4階の事務室には、なぜかブーメランが飾られている。
事務室にブーメランがある曰くについては、確か以前、聞いたはずなんだけど、覚えていない。4階に居室がある私以外の誰かの先生の、オセアニアに行った際のお土産だったような……
で、私にはブーメランにまつわる酸っぱい思い出があるので、今日はそれを白状しようと思う。
私が小学生だったころの話。40年くらい前か。
近所のおばさんがオーストラリアに行ったらしい。もしかすると、おばさんの家族だったかもしれないけど。
当時、海外に行くのはまぁまぁレァーなことだった。
私が留守番をしていると、そのおばさんが現れて、母がいないのを残念そうにしながら、「母親に渡せ」と言って、オーストラリアのお土産を置いて帰った。
お土産は、プリミティブな彩色が施されたブーメランだった。母親へのお土産だったけど、それを見て私の心はダイナミックに踊りくるった。
小学生の私だって、ブーメランが何であるのか知っていた。ハンティング道具で、それを投げ、獲物に打ち当てることで狩りをする道具だ。
しかも、投げ方を工夫すれば、楕円軌道を描いて、手元に戻ってくる優れものだ。
小学生の私にだって、それくらいの知識はあった。
私は、
「早速、ブーメランを持って狩りに出よう」
と思い立った。
で、実際にブーメランを手に、狩りに出た(誰か、この子を止めて! これから大変なことが起こっちゃうから!)
で、うちは新興住宅地にあって、今となっては家の前の区分はすべて分譲済みで、おうちが建ち並んでいるんだけど、40年前はまだ一軒も建っていなくて、そこは、かなり広い空き地だった。子供たちがそこで野球をして遊べるくらいの広さだった。
“ブーメランを投てき場”というものがあるかは知らないけれども、もしあるとすれば、それはきっと、うちの前の空き地が該当するだろう、ぐらい、うちの前の空き地はブーメランを投げるのに適していた。
で、その空き地に立って、早速、投てきの試技にうつろうとした。
獲物を狩るのは、ちゃんとブーメランを投げられるようになってからにしようと思った。まずは、獲物を狩る前に、ブーメランを思い通りに投げられるように、腕を磨く必要があると思った。私は幼き頃から、物事をこうして順序だって考えることができる賢い子供だった。
で、ブーメランを楕円軌道で飛行させ、手元に戻らせる飛行を目指し、試しに一度、投てきすることにした。
「戻ってきたブーメランを、『ぱっし』っとかっこよくキャッチしないといけないなぁ」
などと空想を膨らませながら、2~3回素振りをしてから、ブーメランを力いっぱい投てきした!
「投げれば、帰ってくるもの。それがブーメラン。」
間違った認識を、小学生の私は持っていた。
力いっぱい投げたブーメランは、予想と全く異なる航路をとった。
ブーメランは帰ってくる素振りなど全く見せず、ほぼほぼまっすぐ飛び、落ちた。
「あ、ブーメラン、戻らないんですねぇ」
なんて思いながら、自分のどこがいけなかったのか、次にどのように投げるべきか、イメージを膨らましつつ、ブーメランを取りに行った。その時の私は、当然、2番目、3番目の投てきチャンスがあると思い込んでいた。
はたして、ブーメランは落下したと思われる地点に落ちていた。……真っ二つに割れて。
そもそも、装飾用に作られたブーメランで、作った人も、まさか本当に投げる人間がこの世にはいないだろうと思いながら作ったのだろう。投げることは想定されてはいない、安全率が最小限となるように設計されたブーメランだったのだ。
真っ二つになったブーメランを見て私は青ざめた。おばさんから預かったブーメランを、母親に渡す前に壊してしまったのだから。
で、家に帰ってブーメランを隠し、それによって、「ブーメランが家に来た」という事実から、根こそぎ抹殺しようと工作したのだが、工作ミッションの途中で、
「逃げ切れるわけがない」
と、正気に戻り、結局、泣きながら母親に白状した。
怒られたのか、怒られなかったのは覚えていない。
覚えているのは真っ二つに割れたブーメランとご対面した時の衝撃と、証拠隠滅を図りならが、自責の念に苛まされていた感情だけだ。
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4階事務室のブーメランを見るたび、酸っぱい思い出が込み上げてくる。
4階の事務の皆さん。そのブーメランを投げないほうが、絶対いいと思う。真っ二つに割れちゃうから。きっと心配されなくても、投げないと思うけど。
アディオス