野外での活動、俗にいうフィールドワークには、ともすると我々を消し去れるほどの巨大で凶悪な危険が潜んでいる。そんな危険に私自身が消されそうになった苦い経験をWebマガジンBuNa誌上に絶賛好評連載中なのであるが、野外活動に伴う危険は、基本的には我々が支配できる類のものだから、必要以上に危険におびえることはない。危険が牙をむいて襲い掛かってくるのは、往々にして我々のディシジョンに非がある時なのだから。
野外活動での危険を支配するために必要なことは、危険を、そして自分が置かれた状態を見極める力であり、それに従って最適なディシジョンを下し続けることだ。つまり、平たく言えば、無理をしなければよい。
しかし、こんな簡単なことさえが、フィールドワーカーには時に難しい。我々は調査の成功のために並々ならぬ努力を注ぎ込んできたのであるから、目の前に貴重な獲物(データ)が現れたとき、たとえその獲物(データ)を取るために危険を冒さなければならなかったとしても、ついついそれを取りに行ってしまうのである。そして、獲物(データ)を得るための熱意と無謀な挑戦との境界は、時として悲しいほどに薄くなる。それまでに払った努力と犠牲が大きければ大きいほど、我々は、自分にはこの獲物を得るだけの資格があると勝手に思い込み、危険の兆候を軽視しがちなのである。
そんな我々が陥りがちな危険な状況を、私が実際に犯した野外での誤ったディシジョンを例に、今日は紹介しようかと思う。今回も硬派な内容だ!
今考えれば、私はその日、重大な判断ミスを数度犯している。もちろん、その時々には、最善の選択をしたはずだと信じきっていたのだが、後から考えると誤った選択であり、最初の誤った選択がほころびを生み、そのほころびが、度重なる誤った選択により、取り返しのつかない大きさまで広がってしまったのだ。
私はその日、娘たちを連れて吉和に向かった。釣り堀に釣りに行くのだ!ここ最近、「忙しい、忙しい」を連発し、どこにも連れて行ってやってなかったから、今日くらいは遊びに連れて行ってやろうと思い、それならば彼女らが大好きな魚釣りだ!吉和の釣り掘りだ!と思ったのだ。
釣り堀では受付で、竿が何本要るか聞かれたのだが、私は、はきはきと、「2本!」と答えた。1本を順番に使うという選択もあろうし、釣り堀のおじいちゃんは、「2本はいらないかなぁ。1本を順番に使えばいいんじゃないかなぁ」と1本の利用を勧めてくれていたのではあるが、もしそうした場合、醜い竿の奪い合いが発生することが高度に予想され、終いには、竿を持っていないほうが、どっかから棒的なものを拾ってきて、釣りに勤しむ竿を持っている方をつつきまわすと言った様々な妨害工作に発展することだって十分考えられるので、ここはやはり、一人1本だと思ったのである。今考えれば、この選択が誤っていた。
釣りを開始する前に、子供たちを集め、これから始まる釣りに関する約束事を取り決めた。というか、釣りのルールを一方的に伝達した。この1方向性は野外活動では特に重要である。というのも、野外では、何かしらの不利な状況が突然発生した場合、撤退するなどの行動を迅速に行わなければ命にかかわることがある。そんな時、迫り来る危険を目前に、撤退するかどうかなどを皆で議論している暇はない。適正な判断(撤退)と無謀な挑戦の境界は限りなくあいまいなのだ。撤退に反対する者はいるだろうし、その理由だっていくらだって作れる。目標の獲物が目の前にいればなおさらだ。議論をし始めれば、収束する兆しさえ見えないこともあろう。
しかし、そんな議論をしている間に事態が悪化し続けることもある。そうなれば我々が支配できる状況ではなくなることもあるだろうし、こうなってしまえば、我々の地位は自然の支配者から自然の一部となり下がり、自然の猛威を前になす術は何もなくなってしまうだろう。こうした最悪のシナリオを避けるためには、リーダーのみがディシジョンを下し、それ以外はそのディシジョンに盲目的に従うに限る。野外では、リーダーが王であり、法なのだ。文句があるのならば、野外を出てから幾らでも言えばよい。しかし野外にいる間は、リーダーに従い続けるのだ。野外での時間を議論で費やすのが、一番愚かな行為なのだから。
で、今回の釣りの場合は、一番経験のある私が判断・ディシジョンし、それを子供たちに伝える。子供たちには拒否する権利は無い。私のディシジョンに従うしかないのだ。私が王であり、法である。このルールを植え付けるため、1方向的な意思伝達が必要なのだ。もう既に、野外活動は始まっている!
で、私は次の二つのルールを娘に伝え、それに従うように命令した!
1.1時間だ!1時間のアタックの後、釣れようが釣れまいが、私たちは撤退する。次の1時間のための竿の賃料は支払はない!これは、竿の賃料をケチったがための選択だ!
2.一人6匹までだ!一時間を待たずとも、調子よく釣れてしまって、釣れた魚が6匹に達した場合、そこで釣りは終わりだ。たとえ、10分で6匹釣れてしまっても、それでお終いだ!
この時は、娘たちは黙って私の指示にうなずいていた。
さて、読者の皆さんの中には、2番目の命令に違和感を抱いた人もいらっしゃるかもしれない。それについての説明というか言い訳は、次回の記事に任せよう。今回もだいぶ長くなったので。
今回はとりあえずこの辺で!
アディオス!
マラリアに罹った稀有な経験の連載が、WebマガジンBuNa誌上で始まりました。ぜひ、遊びに行ってください。