私が寝る部屋はベランダにつながっており、ベランダに出るためには必ず通らないとならない“通路”の役割を担っている。ということはつまり、ベランダという楽園に通じる地獄の門の役割をも担っているのが私の寝室であり、そして、つまるところ私が地獄の門番。
ある夜、寝室でネットサーフィンしておったところ、上の娘が部屋に入ってきた。明日、プールがあるらしく、水着が必要なのではあるが、それは洗濯され、いまだベランダで干してあり、それをゲットするという目的での入室であり、つまり用があるのは私ではなく、ベランダの方である。
で、まぁ娘が部屋に入ることに関しては問題はまるっきりないのではあるが、問題があるとすれば娘の部屋への入り方である。
半開きだったドアが開いたかと思うと、娘が
「いきなり入ってごっめーん。まことにすみまめーん。」
と言いながら入室したのである。
聞き間違いようのないセリフ。
偶然にかぶりようのないセリフ。
懐かしい、かつて聞きなれたセリフ。…ジョイマン(ジョイマンが分からない場合はヤホーで検索してください)。
本来ならば、「何なんだこいつ~」と返すのが親として正解なのであろうが、完全に気が動転してしまった私は、「何なんだこいつ~」と返すことは出来なかった。私が完全に気を動転させてしまったことを皆さんも簡単に想像することができるだろう。娘がジョイマンなのである。
気が動転してしまった結果、口からやっと出たのは、
「すげぇな、おい。完璧なジョイマンぶりじゃん。学校でジョイマン、はやってるんだ?」
という、娘を讃えるものの、あまり気の利いていない言葉だった。しかしその言葉に対して娘は想定外の反応を示した。
「ジョイマン?誰?」
......ふざけるな!今の今まで散々ジョイマンだった自分を偽るのか?たとえ自分を偽れたとしても、俺はごまかせねぇぜ!とも思いつつ、ややおとなしめの言葉を返すことにした。
「だって、「まことにすみまめーん」って。あれ、ジョイマンじゃん」
「あ、あれ。「ジョイマン」っていうんだ。知らなかった」
「知らないわけないじゃん。「まことにすみまめーん」って、ジョイマン以外誰がゆうんだよ」
「パパだよ。パパの真似。パパ、今年の1月から3月まで、ずっと言い続けてたじゃん。「まことにすみまめーん」って」
1月から3月といえば、中学受験を控えた娘を塾に迎えに行っていた頃だが、そう言えば、確かに塾への行き帰り、口ずさんでいた覚えがある…ジョイマン。しかし、しかしである。2017年にはジョイマン気取りの輩はほぼ皆無で、2017年はどちらかというと断然、ブルゾンであり、「35億」とうそぶくのはありだとしても、「まことにすみまめーん」の方はちょっと…結構いかれた感じになっちゃうし、そういったいかれた感じは少なくとも公では慎むべきであるという社会通念を身に着けている以上、「まことにすみまめーん」と口ずさむわけにもならず、しかし個人的にはなぜか「まことにすみまめーん」がブームで、「まことにすみまめーん」と発したい衝動に駆られ、妥協策として私はジョイマンを“心ずさんで”いることにし、公序良俗・社会通念を成熟させた私が、「まことにすみまめーん」を音として発するわけがないのである。
口ずさんでもいないにもかかわらず、心ずさんでいただけにもかかわらず、娘にはその内容が伝わっている。この状況を説明するのは非常に難しいのではあるが、ひとつの可能性として、娘にはエックスメン的な何かが宿っており、もう少し平たく言い換えると、もしかして娘は他人の心を読むことができ、つまるところ「娘はチャールズなのだ」と考えることで、以上のことがすべてきれいに説明できることになる。もしこの考察が正しいのならば一大事であり、私の心に浮かぶ数々のしょうもないことが逐一、娘に伝わっていることになり、当然それはジョイマンにとどまらないはずである。そこで、おそるおそる、
「なんで、知っとる?パパがジョイマンのこと?」
と聞くと、娘はめんどくさそうに、
「だから、言ったじゃん。パパは1月から3月、「すみまめーん」って言い続けたからじゃん。」
「だから、俺のジョイマンはお前に聞こえたのか?」
「聞こえるの決まってるじゃん、あんだけでっかい声でジョイマンしたら。私は恥ずかしくてしょうがなかったんだから。」
…と、いうことは、娘がチャールズなわけではなく、わたしがジョイマンを垂れ流していたわけである。自分では、シャドウジョイマンを嗜んでいたつもりなのだが、その実、ジョイマンが口からだだ漏れていたということになる。しかるにこれは大変危険でやっかいな状況であり、それはなぜかというと、もしかすると、結構いかれた感じの自分を公道のみならず、職場でも演出していたかもしれないからである。いや、可能性としてはかなり高い。あるかないかで言えば、あるだ。あるかないかで言えば…あるだぁ!
もしかすると、講義中、講義に向かう廊下で、会議中、通勤のバス中で、「すみまめーん」とむやみに言っていたかもしれません。もし不快に思った方がいらっしゃいましたら、お許しください。この通りです。「まことにすみまめーん」。
アディオス!