私と部下は、1万年前の祖先のから受け継いだハンターの血をたぎらせながら、釣り竿を手に緑色の池をにらんでいた。
こうなったのには発端がある。
先週のことだった。私と部下はいつものように調査に出ていたのではあるが、いつも同じ道ばかりで通っていたのではおもしろくない。ここはひとつ冒険をして、新しい道を進んでみよう、といつもとは違う道を使って調査地に向かっていた。
その道は、たぶん調査地へは続いているだろうなぁ、と強く予想できるものの、問題はその距離で、どれくらい遠回りが必要なのか、もしかしたらめちゃくちゃ遠回りになるのではなかろうか、と少しビビりながら進んでいた。
で、私の不安は杞憂に終わり、調査地にはすぐ着いた。ほぼ、いつもの道と変わらない距離。
でも、この脇道にはおまけがついていた。新しい道を少しだけ進んだところに、水を洋々とたたえた、きれいに管理されたため池があったのだ。
で、部下と、こういうところには魚が棲んでおるのかねぇ、と話をしていたのだが、幸い部下は釣り好きで、それならば今度の調査のついでに一つ、魚を釣ってみようということになったのである。
緑色の水面をよく見ると、何やら黒いものがうじゃうじゃ泳いでおって、ヒキガエルのオタマジャクシであった。ヒキガエルは毒をもつが、オタマジャクシの方はどうなんじゃろう?こいつらも有毒で、天敵がいないのだろうか?
それにしてもすごい量である。おびただしい数が泳いでおる。きもちわるーい。
で、こんなヒキガエルのオタマジャクシだらけの池に、魚なんかおるかのう? と思いながら、釣り竿を手に池をにらんでおったのであった。
で、部下がおもむろに釣り竿の準備をしはじめた。こいつは、やる気だ!
で、
「ブルーギルやらブラックバスがいるならば魚影が見えるはずですが、それが見えないのはよい兆候です。彼らがいれば、他の魚がいなくなりますから。鮒がいれば、と期待し、鮒狙いの仕掛けで行きます」
とダイソーで購入したという仕掛けを整えながらうそぶいた。頼もしいぞ!部下!
なぁーんて言っていると、二人の前を悠々と通過する、体長60cmオーバーのあずき色をした魚の群れが、ぬぉ~~っと現れた。3匹、いや4匹おる。
私はたじろいだ。だって、あいつらは、広島では週末の昼下がりに放送されている、池の水を全部抜く番組で、頭ごなしに悪役を仰せつかられている、アリゲーターガーだからだっ!
興奮さめやらぬ私は、そのまま思った通り、「アリゲーターガーだ!」と叫ぼうと思い、実際、そのまま気持ちを言葉にした。
多分、アリゲーターガーの「ア」くらいまでは絶対言ったし、なんなら、「アリ」まで言ったかもしれない。その、「ア」か「アリ」を言うほんの少し前のタイミングで部下が、魚影をチラ見して、
「コイ、いますね」
と言うのが聞こえたので、私はそのままの形で方向展開し、
「アリ」
まではかなり大きな声で言った後、
「…イ、いますね」
とそれ以降を小さめの声でぼそりと言った。
結果、アリイという実在しない生物名を叫んだ形になったのだが、そこはさすが教授。初めから、「コイ」って言っていましたけど、もしかして「アリイ」って聞こえましたか? だとすると、聞こえちゃったほうが悪いんですよ、と言う無茶苦茶なやり方でこの難局を乗り越えた。つまり、本件に関しては何ら具体な措置を取らなかった。
部下のほうは、しっかりとアリイが聞こえたはずなのだが、そこはさすが部下。初めから、コイ、としか聞こえていませんでしたよ、と言う無茶苦茶なふりをすることでこの難局を切り抜けていた。つまり、本件に関しては何ら具体な措置を取らなかった。
で、魚影を見ると、確かにコイだった。
私はたまらず部下に、
「コイおるやん。 あれ釣ろうや!」
と言ったが部下は冷たく、
「無茶言わないで下さいよ。鮒の用意しかしていないんですから、あんなのがかかったら釣り竿ごと持っていかれますよ」
何ていう。こっちの無茶苦茶は通らないらしい。意地悪。
で、すぐに釣り竿の準備はできて、釣りが始まったのだけど、部下は私のリクエストの通り、コイがおる辺りに投げてくれるのだが、相手は大物だけあって、我々の餌になんて目も向け無い。意地悪。
10分以上頑張ったけれど、結局何も釣れず、
「たぶん、コイ以外はおりませんね。コイはなんでも食うから、こいつらがいると他の魚が棲めないのかもしれません」
と部下は言うのだか、
「なんでも食うならおれ達のエサも食いつけばいいじゃねぇか」
と乱暴なことを言うと、
「水面に餌を留まらせないといけないから、言うほど簡単じゃないんです。コイにはコイ用の仕掛けが必要なんです」
と釣れない理由を教えてくれた。
いろいろと込み入った事情が釣りにはあるんだな、と思った。あんなの釣ったら興奮するだろうけど、さばくのもそれなりに大変だろうな、とも思った。
アディオス