大学は今

 新入生を迎え、筆者の勤務する広島大学のキャンパスは例年通りにぎわいを 見せている。しかし、新入生をめぐる状況は、本年度から大きく変わり始めた。 教養的教育(旧一般教育)のカリキュラムが大幅に改訂されたのである。さら に、夏休み前には、新しいカリキュラムや個々の授業を学生がどのように評価 したか、アンケートが行われる。学生による授業評価の導入である。いよいよ 広島大学も教育改革に踏み切ったのである。

多様なニーズ重視
 一九九一年、文部省は大学政策を大幅に転換した。一般教育と専門教育の区分を 廃止するなど、従来の画一的な大学設置基準を大幅に緩和。カリキュラムや教育内 容などは各大学の自主性に委ねることにした。各方面で話題になっている 規制緩和による市場原理の導入が大学にも及んできたのである。大学にとっては、主 たる顧客である十八歳人口の急激な減少という厳然たる事実もある。
 こうして、各大学は個性化・多様化を目指さざるを得なくなり、一斉に「改革」 に向けて走り始めた。その結果、多くの大学で教養部が廃止されたり、新しい学部 が創設されたりしている。このような激動の中に広島大学もある。そして、学内に おける数年来の論議の結果、教養的教育の改革が行われることになったのである。
 改革のポイントは三点ある。第一は授業科目の一部を主題別に五つにグループ 分けし、うち一つを学生が自由に選択し履修する「パッケージ科目」の導入であ る。第二は図書館の利用法から問題の見つけ方、調査の仕方、まとめ方まで、要す るに大学での勉強法を少人数ごとに指導する教養ゼミの設置。そして三点目が実用 性を重視した外国語・情報教育の改善である。学生による授業評価と併せ、多様な 学生のニーズに、より対応するのが基本的な狙いである。

大学院を整備拡充
 文部省の大学政策の転換にはもう一つ、大学院の整備拡充という目玉がある。大 学院の量的拡大を図りつつ、高い研究水準をもつ大学院を重点的に整備して、研究 能力を一挙に高めようという構想である。これを受け多くの大学は大学院の改 組や新設を通じて、大学院の門戸を大きく拡げた。広島大学でも国際協力研究科を 設けたほか、さらに新たな改革を模索中である。
 この動きを加速するような追い風が吹いた。九五年に科学技術基本法が制定され、 我が国は科学技術立国を国家目標に掲げたのである。当然、大学とその大学院は重 要な研究拠点とならねばならない。九六年に制定された科学技術基本計画は政府に 対して今後五年間に科学技術の研究開発に十七兆円を支出するよう求めている。お かげで、つい数年前、週刊誌に「頭脳の棺桶、国立大学」と揶揄されたほど劣悪だ った国立大学の研究施設も順次改善され、配分される研究費も目に見えて増えつつ ある。残念ながら、筆者は恩恵に浴していないが。

学生自身が自問を
 こうして九○年代、我が国の大学は規制緩和と市場原理の下、生き残りをかけて、 教育改革と研究基盤の整備に取り組んでいる。このような動きが旧来の大学像を払 拭 して大きな成果を産み出すのか、あるいは「角を矯めて牛を殺す」の例えのよう に、学生や社会のニーズに振り回されて教育や研究の水準の低下という結果を招く のかは、最終的には歴史の審判をまつほかないだろう。
 ところで、教育改革にせよ研究基盤の整備にせよ、きっかけが大学内部の熱い論 議の高まりからというよりは、上からのないしは外からの圧力にあった、という事 実に筆者は不安ないしは不満を禁じ得ない。また、ここ数年間の教育改革論議を通 じて、直接の関係者である学生からまとまった声をついに聞くことはなかった。学 生の多くは大学教育に対して何の期待もしていないようにさえ見える。大学改革の 激動の中で我々教員は教育研究に対する見識と力量を問われているが、学生たちも 「何のための大学」かをあらためて自問すべきではあるまいか。


『中國新聞』1997年4月29日付け

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