論文 | 著者 |
ペスタロッチーを学んだ2人の教育学者 ―沢柳政太郎・長田新におけるペスタロッチーとの出会いと継承― |
中野光 |
現代教育改革の動向とペスタロッチ・フレーベル ―新自由主義とネオナショナリズムのなかで― |
勝山吉章 |
倉橋惣三の児童保護論と子どもの権利 | 狐塚和江 |
ファニー・レーヴァルトの「遊び」 | 草野英子 |
書評 | |
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乙訓稔『ペスタロッチと人権−政治思想と教育思想の関連−』 | 勝山吉章 |
論文 | 著者 |
荘司雅子におけるフレーベル受容(その1) ―人間教育から人間性の教育へ― |
荘司泰弘 |
『リーンハルトとゲルトルート』における生活陶冶思想の展開 ―第3改訂版を中心として― |
大澤裕 |
ノンネ(Nonne,Carl Ludwig)の「民衆陶冶」概念 ―19世紀前半チューリンゲンにおける「ペスタロッチー継承者」の特質― |
松村納央子 |
シンポジウム <テーマ>1920年代・1930年代日本におけるペスタロッチー ―どのようにペスタロッチーは論じられたか― |
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長田新とペスタロッチー | 鈴木由美子 |
小原國芳とペスタロッチー | 米山弘 |
昭和2(1927)年のペスタロッチ記念祭 | 寺岡聖豪 |
第23回大会記念講演 | |
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ペスタロッチーの教育思想 ―時代への訴え― |
村井実 |
論文 | 著者 |
中村五六のフレーベル理解 ―明治期におけるフレーベル受容の一断面― |
湯川嘉津美 |
フレーベル教育学における父性に関する一考察 ―母性との関連において― |
豊泉清浩 |
倉橋惣三のペスタロッチー理解 ―児童保護論をめぐって― |
狐塚和江 |
フレーベルの「幼稚園」に関する研究 運動遊戯からみる「幼稚園」の役割 |
納田みち |
第24回大会記念講演 | |
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「われわれの子どもたちは、われわれの審判者になるであろう」 ―現代の学校の日常生活にみるフレーベル教育学― |
ライムント・メフェルト(訳者:木内陽一・小林万里子) |
論文 | 著者 |
フレーベルの家庭育児書『母の歌と愛撫の歌』の成立に関する考察 ―未刊行資料の解読による考察(1)― |
小笠原道雄 |
W.フリットナーのペスタロッチー研究 ―「1937年論文」の解釈を中心に― |
小川哲哉 |
シンポジウム <テーマ>「ペスタロッチー・フレーベルと現代 ―古典研究の今日的意味を問う―」 |
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ペスタロッチー研究の今日的意味 | 福田 弘 |
フレーベルと現代 ―古典研究の今日的意味を問う― |
石橋哲成 |
ペスタロッチー教育思想研究の現代的意義を問う | 渡邉 満 |
書評 | |
新田義之『澤柳政太郎』 | 浜田栄夫 |
図書紹介 | |
R.ボルト、W.アイヒラー著/小笠原道雄訳『フレーベル 生涯と活動』 | 畠山祥正 |
パウル・ナトルプ著/乙訓稔訳『ペスタロッチ――その生涯と理念――』 | 中尾香子 |
玉成恩物研究会編『フレーベルの恩物で遊ぼう』 | 荘司泰弘 |
論文 | 著者 |
フレーベルの球体法則における対立と結合 ―ユング心理学の観点から― |
豊泉清浩 |
ヘルバルトの子ども観と生活世界 | 駒木根剛 |
ペスタロッチーとフレーベルの相互連関 ―シュラーダー=ブライマンの試みをめぐって― |
諏訪佳代 |
シンポジウム <テーマ>「ペスタロッチー・フレーベル研究の現状と課題」 |
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ペスタロッチー研究者の立場から | 鈴木由美子 |
フレーベル研究者の立場から | 小笠原道雄 |
実践家の立場から | 小関祐一 |
実践家の立場から | 本間功 |
総評 | 森川直 |
総評 | 浜田栄夫 |
図書紹介 | |
藤井常文『留岡幸助とペスタロッチ―巣鴨家庭学校を舞台にした教育実験』 | 宍戸健夫 |
書評 | |
オムリ慶子『イタリア幼児教育メソッドの歴史的変遷に関する研究』
―フレーベル研究の立場から― |
酒井玲子 |
『人間教育の探究』バックナンバー(創刊号−第19号) |