家族でショーコの店に行った。
ショーコの店は、ショーコが経営する中華食材販売店で、本当はショーコの店という名前ではないけど、漢字で書かれた看板を、家族の誰一人読むことができないため、家族の間で“ショーコの店”と呼ばれていた。
ショーコは中国人らしいのだけれども、自分のことをショーコと名乗っていて、それは日本人っぽい音なんだけど、日本語は片言で、ほとんどなに言っているかわからないことが多い。
なんだけど、ショーコの店は小売り店なんだから、客は商品を買いに、店はそれを売るというように役割がきっちり分担されていて、この関係が交代することもなければ、客側も店側もそれ以外の役割、例えば病気を治してもらう、とか、髪の毛を切ってもらう、を演じるということはないのだから、言葉なんか通じなくても全然困らない。
つまり、店に置いてあるもののなかから欲しいものを買い物かごに入れれば、あとはショーコが合計額を計算して、計算機に示された合計額を見せてくれるから、
「ショーコ、安いねぇ」
とか言いながら、その額を払えばいいのである。基本、何もしゃべらなくても成立し得る。
もちろん、中華食材の中にはなじみのないものが多いので、そういった場合、
「ショーコ、これはうまいか?」
と聞く必要があるけど、それくらいの会話なら、ショーコだってできるし、そういった場合ショーコはだいたい、
「食べたらわかるねぇー」
と言って買い物かごにショーコ自ら商品を入れてくれるのである。もちろん、これについても課金されるから、いらないときは会計前までに、かごから商品を取り出さないといけない。ショーコは商売がうまいというか、姑息なところがある。
ただ、頼りになるところもあって、クリスタルジュジュベなんかは、似たような商品を複数、ショーコは店に置いているんだけど、どれがおいしいか聞くと、
「これとこれはおいしーねー。でも、これダメ」
とおいしいやつを教えてくれて、ショーコが勧めたものは例外なくおいしいのである。ただ、何の目的で、ダメな方のクリスタルジュジュベを店に置いているのかは判然としないし、ダメな方はショーコの手前、買ったことがないし、もしかすると売ってさえくれないかもしれないので、本当にそれがまずいのかも確かめようがない。
それに、ショーコが「おいしーねー」と評価した複数ブランドのジュジュベは買い物かごにショーコの手によって入れられているから、何袋もクリスタルジュジュベがいらない場合は、会計までに、かごから商品を取り出さないといけない。やはり、姑息だ。
で、今日は珍しく、下の娘が商品をじっと見つめ、ショーコの店の品が欲しいと言う。
娘が欲したのは、中華ブランドのインスタントラーメンだった。袋のほうの。
日本にもインスタントラーメンが売っているにもかかわらず、わざわざ中華ブランドのラーメンを売ってんだから、日本のとはどっか違うことが予想される。味付けとか。さもないと、日本のを買えばいいんだし。
となると、インスタントラーメンが娘の口に合うのかが問題となる。海外の味付けは概して、日本人にはへんてこな味に感じられ、「なんでこんな味付けにするんだよ。ラーメンが台無しになってんじゃないか」みたいに私なんかは思ったりすることがよくあるんだけど、現地の人にはその味がたまらないんだと思う。
で、娘は勇気を出して、ショーコに味を聞いていただのだが、ショーコはいつも私にやるように、
「食べたらわかるねぇー」
と言いながら袋ラーメンを買い物かごに入れるのではなく、結構、親切に、
「あの赤いの見えるか? あれは辛い」
などと、味を娘に教えてくれていた。棚を見ると、赤いのは2種類あるようだった。レッドとマゼンタくらいの違いの。娘は、
「どっちの赤いのですか?」
とさらに追及した。えらい。するとショーコは、右側のマゼンタを指指しながら、
「こっち。辛いよー」
と、辛い顔をする。娘は、
「じゃあ、こっちの赤いのは?」
と左側のレッドのを聞くと、ショーコはやはり。
「辛いよー」
と、辛い顔をする。どっちも辛いんなら、なぜわざわざ言い分けたかわからないけど、そこにはショーコなりの理由があるのかもしれない。
では、と娘は、
「じゃあ、この黄色いのは?」と指をさしながら聞くと、
「トムヤム。辛いよー」
と辛い顔をする。私なんかは、「それ、タイー」と思ったりするんだけど、娘は軽く聞き流し、緑のパッケージの味を聞いた。緑のパッケージはさすがに辛くないだろうと思ったけど、ショーコは、
「酸っぱい。で、辛い」
と酸っぱい顔の後、辛い顔をする。娘と私はショーコの顔芸に驚嘆しながら、それに見入っていた。娘は拍手をしそうになったんだけど、その直前に私が察し、すんでのところで拍手を止めさせた。
後は、ピンクのパッケージしかないんだけど、娘はどうせ辛いんだろうな、と思いながらも、一応確認していた。すると、
「それは辛くないね。トマト味」
と言った。顔は辛くなかった。トマトの顔がどんなのかわからないんだけど、トマト顔でもなく、普通のショーコだった。
で、娘は元気よく、
「それください!」
と、ピンクにパッケージのを選んだ。
夕食、早速、トマト味のインスタントラーメンを娘は食べていた。が、トマト味のインタントラーメンは、娘にはへんてこな味に感じられたようで、スープを一口すすって、それ以上食べなかった。
袋入りラーメンは、5袋入りのパックだった。
結局、残りの4袋は私に回ってきて、こうして研究室においてある。お昼休み、私の研究室からへんてこなにおいがしてきても、決して気にしないでほしい。こうしたやむを得ない事由により手に入れた、トマト味ラーメンを煮ているのだから。
アディオス