件名 通学時における特別配慮について

日本には職人とも呼ばれるその道のプロがおり、そう呼ばれる人々の知識がいかに深いものなのかを堪能した経験をこのブログにしたためたことがあるのだが、深いのは何も知識だけではない。彼らの動きそのものも特筆すべきもので、一つ一つの動きが研ぎ澄まされていることは言うまでもなく、一つの動きかから次の動きへの移行も無駄がない。彼らの完全に洗練された動きの中にも、プロ・職人と呼ばれる人々のすばらしさを感じることができるのである。

こうした身のこなしは、「教えてもらう」、というのも重要なのだが、それよりむしろ、それをいかに体が覚えるかが重要であり、日々鍛錬される基本動作の繰り返しを経て、自然に身についていくという類のものであり、プロ・職人の身のこなしに達するためには、非常に長い時間を要する地道な努力が必要なのである。

で、私ごとで恐縮なのだが、もう、10年以上、電車+バス通学しているの。だから、名実ともに通学のプロ。通学に関する知識、身のこなしは人を感動にいざなうレベルに達しておる。

つまり、自分で言うのもなんだが、私の電車に乗る、バスに乗り換える、と言う通勤における一連の動作は洗練され尽くされ、全ての無駄が排除されている。例えば、15分に1本の割合でくる、通勤時間帯の電車の時刻は記憶され、それに最適化された時間に家を出る。下車駅のホームの階段の位置を把握し、下車時に誰よりも早く階段を登れるよう階段最寄りの扉に近い席をゲットする、等々の様々な工夫を、なんの無駄、無理のない身のこなしで行なっているのである!

本日も、なのであるが、誰も惚れ惚れしてくれないので、自分で自分に惚れ惚れしながら、無駄のない動きを続けて通勤を続けていた。

さて、私は、職人、その中でも超一流と呼ばれる人でさえ、時として失敗することを理解している。一流になればなるほど、超一流と呼ばれれば呼ばれるほど、彼らの動きはよりぎりぎりのラインを攻めるのであり、そしてこの動きこそが彼らを超一流と呼ばしめる所以なのである。

超一流が選ぶぎりぎりのラインは、通常成功することがありえないほどのハイレベルなのだけれども、なんと彼らはこうしたぎりぎりのラインをさえ難なくクリアしてしまうのである。こうした彼らの姿を見た、物事の難易度がよくわかっていない常人の中には、「あれって以外に簡単なんじゃねぇの」と錯覚してしまうものもいることだろう。もし、こうしたぎりぎりのラインを常人が攻めるものならば、ほぼほぼ確実に失敗し、「ほーら、言わんこっちゃ無いよ。じゃけわしは、むりだ、っちゅうたんよ」、と失笑を買うことになるのである。

しかし、しかしである。超一流であっても、非常に稀ではあるものの、ほんの小さな体調の変化や心的要因により、失敗することもある。ぎりぎりを攻めるが故、小さなズレが失敗につながるのである。

だからこそ、わたしはニシコーリがエアーkを失敗しようとも、内村航平が鉄棒から落下しようとも、わたしは彼らを責めたことがない。むしろ果敢に責めた彼らを褒め称えたいとさえ思ってしまう。つまり、結果ではないのである。我々超一流のレベルに達したものにとっては、いかにアグレッシブになれたか、が問題なのである。こうした気持ちは超一流同士のみが分かち合えるものだから、みんなには分かってもらえないかもしれないなぁ。

で、本日の通勤なのだが、私自身が手痛い失敗をしてしまったので、事の顛末を紹介しよう。この失敗、常人なら失敗自体を悔やむこともあろう。しかし超一流である私。もちろん、アグレッシブになれた上での失敗であるので、後悔の気持ちなど、微塵もない。いや、むしろすがすがしい気持ちでいっぱいなのである。

大学最寄り駅に電車が着いた。この後、バスで座席をゲットしなければならないが、このためには、誰よりも早くバスに乗り込む必要がある。つまり、電車下車後は華麗さと速さの両方が求められるのである。頭でイメージしたとおりのライン取りで電車を下車し、華麗なステップシークエンスで階段を駆け上がり、トップ集団を形成しながらバス停に近づいていった。すると、バス停にはバスがもう既に到着しており、そのわさわさ感から、かなりの客が乗車しているのがうかがえた。どうやら、一本前の電車で駅に着いたお客様が結構な数、いらっしゃるようである。とっさに、「今日は乗客が多いな、うかうかすると座れないかもしれない。この先、コンマ一秒を争うし烈なレースになりそうだ」、と私はレース展開を予想した。

私は、小気味よく、二段あるバスのステップ第一段を上りながら、ここから先は常人(通勤通学初心者)にはできない身のこなしであり、かつ大変危険なので、決して真似をして欲しくないのであるが、なんとバス内を素早く見渡したのである!!つまり、ステップを登りながら、バス内を物色するという、同時に二つのことをやって見せたのだっ!!

すると、私は一席だけ奇跡的に残された空席を発見した。そして、

「あの席は、私がゲットする」

と心に決めた。
「狙った獲物は逃さない。それがこの俺、ルパーンしゃ〜んしぇ〜い」
気取りである。

しかし、獲物を抱くためには、誰よりも早く獲物に到着する必要がある。そのためにはパスピーをピッとして、そのままシームレスに座席方向に素早く移動する!と思った時、余計なことが頭をよぎった。

「このステップなければいいのにな」

するとまぁ不思議。まだ、2段あるステップのうち一段を上っただけに過ぎず、本来ならばステップをもう一段登る動作をしなければならないところを、そのままデェスティニーである空席方向へ次の一歩を踏み出しちゃったのである。これはすなわち、残された1ステップに蹴つまずくことを意味しており、当然、私は蹴つまずいた。

結果、私はバス入り口付近で派手に転倒し、いろいろなところに青タンを形成するに至った。バス内で、私の通勤を応援してくれているギャラリー、とくに入り口付近のアリーナ席のお客さんが、うずくまる私をかたずを呑んで見守ってくれている。

フアンを心配させるのは心外である。血豆った手でギャラリーに向かって手を振り、「まだプレイできる!」と私は気丈にアピールをした。本当はそんな状態ではないものの、心は、心はまだ折れていないのである!そう、私は通学のプロ。私は座席のルパーンしゃ〜んしぇ〜い。

目の前で転倒した知らないおじさんに、半笑いされながら手を振られたアリーナ席のお客様は、結構複雑な、なんとも言えない顔をしておった。そう、書きあらわすならば「なるべくかかわりあいたくないな」という顔であった。

ここで、私は我に返った。
「そうだ!席。席!席ゲットしよー!」
残り一つの空席方向に目をやると、目を疑う光景が!!

バスに乗り込むまで私の直ぐ後ろにおったお嬢さんが、ちゃっかり座っておるではないでしょうか。どうやら、うずくまっている時、上手くかわされたらしい。

バスが大学に着くまでの20分間、通路に立ちながら私は涙した。痛いのではない。ただただ、悔しかったのだ。ベストパフォーマンスを出し切れなかった自分の不甲斐なさが。多分この涙は、メダルを取ることが確実視されていた選手がメダルを取り損ねた時に流すものと、同じであろう。

アディオス!

2018年04月20日