2008年度 上野研究室 実際の研究 

[これまでの研究] [研究テーマ] [上野研の実験設備およびよく使用する実験手法]


・これまでの研究

 テロメアとは染色体末端に存在する繰り返しDNA(テロメアDNA)とそれに結合する蛋白質から構成される大きな複合体のことで、細胞の老化やがんと密接に関係している。テロメアDNAは、二本鎖部分と末端の一本鎖部分からなり、一本鎖部分はDNAの3’末端側が突出している(図1)。最近テロメア末端の一本鎖突出と老化誘導との関係が特に注目されている。このことから、テロメアでどのような蛋白質がどのように機能するのかが明らかになれば、細胞の老化やがんを制御する新しい技術の開発につながる可能性がある。さらに動物細胞を使ったバイオ医薬品の生産や、再生医療、クローン動物の分野など、今後発展が見込まれている新しい分野にもテロメア研究の成果が生かされることが期待できる。したがってテロメアの研究は健康や医療の分野だけでなく、農芸化学の幅広い分野に貢献することが期待できる。
 上野グループが研究を始めた1997年の段階では、分裂酵母のテロメア関連蛋白質は、二本鎖テロメアDNAに結合するTaz1(ヒトTRF1とTRF2の相同蛋白質)しか報告されていなかった。そこで我々はテロメアで機能する分裂酵母の新規蛋白質の探索とその機能解析を開始した。特にDNA複製、組換え、修復などに関与するヌクレアーゼMre11やヘリケースDna2、塩基配列非特異的一本鎖DNA結合蛋白質RPAなどがテロメアで機能するかどうかを世界に先駆けて解析した。

telo1

主な研究業績は以下の3点である。
1. taz1破壊株はMre11依存的にテロメア一本鎖突出が形成される(図2)。

2. DNA複製に必要な蛋白質Dna2がテロメア末端の一本鎖突出形成に必要である(図2)。

3. DNA複製因子であるrpataz1の二重変異株はテロメアDNAが急激に消失するが、そのテロメア消失はPot1の過剰発現によって抑圧される(図2)。

  これらの成果は世界トップレベルの雑誌であるMol. Cell. Biol.2報とMol. Biol. Cell1報に発表された。しかもこれらの成果が認められて、上野は招待講演を含め多くの国際会議で口頭発表を行っている。さらに我々は、分裂酵母で得られた上記の成果をヒトのテロメア研究に応用する研究も行っており、ヒトRPAがテロメアで機能すること示唆する予備的結果も得ている(論文未発表)。このように我々の研究成果は、細胞の老化、がんを制御する新しい技術の開発など、ヒトのテロメア研究の基礎と応用分野の発展に大きく貢献する可能性がある。これらの研究成果が認められて上野は2008年度に日本農芸化学会奨励賞を受賞した。


telo2

研究テーマ

・研究の概要および目的

 我々上野研究室では、分裂酵母(S.pombe)のテロメアに関係するタンパク質の新しい機能の発見を目指しています。分裂酵母は単細胞生物ですが、テロメアも含めて人と共通な部分が数多く見つかっていますので、分裂酵母の研究で得られた情報を人のテロメア研究に生かせる可能性があります。また、分裂酵母の遺伝子の塩基配列の解析はほぼ終了していますし、遺伝子破壊やタンパク質の過剰発現を容易に行えるという実験上のメリットもあります。このような理由から当研究室では、分裂酵母のテロメアについて研究を始めました。
 染色体のDNAが紫外線や酸化ストレスなどで損傷すると、老化や癌化を引き起こすことがあります。しかしそれを防止するために細胞にはDNA修復機構が備わっています。最近DNA修復に関係するいくつかの蛋白質がテロメア維持にも関係することが分かってきました。そこで私のグループでは特にDNA修復とテロメア維持の両方に関係する蛋白質の機能解析を精力的に行い、いくつかの新しい事実を発見しました。
 テロメアは細胞の寿命や癌と密接に関係していますので、将来的には、分裂酵母のテロメア研究によって得られた知識を利用して、細胞の寿命をコントロールしたり、寿命のない癌細胞に寿命を与える技術の開発を目指しています。
 数年前からは、染色体を含む核内動態の研究も始めました。細胞の中では、様々な複合体が動いています。これらの動きが生命現象にどのように寄与するのかは、ほとんど分かっていません。上野研究室では、最新の高解像度顕微鏡を用いて、核内動態のライブ観察とその定量的解析を行い、新しい生命現象の発見を目指しています。

現在の研究プロジェクト
上野研究室では、分裂酵母を用いて染色体の研究を行い、その成果を、新しいがんの治療や予防法の開発につなげることを目指している。また、染色体に関する画期的な新規生命現象の発見も目指している。

現在は、以下のプロジェクトなどを行っている。

(1)がんの特徴を持たせた酵母を用いたがんの弱点探索
環状染色体を持った分裂酵母の弱点の探索、解析

(2)酵母の研究で見つけたがんの弱点候補についてのヒト細胞を用いた検証
環状染色体を持つ患者由来のヒト培養細胞を用いた解析

(3)一細胞解析によるクロマチン動態の制御機構の解明
セントロメアやテロメア、核膜、核小体の動きに影響を与える因子の解析

(4)染色体の制御に関与する生理活性物質の探索と解析
ブロッコリーの生理活性物質の作用機構の解明

(5)テロメア維持に関与する遺伝子の探索と解析



・上野研の実験設備およびよく使用する実験手法

(1)大腸菌を含む分子生物学関係
遺伝子クローニング、遺伝子の大腸菌への導入および、大腸菌からの回収
遺伝子増幅(PCR)
遺伝子配列の解析(DNAシークエンシング)  
(2)出芽酵母関係
Yeast Two-hybrid(タンパク質-タンパク質相互作用の解析)  
(3)分裂酵母関係
遺伝子破壊
ポイントミュータントの作製
四分子分析
サザンブロッティングによる遺伝子破壊の確認および、テロメア長の解析
ノーザンブロッティングによる遺伝子発現の解析
インゲルハイブリダイゼーションによるテロメア一本鎖の検出
細胞周期同調
ウエスタンブロッティングによるタンパク質の同定
免疫沈降によるタンパク質-タンパク質相互作用の解析
GFP融合タンパク質および間接蛍光抗体法による細胞内タンパク質局在の解析
ゲルシフトアッセイによるDNA-タンパク質相互作用の解析
CHIPアッセイによる細胞内DNA-タンパク質相互作用の解析
FACS解析による細胞周期の研究  
  パルスフィールドゲル電気泳動
(4) ヒト培養細胞関係
ヒト細胞の培養、レトロウイルスを用いた遺伝子導入、ヒトテロメア長の測定、SiRNAによる遺伝子ノックダウン、ヒト正常細胞の分裂寿命測定
(5)タンパク質発現、精製関係
大腸菌および酵母を用いたタンパク質の過剰発現
FPLCを用いたタンパク質の精製

文責:上野