています。このような遺伝子導入技術は遺伝子組換え作物等の作出において不可欠な技術ですが、この遺伝子導入において問題となるのがその位置効果でする。つまり、導入遺伝子が挿入された位置の染色体環境による影響を受けて安定に発現しないのです。例えば導入遺伝子が不活性クロマチン中に挿入されると、その不活性な環境により導入遺伝子の発現も不活性化されてしまいます。この位置効果を抑制できるのが、境界配列として知られるインスレーターです。

インスレーターは次の2つの活性により定義されます。ひとつは、エンハンサー遮断活性です。インスレーターがエンハンサー-プロモーターの外側にあるとき、エンハンサーは正常に機能してプトモーターを活性化できますが、インスレーターがエンハンサーとプロモーターの間に挿入されると、エンハンサーによるプロモーター活性への影響が遮断されます。この活性により、エンハンサーが標的以外の遺伝子のプロモーターを不適切に活性化するのを防いでいます。

もう一つが位置効果の抑制、またはバリア活性とよばれるものです。導入遺伝子の両側をインスレーターで挟んだときに、ゲノム上で挿入された位置の染色体環境に影響されず、導入遺伝子を安定に発現させる活性です。

当研究室では、バフンウニのアリールスルファターゼ (HpArs) 遺伝子上流域において、インスレーター活性をもつ578 bpの領域を同定しました。このArsインスレーターは、エンハンサー遮断活性とバリア活性の両方もち、ウニだけでなくショウジョウバエや哺乳類・植物においても機能することが報告されました。

インスレーターは、細胞内でヌクレアーゼ高感受性を示すことが知られていたので、私たちはインスレーターの作用機構におけるクロマチン構造の関与について解析することにしました。ウニ胚から細胞核を単離し、HpArs遺伝子におけるヌクレアーゼ感受性を調べたところ、SacII部位のやや下流側のちょうどArsインスレーターの部分がヌクレアーゼ高感受性を示すことが明らかになりました。そこで、ヌクレオソーム再構成系を用いてArsインスレーターのヌクレオソーム形成能を調べたところ、Arsインスレーター中央部がヌクレオソームを形成しにくい(排除する)性質をもつことがわかりました。

また、Arsインスレーター中央部のAT-richな領域が、近縁種のアメリカムラサキウニ(Strongylocentrotus purpuratus)のArs遺伝子上流域と高い相同性を示し、しかもこの領域が単独でインスレーター活性を示すことが明らかになりました。現在、Arsインスレーターの作用機構について、さらに詳細な解析を進めています。