今や天才科学者の称号をほしいままにし、世界の英知の一角を担う私ではあるものの、私の才能は何も科学界に限ったものではなく、実を言いますと商品開発力にも爆発的な破壊力を持っているのである。そこで今回は、これまであまり語られてこなかった私のビジネスパーソンとして活躍を紹介していこうかと思う。
で、私のビジネスの才については、御託をどれだけ並べるよりも、実際に私が開発してきた商品の歴史を紹介するほうが手っ取り早いと思うので、そのようにさせてもらいたい。
で、私の手がけたヒット商品の筆頭に挙げられるのはもちろん、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」である。しかし、しかしである。万が一、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」を知らない人がいる場合も想定して、先に商品を軽く紹介しておこう。
東京オリンピック誘致の際、滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し・おもてなし!」と振り付けで言ったのは2012年のこと、もうすでに懐かしい。その時、まだ生意気真っ盛りの私は、国際学会の口頭発表で、「お・も・て・な・し」をやったら、きっと面白いに違いないと失考し、あろうことかそれを敢行してしまったことがある。つまり、
『皆様の温かいホスピタリティに、とっても感激しちゃいました。日本では、あなた方のような善行はこう表現されています。
「お・も・て・な・し・おもてなし!」』
と......
わたしの「お・も・て・な・し」は、まさに、滝川クリステルさんが舞い降りたような完璧な振り付きの「お・も・て・な・し」であった。ああ、あなたにも見せてあげたい。
……私は、あれだけ連日、日本中で繰り返し報道されたくらいだから、世界中の人が、「お・も・て・な・し」を知っていて、その結果、私が繰り出す「お・も・て・な・し」により、会場中が割れんばかりの大爆笑に包まれることを期待していたのだが、こともあろうか会場は無反応。静まり返ったままなのであった。会場のほぼほぼすべての聴衆が、「なんじゃあれ?」という表情を浮かべていた。
「しまったぁ、やってもおたぁ」と、ステージ上で泣きそうな顔をしていると、学会開催地が社会主義国であり、そのお国柄なのか、前方に座っていた、結構いかつい、立場がかなり上そうなおじさんが急に立ち上がったかと思うと、私の「お・も・て・な・し」に向かって、これ以上ないくらいのおっとろしい顔とともに、なぜか大きくうなずきながら拍手を始めるものだから、それに引き続き会場は何を称賛したか分からない(多分、おっとろしい顔とともにうなずきながら拍手するおじさんを称賛しているのだろうけど)割れんばかりの拍手に包まれ、私としては「お・も・て・な・し」のあと十数秒後に沸き起こった拍手に対してどう反応すればよいか分からず、とりあえず私も前方のおっとろしい顔をしたおじさんの顔まねで大きくうなずきながら、自らも拍手の輪に入るという行動でその場を何とか乗り切った記憶がある。その後の発表が苦痛以外のものでなかったことは、想像に難くないだろう。科学者は、発表だけして帰ればいいことをこの時身をもって学んだ。あの頃の私は、若かった。
で、以上の逸話は、私が開発した玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」とは全く関係ない。
テレビを見ていると、玄関芳香剤のCMが結構多いことから、玄関のにおいにお困りのご家庭が極めて多いことをうかがい知れる。この弱みに付け込んだのがこの玄関芳香剤、「お・も・て・な・し♬」である!
普通の玄関芳香剤を5倍に薄めた玄関芳香剤が詰め込まれた玄関芳香剤が「お・も・て・な・し♬」だ。なぜ5倍に薄めるのかというと、その謎は使用方法に隠されている。つまり、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」は「お・も・て・な・し」と言いながら、すべての音に合わせてトリガーを引く、つまり一回の使用で5回分噴出する制度になっているのだ。普通の玄関芳香剤を5倍に薄めたものなのだから、5回トリガーを引けば、普通の玄関芳香剤と同じ効果が得られるというわけだ!つまり、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」を使うだけで何と、滝川クリステルさんの振り真似が再現できるという代物なのである!!!
なんじゃ、それだけか?と思ったそこのあなた!なんじゃ、それだけです。
ただただ、それだけなのですが、それだけがすごいのです。つまり、美しい理論は往々にして驚くほど単純なものなのです。そして、商品開発にも同じことが当てはまるのです。単純なものが強い!
で、そのすごさを紹介しよう。まず値段設定!普通の玄関芳香剤の半額まで落とす。ただし、普通の玄関芳香剤を5倍に薄めた芳香剤なのだから、これでも十分元は取れる。というか、儲かる。普段より2.5倍儲かる計算だ!それに、価格が低く設定されているのだから、価格競争に有利となる。大きさが同じ容器ならば、半額の方を取るのが消費者の心境なのである。こうした最先端の販売心理学の要素も組み込まれているのが玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」なのである。
玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」のすごさの秘密は、値段設定だけにとどまらない。実は、更新頻度の高さがこの芳香剤の一番の秘密であり、セールスポイントなのである。つまり、飛ぶように売れる。売れ続ける。
だって一度に普通の芳香剤の5倍使うわけだから、普通の芳香剤の5倍速く無くなるじゃーん!
……それだけでない。それだけではない理由は、「お・も・て・な・し」のインプリンティング効果に求めることができる。つまり、お母さんは玄関先で、滝川クリステルさん気取りで「お・も・て・な・し」をする。それを見ていた子供たちは、われ先にと「お・も・て・な・し」をする。子供の数だけ「お・も・て・な・し」が発生することになり、無駄に玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」が、急速に減っていくのである。嫌、無駄ではない。玄関に素敵な香りを残して減っていくのである。だから、罪悪感など覚える必要など全くないのだ!
ここまでいいことずくめの玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」なのだが、正直に言うと、商品開発にまでは至ったのであるが、残念ながら商品化にまではこぎつけられていない。だから、一般の人はこの商品をまだ見たことがないはずだ。というのも、この話は当時の研究室の大学生、大学院生にもれなく伝え、
「君たちの使命は、社会に出て、堅実に働き、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」を商品化することである。いつか私が何気なく入ったウォンツ(広島県におけるドラックストアです)で、陳列台に並んだ玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」を偶然発見し、涙したいのだ!頼む!涙させてくれ!あとはよろしく!……解散!」
と使命を与えたにもかかわらず、その当時の卒業生たちは全員、環境コンサルタント業に就職してしまったのである。たぶん彼らはもれなく、就職した環境コンサルタントで玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」のプレゼンはしてくれたと思うのだが、その企画が会議を通らなかったのだろう。だって、環境コンサルタントなのだから。
個人的には、もう一度だけ、つまり2020年のオリンピック時に、玄関芳香剤「お・も・て・な・し♬」の商品化のチャンスがやってくると思うのですが、そういった製品を開発、展開される企業の方がもしこのブログを読んでくださっていた場合、どうぞジャンジャン開発して、ジャンジャン儲けてください。環境コンサルタントに就職した卒業生たちも、きっとそうして欲しいと思っているはずです。なんならば、滝川クリステルさんと一緒にCMに出てもよいと思っているほどでございます。
で、儲かった暁には、研究費を少しでいいから分けてください。
アディオス!