上の子供が幼稚園の頃だから、10年以上前か……
その時私は、わが子の授業参観に参加していた。
授業内容はしりとり。
しりとりのシステムは、幼稚園児にはちと難しいから、できるだろうか心配に見ていた私だったのだが、心配をよそにうちの娘の順番が回ってきた。
運が悪いことに、娘への課題は難易度大。「ず」から始まる言葉。
「濁音から始まるのは難しいんじゃ……うまく答えられるだろうか……」
と心配する私を尻目に娘は元気よく、教室中に響き渡るような言葉で、
「ずんこです」
と答えやがった。
……ずんこです。それは家の中のみで使用が認められている言葉であり、当然、社会が認知している言葉ではない。意味は、桜田淳子の自己紹介であり、物まね気味に、鼻の下を伸ばしながら、「ずんこです。」
と発音するのがコツである。
思い返せば授業参観の数日前、暇をもてあました私は、桜田淳子の物まねを娘に教え込んでいた。ああ、なんで、あんなことしちゃったんだろう。
娘に向かい、「ずんこです」と言う。娘はそれを繰り返し「ずんこです」と答える。このリピートアフターミーを際限なく繰り返すことで暇をつぶしていたのだ。
娘からすれば、際限なく繰り返される「ずんこです」には、何か特別な、魔法のような仕掛けがあり、父がこのように真剣に教える言葉なのだから、世間の認知度も抜群の、誰もが知っている、いや、知っていなければならない言葉として脳に刻まれたのだろう。
そして、とうとうそれを披露するときがやってきたのだ!授業参観日という晴れ舞台に!娘は、「言い切った」という感じの、晴れ晴れとした顔をしていた。
さて、娘の
「ずんこです」
に対し、先生は。
「ん?なんていったのかな?先生、よく分からなかったな」
なんて聞き返しやがる。聞き返す必要は無い。「ずんこです」は平成生まれのお前のボキャブラリーにはもともと無い言葉だ。理解できないのは一方的に貴様が悪く、なぜならばそれに、娘は練習の甲斐あり、これ以上ない「ずんこです」を発音できているのだから。よく見ると、鼻の下も伸びている。
娘は聞き返されたので、
「ずんこです」
と、元気に答えよる。先生ももう一度「ん?な、な、なにかな?先生聞き取れないかな?」と、今度は少しうろたえ気味に聞く。
「ずんこです」「ん?」「ずんこです」「ん?ん?」
こんな会話が何回か続いた。教室は、間違いなくざわついていた。参観中の父兄のざわめきだ。
私は両耳を押さえ、「イヤーッ」と叫びながら教室から走って逃げようかと思ったけど、まぁ、自分がまいた種なので、下唇を噛締めながら、その場を耐えることにした。
『「ずんこです」ってちゃんと聞こえてんじゃん。忖度して、聞き流して、次の子に「す」から始まる言葉ふれや!』と思いながら。
娘はきっと、
「父親から教わる言葉は、今後気をつけたほうがいいだろうな」
ということを学んだかもしれない。元気に「ずんこです」を最後まで繰り返した姿は、気がついていないことを物語ってはいるのだけれども。
アディオス