件名 正規講義時間以外のチャイムについて

クリスマスまで、あと半年ですね。クリスマスが待ちきれない皆様のために、6月は”クリスマスまであと半年月間”と銘打って、クリスマス特集を展開いたします。

毎年、年の瀬も押し迫ってくると、広島駅の新幹線口を出た所にはクリスマスツリーが飾られる。それは見るだけでなんとも幸せな気分なれるという、たいそう素敵なものなのであるが、今年のツリーは今までのツリーよりもずっとずっとすごかった。

というのも、今年飾られたクリスマスツリーには人を幸せにするさらなる創意工夫が施されており、この創意や工夫によりいやがおうにもクリスマス感が盛り上がるようにできているからである。高さ6mほどのツリーの中央位の高さには黄金のベルが取り付けられており、そのベルからは荒縄が地面まで垂れ下がっている。そして、その荒縄を引っ張ると、荒縄のベル側の先に取り付けられた金属片がベルと接触し、ベルが甲高い音を鳴らすという志向なのである。

「ベルが甲高い音を鳴らして、楽しいのだろうか?」と疑問を思った人もいるかもしれない。たしかに、ベルが甲高い音を発するだけでは、それはまぁ楽しいかもしれないけれど、ぼちぼち楽しいレベルだろう。しかし、このクリスマスツリーには、人をぼちぼち楽しいレベルには留まらせない、驚くべく秘密が隠されているのである!

ベルが甲高い音を鳴らすと同時に、電子制御されたメカニズムが作動し、聞いたこともないような、何とも幸せなメロディーをツリーがかき鳴らすからくりなのである。そして、この音楽の素晴らしさは何とも表現できないくらいで、私のような歪んだ精神を持つものであっても「ああ、生きていてよかったな」と思わせるほどの破壊力を持つほど幸せな旋律なのである。ああ、あなたにも聴かせてあげたい。

そこで私は、帰宅時にはいつも、「このベルをかき鳴らし、幸せのメロディーを奏でたい」と切に願っているのだが、実は今までそれに成功したことはない。つまり、誰か知らない人がベルをカーンとやって奏でる演奏を、傍からもらい聞いているだけに過ぎないのであり、「ああ、明日こそ自分でカーンとやりたいなぁ。自分で音楽を鳴らしたら、どんなに楽しいことだろう」ともじもじするだけなのである。

「カーンとやればいいのではないか」と思った人もいるかもしれない。しかし、そう簡単なものではないのである。ああいうものは第一にカップルが好んでやるものであり、カップルの次は就学前の子供達、その次は中高生女子という風にプライオリティが決まっており、いっくら待ってもそこら辺からうようよわいて出て来る、カップルやおぼっちゃん・おじょうちゃん、女子中高生がカーンとやるもんだから、私の番は待てど暮らせど回って来ないのである。

「それならば、順番を主張して、カーンとやればいいのではないのか」と思うかもしれない。しかし、このツリーは順番を待つための行列を作るシステムではなく、誰かがカーンとやり、幸せな音楽が奏でられ、それが終わると、自然とツリーの周りに待機しているカップルやおぼっちゃん・おじょうちゃん、女子中高生うち誰か一人が、他者と阿吽の呼吸でベルに近づき、カーンとするシステムになっており、このシステムが発動している以上、私のようなおじさんが、カップルやおぼっちゃん・おじょうちゃん、女子中高生に分け入ってベルに近づき難いのである。

そりゃ私だって鳴らしたいのですから、根性を出して、ベルに近づいた事だってありますよ。実は。でもね、でもですよ。その時の私は、カップルやおぼっちゃん・おじょうちゃん、女子中高生をなるべく刺激しないようにと気を遣い、満面に笑みを浮かべながらベルに近づいてしまったものですから、同じく、反対方向からベルに近づきつつあるカップルの女子のほうが、気持ちの悪い笑みを浮かべながらベルに猛進してくるおじさんを探知し、こともあろうか、気持ちの悪いおじさんが自分のほうに突進していると彼女は勝手に勘違いしやがり、「キャア」なんて悲鳴を上げるものですから、私は完全にてんぱってしまい、笑顔を引きつらせながら、「ち、違うよ。おいら、決して怪しいものなんかじゃないんだよ」、とベロ(妖怪人間)の自己紹介みたいなことしか言えず、妖怪人間たる私に対してさらに凍てついて行く彼女を見て、ただ友達になりたかっただけなにに、疎外されるベロの気持ちを痛いほど共感するだけのトライアルに終わっただけだったのでした。

こんな妖怪人間の私が、「みんな、順番が分かりやすいように、列つくろうよ、列!」と声高らかに正論を主張したとしても、誰が耳を傾けるでしょうか?絶望の果て、回ってくるはずも無い順番をただただ待ち続け、結局はカーンができないまま、泣きながら帰宅する日々が続いていた。

ある日、やはりいつもどおり泣きながら帰宅すると、上の娘がなぜ泣いているのか聞いてくれた。事の顛末を白状すると、「なら、今からたたきに行こうや」と誘ってくれた。娘を引き連れてツリーに着くと、意外なほど簡単にカーンとすることがでた。女子中学生の力は絶大だ。まずは娘にカーンとやらせ、至福の音楽を奏でさせ、その後私がカーンとした。自分がカーンとすると、なんか、自分だけのために音楽が奏でられているような、格別至福度が増幅するような気がした。

調子に乗った私は帰りながら、言わんでもいいのに「俺のほうがお前より、カーンってやるのうまかったな。俺がカーンってやったほうが、より至福の音楽が流れたな」と言った。娘は、「付いて来てやったのに」と内心思ったのであろう。結構複雑な顔をして黙って聞いておった。

メリークリスマス

2018年06月06日